目の前で繰り広げられる、人の領域を凌駕した戦闘。青の槍兵と赤の弓兵、青の剣士と鉛色の狂戦士との戦いを髣髴とさせる激突。目が離せない。心が囚われる。鍛え抜かれた鋼の肉体に、磨き上げられた鋼の技に、折れる事無き鋼の意志に。
錬剣の魔術使い・第四話
ザザァ!!
何十回目かの打ち合いの後、離れる両者。見た限り、互角のようである。双方共に新たな傷を負ってはいない。
「ふむ、超越種たる私と正面から打ち合えるとは、師に似て非常識だな」
と、吸血鬼は無表情に話し始めた。士郎に応える気は無いようだ。だが、お構い無しに話し続ける。
「しかも、我が毒に侵されながらも、動きに淀みが無い。驚嘆に値するな」
―え、今、あいつ何て言った?
見ると、士郎の左腕の外套が腐食して、そこから覗く皮膚が変色している。
「魔力を体に透す事で、毒の浸透を防いでいるようだが、戦闘をしながらでは、効果は薄かろう。時間が経つほど、私が有利となる。後ろに居る足手纏いのお陰だな。私の初撃を命中させてくれただけでなく、貴様の攻撃方向の限定もしてくれているのだからな」
思い出す。先ほど、自分達が暴れたせいで、回避が遅れたこと。そして、打ち合いの最中、士郎の背中しか見ていなかった事を。
「魔法使いの弟子よ。貴様のような人間は、足手纏いが居れば容易く自滅していく。この好機、存分に活かさせてもらう」
あ、あったまきたーーー!!!私が足手纏いかどうか、たっぷり思い知らせてやる!!!
と、私が動き出すよりも早く、ルヴィアゼリッタが動いていた。私達は中長距離の戦闘が主体になる。ルヴィアゼリッタは、士郎の背後から疾風のように離れ、私が使うのを躊躇う様な宝石を取り出し、
「私が、足手纏いかどうか、その命を以って知りなさい!!!」
「やはり、足手纏いだ」
と、一瞬で肉薄されていた。男の鋭い爪が、ルヴィアゼリッタを貫こうとする。魔術の発動は間に合わない!
ズシュ!!
だが、男の爪がルヴィアゼリッタを貫くことは無かった。男の視線の先には、ルヴィアゼリッタを抱えた士郎。そして、
「これで、チェック・メイトと言うところか」
士郎の脇腹に新たな傷が刻まれていた。
士郎が、男を警戒しながら私の方に来る。男から目を離さず、ルヴィアゼリッタを降ろした。士郎の呼吸が荒い。心なしか顔色も悪い気がする。当然よ。並大抵の毒じゃないんだろうから。
「彼我の戦力差も計れず、あの程度の挑発に乗るとはな。協会の質も堕ちたものだ」
く、言い返したいけど、それもできない。今、間違い無く私達は士郎の枷になってる。目の前の死徒は、最低でも二百年モノってとこだろう。悔しいけど、私達じゃ太刀打ちできない。
と、士郎が一歩前に出る。瞳に宿る意志は、未だ鋼。
「足掻くか。ならば、私も応えよう」
男の殺気が膨れ上がる。そして、士郎の命を砕かんとばかりに踏み込んだ。
―I am the bone of my sword―
聞いた事の無い呪文。光を放つ魔術回路。そして、
「是、射殺す百頭」
ドドドドドドドドドーーーーーーーーー!!!!!!!!!
岩塊の様な剣が九つ、男に降り注ぐ。神代の神殿の一部であった岩塊は、一級の概念武装に匹敵した。
「ガ、ガハァ!!!」
その襲い来る死を、腕を、脚を、腸を失いながらも潜り抜ける男。だがしかし、
「投影、開始」
次の瞬間、男は自分が敗れた事を知った。士郎の手にあるのは、王者の剣。ギリシャ最大の英雄を七度殺しきった黄金の剣。「彼女」の剣。
「勝利すべき黄金の剣!!!」
剣は容易く男を切り裂き、刀身から迸る光が、跡形も無く肉体を消し去った。吸血鬼は、名を残す事無く闇に還った。
圧倒的だった。私達が太刀打ちできない奴を、あっさり滅ぼした。さっきまでやり合ってたのは何だったんだろうと思うくらい。まあ、力を隠しておきたかったんでしょうけど。私だけならともかく、ルヴィアゼリッタが居るし。ルヴィアゼリッタも呆気にとられている。まあ、分からなくも無いわね。私の知る士郎とは強さの桁が違う。一体、ミス・ブルーの下でどういう修行してたんだろ?なんて考えていると、士郎がこっちにやって来て、
「二人共、怪我無いか?」
と分かりきった事を聞いてきた。
「怪我したの、あんただけでしょうが。それよりあんたは、大丈夫―」
なんて、馬鹿な事を聞いてきたバカを叱ろうとしたら、そのバカが体を預けてきた。
「ちょ、何してんのよ、士郎!?」
「悪い、遠坂。ちょっと無理が祟ったみた―」
言葉は最後まで続かず、士郎の体から力が抜ける。顔色が悪い。呼吸が浅く荒い。汗が噴き出している。このままじゃまずい!
「ルヴィア、こいつを運ぶの手伝って!」
「え?」
まだ呆けてる。一刻を争うってのに!
「急いで!!」
「え、ええ、解りましたわ」
脱力した士郎を二人で運ぶ。夜の街を駆ける。そんな私の心に満ちてるのは、
死んだりしたら、絶対許さないんだから!!!
怒りだった。
鍵を開ける。薄暗い廊下を進む。居間に着いた。明かりを付けようとすると、
「リン、何があったの!?」
先に明かりが付き、心配そうな表情のイリヤと、その後ろに控えるセラとリーゼリットが居た。イリヤは、すぐに士郎を認めると、
「シロウ!?け、怪我してる!!セラ、リズ、すぐに手当てして!!」
「わかりました、お嬢様」
「りょうかい」
セラとリーゼリットが、士郎の手当てを始める。イリヤは私達をキッと睨んで、
「なんでシロウが、こうなったか聞かせてもらうわよ!?」
と、親の仇に対する口調で聞いてくる。要点だけを、明確に話す。
「つまり、シロウはあなた達を庇って、傷付いたってワケね」
治療を受ける士郎を見ながら、呟く様に言う。責める響きは無い。ただ、泣きそうな表情がイリヤの心情を表していた。
そんな表情を見て居られなくて、イリヤと同じ様に士郎に目を向けて、
心が凍った。
―傷疵痕キズきず―
何かに斬られた傷。
何かに貫かれた疵。
何かに灼かれた痕。
何かに撃たれたキズ。
何かに侵されたきず。
大小様々な傷。疵の上に痕があるのも珍しく無い。首、胸、腹、背中、腕、脚、いたる所が傷だらけだった。
聖杯戦争で受けた傷は、聖剣の鞘の加護のお陰か跡は残らなかった。卒業までの一年間、士郎は傷を負うような事をしていない。つまりこの傷は、全て卒業後に負った事になる。「こちら側」に居る以上、傷を負う事は珍しくなど無い。同じくらい傷だらけの人間を見た事が無い訳ではない。だと言うのに、
「そっか。リンは初めて見るのよね」
なぜ、こんなにも胸が痛いんだろう。
「帰って来る毎に、増えるの。私も、タイガも、サクラも、今度帰ってきた時、増えてたら承知しないんだからって怒っても、増やして帰って来るの。シロウ、ずるいんだよ。私達がいくら怒っても、笑いながら、「大丈夫」って言うんだから。あんな笑い方されたら怒れないのに」
口調は平坦なのに、声が震えている。涙が零れそうなのを、懸命に堪えているのが解る。
大切な人が傷付くことは誰だって辛い。だが、更に辛いのは、痛みを訴えてくれない事ではないか。痛みを訴えてくれなければ、痛みを分かち合うことすら出来ない―
「ホント、シロウってしょうがないわよね。し、心配ばっか、り、か、けて、ゆ、ゆるさ、ない、か、ら」
イリヤを抱きしめる。顔を埋めて、肩を震わせるイリヤの髪を優しく梳く。
士郎を見る。傷の手当ては終わり、今は解毒作業に入っている様だ。セラとリーゼリットの手際は淀み無く正確だ。この自分を顧みないバカの治療を、常日頃、想定していたと思わせる手際の良さだ。ルヴィアゼリッタを遠坂邸に入れるわけには行かないと、魔術師の思考で衛宮邸に進路を取って正解だったみたい。この分なら、士郎は大丈夫と安堵する。
だが、安堵と共に怒りがこみ上げてきた。自分を顧みない士郎もそうだが、士郎が傷付いていながら、かすり傷一つ負っていない自分に腹が立った。聖杯戦争の時は肩を並べて戦ったのに。今は、ただ護られていただけだった。同じ場所に立てていないと言う事実に、途方もなく腹が立った。士郎と対等じゃないことが、とにかく嫌だった。
「お嬢様、シロウの治療、終わりました。解毒も成功です。とりあえず、問題ありません。このまま、寝室に運びます」
「シロウ、おもい」
セラとリーゼリットに運ばれる士郎を見送る。落ち着いたのかイリヤが離れて、
「リン、泊まっていったら?部屋を用意させるから。あなたも、良いかしら、ミス・エーデルフェルト?」
「そうですわね。あの死徒に仲間がいて、襲ってこないとも限りません。お言葉に甘えさせていただきますわ」
セラとリーゼリットが戻ってくる。イリヤに言われ、離れの部屋の用意をする。私は慣れ親しんだ部屋だが、ルヴィアゼリッタは露骨に嫌な顔をした。狭いと言いたいんだろうけど、状況が状況なだけに、渋々ながら部屋に入っていった。
「士郎が起きたら、とっちめてやらなきゃね」
そんな事をする資格なんて無いのは分かっているが、士郎が悪いったら悪いと、論理もへったくれもない結論で、ムリヤリ自分を納得させる。
ベットに入り、何か異常があれば、すぐに覚醒できるように自分をコントロールしながら、眠りに付いた。
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