目の前に聳える門。その向こうに見える巨大な屋敷。

「お金って在るとこには在るんだなぁ」

「………」

「まあまあですわね」

三者三様の反応を示して、俺達は坂の上のお屋敷の前にいた。




錬剣の魔術使い・第十話




「は〜あ、しかし大きな屋敷だな」

感心する俺。

「あら、私の実家は、こちらより大きいですわよ。そうです、今回の事が終わりましたら、シロウを我が家に招待しますわ」

「え、あ〜、都合が付けば」

「…嫌なのですか、シロウ?」

「いや、帰ったら、埋め合わせしないといけないから」

苦笑する。何を要求されるんだろうな?

「そういや、凛。さっきから呆けてるけど、どうかしたのか?」

俺の言葉通り、さっきから呆けている凛に声をかける。

「……遠野。やっぱり」

「「?」」

独りごちる凛。首を傾げる俺とルヴィアさん。

「士郎、あんたは知らないと思うけど、この遠野家は日本有数の混血の一族の名門よ。ミス・ブルーの教え子がどういう人か知らないけど、油断は禁物よ」

場合によっては戦闘もあり得るわ、と緊張した面持ちの凛。

「分かった。…でも、ま、ここでこうしていてもしょうがないしな」

ピンポ〜ン。

「ホントに分かってんの、あんた!?」

声を荒げる凛。そうは言ってもな。ま、なるようになるさ。

「はい、どちら様でしょうか?」

インターフォンから女性の声で、答えが返ってきた。

「シキさんは、御在宅ですか?」

一瞬の沈黙。返答は先ほどより硬い。

「どういった御用件でしょうか?」

「魔法使いの弟子が来た、と伝えていただければ大丈夫だと思うんですが」

「……しばらく、お待ちください」

で、しばらく待っていると、メイドさんがやって来た。…一瞬、ここはホントに日本か?と思ったくらいだ。……シキさんの趣味か?

「志貴様がお会いしたいそうです。どうぞ、こちらへ」

門が開かれ、中へと案内される。

さて、鬼が出るか、蛇が出るか。

案内されながら、中で待ち受けるのが、そんな生やさしい物じゃない事を、この時俺は知らなかった。



「初めまして、俺が遠野志貴です。こっちが妹の秋葉。それと後ろにいる二人が、家で働いてくれてる琥珀と翡翠です」

志貴さんの紹介に合わせて、頭を下げてくれる秋葉さん、琥珀さん、翡翠さん。えーと、着物を着てるのが琥珀さんで、メイド服なのが翡翠さんと。

「すいません、こんな朝早く。俺が、ミス・ブルーの弟子をやってます、衛宮士郎です。こちらは、俺の、その、友人の遠坂凛と、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトさんです」

とりあえず、簡単な紹介を済ます。
しかし、驚いた。師匠の教え子って言うから、どんな人格破綻者かと思ったんだが。穏やかな容貌。黒縁の眼鏡。優しげな雰囲気。例えるなら、穏和で暖かな月と言った感じの人だ。膝の上で眠る黒猫が、そんな感じを際立たせる。
……だが、何故だろう。あの赤い騎士に対するのとは、チガウ反感を覚える。初対面だし、嫌う要素も見た限り無いんだが。なんか、モヤモヤするなぁ。

「あと二人、家にいるんだけど、まあ、夜には起きてくると思うから、その時に紹介させてもらうよ。あ、それと、この子はレンって言うんだ。この子の事もよろしく」

あの黒猫、普通の猫じゃないな。……可愛いけど。

「それで、先生からの用件って言うのは、衛宮さん?」

「あ、士郎で良いですよ。俺の方が年下ですし。それで、手紙を預かってますんで」

言って、志貴さんに手紙を渡す。志貴さんが封筒を開いて、中の手紙に目を通す。琥珀さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、その様子をこの居間にいる全員が見守る。

「士郎、手紙―」

志貴さんが手紙を読み終わり、口を開こうとした瞬間、

ガッシャッーーーーーーン!!!!!!

居間の窓ガラスが砕け、白と黒の何かが踊りこんでくる。

「邪魔するニャーーー!!!デカ尻エル!!!」

「黙りなさい!!!このアーパー吸血鬼!!!」


居間を蹂躙する破壊の嵐。夫婦剣を投影し、凛とルヴィアさんに迫る衝突の余波を防ぐ。琥珀さんと翡翠さんは、慣れているのか巧く避難している。

「あなた方、いい加減になさい!!!」

髪を逆立てて、その破壊の嵐に加わろうとする秋葉さん。気のせいか、さっきまでは凛と同じ艶やかな黒髪だったのが、怒りに呼応したかのように紅く見える。

「落ち着け、秋葉。お前まで加わると収拾がつかなくなる」

言って、罵り合いながら激突する白と黒の影に、無造作に近付く志貴さん。

「危な―」

双方の手が、まるで、志貴さんの手に吸い込まれるように取られた。

「二人とも、そこまでだ。お客さんがいるんだから」

「お客さんですか?」

「あれー、士郎じゃない。なんで、ここにいるのー?」

先ほどまでの激突が、嘘のような暢気さだった。


「はー、あなたが噂のブルーのお弟子さんですか」

「むー、ブルーの弟子とは聞いてないわよー」

シエルさんと、アルクェイドさんも、一緒に紅茶を飲んでいる。居間は、すっかり元通りだ。さっきまでのアレが日常ですと言わんばかりに、皆落ち着いている。……日常なのか、アレ?
しかし、豪華な面子だな。真祖の姫君に、埋葬機関の第七位、遠野の現当主。でも、志貴さんが当主じゃないと言うのは、なんか意外だ。何と言うか、動きに隙が無かった。それにあの眼鏡、…強力な魔眼殺しだな。まあ、長男が必ずしも当主になる訳じゃないんだろうけど。

「で、話は戻るんだけど。先生が言うには、士郎は助っ人らしい」

「何の助っ人ですか、志貴君?」

「その、二日後の」

「二日後?」

二日後って、何かあったっけ?

「あは〜、バレンタインですね〜。つまり、衛宮さんは、いつもの騒動を治めるために派遣されたと言う事ですね〜」

琥珀さんの発言でそこにいる全員が納得顔になる。…バレンタインか。そう言えば。

「いつもの騒動ですか。何となく想像できますね、遠野さん?」

「良くは分かりませんが、ミスタ・トオノも大変ですわね」

二人の言葉にハハと乾いた笑みを零す志貴さん。それを、横で見ながら俺は、

「アルトさんは誰に渡すんだろうな?」

バレンタインで連想した事を口に出していた。

「「「「「「え?」」」」」」

居間の時間が止まる。

「?」

硬直した遠野家?の面々に首を傾げる俺。

「士郎、アルトって、」
「どこのどなたですの、シロウ?」


女性の名前に反応する凛とルヴィアさん。そんな背筋が凍るような声を出さないでくれ。

「あー、ちょっとした知り合い―」

「詳しく聞かせてもらえる、士郎?」

顔に手を当て、その指の隙間から金色の瞳を覗かせるアルクェイドさん。昨日とは比べ物にならない威圧感。朝なのに!!

「落ち着け、アルクェイド。それじゃ、士郎が話せないだろ。」

「志貴は黙ってて!!!」

「ふ〜。…アルクェイド、落ち着かないと一週間口をきかないぞ。」

瞬間、アルクェイドさんに猫耳が生える幻視と共に、威圧感が消失した。

「うにゃ〜〜〜〜!!ごめん、しき〜〜。ゆるして、しき〜〜。」

必死に謝るアルクェイドさん。俺は今、世界で一番貴重な映像を見ている。凛と、ルヴィアさんなんか、完全に呆けているな。

「で、士郎は、アルトルージュと知り合いなのか?」

「ええ、まあ」


知り合ったのは、一年ほど前。町を襲っていた死者の群れを倒し終わった時、彼女達が現れた。

今思うと、俺って無謀な事してたなぁ。死徒二十七祖の四柱を一度に相手しようとしたんだから。

死者達を操っていたと勘違いして戦おうとした所を、師匠と老師に止められた。何でも、死者達を操っていたのは、アルトさんと敵対している勢力らしい。…この前、戦った死徒も多分、そいつらの一員だろう。この時に目を付けられたと思う。
勘違いして戦おうとしたのに、何故か俺はアルトさんに気に入られたらしく、良く城に招待されるし、自分の死徒になるよう招待される度に勧められた。……それと、もう一人、何か猛烈に俺の事を気に入ってる奴がいる。そいつには正直、気に入られたくなかった。
そして、帰国の二週間ほど前に城に呼ばれた。俺独りで来るよう、念を押されて。

「士郎、お主に頼みがある」

「なんです、アルトさん?」

城の中のアルトルージュの私室。今、この部屋にいるのは、アルトルージュ、プライミッツ・マーダー、士郎だ。黒騎士と白騎士は、部屋の外に待機。

「日本には、その、バレンタインに女性が好いた殿方にチョコレート菓子を贈る風習がある、と聞いたのだが」

「ええ。まあ、それは日本だけらしいですね」

お菓子業界の陰謀だとか何とか。そう言えば、俺、義理(実は本命もいくつか混ざっていた)しか貰った事ないなぁ。ちょっと悲しい。

「それで、その、手作りの方が喜ばれるのであろう?」

顔を赤くしながら尋ねてくる死徒の姫君。むう、レアな映像だな。

「そうだと思いますよ。もしかして、誰か手作りチョコを贈りたい相手が?」

耳まで赤くして俯く死徒の姫君。知り合って以来、初めて見る姿だなぁ。
聞けば、想い人は日本にいるらしい。アルトさんは、欧州をおいそれと離れられないので、余計に想いが募るとのこと。

「分かりました。そう言うことなら協力します」

人の恋路を邪魔する奴は何とやらってね。ちなみに、応援したらどうなるんだ?

「礼を言うぞ、士郎。お主は本当に良き漢よ。気は変わらぬか?お主なら、すぐに二十七祖に名を連ねられようぞ」

「いや、人間辞めるのは、ちょっと」

「そうか、残念じゃ。じゃが、気が変われば、いつでも言うが良い」

嬉しそうに言うアルトさん。今から想像しているんだろう、想い人にチョコを贈るところを。それに比べれば、勧誘を断られる事も些事に違いないようだ。いつもなら、つまらなさそうにするんだが。

「ところで、城にいる料理人に習わなかったんですか?」

素朴な疑問。

「城の者が、妾に物を教える事ができると思うか?」

あ〜、萎縮しちゃうか。って、それは俺も同じだと思うんですけど。

「それでは、厨房に行くぞ、士郎。プライミッツ・マーダー、味見を頼むぞ?」

「リィゾさんとフィナの奴に頼まないんですか?」

「は、恥ずかしいではないか!!」

頬を膨らませて怒る死徒の姫君。普段の優雅さはどこへやら。外見年齢と相まって、可愛らしいこと、この上ないな。

「でも、犬にチョコは毒ですよ?」

「士郎、ガイアの怪物を犬と一緒にするでない。…大丈夫であろう、多分」

「多分、ですか」

気のせいか、プライミッツ・マーダーの目が不安げに揺れているような。

「ほら、士郎、急がぬか!」

急かすアルトさんを先頭に、俺達は厨房に向かった。


「と言う訳なんですが、もしかして、アルトさんの想い人って」

「多分、俺かな」

志貴さんが苦笑しながらそう言う。緊迫する遠野家?女性陣。

「先生が、手紙に士郎にも今回の事の原因の一端があるって書いてるのは、そう言う訳なのかな」

「…でしょうね」

責めるような視線を一身に受けながら、何とか答える。

「士郎、死徒の姫と知り合いって、何で黙ってんのよ!」

「………」

憤る凛と何か考え込むルヴィアさん。

「いや、聞かれなかったし」

「聞くわけ無いでしょうが、そんな思いも付かない事!」

「すまん。ところで、志貴さんは、いつアルトさんと?」

あかいあくまの攻勢を、話題転換で回避。

「五年前に、アルトと関わりのある死徒ともめてね。で、二年ほど前かな。その関係で、この町にアルトがやって来たとき、ちょっと、一騒動あったんだ」

遠い目をする志貴さん。……何故だろう。今まであったハッキリとしない反感が、反転して、弾ける程のシンパシーを感じるなぁ。志貴さんと目が合う。キュピーンって感じに分かりあえちゃった気がする。これが精神枠による共振か!?

「まさかと思いましたが、情報は確かだったようですね」

「どういうことです、先輩?」

秋葉さんが、シエルさんに聞く。

「メレムから、アルトルージュ一行が来日すると知らせがあったんです。衛宮さんの話で、信憑性が上がりましたね」

「また来るんですか、あの女」

二年前、何があったんだろうな。怖くて聞く気になれないけど。

「アルトルージュの奴、まだ志貴を死徒にするのを諦めてないのね」

「どういうことだ、アルクェイド?」

「チョコにアルトルージュの血を混ぜれば、チョコを食べた志貴は死徒になるわ。志貴は血を吸おうとするのは許さないけど、チョコなら食べるでしょう?」

「なるほど。流石は、あなたの姉ですね。悪知恵が働きます。しかし、そんな事は勿論許せません。断固阻止します。志貴君、私はアルトルージュ一行に備えるため、今日は帰ります」

「あたしも、今日は帰るわ。シエルよりも先にアルトルージュを見つけて、あの女の手作りチョコを塵に変えてやるわ」

言って、疾風のように去る二人。残される遠野家の人々と、俺達。

「あの二人、考え過ぎだと思うんですが。アルトさん、そんな事しないと思いますよ」

「俺もそう思うけど、今は無理だね。二人の頭がもう少し冷えたら、話してみるさ」

と、志貴さんが時計を見て立ち上がる。

「すまない、仕事に出る時間だ。行こう、秋葉」

「はい、兄さん。琥珀、翡翠、衛宮さん達の部屋をご用意してあげて」

「え、いや、俺達、シティホテルに部屋を―」

「衛宮さん。あなたは、今回の騒動を治めるためにここにいらしたのでしょう。ならば、即座に対応できるように、我が家に逗留されるのが筋でしょう?」

ああ、あの笑みは知っている!あの笑顔には逆らっちゃいけない!!

「分かりました。お世話になります」

「それでは、失礼します」

居間を後にする遠野兄妹。見送る俺達。

「それでは、お部屋を御用意してきます」

「あは〜、お部屋の数は二つですか〜、それとも一つ?」

「二つ「三つでお願いします」

凛の言葉を封殺する。睨んでくるが、ここ、他所様の家だぞ!

「本当に、三部屋でよろしいんですか?」

「姉さん!」

「冗談よ、翡翠ちゃん。それでは、ここでお待ちくださいな」

「失礼します」

「あ、あの、準備してもらっている間、荷物取りに行っていいですか」

「もちろんですよ」

「それじゃ、凛、ルヴィアさん、一旦ホテルに戻ろう」

「ええ」

「………」

「ルヴィアさん?」

「え、な、何かしら、シロウ?」

「いや、こっちに厄介になるから、ホテルに荷物を取りに戻ろうと」

「そ、そうですの。それでは行きましょう」

先に居間を出て行くルヴィアさん。

「どうしたんだろ?」

「さあ?」

凛と顔を見合わせる俺だった。



ホテルから戻った俺達は、部屋に案内された。豪華でちょっと居辛いと感じたのは内緒だ。凛は、

「コネ、作っときたいわね。将来、パトロネスになってくれないかしら、秋葉さん」

気は合いそうだから、実現するかも。……何か末恐ろしい協力関係になりそうな。俺と志貴さんにとって。
で、その日の夕食の席で、遠野家にいる残りの二人を紹介された。

「夜間が勤務の弓塚さつきです。よろしくね」

「秋葉の友人で、シオン・エルトナム・アトラシアと言います」

メイド服を来たツインテールの女の子と、軍服のようなミニスカを着た女性だ。……寒くないのかな?

「シオン・エルトナム!?」

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト!?」

「あれ、知り合いなのか、ルヴィアさん?」

「え、ええ。子供のころに会ったきりでしたが。彼女はアトラスの人間ですし」

「何故、あなたがここに、ルヴィアゼリッタ?」

警戒しているシオンさん。

「シロウの付き添いですわ。あなたをどうこうするつもりはありません」

「……分かりました。あなたの言葉を信じましょう」

警戒を解くシオンさん。

「え〜と、お料理をお持ちしま〜す」

明るい声で給仕をするさつきさん。

「頼むよ、さつき」

「も、もちろんだよ、志貴君!」

スキップしながら厨房に向かうさつきさん。ところで、あのさつきさん、死徒だよな。瞳赤いし。魔力もかなりありそうだし。……この家は人外魔境か?

この後は取り立てて、大した事は起きなかった。ただ、琥珀さんが何かと凛を刺激して困った。更にさつきさんは、凛から何か話を聞こうとするし、話を聞いてた秋葉さんと凛は、何か通じ合ってたし、翡翠さんに「衛宮様も、愚鈍です」って言われるし、シオンさんには、呆れた目で見られるし。針の筵な感じだった。なんでさ。早々に避難していた志貴さんが憎らしい。ちなみに、ルヴィアさんは何か考え事をしていた。



「おはようございます」

「おはようございます、衛宮さん」
「おはようございます、衛宮様」

翌朝、居間に行くと秋葉さんと翡翠さんがいた。琥珀さんは、台所で朝食を作っているようだ。凛とルヴィアさんは、まだ部屋にいる。朝早いからな。

「早いんですね。…志貴さんは?」

「兄さんは、朝に弱いので、しばらく起きてきません」

ちょっと、怒り気味に言う秋葉さん。だが、唐突に台所の方を探るように窺い、頷いた後、俺に向き直る。

「衛宮さんに、お願いがあるのですが」

「俺にですか?」

はて、何だろう。じぃ〜と俺を凝視して来る秋葉さんと何故か翡翠さん。何度か口を開け閉めした後、

「私と翡翠にチョコの作り方を教えてくれませんか!?」

耳まで真っ赤にしながら、頭を下げてきた。翡翠さんも。


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