夢を見ている。
黄金の朝焼け。微笑む彼女。在りし日の幻想。
後悔は無い。未練も無い。ただ、想う気持ちがある。
言葉も無く、ただ見つめ合う。夢だと分かっているから。
そして、夢から覚めた。
錬剣の魔術使い・第一話
聖杯戦争から五年。高校卒業から四年。俺こと衛宮士郎は、久し振りに故郷に戻ってきていた。高校卒業後すぐ、旅に出た。切嗣のように、世界を廻って見ようと思っていたからだ。「正義の味方」になるためにも、必要だと思えたからでもある。
この意思を表明した際、当然の事ながら、
「駄目ーーーーーー!!!そんなの、お姉ちゃんは許しません!!!どうしてもと言うなら、私の屍を乗り越えて行きなさい!!!」
「反対です!!!この町にいても、一人前にはなれます!!!せめて、あと一年、待ってください!!!」
「ダメダメダメダメーーーー!!!私を独りぼっちにするのは許さないんだから!!!人形にしても行かさないわ!!!」
三者三様に引き止められた。挫けそうになったものの、俺も退く訳にはいかない。誠心誠意、説得して、全員の了承を得た。条件付きだけど。
藤ねえは、一ヶ月、藤ねえの希望通りの食事を作ると言うモノだった。ただ、食費が増大し、一週間後、「乙女のテキーー!!」と叫びながら、体重計相手にタイガー大暴走が発動。結果、藤ねえの条件は打ち切り。あと、遠坂と桜が胸をなで下ろしていた。なんでさ?
桜は、一ヶ月の台所占拠権を要求してきた。遠坂とイリヤが何故か不満そうだった。俺はと言えば、弟子とも言える桜の上達振りに、嬉しいやら、危機感を覚えるやら。ちなみに、藤ねえは普段と変わり無し。
イリヤは、一ヶ月のお出かけ権。しかも俺と二人きりで。ま、休日だけだけど。出先から帰って来た時の夕食は、何故か重苦しい雰囲気だった。皆笑顔にも係わらずだ。なんでさ?
また、旅に出るために、三つの約束を課せられた。
一、年に二、三度、必ず帰って来る事。
一、出来得る限り、電話か、手紙を出すこと。
一、旅先で、女の子にちょっかいださない事。
最後の約束には、何故か遠坂まで乗り出してきた。なんでさ。
この実質二つの約束を胸に、俺は旅に出た。色んな所に行った。色んな事があった。聖杯戦争に劣るどころか、勝るような波乱の四年間。その波乱万丈の日々に一区切りを付け、九ヶ月振りに懐かしの我が家に帰還したのが、昨日一月三十一日。トラとしろいこあくまに、強力なタックルで迎えられました。
微睡みの海を俺は泳いでいた。久し振りの心穏やかな睡眠。尚且つ、布団で眠れるのも久し振りの二乗と言った所だ。冬木の冬が、いかに過ごし易いとは言え、朝はやはり寒い。俺は、掛け布団を引き寄せた。
ふにゅ。
布団に有り得ない擬音。正常に作動しない頭で、手探りで布団を確かめた。
ふにふにゅ。
サラサラ〜。
弾力のある柔らかさ。絹糸のような手触り。人肌の温もり。人肌?
微睡みの海から緊急浮上。目を開けると、
「んにゅ〜」
と可愛らしい寝言を発する銀髪の少女が、掛け布団よろしく俺の上で寝ていた。なるほど、人肌な訳だ。うん、現状把握完了。
「だああああああああああああああああああああああああ!!!」
なんで!?昨日、俺は間違い無く一人で寝たはず!!何で、イリヤが俺の布団に!?
「何事ですか、シロウ!?」
と俺の悲鳴?を聞きつけて、スパーンと襖を開けて部屋に入ってきたイリヤ付きのメイド、セラ。その瞬間、硬直したが。勿論俺も。
同じ布団にいる男女。僅かに乱れた着衣。そして、朝ゆえの、
「シロウ、立派」
セラの肩越しに部屋を覗いたもう一人のメイド、リーゼリットの言葉通りの身体変化。うわーい、無実なのに、問答無用で有罪決定だー。
と問題の中心に居る少女が、目を擦りながら体を起こす。そして、俺を認めると、寝ぼけ眼もどこへやら、満面の笑顔で、
「おはよう、シロウ!」
元気一杯挨拶してくれました。
現在、衛宮家に住んでいるのは、イリヤとセラ、リーゼリットの三人だ。俺が旅に出る時、家の管理をどうするかと言う話になった。藤ねえが名乗り出たが、家が「トラの穴」になる恐れがあるので却下。結局、切嗣の実の娘であるイリヤ―聖杯争後、明らかになった―に託し、後見人を雷画爺さんに頼んだ。俺がいない事から、藤ねえもイリヤの衛宮家での生活を反対せず、イリヤの世話をするために、アインツベルンの城からやってきたセラ、リーゼリットの三人で暮らしている。
「全く、驚かさないでくれよな、イリヤ。寿命が縮んだぞ」
すでに、セラとリーゼリットが用意してくれていた朝食を食べながら、しろいこあくまに抗議する。ちなみに、メニューは、オレンジリキュールで香り付けたフレンチトースト。後味がさっぱりしていて旨い。
「あら、悪いのはシロウよ。たまにしか帰って来ないんだから、少しでも一緒に居る時間が欲しいの」
なんて、いじめっ子の表情で受け流すあくまっ子。
「まあ、今回は結構長くこっちに居ると思うから、それで勘弁してくれ」
パンと手を合わせ、頭を下げる。
「ホントに〜?前みたいに、書き置き残して居なくなったりしない?」
「しない、しない」
「それならよろしい。あ〜あ、学校サボろうかな〜?」
イリヤは今、穂群原学園に通っている。聖杯戦争の後、イリヤ達が二週間程失踪した事がある。あの時は大騒ぎになったものだ。何でも、封印指定された人形遣いを訪ねていたそうだ。郊外のアインツベルンの城にあった価値の高い品物と引き換えに、人間の体となんら遜色の無い素体を手に入れたとの事。同じホムンクルスだったメイドの二人も同じく。
ただ、外見には変化は無く、五年経った今も、とても高校生には見えない。ちなみに部活は弓道部。藤ねえに聞いた話じゃ、遠坂以来の学園のアイドルらしい。
「駄目だぞ、イリヤ。そんなことしたら、藤ねえも真似するだろ。教師がサボるのは良くない。って、そういえば、藤ねえは?来ないけど」
昨日の事を思い出す。イリヤと同レベルで俺にくっつくXX歳。あれで、良く教師がやれるもんだ。
「タイガは、今日職員会議があるからよ。でも確かに、私が学校に居ないと知れば、授業中だろうと帰って来るわね。しょーがないわね」
と、イリヤが立ち上がり、玄関へと歩いて行く。俺もセラ、リーゼリットと一緒に見送りに行く。
「それじゃ、いってくるわ、シロウ。セラ、リズ、シロウが逃げないように、しっかり見張っててね」
「かしこまりました、お嬢様」
「うん、まかせて、イリヤ」
信用無いな〜。しょうがないけどさ。
「イリヤ、晩飯何が良い?腕によりをかけて作るからさ、あんまり苛めないでくれ」
「そうね。じゃあ、今日はハンバーグ。それと、一週間、私のリクエストに応えてくれたら、許してあげる」
「了解。じゃ、待ってるからな」
「うん。それじゃあ、いってきま〜す!!」
「「「いってらっしゃい」」」
イリヤが登校した後、家事をしたり、セラとリーゼリットの二人に挟まれて、マウント深山商店街に買い物に行き、道行く人の剣呑な視線を感じたり、鍛錬したりと、久し振りの穏やかな日常を満喫していた。
そして、夕方、リクエストのハンバーグの仕込をしていると、
「ただいまー!シロウ、ちゃんと居る!?」
なんて、信用度ゼロだな〜と落ち込ませるような台詞と共に、イリヤが帰って来た。
「おかえり、ちゃんと居るよ。ハァ、俺ってそんなに信用無いのか?」
「あら、信用に値する事、シロウ、してたかしら?」
「む」
「心配ばかりさせるんだから、これくらい我慢しなさい」
「ハァ、分かったよ。それじゃ、信用を得るために、とびきり美味しく作ろうか」
「うん、楽しみにしてるわ、シロウ」
「私も、たのしみ」
「お嬢様、先にお着替えになってください」
「もう、せっかくシロウと二人きりだと思ったのにー」
「イリヤ、ずるい」
「リーゼリット!お嬢様に対して失礼よ!さあ、お嬢様、手を洗って、お着替えください」
なんて、三人の会話を背に、ハンバーグを捏ねていると、
ピンポ〜ン。
呼び鈴が鳴った。
「誰か出てくれ。今、手が離せないから」
と、居間に声を掛ける。
「じゃ、私が出る!」
と、玄関に向かおうとするイリヤを、セラが引き止める。
「お嬢様は、先にお着替えになってください。私が出ますから」
玄関に向かうセラ。
「もう。それじゃ着替えてくるね、シロウ」
自室に向かうイリヤ。
「ずず〜」
いつの間にか、お茶を飲んでるリーゼリット。
コネコネ。
無心で、ハンバーグを捏ねる俺。
しばらくして、居間にセラが戻ってくる。けど、気配は二人。お客かな?
「セラ、お客さんか?」
ハンバーグを捏ねる作業を一旦止め、居間に入る。と、セラに続いて居間に入って来た人物と目が合った。
五年前、憧れていた女の子。猫被りに驚いたが、本質を知って、それまで以上に魅かれた女の子。だが、今は、トレードマークだったツインテールを下ろし、繊細な刺繍の入った上品な紅のブラウス、黒のロングスカートを着こなしたその姿は、思わず呆然としてしまうくらい、魅力的な「女性」だった。
見惚れていたと気付かれない様に、一瞬で再起動を果たし、湧き上がる懐かしさと再会の喜びを笑顔に換えて、
「久し振り、遠坂。四年振りだな。元気にしてたか?」
かつての戦友を迎えた。
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