京都への修学旅行を明後日に控えた4月20日の日曜日、ネギと木乃香は翌21日が明日菜の誕生日だったので、誕生日プレゼントを買うために原宿に出て来ていたのだが、それを目撃した桜子・美砂・円がデートと誤解して尾行。そして3人からのメールを見たあやかと付き合わされた明日菜も駆けつけて来た。

「ハイ、アスナさん。4月21日の誕生日、おめでとうございます」

と、そこでネギと木乃香の買い物の目的が明かされ、ネギがプレゼントである明日菜の好きな曲のオルゴールをお祝いの言葉と共に渡す。あやかと桜子・美砂・円はネギと木乃香の自分たちにとっての予想外の言葉にしばし呆然となるが、チアリーダー3人娘はすぐ立ち直り、尾行中にネギと木乃香から横取りするように買った色々な物を明日菜にプレゼントする。

「あ……ありがとう、ネギ、このか、みんな。……こんな、いきなり……わ、私……私、嬉しいよっ」

「あと、しろ兄んとこに誕生会の予約も入れとるから。いんちょたちも来るやろ?」

「ネギ先生が出席なさるのだから勿論ですわ! ……まあ、アスナさんの誕生日を祝う事も吝かではありませんし」 『もっちろん♪』

木乃香の誘いに快く頷くあやか・桜子・円・美砂。

「それじゃあみなさん、麻帆良へ帰りましょう!」

ネギを先頭に麻帆良への帰路に着く明日菜たち。この後の『Restaurant EMIYA』での誕生会は大いに盛り上がった。ちなみに士郎のプレゼントは、シンプルなデザインの機能性重視のバッグだった。

「――ん〜〜〜〜っ、美っ味しい〜〜〜〜♪」

「……それにしても、花も恥らう女子中学生の大好物がステーキって、どうだろ?」

「まあ、ガッツリお肉ってアスナらしくない?」

「そだねー。でもさ、こんな口に入れたらトロけちゃうような柔らか激旨ステーキだったら、私も大好物になっちゃうよ」
「「うんうん、確かに」」

「ケーキも凄旨だしー。……士郎さんにケーキ作り習おっかな〜♪
「「うんうん」」

士郎特製のステーキを至福の表情でとことん堪能している明日菜を見ながら、バースデーケーキを食べつつ美砂・円・桜子はそんなことを話し、

「……今からでも間に合うはずや」

何かの決意を秘めた表情で、木乃香は今までに比べ積極的にステーキを食べていた。……将来、木乃香が希う結果が出るかは現時点では定かではない。



立派な魔法使いマギステル・マギ錬剣の魔法使いサウザンド・ブレイズ・第7幕 「たたかいの始まり」 <戯言草紙さん>



ネギが京都への修学旅行に際して、「関東魔法協会」の理事である学園長から「関西呪術協会」への新書を託され、友好の特使と言う大役を任された日の翌日。

「ワシ、腹ペコでのぅ。……黄金色が眩しい玉子焼きとかどうじゃろうなぁ?」

そんな某虎のような要求を電話でされて、昼頃士郎は弁当を持って学園長室を訪れていた。

「うまいうまい」

「……それで?」

持って来た弁当を老人らしからぬ勢いで食べる学園長にそう問いかける士郎。

「…………ズズゥ〜〜〜ッ、……ほふぅ、ご馳走様じゃ。うむ。実はの、士郎には来週の中等部の修学旅行でネギ君達と同行して欲しいんじゃ」

そして食後のお茶までしっかり堪能した学園長は、ネギに「関西呪術協会」への新書を託し特使として任じた事、その事に対し「関西呪術協会」の一部からの妨害の危険性があるので、ネギ以外の人員として魔法先生である瀬流彦も同行するが、万が一の備えとして士郎にも京都に行って欲しい事を告げた。

「あの娘らも修学旅行に行くんじゃから店も休まざるを得んし、ちょうど良いじゃろ?」

「でも、俺が京都に入って大丈夫なのか?」

士郎は現在の「悠久の風」において、タカミチに次ぐ主要メンバーの一人として見られる程には名が通っている。下手すれば「関西呪術協会」側の態度が硬化しかねないと士郎は考えてそう訊ねた。

「大丈夫じゃよ。士郎の名は確かに国外ではかなり知られておるが国内ではそうでもないから、あっちは士郎の事を殆ど知らんらしい。……まあ、あっちは未だ日本の古き悪しき体質が根強く残っとるからのぅ」

自分たちも関った「大戦」で活躍したサウザンドマスターを始めとした有名所の情報は得ているが、「関西呪術協会」はその閉鎖的な組織の性格上、日本国外の情報をあまり積極的に収集していないので、「紅き翼アラルブラ」と同行していた事で「魔法世界」でも有名人だったタカミチの情報は得ていても、2年前から海外で行動し始めた士郎の情報は殆ど持っていない事を婿殿から聞いたと、溜息混じりに語る学園長。

「そう言う訳じゃ。今回の件はワシらの不甲斐無さが招いた事態。そんな大人の勝手な事情から、ネギ君やこのか達のこと護ってやっておくれ、士郎」

「ああ。分かったよ、爺さん」

こうして、士郎の京都行きが決定した。



翌週、京都への修学旅行に行く麻帆良女子中等部が集合している朝の大宮駅に、小さめの旅行鞄を片手に持った士郎の姿があった。もう片方の手にエヴァから渡されたメモを持って。

「……これだけの店を回る時間が取れれば良いけど」

少し困った表情でメモに目を通す士郎。実はこのメモ、土産物のリストなのである。まあ、土産と言っても士郎が旅先で選ぶ物ではなくエヴァが購入を指定した品物なので、使い走りさせられると言った方が正しいのかもしれないが。もちろん、費用は士郎持ちだ。
停電の夜以降、烈火の如きエヴァの「見られた」怒りを日参して謝る事でようやく鎮めたのが昨日である。その際に、

「それに記してある品々を麻帆良に戻ってきた時に私の許へ持って来る事が出来たら、この件に関する貴様の謝罪、受け容れてやろう」

そう言ったエヴァに渡されたのがこの買い物リストであるメモだ。メモに書いてある品物は、抹茶や和菓子、漬物などの食べ物から、巾着や扇子、かんざしと言った小物などの多岐に渡っている。名店や老舗の結構値の張る物ばかりだが、士郎は特に気にせずエヴァの言葉に頷いた。言いだしっぺのエヴァが「おい、本当に良いのか?」と思わず聞いてしまうくらいあっさりと。
修学旅行中の「関西呪術協会」の出方次第では京都での滞在を延ばさなきゃいけないか? と、案外暢気な事を考えながら新幹線に乗り込む士郎であった。

「――あれっ、しろ兄?」 「あっ、ホンマや」
「えっ、どこどこ?」 「あらあら♪」 「へっ、ホ、ホントだ」

京都に行く目的が護衛である以上、不測の事態に備えておかなければいけない。特に密閉空間である新幹線内では何かあった場合近くに居た方が対応し易いので、麻帆良中に貸し切られていない方の隣の車両に士郎の席があった。更にホテルも同じため、士郎が完全に姿を隠す意味はあまり無い。
そのため、東京駅での乗り換えの際にふと周りを見渡した明日菜が士郎に気付き、木乃香・裕奈・千鶴・美空も明日菜の視線の先に居る士郎に気付く。あと、真名と楓は士郎の気配に最初から気付いていた。

「え、衛宮さんも、き、京都、い、行くのかなぁ?」

緊張に若干震える声で美空が明日菜に訊く。

「さあ? ゆーな、しろ兄から何か聞いてる?」

「ううん、何も。修学旅行の間はお店は休みにするから、気兼ねなく楽しんでおいでとかは言われたけど」

「……もしかしてしろ兄、恋人に逢いに行くのとちゃうん?」
『!!!』

と、木乃香が不意に漏らした言葉にその場の空気がピンと張り詰める。

「しろ兄が? まっさか〜〜」

「そやかて、ウチらしろ兄とそういう話したことあんまあらへんし。そもそも、しろ兄はけっこうカッコええし、優しい上に頼りがいもあるやろ? 恋人おってもおかしくないやん」

「……まあ、ね。でもしろ兄、私たちにそんな素振り見せたことないじゃん」

「麻帆良におった頃はそうやなー。けど、麻帆良を出た後のことはウチらもよう知らんし。と言うことは、しろ兄の恋人は外国の人なんかな」

むむと唸る木乃香は若干暴走気味で、あらぬ方向に加速した想像が止まる気配はない。

「まあ、このかの言う通りだったとして、しろ兄は何で京都に?」

「外国の人やったら京都には行ってみたいと思うんやないかなー? それで京都で落ち合う約束しとるんよ。麗らかな春の京都を恋人と一緒に歩く……やーん、ええなぁー」

腕を振りつつ自分の想像に興奮する木乃香を余所に重苦しい空気を醸し出す裕奈・千鶴・美空に、木乃香の話に聞き耳を立てていた真名と楓。良く考えれば、木乃香の想像を否定する材料を自分たちは持っていない事に5人は気付いた。実は、士郎に恋人が居るのかを訊いた者はこの場に一人としていなかったりする。
もし木乃香の想像通りだったとしたら、戦う前に敗けてしまっている事になる。そのせいで空気が更に重苦しさを増す。

「……あっ、しろ兄の恋人って、もしかしてネギ君のお姉さんとちゃうん?」
『!!!』

再びの木乃香の唐突な言葉に、周囲の注目が集まる。

「何でそうなんのよ、このか?」

「ほら、ネギ君としろ兄が知り合ったのって、しろ兄が麻帆良を出た後やん? それがきっかけで確か……そや、ネカネさんとしろ兄は少しずつ想いを深め合っていって、そんで……やぁ〜〜ん♪」

頬を染めて身をくねらせる木乃香は楽しそうに想像を巡らせるが、周りの空気は対照的に重くなっていく。

「い、いくらなんでも、ちょっと無理ない?」

そんな周囲の空気を朧気に感じて、木乃香のぶっ飛んだ想像に突っ込みを入れる明日菜。

「でもな、ネギ君が麻帆良に来た時、じいちゃんの所でしろ兄に会うたやん? そん時、しろ兄はネカネさんの名前、かなり親しげに呼んでたえ」

「そ、そうだっけ?」

「うん。……もしかしたら、ネギ君としろ兄が将来義理の兄弟になるかも知れんなー」
『………』

そろそろ物理的な威圧感すら持ち始めた重苦しい空気に、全く動じる様子もなくコロコロと笑う木乃香。……大物だ。

「まあ、ホンマのとこはウチも分からんけどなー」

恋する少女たちの内心を気付かぬ内に煽るだけ煽っておいて、軽い調子で話を締める木乃香。……本当に大物である、この娘。
そして、東京駅から京都に向かう新幹線の中、突然それは起こった。

『キャ―――ッ!!?』 『ヒィ―――ッ!!?』
「!!」

3-Aが居る車両から聞こえてきた悲鳴に、士郎は素早く反応し動く。

――ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコッ

「……カエルだ 「し、しろうどのぉ――――――っ!!?」 とぉ―――っ!!?」

車両のそこかしこで跳びはねるカエルに呆気に取られた瞬間、士郎の首っ玉に飛びついてくる楓。身長181cmの楓が身を縮み込ませるようにしながら手と足を絡めるようにして、士郎の頭にしがみつく様は色々と無茶を感じさせる光景だった。……それを成し得るのも忍者の業か?
とにかく士郎は、震えながらしがみつく楓を首と肩だけで支えつつ、通路で跳ねるカエルを両手で捕らえて古が持つ袋へと投げ入れていくと言う離れ業を難なくやってのける。……古の眼が不穏に輝いた事には気付かなかったが。

「!?」 「あ―――っ、鳥!?」

カエルの回収も終わりようやく混乱も治まった頃、ネギが持つ親書が燕の式神に奪われる。それを追うネギ。士郎も追おうとしたが、

「カ、カエル、カエルは、イ、イヤでござるぅ〜〜〜〜〜〜」

カエルに怯える楓がまだしがみついていたため、断念せざるを得なかった。

……刹那がフォローに回っているから心配は要らないよ、士郎さん。それより、楓! いい加減、士郎さんから離れろ!」
「そうですよ、長瀬さん?」
「そうだそうだ! 私もカエル、ヤだったのに、長瀬さんだけずるい!」

「……いいなぁ」

ネギが親書を持って戻ってくるまで熾烈な攻防は続いたが、ようやく楓は士郎から離れる。そこで士郎は自分の座席に戻ろうとしたのだが、

「士郎さん、今回の旅行は恋人と逢うためって情報があるけど本当?」

逃走防止だろうか、膝上に風香と史伽を乗せられた上に裕奈の隣の席に座らされ通路を真名と楓が塞いだ状態で、正面に座った和美にそんな質問をされていた。

「恋人? 居ないぞ。だから逢いようが無いだろ」

あっさりすっぱりと答える士郎。

「それじゃあ、何で士郎さんは京都に?」

「……それは」
『それは?』

士郎の答えに興味を惹かれた面々が固唾を呑んで見守る。

「突然思い立ったんだ。そうだ、京都行こう、ってな」

「……それ古いよ、士郎さん」

「む、そうか?」

和美の言葉に周りがウンウンと頷くのを見て、ギャップを感じてしまう士郎。そんな士郎にたたみ掛けるように新たな質問が飛ぶ。

「じゃあ、士郎さんが恋人にしたい女性のタイプは?」

この質問に耳がダ○ボになる者、数名。

「いや、そう言うのは判らないな。……強いて言えば好きになった相手がそうなんじゃないか?」

「なら、さっきアスナとこのかが話してたけど、士郎さんってネギ君のお姉さんと知り合いなんだよね? ネギ君のお姉さんは士郎さんの恋人候補に挙がったりしちゃう?」
『!!?』

その和美の質問にドス黒い殺気にも似た威圧感が発生する。テンションに流されて迂闊な質問をした事に冷や汗を流す和美と、士郎の膝上でその威圧感に怯えてガタガタ震える風香と史伽。士郎はなぜそんな威圧感が発生したのかを訝しみながらも質問に答える。

「ネカネと恋仲になれれば大多数の男は幸せだと断言するだろうな。けど、ネカネには相手を選ぶ権利があるし、彼女は奇特な物好きじゃないだろうからそれは無いと思うぞ」
『………』

士郎の言葉にみな一様に沈黙してしまう。つまりネカネは素晴らしい女性だが、それに関係なく自分みたいな男を好きになる女性はいないと士郎は言っており、そこに自分を卑下しているような響きは感じられない。ただ事実をそのまま口にしている、そんな感じなのである。突き詰めれば、それはまるで自分には価値が無いと、士郎自身が疑いなく受け容れているからこその言葉であった。

「――そろそろ京都に着くな。みんな、良い思い出をたくさん作れよ」

言葉を失っていた周りにそう言って、優しく風香と史伽を膝から降ろし呆気ないほど自然な動作で真名と楓の間を通り抜け、自分の座席のある車両に歩いていく士郎。士郎の異常性を今のやり取りから僅かながらにも感じ取ってしまった3-Aの面々は、その背中を見送ることしか出来なかった。



京都到着直後は少々雰囲気が暗くなってしまっていた3-Aだったが、清水寺に着きクラスの記念撮影をする頃には出発時のテンションの高さを取り戻していた。

「――新幹線では士郎さん、ああ言ってたけどさ、やっぱただの観光とは思えないよねぇ」

清水の舞台から望める京都の景観を手に持つカメラに納めている士郎。ちなみに士郎が写真を撮っているのは、エヴァがした要求の一つだったりする。エヴァ曰く、

「士郎、貴様が私に見せたいと感じた風景を撮って来い。言っておくが妥協は許さんぞ? 『登校地獄』で麻帆良を離れられない私を満足させる写真を撮れよ」

とのことだった。
そんな訳で真剣な表情で写真を撮る士郎の姿に視線を向けながら、和美は明日菜に話しかける。

「何でよ? ああして写真とか撮ってる訳だし、ただの観光でしょ。それとも何、朝倉? しろ兄が観光しちゃいけないとでも言いたいの?」

などと言ってはいるが、明日菜自身は士郎が観光で京都に来ているとは思っていない。士郎が一人で積極的に旅行に出たりする性格じゃない事は、重々承知している。特定の枕詞が付けば判らないが、その点に関しては京都は内陸なので、心配は無いだろう。
ならば、士郎が自分達に付いて京都に来たのは、先日明らかになった士郎が『魔法』関係者であることが理由だろうと当りをつけていた。……バカレンジャーなのにスゴイ! とかヤルナ! とか、言ったり思ったりしてはいけない。
とにかく、『魔法』絡みなら朝倉が首突っ込まないようにしなくちゃ、と考えて明日菜は和美の問い掛けに答えたのだった。

「いや、そこまでは言わないけどさぁ……私が調べた限りじゃ、士郎さんは観光旅行するような人には思えないんだよね。それに観光なら別に私たちと一緒の所に来なくてもいいじゃん。むしろ時間ずらしたりするのが普通じゃない?」

「……そ、そうね」

「でしょ。なら、観光はカモフラージュに違いない。士郎さんの本当の目的は……」
『目的は?』

いつの間にか、明日菜と和美の周りに楓・千鶴・真名・裕奈の4人が集まっていた。……美空は少し離れた場所にいたが、実は魔法で聴力を強化して聞き耳を立てていた。

「私たち3-Aの誰かを心配して付いて来た! ……じゃないかな?」

何気に真実に近い結論に辿り着いた和美であった。ちなみに和美の言葉を聞いていた5人は、恋する乙女特有の少々カッ飛んだ妄想をしてしまっていたが。……顔を赤くしないように。

「……何か、しろ兄がストーカーみたいに聞こえるんだけど」

「アハハ、確かに。けどさ、仮に士郎さんが本当にそんな行動起こしても、そういう犯罪に結び付かない気がするのは人徳だよねぇ」

「まあね」

どちらかと言えば、SPとか護衛のイメージだ。まあ実際、3-Aを護衛している訳なんだし。

「3-Aの中に好きな娘がいてその娘を心配して追っかけてきたとかだったら、スクープだったのになぁ」

再び和美が視線を向けた先では、士郎が外国人観光客と思しき老夫婦に頼まれカメラのシャッターを押している所だった。少なくとも和美の目には、士郎が一人旅を楽しんでいるように見える。士郎の言葉通り、本当に骨休めに来ただけなんだと一先ず納得した和美であった。

「……「視ら」れているな」

と、自分が京都に居る事に関してそんな会話がされているとは夢にも思っていない士郎は、京都に入ってから自分を「視て」いる者が居ることに気付いていた。

「……厄介なことになりそうだな」

楓や刹那・真名を含んだ周囲には全く気取られず、かろうじて士郎だけが意識できる程度で向けられた相手が「視て」いる気配。それはつまり、相手が「衛宮士郎」のことを知っているに他ならない。そして、その監視の仕方から窺い知れる実力の程もかなりのものだ。士郎が呟いた通り、予想より厄介な事態になりそうである。

「……これは別口か?」

地主神社の「恋占いの石」に仕掛けられたカエル入り落とし穴に、「音羽の滝」縁結びの水に混入された酒。酔いつぶれて眠る3-Aの一部を心配しながら、士郎が自分を監視する存在とのギャップが激しい半ば悪戯のようなこれらの行為にそう思うのも無理はないだろう。……ちなみに美空・裕奈は酔いつぶれていたが、楓・千鶴・真名は全くもって平気そうであった。



夕方、「ホテル嵐山」に入った麻帆良中一行と士郎。

「やっぱりあの刹那って奴の仕業に違いねぇよ、兄貴!!」

「う――ん……確かにちょっとあやしいと思うけど……でも……」

部屋に入り荷物を置いた後、自販機前の休憩所でネギとカモが今日の事を話している所に明日菜がやって来る。

「え―――っ、私達3-Aが変な関西の魔法団体に狙われてる!?」

ネギから事情を聞いた明日菜が驚きを露にする。……一応「関西呪術協会」は歴史の古い由緒ある組織なのだが、一連の騒ぎに巻き込まれた明日菜に変な魔法団体と思われても仕方ないのかもしれない。

「また、魔法の厄介事かー。それじゃ、しろ兄もそのために京都に来てるんだ?」

「えっ……それは僕も判らないです」

「何よ、そうなの?」

「はい」

これは学園長のミスである。京都に士郎が同行する事や、今ネギとカモが「関西呪術協会」の回し者スパイではないかと疑っている刹那が木乃香の護衛である事は、本来学園長が伝えておいて然るべき事柄なのだから。

「とりあえず、しろ兄に話を聞いたほうがいいわね」

「はい、僕もそう思います」

「まあ、何かあったら私にも言いなさい。ちょっとなら力貸したげるから」

「ア……アスナさん」

「そうだ、姐さん! クラスの桜咲刹那って奴が敵のスパイらしいんだよ! 何か知らねーか?」

明日菜の言葉にじ〜〜んとしているネギの横から、カモが明日菜に刹那のことを訊ねる。

「え〜〜っ!? スパイって……桜咲さんが?」

カモの唐突な言葉に明日菜は驚く。だがそんな明日菜を余所に、カモは刹那を関西呪術協会の刺客だと断定してしまう。

「ネギ先生――、教員は早めにお風呂を済ませてくださいな」

と、そこへ風呂上りなのだろう、肌をほんのり薄紅に染めた浴衣姿のしずなが声を掛けてきた。

「ひゃっ!!?」 「あ、は、はい! しずな先生」

いきなり声を掛けられたことに驚いたネギに代わり、明日菜が返事をする。

「5班もすぐおフロだし、話の続きは夜の自由時間の時、しろ兄も一緒にね、OK?」

「は、はいっ」 「OKッス、姐さん」

そうしてネギは風呂に向かい、明日菜は部屋の戻っていった。



ネギが混浴の露天風呂で刹那に握られて間一髪捻り潰されそうになり、木乃香と明日菜を剥いてから連れ去ろうとするサルの式神の群れを撃退した後、玄関ロビーに士郎・ネギ・明日菜・刹那の姿があった。

「それじゃ桜咲さんって味方なの、しろ兄?」

「ああ。……爺さんから聞いてなかったのか、ネギ君?」

「えっ、うん。シロウが京都に一緒に来ることも聞いてないよ」

「……爺さんめ、忘れてたな」

ネギの言葉に額を押さえて苦々しく呟く士郎。

「それにしてもすまなかった、刹那。肝心な時に駆けつけることが出来なくて」

風呂で木乃香が連れ去られようとした時、なぜ士郎が居なかったのかと言うと、ホテルの外に出て周辺を調べていた所を3体の何者かに使役された悪魔に襲われたのだ。巧みな連携にそれなりに苦戦したが、士郎の敵でなく早々に討ち果たした。それでも、風呂での一件には間に合わなかったが。

「い、いえ。お嬢様は無事でした。……どうかお気になさらずに」

士郎の謝罪を歯切れ悪く受け取る刹那は居心地が悪そうである。刹那のこの態度には理由があった。
刹那にとって、士郎は複雑な感情を抱かせる相手である。自分が側に居ない間、大切な木乃香を守ってくれていた事に対しこの上も無い感謝の気持ちがある。だが、兄として慕われる士郎の姿に嫉妬してしまう。また、今の自分では到底敵わないその力にも。今回、士郎が同行することを知った時、木乃香の守りが確実になった事への安堵と自分だけでは木乃香を守れないと判断された事への憤りの相反する気持ちが、刹那の心の内で湧き上がった。
その嫉妬も憤りも筋違いであることは刹那自身、良く解っている。それでも、神鳴流剣士ではなく中学3年生の多感な少女の心は割り切ってくれなかった。だからこそ士郎の前に居ると、刹那はどうにも居心地の悪い思いを抑えきれずにいたのである。

「3-A防衛隊ガーディアンエンジェルズ、結成ですよ!! 関西呪術協会からクラスのみんなを守りましょう!!」 「え――っ!? 何その名前……」

そして、玄関ロビーでの現状と対応策について話し合いは、そんなネギの宣言で締められた。

「敵はまた今夜も来るかもしれませんね! 早速僕、外に見回りに行ってきます!!」

特使という大任に1人では心細かったが、明日菜に刹那、士郎と言う心強い味方を得た事で元気いっぱいに行動するネギ。

「あ、ちょっと、ネギー」 「いえ、いいですよ。私達は班部屋の守りにつきましょう。……衛宮さんはどうされますか?」

「……そうだな」

普通ならここでネギを追うべきなのだが、未だ自分を「視る」気配は健在だった。

「ホテルの屋根の上で周辺を警戒することにする」

「――解りました」

虚空に向けられた鷹の眼に、刹那はそれ以上を訊かず明日菜と共に部屋に向かったのだった。



「ホテル嵐山」より遠く離れた闇の中、士郎を「視て」いる存在は口を開く。

「――アリキーノ・カニャッツォ・カルカブリーナはやられてしまったか。……グラッフィアカーネ・スカルミリオーネ・チリアット・ドラギニャッツォ・バルバリッチャ・ファルファレッロ・マラコダ・リビコッコ・ルビカンテ。チグサが彼女を確保するまで、彼の足止めを」

その存在は、9体の悪魔を召喚し命令を告げた。――逢魔ヶ夜が幕を開ける。


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