――衛宮士郎の麻帆良の基本的な一日。
朝、日が昇る前に起きる。起床後、1時間程肉体と業を保つ鍛錬を行う。その後、シャワーで汗を流し朝食を食べる。
午前中、麻帆良内を回り、掃除を手伝ったり、備品の修理を引き受けたり、喧嘩を治めたり、困っている人を助けたりする。
午後、昼食を食べ終わった後も午前中と同じように麻帆良を回る。そして、この自発的な巡回を適当な時間で切り上げ『Restaurant EMIYA』に入り、業者からその日の仕入の納入を受け取った後仕込みを始める。
6時、『Restaurant EMIYA』開店。閉店の0時まで忙しく働く。ちなみに春休みに入ってから、四人娘には四日に一回休みのローテーションを組ませるようになった。
閉店後、丑寅の時間がピークとなる麻帆良への侵入者の撃退を終えてから自室に戻り、その日の内に終わらせなければならない雑務を片付けてから就寝。
……本人にそんな自覚は欠片もないが、凄まじくハードワークな日々を過ごす士郎であった。
立派な魔法使いと錬剣の魔法使い・第6幕 「正しくも間違いし理想」 <蒼銀さん>
この日、午後の巡回を終えて店に向かう途中、士郎は怪しい行動をしている一団を発見した。
「……何やってるんだ、明日菜にネギ君は? それに一緒にいるのはオコジョ妖精か?」
その怪しい一団とは、認識阻害の魔法をかけた上に身を隠すようにしながら行動するネギと明日菜にカモだった。
「もしかして、尾行しているのか、あれは?」
士郎の目から見れば、余りにも拙過ぎる尾行と思しき行動。まあ、尾行対象に察知されていない事から、そう捨てたものではないのかも知れない。ただ、認識阻害の魔法がなければ、道行く人達の生暖かな視線と苦笑いを誘ったに違いないが。
「……あれは確か、絡繰茶々丸だったか?」
一応、学園長からネギのクラスの名簿を渡されていた士郎は、ネギ達が尾行している相手に思い当たる。そして、渡された名簿からその素性も把握していた。
「俺も尾けた方が良いかも知れないな、これは」
ごく短時間の思考の後、士郎はネギ達を尾行し始めた。ネギ達と違い「固体の蛇」に比肩するようなストーキングで。――そして、
「熾天覆う七つの円環!!!」
一部始終を見守っていたが、放たれた魔法の矢がネギの意を受けて急旋回した瞬間、士郎はネギの前に飛び出し、自身の内側から引き上げた「盾」で魔法の矢を防いだのだった。
『………』
ネギも明日菜もカモも茶々丸も、突然現れた闖入者に困惑し沈黙していた。だが、
――ドウッ!!
茶々丸はすぐに困惑から立ち直り、背中と足裏のバーニアでその場から飛び去っていく。
「ちょっ、あ、兄貴ぃっ!? あのロボが逃げますぜ!? なにボサッとしてるんすかっ!!?」
隠れていたカモがネギの足元に駆け寄って声を上げる。しかし、ネギにその声は聞こえていなかった。何故なら、振り返った士郎が自分を見据える静かな眼差しに囚われていたからだ。
「シ、シロウ、僕、僕は………」
歩み寄ってくる士郎に、ネギは事情を話そうとするが言葉が出てこない。怖かった。自分のしようとしたことを知られる事で、士郎に重ねて見た、あの「背中」が遠のくような気がして。
「………」
ネギの目の前で夕日を背に立つ士郎の表情は、逆光のためよく判らない。士郎の手が動く。ネギは思わずギュッと目を瞑った。
「――無茶するな、ネギ君は」
「…………え?」
頭を撫でる暖かな感触と耳朶に響く優しい声音に恐る恐るネギが目を開けると、そこには穏やかな表情の士郎の顔があった。
「『魔法の盾』があるからって、さっきのは下手したらネギ君の命が危なかったんだぞ?」
命の危険があったと言う士郎の言葉に、自分が茶々丸に対してしようとした事を再度認識したネギは俯いてしまい、
「……ご、ごめん、なさい」
大粒の涙と一緒にそんな言葉を零した。
「大丈夫。こうしてネギ君もさっきのあの娘も無事なんだ。だから、ネギ君は間違っていないさ」
「ち、違うよ、シロウ! 僕は、僕は自分のことだけを考えて、ヒドイ事を茶々丸さんにしようとしたんだ!」
士郎の言葉に顔を上げたネギは、目一杯に涙を溜めながらそう叫ぶように告白する。
「……けど、ネギ君は間違えなかった。そうだろ? それでもネギ君が自分を許せないのなら、これから自分が本当に「正しい」と思う事をしていけば良いさ」
ネギの告白を聞いても士郎の穏やかな表情は崩れず、そう言ってネギを諭した。その言葉に士郎が自分を信じてくれていると感じたネギは、胸が詰まり言葉を口に出せずにコクコクと頷く事しかできない。
「――あのさ、ちょっと良い、しろ兄? もしかして、しろ兄も『魔法使い』なの?」
と、話に置いてきぼりだった明日菜が切が良い所と見て取って、士郎に問い掛けてきた。
「む、……厳密に言えば違うけど、まあ、関係者だ。で、明日菜はいつ『魔法』の事を知ったんだ?」
「えっ、ネギが来たその日になんだけど」
「なんでさ」
予想外の明日菜の言葉に、思わず口癖が出る士郎。そして、明日菜からその経緯を聞く士郎。
「……まあ、人助けをしてバレたんじゃしょうがないか。これからは気を付けるんだぞ、ネギ君」
「う、うん、シロウ」
「で、明日菜。本来なら『魔法』の事を知った一般人に対しては記憶を処置するのが通例なんだが……」
「え゛っ」
士郎の言葉に身構える明日菜。そんな明日菜に手で宥める仕草をしてから、士郎は言葉を続ける。
「俺はそんな魔法を使えないし、ネギ君も同じだろ? 事情が事情だからこの事に関しては明日菜に他言しないよう頼むしかないな」
「別に私は言いふらしたりはしないわよ」
「そうだな。明日菜はそんなことをする娘じゃないもんな」
「う゛っ」
士郎のこういう事を臆面も無く言い切る所が、明日菜は苦手だったりする。だって、ストレート過ぎて恥ずかしいし。
「でも、なんだってネギ君と『仮契約』まで結んでるんだ?」
「そ、それはコイツのこと……ほ、ほっとけなくて」
「そうか。……『魔法』の世界=危険とまでは言わないが、全く危険が無い訳でもない。ネギ君もだけど、助けが欲しいと思ったらすぐに話してくれよ?」
「……うん。解ったわ、しろ兄」
『魔法』に関わるなとは言わない。なんだかんだ言いながら面倒見が良くこれと決めたら譲らない妹分の性格はよく解っているから。それに麻帆良にいる間は、命に関るような危険に遭うこともそう無いだろう。
「――あ、兄貴っ! こちらの旦那もこう言ってる事ですし、真祖の野郎をブッ倒すのを手伝ってもらいましょうぜ!!」
「そう言えば、このオコジョ妖精は?」
ネギの足元で声を張り上げるカモを見て、士郎がネギに訊く。
「あっ、今度僕の使い魔になってくれたカモ君だよ、シロウ。……ねえ、カモ君。エヴァンジェリンさんと茶々丸さんのことは、先生である僕が解決しなけきゃいけないことなんだよ」
「け、けどよぉ、兄貴」
「二人は僕の生徒なんだから、そうすることが僕にとっての「正しい」ことだと思うんだ」
決意に満ちた表情でそう言い切るネギに、カモは二の句が継げない。そして士郎もネギのその表情を見て、ネギの意思を尊重する事に決めた。
「それじゃあ、僕行くね。助けてくれてありがとう、シロウ!」
「ちょっ、待ちなさいよ、ネギ! 私も行くね、しろ兄。コラー、待てって言ってるでしょーが!」 「あっ、待ってくださいよ、兄貴、姐さぁ〜ん!」
自分がやるべきことを心に決めたネギは、迷いが吹っ切れた表情でその場を後にする。そんなネギの後を追う明日菜とカモ。そして、去っていく2人と1匹の背中を見送った後、
「……エヴァンジェリンと話した方が良いだろうな」
そう呟いてから、士郎は店に向かうためその場を後にした。
翌日の土曜日の昼過ぎ、士郎は手土産に自作の季節のフルーツタルトを携えてエヴァの家を訪れた。
「……ようこそ、衛宮さん」
「こんにちわ。エヴァンジェリンはいるかな?」
士郎の訪問を感知していたのか、玄関に茶々丸が出迎えに出ていた。
「マスターは居間でお待ちです。どうぞ、お入り下さい」
茶々丸の案内に従い居間に通される士郎。居間のソファには、家の主たる真祖の吸血鬼がその身を優雅に預けていた。
「初めまして、で良いかな、エヴァンジェリン」
士郎はエヴァのことを知っていたが、エヴァは士郎の事を知らなかったので、今まで接触した事があっても、ここは「初めまして」と言うのが正しいだろう。
「……そうだな。初めまして、衛宮士郎。私がエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」
手土産を茶々丸に渡した士郎は、エヴァの視線が示した対面のソファに腰掛ける。
「それで? 私に何の用だ、衛宮士郎」
楽しそうな薄笑みを浮かべながら士郎に問い掛けるエヴァ。そんな単刀直入なエヴァの問いに士郎も同じように答える。
「ネギ君のことで頼みがあるんだ」
「――ほう。で、どんな頼みだ?」
「ネギ君を折らないでやってほしい」
ネギには確かに類稀なる才能がある。だが、それでも今は実戦経験など皆無に等しい10歳の子供なのだ。対するエヴァは学園結界によって魔力が封じられその真の力を全く揮えないとは言え、茶々丸が従者となった2年前より以前は1人で麻帆良防衛の一角を担ってきた実力者だ。
そんなエヴァが本気で相手をすれば、未熟なネギの意志など容易く手折られるに違いない。それを懸念して、今日、士郎はエヴァを訪ねたのだ。
「……殺すなの間違いじゃないのか?」
だが、エヴァにしてみれば、士郎のその頼みは予想外であった。その力は別にして、士郎の立ち位置は普通の魔法使いと同じと思っていたから。
「なんでさ? エヴァンジェリンはネギ君を殺したりしないだろ」
心底意外そうな士郎の返答に、エヴァは酷薄そうな笑みを浮かべ殺気を放ちながら切り返す。
「私は「闇の福音」だぞ? どうしてそんな事が言える?」
「どうしてって、……エヴァンジェリンはそんなことをしないだろ」
「だから、私はその結論に至った根拠を聞いているんだ、この馬鹿者」
「根拠? だって、エヴァンジェリンはネギ君を殺すつもりなんてないだろ」
「…………もういい。では、その頼みを聞き入れる代償として、貴様は私にどんな対価を払う?」
士郎に論理的な回答を期待しても無駄と悟ったエヴァは、話を戻して問い掛ける。
「俺に出来る事であれば、何でもするぞ」
「――――ならば私の従者になれ、衛宮士郎」
忠誠の証に足を舐めろと言わんばかりの悪全開の雰囲気で士郎に条件を告げるエヴァ。対する士郎は一瞬目を見開くが、すぐに答えを返した。
「悪いけど、それは出来ない」
――まあ、当然の返答だな
エヴァにとって士郎の答えは予想できていた。「魔法使い」に組する者が、「闇の福音」の従者になることを了承する筈が無いからだ。けれど、士郎の答えには続きがあった。
「俺には一つの「理想」がある。だから、俺は誰かの従者になるつもりも、誰かを従者にするつもりもない。俺の「理想」に巻き込むつもりはないからさ」
エヴァだから断るのではなく、誰であっても断るのだと。その言葉にエヴァは士郎の「理想」に興味を惹かれる。だから、問いかけた。――自身の転機となる質問を。
「貴様の「理想」とは何だ、衛宮士郎」
「――――俺の「理想」は全てを救うことだ。誰もが笑っていられる世界だ」
士郎は一切の躊躇も無く、一片の迷いも無く己の「理想」を口にした。そんな士郎に苛立たしげにエヴァは声を荒げる。
「…………ハッ、馬鹿か、貴様? 今日日、ガキでもそんな馬鹿げた事は言わんぞ。大体、そんなことは不可能だ。神ですら出来ん事を人の身で出来る筈もなかろう。
――断言してやる、衛宮士郎。その間違った「理想」を追い求める限り、貴様の人生は無為の徒労に終わり、無惨な屍を路傍に晒すことになる……愚者の結末に相応しい最期を以ってな」
「……そうだな。俺は間違ってる。解ってるんだ。けれど、この「理想」は間違いなんかじゃない。だから、俺は正しく間違っていくよ。いつか、その間違いの報いを受けるその日まで」
「――貴様、どうしようない馬鹿だな」
「自覚してる。けど、変えようもないし、変えるつもりもないさ」
エヴァの心底呆れたと言った風の言葉に、士郎は何とも素直な含羞の微笑で応えた。
「〜〜〜〜ッ!?」
その微笑がまずかった。エヴァの心の琴線を思いっきりしびれさせた。エヴァは血が顔に上ってくるのを自覚して、慌てて士郎から顔を背ける。そもそも、エヴァは馬鹿は大嫌いだが、大馬鹿には弱い。だからこそ、彼女が認める大馬鹿であるナギに惹かれ欲した。
そして士郎は、ナギとはベクトルが全く違うがレベルはほぼ同じの大馬鹿だ。故に、エヴァはますます士郎が欲しくなった。
「……ぼーやの件、とりあえずは「貸し」だ。貴様には利息付でその「貸し」、追々返してもらう事としよう」
某「あくま」の如き素敵スマイルを浮かべながらそう言うエヴァ。長期的な計画で士郎を従者にする気、満々である。
「む、……了解した、エヴァンジェリン。ただお手柔らかに頼むぞ」
エヴァの「あくま」スマイルに僅かに腰を引かしながら答える士郎。
「フフッ、それは私の気分次第だ。――覚悟はしておけよ、衛宮士郎?」
愉快そうにそう言うエヴァに士郎は嫌な予感はひしひしと感じてはいるが、ものを頼む立場である以上拒めるはずもなく、エヴァの言葉に頷く他ない。
「あと、私をエヴァと呼ぶ事を許してやろう。光栄に思えよ、士郎?」
「了解した、エヴァ」
この後、士郎謹製の季節のフルーツタルトを食べたエヴァが、一層士郎が欲しくなったのは余談である。
深夜、士郎はこの日の警備の担当区域で双剣を振るい、式鬼を斬り伏せていた。
「転移魔法符で間合いを詰める、か。まあ、妥当な戦法だね」
通用するかは別にして、と考えながら士郎の後方から援護射撃をする真名が呟く。
士郎が麻帆良に戻ってきてからの2ヶ月余り、麻帆良の防衛体制にもかなりの人員的余裕が生まれていた。何せ最大攻撃射程4kmと言う破格の士郎の防衛圏。士郎一人で並の魔法先生数人分の範囲をカバーできると言って過言ではないし、実際そうしている。
そのため、士郎の帰還は魔法先生側に大歓迎されている。魔法先生の中でも妻帯者には特に。生真面目で知られるガンドルフィーニは、某お寺の次男坊張りに申し訳なさを感じつつも最大限の感謝をしていたりする。また、手が足りないと思われた時は警備に駆り出されていた刹那も、木乃香の護衛だけに専念できるようになっていた。
そして麻帆良に侵入を果たそうとする者達には、恐るべき脅威として認識されている。超長距離の射程を掻い潜る事は全く出来ず、射手の姿を確認することも叶わずに倒されてしまうのだから。ともあれ、2ヶ月も経てば対応策を考えられるのが当然だ。士郎はその異常とも言うべき射程距離の長さから長距離攻撃に特化した者と認識され、そうであるなら懐に入りさえすれば容易く打倒できると思うのが人情である。
が、実際は敵が高額な転移魔法符を大量につぎ込んで間合いを詰めても、士郎の防衛圏を突破できる者は皆無に終わることになる。スコープ越しに双剣を振るう士郎の背中を見ながら真名はそう確信していた。
ちなみに、真名はこの2ヶ月間、ずっと士郎と組んでいる。麻帆良の防衛体制の観点から言えば、士郎と真名が組む意味合いは薄い。と言うか、真名は仕事らしい仕事を殆どしていないと言って過言ではない。士郎の弓の間合いを抜けれる者は皆無だったからだ。
にも関らず士郎と真名が組んでいるのは、学園長の額に銃口を押し付けての真名の誠心誠意の脅迫の結果だろう。こうして、士郎の一緒の時間と殆ど何もせずに報酬を得ると言う一石二鳥を体現している真名であった。
しかし、そんな真名の一人勝ちに近い状況もこの夜までであった。
「忍!」
鋭い声と共に飛来した大型の十字手裏剣が、士郎に迫る式鬼の群れの一角を薙ぎ払う。
「「!?」」
士郎と真名が手裏剣が飛んできた方向を見れば、そこには忍び装束を纏った楓の姿が。
「――甲賀中忍、長瀬楓、助太刀致す!」
そう言って楓は士郎の許へ跳び、士郎の背中に自分の背中を預けるようにしてから構えた。……その瞬間、真名が覗くスコープの中心に楓が居たのは偶然ではあるまい。そして、スコープの中心に捉えられた楓が真名に向かってニヤリとしていたのも同様であろう。
「楓、どうしてここに居る?」
「その話はこの化生達を片付けてからするでござるよ、士郎殿」
「……分かった。油断はするなよ、楓」
「あいあい♪」
結局、士郎に真名、楓の三人によって、瞬く間に式鬼の群れは殲滅されてしまった。まあ、この3人なら当然の結果だろう。そして戦いが終わった後、楓への事情聴取が始まった。
「それで、どうしてここに居るんだ、楓?」
「それは、士郎殿と真名が店が終わった後二人きりで出かけて何をしていのるか、気になって気になってどうしようもなかったでござるから」
「……それで私達を尾けたと言う訳か、楓」
「そうでござるよ、真名」
忌々しそうに吐き捨てる真名に不敵に口の端を吊り上げながら答える楓。二人の視線がぶつかる場所で紫電が弾けるが、士郎は楓は好奇心旺盛なんだなと見当違いな納得をしていた。
「だが、ここに来るまでに人払いの結界があった筈だが、それはどうしたんだ?」
「結界破壊の術を使ったでござるよ」
「……そうか。それにしても、楓は驚かないんだな」
「先ほどの化生のことでござるか? 拙者、山奥で育ったので色々と世のことには疎いでござるが、化生と対峙した事はこれが初めてではござらぬよ」
「なるほど、そうなのか」
「あいあい。で、士郎殿、相談があるのでござるが」
「……内容に関してはあらかた予想できるが、相談と言うのは何だ、楓?」
「これからは、拙者も戦いに参加させて欲しいでござるよ」
「ダ 「ダメだと言うのは無しでござるよ。拙者と同い年で実力も同じほどの真名が良くて拙者が駄目と言うのは納得できぬでござる」 ……む」
確かに楓の言うことも尤もである。と言っても、士郎の性格上容易く頷けるものでもない。かと言って、士郎が楓を説得するのは難しいだろう。そのため、士郎は仕方なく最高責任者である学園長に判断を仰ぐ事にした。
「……ひ、人手が増えるのは、ワ、ワシらからすれば、か、歓迎すべき事じゃから、こ、断る理由はあまり無いんじゃないかのぅ、…………ヒィッ!!? 」
士郎に見えない位置から地底図書室で見せた凶眼を以って威圧された学園長は、トラウマを刺激されたのかガクブルしながら楓に屈したのだった。そのせいで、真名の凶眼に曝され掠れた悲鳴を上げることになったが。
「……おのれ、楓」
「……まあ、とりあえずは良しとするでござるよ」
まあ、その結果、これからは前衛向きの楓と後衛向きの真名が組み、オールラウンダーの士郎は一人で警備をすることになってしまった。真名は士郎とのコンビを解消されたことから、楓は不満は残るが士郎と真名の二人きりの状況を阻んだ事からそう呟いた。
翌日、学園長は原因不明の深手を負い休むことを余儀なくされたが、この怪我に二人の恋する少女が関っているかは定かではない。
数日後の麻帆良大停電の夜、士郎は学園都市の端にある橋の頂上部に居た。停電により「学園結界」が弱まるので、それに合わせた外からの襲撃に備えてである。勿論停電のため、店は休みだ。
「……詰めが甘いぞ、ネギ君」
麻帆良に侵入しようとする者を弓矢で撃墜しながらも、橋の上で繰り広げられているネギとエヴァの対決を士郎は見守っていた。捕縛結界を無効化され駄々を捏ねるネギの姿に苦笑する。とは言っても、碌に実戦経験の無いネギが一人で、遊びがあったとは言えエヴァ相手にここまで保った事は賞賛に値するだろう。
「コラ――ッ、待ちなさい――っ!!」
「む、あれは明日菜か?」
いよいよエヴァがネギの血を吸おうと顔を寄せた所に、明日菜がその場に駆けて込んでくる。これにより場は2対2となり、明日菜対茶々丸、ネギ対エヴァと言う図式になった。そして、2度の「魔法の射手」の応酬の後、ネギは勝負を決するため自身の最強の魔法を撃つ。
「ラス・テル マ・スキル マギステル 来れ雷精 風の精!! 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐 雷の暴風!!!」
対するエヴァも、同種の魔法で迎え撃つ。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック 来たれ氷精 闇の精!! 闇を従え 吹雪け 常夜の氷雪 闇の吹雪!!!」
2人の魔法は爆音を伴って激突し、同種の魔法であるが故に拮抗する。だがその拮抗は、
「は……、ハックシュン!!」 「な…何!?」
ネギのクシャミによる暴発で破れた。
「……やりおったな、小僧。フフッ…フフフ、期待通りだよ。……さすがは奴の息子だ」
ネギの魔法を受け素っ裸になるエヴァ。しかし、決着はまだ付いていないと再び呪文の詠唱を始めようとしたその瞬間、
「いけない、マスター! 戻って!」 「な、何!?」
予定より7分27秒早く停電が復旧した。何故そうなったのかと言うと、本来なら予備システムが作動するのでいつもの襲撃とそう変わらない筈だったのだが、エヴァがネギとの対決のために茶々丸に命じて予備システムにハッキングさせ、学園結界を落としていたので麻帆良は丸裸同然になってしまっていた。
そして、この状況を好機と見て取った外の者達が麻帆良に押し寄せたのだ。この想定外の事態に対し現場の人間は予定時間よりも早い停電の復旧、即ち学園結界の復活を要請。結果、7分27秒早い停電の復旧が実現したのだった。
バシンッ!!!
「きゃんっ!!!」
学園結界の復活により魔力を封印されたエヴァは、翔ぶ術を失い湖へと墜ちていく。墜ちるエヴァをネギと茶々丸が追おうとするよりも早く、そのキレた叫び声は響いた。
「フハハハハハハッ、フィ―――ッシュッ!!!」
叫び声と共に凄まじいスピードで赤い布が伸び、墜ちるエヴァに巻き付き拘束。次の瞬間、エヴァは高々と言葉通りに釣り上げられ、その赤い布を持った人物の腕の中に納まっていた。
「シロウ!?」 「衛宮さん!?」
誰よりも早く湖に墜ちていくエヴァを救ったのは、停電が復旧した瞬間、状況を予測し動いていた士郎であった。そして、そんな士郎の出現に驚くネギと茶々丸。
「し、しろ兄……」
明日菜だけは、自分も良く知る特定の条件においての士郎の豹変振りが変わってない事に項垂れていたが。
「大丈夫か、エヴァ?」
自分の腕の中に納まったエヴァを覗き込みながら問い掛ける士郎。で、問い掛けられたエヴァだがプルプルと震えていた。……生涯初の赦し難き屈辱から。
「フンッ!!!」 「うおっ!!? い、いきなり何するんだ、エヴァ?」
本気の合気で士郎を勢い良く転ばすエヴァ。辛うじて受身を取った士郎はエヴァが放つ鬼気に怯む。
「……永き生の中で、化物として忌み嫌われ蔑まれることは日常茶飯事だったが、…………さすがに釣果扱いと言う屈辱は今日が初めてだぞ、士郎っ!!!」
妙な不快感を感じる赤い布を巻きつけるようにして身に纏ってから、肌を紅く染める程の湧き上がる怒りのままに、転んだ士郎にゲシゲシと踏みつける様な鋭い蹴りを連続で放つエヴァ。
「す、すまん! だ、だが、落ち着け、エヴァ! き、君は今の自分の姿を顧みるべきだ!」
エヴァの蹴りを顔を逸らして受けつつ焦っているのか弓兵っぽい口調でそう言う士郎。士郎の言葉に頭を冷やし冷静に自分の姿を顧みるエヴァ。
「――――ッ!!」
その瞬間、先程とは違う意味で肌を紅く染めることになった。何せ、今のエヴァは赤い布を体に巻きつけただけの状態。そんな状態で踏みつけるような蹴りを連続で放てば、当然丸見えである。相手が子供であるネギならエヴァも気にしなかったかもしれないが、相手は成人の士郎だ。……エヴァは羞恥で全身真っ赤になった。
ドッカ――――ンッ!!
「うおぉぉぉぉっ!!?」
と、どこからともなく飛来した強大な気弾が炸裂し、転がされていた士郎を高く舞い上げる。
ガァ――――ンッ!!
「グハッ!!?」
次に、いやに大きく響いた銃声と共に、舞い上げられた士郎が唐突に吹き飛ぶ。
バキィ――――ッ!!
「しろ兄のエッチ―――ッ!!!」 「へぷろばぁっ!!?」
更に吹き飛ばされた先にいた明日菜のキックで蹴り飛ばされ、湖へと墜ちていく士郎。
ドッゴォ――――――ンッ!!!
「氷神の戦鎚!!!」
そして、羞恥が反転した赫怒によりブーストされた魔力によって放たれたエヴァの魔法が、湖に沈んだ士郎に止めを刺す。
「シ、シロウ―――ッ!!?」
ネギが橋から湖を覗き込むが、氷塊が起こした細波が消えても湖面に浮かぶものは無かった。
「ぼーや」 「ひゃいっ!!?」
背後から掛けられたエヴァの声に震え上がり、恐る恐る振り返るネギ。
「……今日の所は、ぼーやの勝ちという事にしておく。とりあえず授業にも出てやるし、しばらくは命を狙うのも止めてやろう」
「…………えぇぇぇっ!!?」
エヴァの思いもかけない言葉に驚くネギ。
「だから、私はもう帰らせてもらうぞ! さらばだ、ぼーや!!」 「待ってください、マスター。ネギ先生、神楽坂さん、失礼します。また明日」
驚くネギを尻目に足早に去っていくエヴァ。……足早である所にエヴァの内心が表れている。と言うか、要は思わぬ醜態を演じたこの場を早々に離れたいのだろう。そんな風に瞬く間に小さくなるエヴァの背中を見送っていたネギと明日菜だったが、
「…………ハッ、シ、シロウを助けなきゃっ!? それに、僕の杖っ!?」 「そ、そうよ!! し、しろ兄―――っ!!?」
状況を思い出して、橋の上であたふたと慌てる。
「……一応、無事だ。それと、ネギ君の杖」
「「わひゃ―――んっ!!?」」
と、いつの間にかネギの杖も回収して湖から上がってきていたずぶ濡れの士郎に後ろから声を掛けられた事に驚いて、ネギと明日菜は揃って珍妙な悲鳴を上げたのだった。
翌日、士郎は少し風邪気味だった。春とは言え夜にずぶ濡れになり、氷塊と共に湖に沈んだのに丈夫な男である。また、しばらく士郎はエヴァと会う度に殺気の篭った視線を向けられる事となった。
――――こうして、「桜通りの吸血鬼」事件は幕を閉じたのであった。
|