3学期終了式の日、「学年トップおめでとうパーティ」の後に、『Restaurant EMIYA』を貸し切っての「ネギ先生正式採用おめでとうパーティ」が開かれていた。パーティは立食形式で、皆、美味しい料理を乗せた皿を手に楽しそうにしている。昼にアクシデントに見舞われた長谷川千雨ちうでさえ、口にした料理の味に顔を綻ばせていた。

「……衛宮さんって、イイ肉体からだしてますよね」

そんな皆が士郎の料理に舌鼓を打つ中、ハルナが追加の料理を運んできた士郎に、妖しい光を湛えた視線を送る。

「そ、そうか?」

ハルナの視線の妖しさに、さすがの士郎も少々引いてしまう。

「ええ。こう、模範的って言うのかな? すごくバランスの取れた筋肉の付き方をしてますよ」

凡人であるが故に、自身の最大効率による最大活用こそが戦いにおいて求められる士郎の肉体は、パワー、スピード、タフネスと言った要素が、自身の極限とも言うべきレベルで調和した状態に鍛え抜かれている。
だからそんな士郎の肉体は、ハルナの言う通り模範的な体付きをしていると言っていいだろう。……そして、それを服の上から見抜くハルナの眼力は流石と言わざるを得ない。

「で、衛宮さん、お願いなんですけど、……うちの部のために一肌脱いでくれません?」

「? まあ、俺に手伝える事なら手伝うけど」

基本、頼まれ事に安請け合いする男、衛宮士郎。……ハルナに対しては迂闊な行為である。

「ホントですか? それじゃあ、ヌード・モデル、お願いします!」

『ブッ!?』

爛々と瞳を輝かせるハルナの言葉に士郎も含めた何人かが噎せる。

「……ヌ、ヌード・モデル!? な、何でさ!? と言うか君の部活は一体何なんだ!?」

「あ、私漫画研究会に所属してるんですけど、衛宮さんみたいなイイ肉体の資料が少なくて。だから、デッサンのモデルと資料用の写真も撮らせてもらいたいんですよ!」

「いや、断らせてもらう」

「えぇ〜〜。さっき手伝える事は手伝うって言ったじゃないですかぁ〜〜」

「……勘弁してくれ」

「でも、文字通り一肌脱ぐだけですよぉ? 芸術の為だし、減る物じゃないんだし、漫研のメンバーは野菜と思えば大丈夫ですよ! それに新たな性癖が目覚めたりするかも……」

「余計、断らせてもらう!」

「ん〜〜〜。それじゃあ、最大限譲歩して水着着用で。それならO.Kでしょう?」

「………まあ、それなら」

「やりぃ! じゃあ、お願いします! 日取りとかは後で連絡しますね。あ、ネギ君もお願いね! 少年の裸の資料が欲しいから!」

「ええっ、ぼ、僕もですかっ!!?」

「部外者の衛宮さんがO.Kしてくれたのに、先生のネギ君が可愛い生徒の頼み、断ったりしないよね♪」

「あうぅ」

「ハルナさん! その日、私も漫画研究会にお邪魔してもよろしいかしら!?」
「「「「ハルナさん/殿/パル/早乙女、私/拙者もお邪魔してもいいかな/かしら/ござるか!?」」」」


上機嫌のハルナに、猛烈な勢いで詰め寄るあやか、楓、千鶴、真名、裕奈。……ここに来て士郎は自分の言葉に後悔していたが、正に後の祭りであった。
そして、後日。漫画研究会の部室で黄色い悲鳴が上がりまくり、部室から出てきた時、士郎とネギは憔悴し切っていたのだった。



立派な魔法使いマギステル・マギ錬剣の魔法使いサウザンド・ブレイズ・第5幕 「穏やかな日常×闇との対峙×鋼の守護者」 <黒鎧さん>



春休みが終わり、麻帆良で新年度が始まった。
始業式を終え、ネギと生徒たちは2-A改め3-Aの教室に戻る。

『3年! A組!! ネギ先生ーっ!!!』

「えと……改めまして3年A組担任になりました、ネギ=スプリングフィールドです。これから来年の3月までの一年間、よろしくお願いします」

『は――い! よろしく――!』

3-Aらしい元気一杯の新年度の始まりに、これからの一年への期待に胸をドキドキさせているネギ。

「――ん?」

だが、そんなネギに向けられる静かな、しかし背筋が震えるような威圧感のある視線があった。

――あの娘は……出席番号26番エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん……

エヴァからの視線を受けてネギが生徒名簿を確認していると、

「ネギ先生、今日は身体測定ですよ。3-Aのみんなもすぐに準備してくださいね」

「あ、そうでした。ここでですか!? わかりました、しずな先生!」

身体測定の時間である事を連絡しにしずながやって来たので、ネギはエヴァの事を意識の外に追いやり慌てて身体測定の始まりを告げる。

「で、では皆さん身体測定ですので……えと、あのっ、今すぐ脱いで準備してください!」
『………』


クラスの反応から、自分が言った言葉の内容にハッとするネギ。

『ネギ先生のエッチ〜〜〜ッ!!!』
「うわ〜〜ん!! まちがえましたー

皆の笑い声と共に、ネギは教室の外に逃げるように出て行く。

「ネギ君からかうとホント面白いよねー♪」
「この一年間楽しくなりそーね」

ネギがいなくなった教室でそんな会話を交えながら、和気藹々と楽しそうに身体測定をするクラスの面々。

「ねえねえところでさ、最近寮ではやってる……あのウワサ、どう思う?」

今日登校してきていないまき絵の事や、柿崎美沙が口火を切った「桜通りの吸血鬼」の噂話に盛り上がる。

「も――、そんな噂にデタラメに決まってるでしょ。アホなこと言ってないで、早く並びなさいよ」

「そんなこと言って、アスナもちょっとこわいんでしょ〜」

「違うわよ! あんなの日本にいるわけないでしょ!」

桜子の言葉に黒板に木乃香が描いたチュパカブラの絵を指差しながら言う明日菜。だが、図書館島や魔法使いであるネギの存在を思い出し、明日菜は顔色を変える。

「――そのとおりだな、神楽坂明日菜」
「え」

そんな明日菜にクラス内では誰かに話し掛ける事が珍しいと認識されているエヴァが声を掛ける。

「ウワサの吸血鬼はお前のような元気でイキのいい女が好きらしい。……十分気をつけることだ」
「……え!? あ……はあ」

いきなりのエヴァの言葉に面食らう明日菜。そんな時だった。

「し、信じられねえ!!」

ハルナの叫びが上がったのは。

「……何事ですか、ハルナ」

ハルナの叫びに眉を顰めた夕映が問い掛ける。

「……千鶴さんに楓さん、龍宮さん、ゆーな、四人の乳が0.5cm大きくなってる」
『!!!』

そのハルナの言葉に、教室が緊張感で張り詰める。

「三強のBが更に増えたかぁ。トップ3の牙城は崩れず、強固さを増すばかりって訳だねぇ」

「……朝倉、違うのよ。四人が0.5cm増えたのはBサイズじゃない。…………トップとアンダーの差、即ち乳のサイズそのものが増えてんのよ!!」
『な、何だって―――!!?』


クラスを呑み込む驚愕の津波。スリーサイズにおけるBの0.5cmとトップとアンダーの差0.5cmでは、数値は同じでも内実において天と地ほどの差があると言えるだろう。……それを見抜くハルナの眼力も只者ではないが。

「茶々丸、ハルナさんの言葉は正しいの!?」

「………解析スキャン、終了。早乙女さんの言う通りのようです」

葉加瀬聡美の問い掛けに、四人の体型をセンサーで解析スキャンした茶々丸はハルナの言葉が真実であると告げる。

「……た、確かに、ちづ姉、ここんとこ、ブラが少しキツくなったって言ってた」

千鶴と寮が同室の村上夏美が自身の胸を見て、やるせない風の溜息を吐きながらそう零す。

「ち、ちづるもかえで姉もまなさんもゆーなも、ず、ずるい――っ!」
「ずるいです――っ!」

Bサイズはクラス最小、映画館や遊興施設の入場料は子供料金でO.Kな風香と史伽はおっぱいの偏在に憤る。

「まあ、成長期ですから」
「拙者はさらしだから、実感は余り無いでござるなぁ」
「別に、そう大した事じゃないだろう?」
「でも、部活の時とかちょっと邪魔だよ?」

「……それは持てる者だからこそ言える言葉だよぉ」

恋敵たちの余裕とも取れるその言葉に、自身を鑑みて項垂れる美空。……ふぁいとだ、みそらん。

「けど、四人とも胸だけ増量しちゃうなんてさぁ、何か秘訣とかあるんでしょ、やっぱり?」

和美がそう言って四人に詰め寄る。秘訣とやらがあれば、「まほら新聞」に載せる気満々っぽい。

「そう言えば、四人は『Restaurant EMIYA』でウェイトレスしてたっけ。実は『Restaurant EMIYA』の料理には豊乳効果があるとか」

「まっさかぁ〜〜。士郎さんの料理は美味しいけど、そう言うのはないでしょ」

和美の言葉を裕奈が笑いながら否定する。

「……とは言え、無関係ではないかも知れないな」

「確かに。士郎殿の料理は栄養のバランスも良いし、食べると体に活力が漲るでござるよ」

「そうね。でも、美味しいからついつい食べ過ぎちゃうのが困りものだわ」

しかし続く真名と楓、千鶴の言葉にクラスが色めき立つ。

「……小っちゃい頃、しろ兄のごはんを食べた量の差が、今のウチとアスナの差なんやろうか?」
「こ、このか!?」

自分の胸に手をやって明日菜の胸を見ていた木乃香のそんな呟きが、3-Aに士郎の料理に豊乳効果があるのではと言う認識を植え付けてしまった。……自身の現状に悩む少女達の目が輝く。示された希望の光を真実だと信じて。
そのため、話題の中心が『Restaurant EMIYA』に移ったのだが。

「……でも、『Restaurant EMIYA』には彼氏と一緒にはあんまり行きたくないわ」

「何で? 「ネギ先生正式採用おめでとうパーティ」の時、美沙、今度彼氏と一緒に来ようって言ってたじゃん」

そんな中零れた美沙の呟きに、傍にいた釘宮円が聞き返す。

「……春休みに、一緒に『Restaurant EMIYA』へご飯食べに行ったよ。値段は許容範囲内で、すっごく美味しかった。…………ホント美味しい中華だった」

「? それなら、良かったじゃない。なんで一緒に行きたくないなんて話になるのー?」

美沙の話の流れに桜子が疑問を呈す。

「…………料理が中華だから、あの四人がチャイナドレス着てたのよ」
『………なるほど』


美沙の言葉にその話を聞いていた全員が納得する。
美沙が彼氏と一緒に『Restaurant EMIYA』を訪れたその日、楓はロングで落ち着いたジェイドグリーンの、千鶴はロングでアダルトなワインレッドの、真名はロングで自身の肌との対比が映えるシルクホワイトの、裕奈はミニで情熱的なルビーレッドのチャイナドレスを身に纏っていた。
ボディラインがもろに出るチャイナドレスを着ていたせいで、四人の美しいボディラインに見惚れる客がかなりおり、その中に美沙の彼氏も含まれていた。

「……あの娘達、私のクラスメイトなんだよねぇ。…………紹介してあげよっか?」

満面の笑顔でこめかみに#マークを浮かべた美沙の怒りが滲み出た言葉に、我をすぐさま取り戻したが。……この後、美沙の機嫌を直す為に彼は多大な労力を支払う事になる。具体的に言えば懐が寒くなった。
こういう状況から『Restaurant EMIYA』はカップル・ブレイカー扱いされ、カップルの客足が遠のくのが普通であろうが、そこは麻帆良。カップルの愛を試す場所として、逆にカップルの客足が増えていたりする。
華麗な制服で身を包んだ美しきウェイトレス達に目を奪われなければ良し、見惚れたならば男性諸君は恋人の機嫌を直すのに、美沙の彼氏同様多大な代価を支払う事となる。……『Restaurant EMIYA』にカップルで食事に訪れるなら、男性は恋人を想う鋼の意志が必要なのだ!

「先生――っ、大変や―――っ!! まき絵が……まき絵が―――!!!」

と、そこに廊下から保険委員なので保健室に行っていた亜子のネギを呼ぶ声が響く。

『何!? まき絵がどーしたのっ!?』
「わあ〜〜〜〜!?」

その亜子の声に明日菜を筆頭にクラスの大部分が扉や窓を開け下着姿のまま、亜子にまき絵の事を訊く。そうしないために教室から出た筈なのに、結局みんなの下着姿を拝む事になったネギだった。

「……ど、どーしたんですか、まき絵さん!?」

「なにか桜通りで寝てるところを見付かったらしいのよ」

まき絵がベッドで眠る保健室にやって来たネギ達は、連絡を受け先に来ていたしずなから説明を受ける。

――ほんの少しだけど……確かに「魔法の力」を感じる……

周りで皆がまき絵の容態が大した事がないことを知って安心している中、ネギは眠るまき絵に魔力の残滓を感じ取る。

「ちょっとネギ、なに黙っちゃってるのよ?」

「あ、はいはい。すみません、アスナさん」

その魔力の残滓について思考を巡らせていたネギは、明日菜に声を掛けられ思考を中断する。……一つの決心をして。

「まき絵さんは心配ありません。ただの貧血かと。それとアスナさん、このかさん、僕今日帰りが遅くなりますので、晩ご飯いりませんから」

そうしてこの日の夜、ネギは邂逅する。「闇の福音ダーク・エヴァンジェル」と呼ばれる悪の魔法使いと、その「魔法使いの従者ミニステル・マギ」に。

「うわ――ん、アスナさ―――ん!!! こっこわ……こわっ、こわかったです―――!!!」

結果、容易く拭いきれない恐怖を刻み付けられて。
ちなみに、その頃士郎は『Restaurant EMIYA』の厨房で今日の客層に首を傾げていた。

「今日は随分、女性の一人客が多いな」

士郎の言う通り、この日の客層は一人で来る女性客が格段に多く、皆、ウェイトレスである楓達に熱心にお勧め料理を訊いている。

「……大っきいよね、あの娘たち」 「……! しずな先生って常連なんだ」 「……やっぱりあのウワサ、本当なのかも」 「……効果ありそう」 「……料理はすごく美味しいし、ウワサが本当なら一石二鳥じゃない」

更に言えば、ある部位の身体的特徴が共通している女性客が多かった。……恐るべし、ハルナの超人的な噂拡大能力。



翌日、自分を狙うエヴァと茶々丸の存在を恐れて、仮病を使って休もうとしていたネギ。

「きのう怖い目にあったのはわかるけどね――、先生のくせに登校拒否してどーするのよ、ホラッ!」
「あ〜〜ん、パンツだけは!! パンツだけは許してください――!!」

しかし明日菜は仮病によるズル休みを許さないと、ネギが包まる毛布を引っぺがし、着替えさせようとパジャマに手を掛ける。

「……そんなにあの二人が怖いんなら、しろ兄に相談したら? しろ兄って麻帆良じゃ渾名が付くくらい強いし、学園長先生も何かあったらしろ兄に相談しなさいって言ってたじゃない」

怯えるハムスターのように丸まって恐怖に震えるネギを見かねた明日菜がそう言うと、

「シ、シロウにですかっ!?」

余計震え出した。……どうも士郎への恐怖の方がより深く刻み付けられているようだ。実は、未だにネギは怖くて士郎に一人で会えなかったりする。

「あのねぇ、ネギ。あんたしろ兄とあの二人、どっちが怖いのよ!?」 「シロウです!!」

即答だった。……エヴァが聞いていたら、悪の魔法使いの矜持から烈火の如く怒り出しそうな反応速度である。

「………うん、まあ、そうよね」

ネギの即答に納得する明日菜。明日菜にとってエヴァと茶々丸の認識はクラスメイトでしかないので、士郎の方が怖いと言うネギの言葉に頷かざるを得ない。明日菜にとっても士郎は恐い存在なのだ。
まあ、そのせいで遠くない未来、その認識を改めようとするエヴァにネギ共々かなりの目に遭わせられる事になるのだが。

「とにかく行くわよ、ネギ!!」
「うわ〜〜〜ん!!」

結局、明日菜の肩に担がれて登校する事になったネギだった。
魔法使いとして初の実戦を経験したネギは、エヴァの言う通りパートナーの重要性を痛感し、授業も半ば上の空。しかも、生徒達にパートナーの事を尋ね騒動ドタバタの火種を与える始末。まあ、数えで10歳の少年が生命の危機に直面しているのだからしょうがないと言えばしょうがない。
そんなネギを心配したクラスの皆が女子寮の大浴場で「ネギ先生を元気づける会」を開く。……途中から凄い逆セクハラの騒動ドタバタになったが。
そんな「ネギ先生を元気づける会」に乱入する小さな影。その正体は、

「俺っちだよ、ネギの兄貴。アルベール・カモミール!! 久しぶりさー♪」

自称ネギの義兄弟、おこじょ妖精のアルベール・カモミールであった。カモの来訪により、ネギはパートナーを得るために動き出す事になる。
一方、その頃士郎は学園長に頼まれ、女子寮の屋根の昨夜茶々丸が勢い良く降り立ったせいで破損した箇所を修繕していた。後日、この話を聞いた茶々丸が士郎に詫びたのは余談である。



麻帆良に着いたその日にネギのペットとして認知されたカモは、己が目的の為に積極的に動き出す。
翌日、カモはおこじょ妖精の特殊能力により感知した、ネギへの好感度が最も高いのどかとネギをパートナー契約させようと一計を案じる。しかし契約成立直前で、昨夜カモが捨てたネカネからのエアメールを拾い上げて読んだ明日菜の介入が入り、契約は成らなかった。ただ、第一の目的であるネギの使い魔ペットになる事は成功したカモだった。
そして、更に翌日。ネギ達と共にエヴァと接触したカモは、ネギの現状を把握し打開策を提示する。……勿論、オコジョ協会から出る仮契約の仲介料と言う自身の利益も多いに絡むものではあるが。

「ネギの兄貴と姐さんがサクッと仮契約を交わして、相手の片一方を二人がかりでボコっちまうんだよ!」
「え……え〜〜〜っ!? 何それっ!?」 「僕とアスナさんが仮契約ー!?」

カモの出した打開策に、明日菜とネギは最初こそ否定的であったが、カモの口車とその口車に押されたネギの嘆願によって仮契約を結ぶ事となった。

仮契約パクテイオー!!」

カモが描いた魔法陣の中央で向かい合う明日菜とネギ。ネギは明日菜とキスをすると言う事実から、明日菜もネギにキスをすると言う事実と契約儀式に伴う軽い快感に頬を染めている。

――ちゅっ 「……あ」

僅かな逡巡の後、明日菜はネギのおでこに唇付けた。

「あっ、姐さん! おでこはちょっと中途半端な……」
「い、いいでしょ、何でも――っ!!」

「え――い! とりあえず仮契約成立!! 『神楽坂明日菜』!!」 「わあ!?」 「キャ――!?」

こうしてネギは、初めてのパートナーを得たのであった。



その日の放課後、茶道部の部活動を終えたエヴァと茶々丸は茶室から出る。

「――ネギ・スプリングフィールドに助言者がついたかも知れん。しばらく私のそばを離れるなよ」

「はい、マスター」

「おーい、エヴァ」

と、そこにタカミチがやって来る。

「……何か用か? 仕事はしてるぞ」

「学園長がお呼びだ。一人で来いだってさ」

「――わかった。すぐ行くと伝えろ。茶々丸、すぐ戻る。必ず人目のあるところを歩くんだぞ」

エヴァの言葉に頷いて、学園長の所へ向かう二人を見送る茶々丸。

「お気をつけて、マスター」

エヴァを見送った後、川沿いの道を歩いて行く茶々丸。……そしてその後を尾ける二人と一匹の影。

「茶々丸って奴の方が一人になった! チャンスだぜ、兄貴!! 一気にボコっちまおう!」
「だめー。人目につくとマズいよ。もう少し待ってー」
「な……なんか辻斬りみたいでイヤね。しかもクラスメートだし。でもまあ、あんたやまきちゃんを襲った悪い奴らなんだしね。何とかしなくちゃ……ん?」


「うえーん、うえーん! あたしのフーセン、あたしのフーセンー!」

女の子の泣き声が聞こえてきたので明日菜達が見れば、茶々丸が歩いて行く先に風船が木に引っかかり泣いている女の子が居た。

「………」

風船と泣く女の子を交互に見た茶々丸は、無言で背中と足裏のバーニアを使い額を枝にぶつけるものの、無事風船を女の子に手渡す。

「お姉ちゃん、ありがと――! バイバーイ♪」

お礼を言う女の子に手を上げて応えながら歩き出す茶々丸。顔見知りらしい二人の男の子を伴い進んでいく。

「そ、そー言えば、茶々丸さんってどんな人なんです? 飛んだ……?」

「えーと……あれ? あんまり気にしたことなかったな」

その一部始終を見ていたネギ達はポカーンとしていた。

「いや、だからロボだろ? さすが日本だよなー。ロボが学校に通ってるなんてよう」

「じゃ、じゃあ人間じゃないの!? 茶々丸さんって!? へ、変な髪飾りだなーとは思ってたけど……」 「え゛え゛え゛っ!?」
「ぅおぉいっ!! 見りゃわかんだろぉ!?」


「い、いやーホラ、私メカって苦手だし」 「僕も実は機械は……」
「そーゆー問題じゃねえよぉ!?」

そんな風に茶々丸がロボである事に驚くネギ達の目の前で、茶々丸は歩道橋で難儀しているおばあちゃんをおぶって向こう側に渡らせ、ドブ川の真ん中を流れるダンボールの中の仔猫を助ける為に汚れる事を厭わずドブ川の中に入り、教会脇の広場で野良猫達に餌をあげる。
茜色の柔らかな夕焼けの中、甘えるように擦り寄って来る猫達や自分の周りを楽しそうに飛び交う小鳥達を見て優しい微笑を浮かべる様は、慈愛溢れる聖女のようだ。

「……いい人だ」

その光景を見ていた明日菜とネギは、ホロリと涙を流し感動していた。

「ちょっ……待ってください、二人とも!! ネギの兄貴は命を狙われたんでしょ! しっかりしてくださいよう!! と、とにかく、人目のない今がチャンスっす! 心を鬼にして、一丁ボカーっとお願いします!!」

そんな二人をカモが必死に諌める。

「で、でもー……」 「……しょーがないわねー」

カモの必死な言葉に、明日菜とネギは渋々と茶々丸の許に向かった。

「……こんにちは、ネギ先生、神楽坂さん。……油断しました。でも、お相手はします」

猫たちに餌をやり終えた所に現れた明日菜とネギに向かい合い、戦う為に後頭部のゼンマイを外す茶々丸。

「茶々丸さん、あの……僕を狙うのはやめていただけませんか?」

「……申し訳ありません、ネギ先生。私にとってマスターの命令は絶対ですので」

「ううっ……仕方ないです……。ア、アスナさん……じゃ、じゃあさっき言った通りに……」
「うまく出来るかわかんないよ」


「……では、茶々丸さん」 「……ごめんね」
「はい。……神楽坂明日菜さん……いいパートナーを見つけましたね」

「行きます!! 契約執行シス・メア・パルス 10秒間ペル・デケム・セクンダス!! ネギの従者ミニストラ・ネギィ神楽坂明日菜カグラザカアスナ』!!!」

ネギの詠唱が終わると同時に、ネギの魔力が明日菜に送りこまれる。送り込まれた魔力を受けた明日菜は、体が羽のように軽くなり力が湧き上がる契約の効果に驚きながらも、茶々丸に突進する。

「――はやい!素人とは思えない動き」

突き出した左腕を払い懐に入った明日菜のデコピンを、右腕で押さえ上体を後ろに傾ける事でかわす茶々丸。

「――!?」
光の精霊11柱ウンデキム・スピーリトウス・ルーキス集い来たりてコエウンテース 敵を射てサギテント・イニミクム……」

だが、明日菜は囮であった。明日菜の突進に茶々丸が意識を向けた隙に、ネギは側面に回り込んで呪文の詠唱を完成させようとしていた。

「……ううっ」

ここで一瞬、ネギは迷う。しかし、先ほど茶々丸の前に出て行く前にカモがした念押しが脳裏を過ぎり、

魔法の射手サギタ・マギカ 連弾セリエス光の11矢ルーキス!!」 「――!!」

ネギは呪文を唱えた。茶々丸に迫る強烈な破壊力を孕む十一本の光の矢。直撃すれば、茶々丸はスクラップに成りかねない。

「追尾型魔法、至近弾多数……よけきれません……すいません、マスター……もし私が動かなくなったら、ネコのエサを……」

その茶々丸の呟きが聞こえたのか、それとも自分がしようとしている事が如何なる事かに気付いたのか、ネギは、

「や……やっぱりダメーッ!! 戻れ!!」

魔法の矢に戻るよう叫ぶ。ネギの意を受けた魔法の矢は急旋回してネギに向かっていく。

「……あっ」

自分に向かってくる魔法の矢を緩和する為に「魔法の盾シールド」を展開しようとするネギ。だが、魔法の矢に込めた威力を思えば、この一瞬で展開する「魔法の盾シールド」で防ぎきれるものではない。かなりのダメージを受けるだろう。しかし、そのダメージも自分の愚行の報いとして受けようとネギは覚悟を決める。
――そんなネギの前に躍り出る大きな人影が一つあった。

「「――シロウ/しろ兄!!?」」

迫り来る魔法の矢の前に立ちはだかった士郎は、右の掌を突き出し叫ぶ。

熾天覆う七つの円環ロー・アイアス!!!」

真名と共に顕れた輝く七枚の花弁は一枚も欠ける事なく、襲い来る魔法の矢を残らず防ぎ切る。

「―――」

その中で、ネギは目の前にある士郎の背中に重ねて見ていた。……六年前のあの雪の日に見た、涙が溢れそうになる憧憬を自分の胸に齎す、強く大きく……そして、遠い背中を。


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