『Restaurant EMIYA』。その店は、麻帆良学園都市商業区の大通りから一本の路地の入った先、近衛近衛右門が所有する物件の地下1階に在る。
カウンター席10、テーブル5つに10席の、合わせて最大20人のお客を受け容れられる小じんまりとした落ち着いた雰囲気の店内で楽しめるのは、極上の和食、絶品の中華、珠玉のドイツ・フィンランドを始めとした欧州各国料理と洋食、快心のカレー料理、魅惑のスイーツ。正に、口福を約束された店である。
そしてこの日、その『Restaurant EMIYA』が2年の時を越え、再び開店する。

「と言う訳で、再開パーティーはまだ始まらないのかい、衛宮君?」

「……その事で電話掛けてくるの、朝から10回目なんですけど、高○さん?」

「だって、待ち切れないんだもーん」

「あの、○野さん? もーんって、いい年の大人の使う言葉じゃないですよ」



立派な魔法使いマギステル・マギ錬剣の魔法使いサウザンド・ブレイズ・第3幕 「EMIYA始動」 <monmonさん>



ネギが麻帆良に来て5日が経った。大浴場での一騒動、居残り補習と言ったイベントも順調?にクリアし、ネギがいる事がクラスの日常になり始めていた。

「――ネギ先生、いかがですか、実習の調子は?」

昼休み、職員室で指導教員であるしずながネギに話しかける。

「まだまだです。やっぱり、僕はクラスの皆さんより年下だから、誰も相談とかに来てくれなくて」

「クスクス、まあ、仕方ないですね。ところで、アスナちゃんから今夜の事は聞いています?」

「今夜? いえ、何も聞いていませんけど。何かあるんですか?」

「あら、あの子まだ話してなかったのね。実は士郎君がお店を再開するので、そのパーティーを内輪だけでするのだけど、アスナちゃん達と一緒にネギ先生も招待される筈よ」

「シ、シロウッ!?」

士郎の名前を聞いてガタガタと震え出すネギ。

「ど、どうしたの、ネギ先生?」

「そ、そのパーティー、僕出なきゃダメですか?」

「出なきゃいけないと言う訳ではないけれど、ネギ先生の歓迎も兼ねているのよ? 何か外せない用事があるの?」

「そ、そう言う訳じゃないんですけど……」

「……もしかして、士郎君を怒らせでもした?」

しずなの言葉にビクッとするネギ。

「大丈夫よ。学園長も懲りずに士郎君を何度も怒らせていたけど、関係が険悪になったりした事はないから。それに士郎君の料理、とっても美味しいのよ?」

「ハイ、それは知ってますけど。…………シロウ、もう怒っていないでしょうか?」

「ええ、大丈夫。士郎君はそんなタイプじゃないから」

「……ハイ、分かりました、しずな先生。僕、今日のパーティーに出ますね」

「ええ。今夜は士郎君のお料理、楽しみましょうね」

実はしずな、『Restaurant EMIYA』の常連にして熱烈なファンであった。

「うわああ〜〜ん、センセーー!!」 「ネギ先生〜〜っ」
「はい?」

と、そこに職員室に和泉亜子と佐々木まき絵の二人が駆け込んでくる。

「こ、校内で暴行が」 「見てください、このキズッ!! 助けてネギ先生っ」
「え、ええっ!? そ、そんなヒドイことを誰がっ!?」

そして、二人の案内で中庭に急ぐネギ。中庭には裕奈、大河内アキラと対峙するウルスラ女学院の一団の姿があった。

「コラーー、君たち待ちなさーーーい!! 僕のクラスの生徒をいじめるのは誰ですかっ? い、いじめはよくないことですよっ!? 僕、担任だし怒りますよっ」

その場に走り込み、必死に諍いを止めようとするネギ。

『!!!』

そんなネギを取り囲むウルスラの一団。

「あわわわ、な、なんですか、こ、こんなに一杯」

囲まれて涙目になって怯むネギ。そして、

『キャ〜〜〜、かわいい〜〜〜ん♪』

黄色い声と共にネギを揉みくちゃにするウルスラの一団。

「やめてください、やめ…やめっ、わーーん」

キャーキャーキャイキャイと楽しそうにネギは弄り回される。……少し犯罪に近い光景だ。

「いい加減におよしなさい、おばサマ方!!」

そんなウルスラの一団に制止の声が入る。

「な、なんだと、コラァ!!」
「あ、アスナさん、委員長さん!?」

ウルスラ側の激昂にも堂々とした態度の明日菜とあやか。しかし相手側の挑発にあっさりと沸点を越える。そして、取っ組み合いの喧嘩が始まる寸前、その間に割って入る人物がいた。

「は〜〜い、両者そこまで!」

『ふ、藤原先生っ!?』

割って入ったのは、女子高等部・ウルスラ女学院で英語科を担当する虎縞の服を来た女教師藤原ふじわら大河、その人だった。

「さっきから見てたけど、あなたたち、ちょっと大人気ないわよ? 先輩おねえさんなんだから、横取りなんてしないの!」

『……は、はい!』

大河の言葉に素直に頷くウルスラの一団。……彼女の恐ろしさは知れ渡ってるっぽい。

「あなたたちも女の子が取っ組み合いの喧嘩なんてみっともないわよ?」

明日菜達に向き直り、そう言ってくる大河。

「で、でも先生、悪いのはアッチで……」

「確かにあの娘たちに非があるけど、手を出すのはだめよ、ね?」

「……はい」

明日菜が納得行かない表情で言葉を返すも、逆に穏やかに諭される。

「それじゃ、この騒ぎはここまで。中庭はみんなの場所なんだから、仲良くマナーを守って使う事。良い?」

『はい!』

手際よく騒ぎを治めた大河の姿はネギの目に眩しく映る。尊敬の眼差しを大河に向けるネギ。……まあこの直後、尊敬が恐怖に変わる事になるのだが。

「あ、あの……ありがとうございます!」

大河に駆け寄りお礼を言うネギ。

「ん? ああ、あなたが噂の子供先生ね! 確かネギ先生だったけ?」

「は、はい!」

「うむ、元気があってよろしい。けど、お礼を言われるほどのことじゃないわよぅ。教師として当然の事をしただけだから」

「……けど、僕には喧嘩を止められませんでした」

「そうねぇ。けど、喧嘩を止めようとしたその意気は良し! 精進あるのみよぅ、少年!」

「はい! ……えっと」

大河の言葉に元気良く頷くも、すぐに困ったような視線を返すネギ。

「ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね。私の名前は藤原大河。高校の英語を担当してるの。よろしくね、ネギ先生」

笑顔で握手のためネギに手を差し出す大河。

「はい! よろしくお願いします――」

この直後、一つの悲劇が起こる。ネギに悪気も他意もない。ただ天才少年とは言え、言い間違う事もあると言うだけの話だった。……ただ、タイミングが悪過ぎた。それだけなのだ。

「タイガー先生!」
『―――ッ!!?』


ネギの言葉に戦慄するウルスラの一団。……そして、笑顔が凍りついた大河。

『あ、あわわわわわわわわわ』 『?』

恐怖に震え出すウルスラの一団に首を傾げる2-A陣。

「あ、あの?」

凍りついた笑顔のままブルブルと震え出した大河にネギが声を掛けた、その瞬間、

「私を虎と呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

虎が思いっ切り咆哮した。

『ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!?』

その場にいた全員の恐怖の悲鳴が重なる。怒れる虎の前に誰もが無力だった。

「ここは奥ゆかしさが美徳の日本!! その日本で初対面でファーストネームを呼ぶなど言語道断っ!! 「郷に入っては郷に従え」と言う格言を知らぬのくわっ!!? あまつさえ虎呼ばわりとは、それでも紳士の国の英国人かぁぁぁっ!!?」

「ご、ごごごごごごごごごめんなざい〜〜〜」

虎の怒りを間近で受けたネギは、完全に泣きが入っていた。

「あ、泣き顔かわいい」「ほんとだ。撮っておこ」

周りではネギの泣き顔を携帯のカメラで撮影していた。若干、逃避気味に。……ケー○イの掟か? ちなみに一番張り切って撮っていたのは、あやかだったが。

「ごめんで済めば警察が要らないから、とっつぁ〜んが無職になるでしょーがっ!! それでも良いと言うのぉっ!!?」

「ひぅっ、ぼ、僕、わかんないです〜〜」

「わからないで済むかぁーーー!!!」

大河のテンションは最初からクライマックスだった。そんな怒れる虎を止められる者はその場に一人として居なかった。本来負けん気の強い明日菜ですら完全に怯えているのだから。

「わからぬのならば、直接その体に叩き込むのみっ!! 日本古来よりの作法である、「尻叩き」でっ!!」

そう宣言した大河の手に納まる妖刀虎竹刀。周りも、流石にそれはやり過ぎと動こうとしても、虎の眼光に射竦められる。

「さあ、尻を出せぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「うわあーーーーーーんっ、助けて、お姉ちゃーーーん!!!」

振りかぶられる虎竹刀。遠い故郷の従姉に助けを乞うネギ。そして、竹刀の打撃音と共にネギの悲鳴が上がると思われた瞬間、

「はい、そこまで」
「へぐぅっ!!? わ、私の経絡秘孔が、ものすごい勢いでっ!!?」

制止の声と大河の悲鳴が上がった。見れば大河と同年代の女性が、大河の背後から片手でネックハンギングしていた。驚異的な腕力&握力の持ち主である。

『ほ、蛍丘先生!』

ウルスラの生徒達が安堵した表情でその糸目が特徴的な女性の名を呼ぶ。その女性の名は蛍丘ほたるおかネコ。大河とは高校時代からの腐れ縁で、女子高等部・ウルスラの女学院の現代国語を担当する教師でもある。

「全く。アンタが騒ぎを大きくしてどうすんの、藤原?」
「いたっ、たたっ、たたぁーーーっ!!?」

悶える大河を片手で持ち上げたまま溜息を吐くネコ。……あからさまに、この場の最上位者が誰か判る光景である。

「騒がせたね、子供先生。まあ、今度コレと会った時はファミリーネームで呼べば危険は無いよ。どうせ、さっきの事もすぐ忘れるだろうしね」

「が、がぉう、と、虎は死を覚悟したぁーーー!!? も、もう、勘弁して、オト、バワたっ!!!?」
「フ・ジ・ワ・ラァ〜〜? ワタシ、言いましたよねぇ? こっちではその呼び方を絶対しないようにって?」

ネコの口調の変化と共に、大河の悶え方がレッドゾーンを突破した感が出てきた。

「べんがるっ、しべりあっ、あもいっ、まれーっ、すまとらっ!!? ………………」

そして連続した絶叫を上げた後、ぐったりとして動かなくなる。

「それじゃあ、ワタシ達はもう戻りますから」

そんな大河を引き摺って、中庭を後にしようとするネコ。と、2、3歩歩いた所で振り返る。

「そうそう、アナタ達? あまり面倒事は起こさないように。――面倒ですからね」

彼女の糸目の奥の瞳が鋭く光ったようにその場に居た全員が感じた。勿論、全員即全力で頷いていた。
――この後、女子学部エリアでのいざこざの発生率が大幅に下がったのは余談である。



その日の夜、『Restaurant EMIYA』の再開パーティーにネギは明日菜と木乃香、途中で合流したあやかと共に来ていた。

「「来たよ/えー、しろ兄」」「お招きありがとうございます、士郎お兄様」

「ああ、いらっしゃい。ネギ君も良く来てくれたね。歓迎会を店の再開と兼ねる形になって申し訳無いけど、楽しんでいってくれ」

「う、ううん、そんな事ないよ、シロウ。あ、ありがとう」

どうもネギ、士郎に対して少し苦手意識が芽生えている様だった。後に、この事が困った事態を起こす事になるのだが。
そして、士郎と挨拶を交わした後、用意された料理に舌鼓を打つネギ達。士郎がネギの話を聞いて用意したのは、ねぎま串を中心とした焼鳥とねぎま鍋だった。

「「旨味ーーーーーーっ!!!」」

店の奥の意図的に仕切られたスペースで、怒涛の勢いで料理を食べるポッチャリ系の男性、弐集院光と胃袋がブラックホールかと言わんばかりの男性「喰い○ン」の絶叫通り、どちらも極上の旨さでこの日以降、ネギの好物にねぎま鍋が加わった。
また、楽しめたのは料理だけではなかった。

「な、なんて素敵なツーショット!」

明日菜はタカミチと神多羅木の渋い大人コンビが並んでいる光景に恍惚とし、

「や〜〜ん、あの子、可愛ええ〜〜」

木乃香は弐集院の娘が士郎特製のオムライスを夢中で食べる様子に腕を振りながら喜び、

「ああ、ネギ先生、なんと愛らしいっ!」

あやかは料理のあまりの美味しさにリスの如く口に頬張るネギの姿に身悶えていた。

「――ところでしろ兄、一つ聞いていい?」

「ん、何だ?」

タカミチと神多羅木のツーショットを堪能した明日菜が、ふと気付いた事でカウンターの向こうで料理をしている士郎に問い掛ける。

「何で着物着た龍宮さんと那波さんが料理運んでるの?」

「あ、それはウチも気になってた」

明日菜と木乃香の視線の先には、料理を喰い尽くしている二人組に追加の皿を持って行っている、上品な着物姿の真名と千鶴がいた。

「何でって言われても、爺さんが雇ったからとしか言い様が無いな」

『Restaurant EMIYA』は士郎が料理を全面的に担当する為、給仕と会計をする人間が必要だ。学生時代は士郎のクラスメイトの一人にその仕事を頼んでいたのだが、今回、その仕事は真名と千鶴が勤める事になるようだ。

「……それって良いの?」

当然、法律違反だ。とは言え、中学入学後すぐ『Restaurant EMIYA』を開いていた以上、士郎も強くは言えなかったりする。

「まあ良くはないんだけど、何か爺さんに切羽詰った様子で俺が何か言う前に決められてな」

麻帆良最強の存在は、完全武装の銃姫と笑顔の漆黒オーラに屈したのであった。……切羽詰ってもしょうがない気はするが。

「学生の時みたいに、後東ごとう君に頼もうと思ってたけど、大学生になって後東君も忙しいだろうし、それに二人にどうしてもと頼み込まれてさ」

「それで、頷いちゃったって訳ね」

「む」

「アハハ、しろ兄らしーなー」

「二人がここにいる理由はわかったけど、あの高そうな着物は?」

「あれは爺さんの仕業だ」

「……なるほど」

明日菜の視線の先には、真名が投擲した焼鳥の串が何本も刺さり、千鶴のフライパン打撃による大きなタンコブができた近衛右門が痙攣しながら床に倒れ伏している姿があった。……おそらく、二人にセクハラかまそうとしたのだろう。自業自得だ。

「もうややわ、じいちゃん。ウチ恥ずかしーわー」

愛する孫娘の好感度も下がってしまった。……まあ、これで懲りるような人物ではないが。
ちなみに彼女たちの服装は、メニューが和食中心の日は着物、中華中心の日はチャイナドレス、欧州料理・洋食中心の日はメイド服と言った感じで、近衛右門の趣味大爆発である。『Restaurant EMIYA』、口福だけでなく、眼福をも約束する店になりそうな気配。
と、そこにタカミチとの話が終わったのか、神多羅木がカウンターの方にやって来る。……近付く神多羅木ダンディなおじさまに明日菜の目がキラキラしている。

「衛宮、取り敢えず再開おめでとうと言わせて貰う」

「どうも、神多羅木さん。と言っても、心境は色々と複雑なんですけどね」

「その気持ちは判らんでもないが、こっちとしては此処の再開は祝うべき事だからな」

どうも、神多羅木も常連っぽいと言うか、関係者の大部分が常連の勢いである。

「――ところで衛宮、これまで訊く機会が掴めなかったんだが、2年前葛葉と何かあったか?」

前振りも無い、いきなりな神多羅木の質問。流石、無詠唱魔法を得意とする速攻力の持主である(全く以て関係無い)。

「刀子さんとですか? 特に何もないですけど」

「何故、目を逸らす」

士郎の様子から、2年前麻帆良を出る前に、妙齢の女性神鳴流剣士、葛葉刀子と何かしらあった事は明白であった。

「……まあ、お前達二人の問題だろうから、これ以上追及するつもりはないが、なるべく早い内に和解しておけ。年長者からの忠告だ」

明日菜の背後で耳をダンボにしていた真名と千鶴からは、追及しろと言わんばかりのオーラが滲み出ていたが。

「そうよ、士郎君。和解してくれないと、彼女を誘い難いから」

二人の話に切り子のグラスを片手にほんのり頬を染めたしずなも加わる。どうもしずなと刀子、飲み友達のようだ。……それにしても好物の日本酒を美味しく飲めて、しずな、もの凄く幸せそうである。

「……鋭意努力します」

「ええ、頑張って。あと士郎君、お酒とお料理の追加お願い♪」

そうして賑やかな夜は更けていった。……恋する少女達に一つの懸念事項を残して。



週明けて。綾瀬夕映と宮崎のどかの二人と一緒に登校して来た早乙女ハルナは、教室に足を踏み入れた途端、くんくんと臭いを嗅ぎ出した。

「? どうしたです、ハルナ?」

ハルナの突然の奇行を訝しむ夕映。

「……臭う、臭いやがる! プンプンするぜっ!! 淡く甘酸っぱい、「ラヴ臭」がっ!!!」

眼を爛々と輝かせ、教室にいるクラスメートを見渡すハルナ。ただ、「ラヴ臭」の発生源の特定には至らず、そのせいで身悶え始めるハルナ。

「……のどか、行くですよ」

「え、でも」

「ああなったハルナは、しばらく戻って来ないですから」

「う、うん」

興奮して身悶えするハルナを放置して、夕映とのどかは自分たちの席に向かう。そんな光景を余所に、ハルナの言葉にドキリとした生徒がいた。明石裕奈、春日美空、長瀬楓の3人である。
何故、この3人がハルナの言葉にドキリとしたのか、もとい「ラヴ臭」を放っているのか、語ることとしよう。



――明石裕奈の場合

週末、裕奈は実家に戻っていた。実家と言っても、同じ麻帆良内にあるのだが。
この日、裕奈が実家に戻った理由は、大好きな父親から助けを求められたからだ。助けと言っても、探し物が見つからないと言う親として情けない理由ではあるが。裕奈が実家に着いた1分後にはその探し物をあっさりと見つけた事が、明石教授の情けなさを増させていた。
そして実家で一夜を過ごした裕奈はまき絵、亜子、アキラの3人と遊びに出かけるために、待ち合わせ場所である麻帆良商業区に向かっていた。
麻帆良は学園都市である。自然、人工の割合は学生が多くを占める事となり、商業区は学生世代の若者をターゲットにした店が多く、人気スポットとして有名である。なので土日には、麻帆良近隣の人間も遊びにやって来る。

「なぁなぁ、キミ、かわいいね。今、暇? オレらと遊ばね?」

ただ中には、こういう手合いもいる訳で。裕奈に声を掛けているのは、高校生くらいの服をだらしなく着崩した軽薄な感じの男だった。彼の後ろには似たような感じの男が1人付いて来ている。
この時、裕奈は盛大に後悔していた。近道だからって、こういう手合いが多い人通りの少ない道を選んだ事を。

「結構です。友達と待ち合わせしてるから」

裕奈は強い口調で男を突っぱねる。先程から、ずっとその男に付きまとわれているのだ。そんな男に、裕奈はうんざりを通り越して腹が立ってきていた。

「んじゃ、友達も一緒に遊べばいいだろ? こっちも2人いるしさ」

「だから、いらないってさっきから言ってんでしょ!」

男のあまりのしつこさに、裕奈は遂に堪忍袋の緒が切れて、振り向きざま大声をあげる。だが、振り向くタイミングが悪かった。

――バシッ!!
「ブッ!?」 「あっ!?」

振り向いた時の反動で、裏拳気味に裕奈の手が男の頬に当たってしまったのだ。

「……いってぇ。なにしやがる、このアマァ!」

激昂する男。裕奈の手を掴み自分の方に無理矢理引き寄せる。

「ちょっ、離しなさいよ!」

「なに、命令してんだよっ! 大体、先に手を出したのはテメエだろうが、あぁっ?」

「わざとじゃないわよ!」

「んな事、関係あるかっ! 一発は一発だろうがっ!」

「んで、どこに一発返すんだ?」

いつの間にか裕奈の背後に回っていたもう1人の男が、いやらしくニヤニヤと笑いながら激昂する男に聞く。

「ヘッ、そりゃもちろん、大事なところに一発だろ? そうじゃねえと、こっちの気が治まんねえよ」

「えっ、ちょっ、なに言ってんのよ!?」

男たちの会話から、最悪の事態を感じ取った裕奈は逃げ出そうと暴れる。

「うるせぇ! テメエは黙ってオレらに付いて来ればいいんだよっ!」

だが男二人の力には敵わず、動きを封じられる。

「ヤダヤダ! 助けて、おとーさん!!」

最悪の展開に普段は気の強い裕奈もこの場にいない父親に助けを求めた。

「パパは来ねえよっ! まあ来たとしても、返り討ちだけどなぁっ!」

実際、明石教授がこの場に居たら、地獄を見るのは間違い無く彼らの方だろうが。
とにかく、大好きな父親の助けは無い。最悪の未来に裕奈が強く目を瞑った瞬間、

「ギィヤァァァァァァッ!!?」

裕奈の背後で苦悶の悲鳴が上がる。裕奈を背後から押さえていた男が、何者かに後頭部を掴まれ、そのまま吊り上げられていたからだ。

「――白昼堂々、女の子を襲おうとするなど見下げ果てた奴らだ」

「な、なんだよ、テメエはっ!?」

仲間を吊り上げる白髪の男――士郎を睨む裕奈の正面の男。士郎は、頭を締め上げられて口から泡を吹きながら気絶した男の頭から手を離し、裕奈を捕まえている男に向き直る。

「答える義理は無いな。とにかくその子を離せ」

「ザ、ザケん、――グフォッ!!!」

士郎の言葉に男は声を荒げるが、最後まで言い切る前に、まるで魔法のように一瞬で鮮やかな投げ技で地面に叩き付けられて、先程の男と同様に気絶させられた。

「…………かっこいい」

そんな士郎の男らしい後姿、頼り甲斐のある広い背中に裕奈は魅入っていた。

「ああ、タカミチさん。女の子を襲おうとしていた外から来たと思しき2人組を確保したんですけど、…………はい、分かりました。それじゃ」

士郎は懐から携帯電話を取り出し、電話を掛ける。そして、電話を仕舞った士郎は呆然としている裕奈に歩み寄って声を掛けた。

「大丈夫か、裕奈?」

「――え、あっ、ハイ! 大丈夫です」

実は惚れ薬騒動の後、裕奈はきちんと自己紹介してたりする。

「そうか。それは何よりだ」

そう言って士郎が浮かべた微笑みは、父親のそれに似た優しくて穏やかなもので、裕奈は胸がドキドキしてくるのを感じていた。

「あの、ありがとうございます、衛宮さん!」

そのドキドキを誤魔化すように、大声で士郎に礼を言う裕奈。

「ところで裕奈は何か約束があるんじゃないのか? 後の事は俺がまかせて、もう行っていいぞ」

「あっ、やば!」

時計を見れば、約束の時間にギリギリといった時間になっていた。

「あの、それじゃ、私、行きますね!」

「ああ。それと裕奈は可愛いから、これからはこういう奴らには注意しろよ?」

「――え?」

士郎の言葉に走り出そうとした態勢のまま固まる裕奈。裕奈は士郎の言葉が頭に浸透していくのに合わせて、顔が熱くなるのを感じる。「可愛い」と言われただけで、さっきより高鳴り始めた自分の心臓に困惑しながら。

「どうした?」

そんな裕奈の様子を訝しむ士郎。士郎にして見れば、思った事をただ口にしただけに過ぎないので、裕奈の心境に気付くべきもない。……全く以て自分の言葉が相手に及ぼす影響力を分かっていない男だった。

「いえ、何でもないです! それじゃ、助けてくれて、ありがとうございましたーーー!!」

赤くなった自分の顔を見られない様にしながら、全力疾走でその場を離れる裕奈。この後、裕奈はまき絵、亜子、アキラと合流して遊びに出かけるのだが、「元気が最強!」が信条の裕奈とは思えない程、上の空だった。

「……衛宮さん」

時々裕奈が零す熱の篭った呟きは、まき絵たちの耳には届かなかったので、彼女たちも理由も判らず心配するしかなかった。
この日から裕奈の心で、士郎の存在が大好きな父親に匹敵するくらい大きくなった。



――春日美空の場合

美空は「一目惚れ」と言う言葉は、自分には一生関りの無い言葉と思っていた。あの日、士郎を見るまでは。
士郎を見た時、美空は頭の天辺から爪先まで電撃のようなモノが奔り抜けた様に感じた。次いで心臓が自分でも分かるくらいに高鳴り、顔が真っ赤に染まっていると自覚できた。自分でも持て余してしまうような激情に、その日の後の記憶がないくらいだった。
そしてその翌日、遠目に士郎を見てドキッとした途端記憶が途切れ、気付けば士郎の首に抱き付いているではないか。あの時、良く失神しなかったもんだと美空は思っている。呼吸を感じ取れる位の距離に士郎の顔があり、互いの服以外隔てるモノが無いほど、士郎の肉体と密着していたのだ。
美空にしてみれば突然のその状況に、羞恥心のパラメーターは一気に臨界を突破し、全速力でその場を逃げ出す以外に選択肢が思い浮かばなかったと言うより、とにかく走り出したい衝動に駆られた結果、士郎が事情を説明する前に逃げ出す形になってしまったのだった。
その日から美空は、寝ても覚めても士郎の事が頭に思い浮かぶようになってしまい、周りの人間の首を傾げさせる行為を取る様になる。
ココネは顔を赤くしながらクネクネと身悶える美空に無表情のまま距離を置き、シスター・シャークティは上の空のままテキパキと教会のお勤めを果たす美空に感心しつつも様子のおかしさを訝しみ、クラスメートは何か得体の知れないラクガキ(恐らく美空画の士郎の顔)を見ながらアンニュイに溜息を付く美空を心配した。

「うぅ〜〜〜、ダメだぁ。……どんどん、衛宮さんの事が好きになってくよぉ〜〜〜」

自分では制御できない熱病のような烈しい恋心を落ち着いて受け容れるようになるまで、美空の懊悩はしばらく続きそうである。



――長瀬楓の場合

甲賀中忍である楓は、土日は寮を離れて麻帆良を囲む広大な山森で修行をしている。
日曜の朝、と言ってもまだ東の空が白み始めた頃、木々の枝を跳びながら駆け抜けていると、彼女の忍びとして鍛え抜かれた感覚が人の気配を捉えた。

「ふむ、こんな時刻にこの辺りにいるなど、何者でござろうか?」

好奇心から感じ取った気配の方に向かう楓。そして気配の主は、深い森の中にあって一際開けた、広場のような場所の中心に立っていた。

「あれは、衛宮殿?」

広場の端に位置する樹上から、その気配の主である士郎の姿を楓は確認した。士郎の足元には、陰陽を顕す白黒の双剣、絶世の剣を思わせる長剣、死を連想させる紅い槍が在り、その中から最初に双剣を手に取ると、揮い始める。

「……どうやら衛宮殿は、ここに鍛錬をしに来た様でござるなぁ」

そうして士郎の鍛錬が始まる。双剣に始まり、長剣、槍と士郎が揮う武具が産む風切り音が静かな森に響いていく。

「――――」

楓は無言で士郎の鍛錬を見つめていた。その光景に眼を、いや心を奪われていた。
決して「天」に届かぬと解っていながらなお、「天」へと挑み続けるような士郎のその姿に、まるで聖堂に飾られた絵のような「とうとさ」を楓は感じ、胸打たれていた。

「………こぉ〜〜〜〜〜、ひゅぅ〜〜〜〜〜」

東の空が白み始めた頃から始まった士郎の鍛錬は、木々の狭間から覗く空が全て青に染まり、太陽が大分昇った頃だった。
長く深呼吸をした後、士郎の体から汗が一気に噴き出し流れ落ちる。鍛錬の間はあまり汗を流していなかった事から、何か特殊な呼吸法で発汗をコントロールしていたようだ。
着ていた上着を脱ぎ、武器と共に置いてあったタオルを取り汗を拭き始める士郎。そして一通り体を拭き終わると、楓のいる方へ向き直り、

「……俺の鍛錬なんて見ても、そう楽しいものでも無いだろ?」

と楓を真っ直ぐ見据えながら、困った様子でそう口にした。

「―――え?」

楓は自分の穏行に自信があったし、士郎の集中の深さを考えれば気付かれていないと思っていた。だからその呼び掛けは、楓にとって本当に不意打ちだった。

「―――あっ」 「!!」

楓は士郎の呼びかけに思わず後ろに退がってしまった。楓が立って居たのは細い枝の上。そうなれば当然、墜ちるのみだ。それでも、普段の彼女なら難なく着地してのけただろう。だが、士郎の姿に心奪われていたせいか、心と体の歯車は噛み合わず、自分の危険をどこか他人事のように感じながら、楓は地に墜ちていく。

「大丈夫か」 「――――」

しかし、地に墜ちる前に士郎が楓を横抱き、所謂お姫様抱っこで受け止めていた。

「えっと、大丈夫か?」

自分を見詰めたまま硬直している楓に再度問い掛ける士郎。楓と言えば、家族以外の男と戦闘や鍛錬以外でここまで近くで触れ合ったのは初めてだったので、色々混乱していた。

「え、あ、だだだだだだだだ大丈夫でござる!」

「そうか。それなら降ろすぞ?」

「……あい」

物凄く名残惜しげに頷く楓に、特に疑問も抱かず降ろしてやる士郎。

「ところで、楓は何であんな木の上で俺の鍛錬見てたんだ? 第一、俺の鍛錬見てもつまらないだろ?」

ちなみに楓も裕奈と同じく、惚れ薬騒動の後自己紹介していた。

「そ、それは衛宮殿の邪魔をしては悪いと思って。それに、つまらない等とんでもない! その、凄く為になったでござる! ………その、衛宮殿、宜しければ拙者と手合わせをして下さらぬか?」

「手合わせ?」

「是非」

楓の真剣な眼に士郎はその申し出を受ける。士郎には思いも付かなかったが、楓にはこの手合わせに大きな意味があった。未だ朧気な自分の胸の内にある気持ちをハッキリさせると言う意味が。

「分かった。けど一回だけだぞ。悪いけどこの後用事があってな」

「承知。――では、お願い致す」

この後、行われた「手合わせ」で楓は士郎に完敗する。そして、楓は自分の想いをハッキリさせた。

「……衛宮、士郎殿、か。どうも、惚れてしまった様でござるなぁ」

寝転がり青い空を見上げ、自分の想いを見定めた楓は清々しく呟いた。



3人がそれぞれに士郎の事を考えていた時、2-Aの教室に明日菜と木乃香、それに真名と千鶴が一緒になって入ってくる。少々珍しい組み合わせに教室内の注目が集まる。

「それにしても、驚いたわ。龍宮さんと那波さんがしろ兄の店で働く事になってるなんて」

「まあ、給料が良いしね」 「良い社会勉強になりますから」

明日菜の言葉に当たり障りの無い答えを返す真名と千鶴。……ところで、給料いくら位払ってんでしょうか、あの爺さん?

「ちょっと、アスナ!? 今の話どう言う事!?」
「そうでござる、明日菜殿!? 何故そこの二人が衛宮殿の店で働けるのでござるかっ!?」

「え、えっ!?」

と、いきなり裕奈と楓が詰め寄ってきて困惑するしかない明日菜。明日菜の心境は本人達に聞いてよと言いたい所だが、二人の放つ迫力に押されたじろぎながらも理由を答える。

「が、学園長が許可を出して――」

そこまで明日菜が言った所で、裕奈と楓は学園長室へ疾風の如く駆けて行った。……学園長室で悲鳴が上がったのは気のせいであろう。
――この日から『Restaurant EMIYA』のアルバイトの人数が4人になったのだった。ちなみに美空は士郎と一緒に働くと言う想像だけで恥ずかしさに身悶えてしまい、『Restaurant EMIYA』の一員になるタイミングを逃してしまった。


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