――夜、其は魔が跋扈する刻。
ある街を侵さんと異形の集団が闇に埋もれた森を駆ける。森を抜ければ街はすぐそこ。異形達は哂うかのように咆哮する。魔たる者の本能を解放する時が近いが故に。……しかし、その時は永遠に訪れる事はなかった。
異形の侵攻を阻むかのように、闇を切り裂き飛来する流星の如き銀光。その正体は“矢”だった。それもただの“矢”ではない。岩盤を穿つかのような威力、機関銃の如き連射、そして百発百中、まるで放たれる前から中ると決まっているかのような命中精度。加えて森の向こう側、およそ2kmは離れた建物の屋上からの長距離射撃。
その出鱈目としか言いようのない“矢”に射抜かれ、成す術も無く還っていく異形の集団。――結局、森を抜ける事が出来た異形は一体もいなかった。

――パチパチパチ
「……相変わらず神業だね、士郎さんの弓は」

異形の掃討を終えた男の背後から拍手と感嘆の声が響く。

「真名か。俺に何か用事か?」

「用事と言うほど大した事じゃないよ。ただ、帰ってきた知人に挨拶しようと思っだけさ」

そう言って龍宮真名は、振り返った士郎に他人にあまり見せない柔らかな微笑を見せた。



立派な魔法使いマギステル・マギ錬剣の魔法使いサウザンド・ブレイズ・第2幕 「狙う少女、狙われる剣」 <きのらっちさん>



麻帆良都市桜ヶ丘4丁目29に建つログハウス風の一軒家。そこに住むのは、「闇の福音ダーク・エヴァンジェル」の異名を持つ吸血鬼の真祖ハイ・デイライトウォーカーにして最強の魔法使いであるエヴァンジェリン・AアタナシアKキティ・マクダウェルと、彼女の「魔法使いの従者ミニステル・マギ」である女性形人型ロボットガイノイド、絡繰茶々丸である。

「――それで衛宮士郎と言ったか、その若造? 全く聞いた事の無い名前だが、そいつの調べは付いたか、茶々丸?」

リビングで、茶々丸の淹れたお茶を楽しみながら問いかけるエヴァ。話はどうやら士郎に関する事らしい。
15年前、「千の呪文の男サウザンド・マスター」と謳われるナギ・スプリングフィールドに、「登校地獄インフェルヌス・スコラステイクス」と言うバカげた、しかし強力な呪いを掛けられて以来、女子中学生として長き時を過ごさなくてはならなくなったエヴァ。
だが半年前、そんな屈辱的な状況から脱する光明とも言うべき情報を掴んだ。魔法使いの修行の為に、ナギの息子であるネギが麻帆良へやって来ると言う情報を。
己を縛る呪いを解くには、呪いを掛けた張本人であるナギの血縁者の血が大量に必要。そして息子であるネギの血ならその効果も抜群。だからこそ、ネギを捕らえその身に流れる血を掌中に収めんが為に、危険を冒してまで学園生徒を襲い血を集めていたと言うのに。
ひよっ子魔法使いであるネギは良い。いくらでも対処出来る自信がある。ただ、あの妖怪爺がわざわざネギの「魔法こちら」側のサポートとして麻帆良に呼び戻したと言う男、衛宮士郎の存在は予想外も良い所だった。
だが、それがどうした? 15年の悲願が賭かっているのだ。予想外だろうと何だろうと踏み潰してしまえば良いだけだ。その為に先ず必要なのは、士郎の情報。
2年前からエヴァに仕える茶々丸は、最先端科学技術によって製作されたガイノイド。戦闘・家事だけでなく諜報能力にも優れている。放課後のネギ歓迎会からの数時間で士郎の情報の大半を集めていた。

「はい、マスター。
――衛宮士郎、年齢は今年で20歳。身長187cm、体重78kg、白髪に褐色の肌と日本人離れした容姿が特徴的です。高校卒業後は、NGO団体「悠久の風Austro-Africus Aeternalis」に所属しています。
9歳の時事故で家族を亡くした後、学園長に引き取られ、高校卒業まで麻帆良で過ごしています。中学入学と同時に『Restaurant EMIYA』を開店。『麻帆良旨味ランキング』で5年連続一位を獲得し、殿堂入りを果たしています」

「なに、『Restaurant EMIYA』だと?」

「ご存知なのですか、マスター?」

「……何度か行った事がある、それだけだ」

『Restaurant EMIYA』は味に厳しいエヴァが文句無しに認める店だったが、魔法教師連中の溜まり場でもあったために、あまりエヴァにとって気分良く食事を取れる場所ではなかったので、数えるほどしか行った事がない。……本音を言えば常連になりたかったらしい。

「麻帆良学園在学時、高畑先生と協力して幾つかの学内抗争や騒動を鎮圧した事から、一部の学生から「白髪鬼ホワイト・ヘアー・オーガ」と呼ばれていたようです。ただ語呂が悪かったらしく、最終的に「ホワイト・ヘアー」と改訂されています。
また高校2年生の時、第75回麻帆良祭で衛宮さんが技術指導した所属クラスの出し物、執事喫茶「アヴァロン」がその年の最優秀出展賞を獲得しています」

「……「ホワイト・ヘアー」云々は耳にした憶えはないが、「アヴァロン」には行ったぞ。紅茶と焼き菓子が旨かった。投票もした。……そう言えば、私に付いた執事は白髪だったような……」

「……衛宮さんも魔法生徒の一員として、学園の警備任務に従事。しかし、マスターと衛宮さんの担当区域は毎回離れていました。おそらく学園長が、マスターと衛宮さんが接触しないようにしていたと推測されます」

「……チッ、あのクソジジイめ。小賢しい真似を」

面白くなさそうに言うエヴァ。そしてそんなエヴァを物言いた気に見る茶々丸。

「……警備の時以外に、マスターと衛宮さんが接触する機会はあったように思われますが?」

「う、うるさい! 大体「闇の福音」たる私が、魔法生徒如きを気に掛けたりする訳がないだろうが!」

「ああっ、マスター。そんなにゼンマイを巻かれては……」

ポロッと零れた茶々丸の言葉に、憤慨しながらゼンマイを巻くエヴァ。

「フゥ、報告を続けろ、茶々丸!」

とりあえずスッキリしたのか、茶々丸に話の続きを促すエヴァ。

「……報告を続けます。衛宮さんと私達のクラスの近衛木乃香さん、神楽坂明日菜さん、雪広あやかさんとの間柄は親密で、この三人にお兄さんとして慕われています。また、桜咲刹那さんが麻帆良に来る前の近衛さんの護衛役でもあったようです」

「ほう、あの娘の護衛役か。……つまり、それなりの実力はあると言う事か」

「はい。最新の情報では「魔法界ムンドゥス・マギクス」の格付けはA+となっています」

「へえ、大したものじゃないか。それで、衛宮士郎の戦闘スタイルは?」

「衛宮さんのタイプは戦士です。転送アポート系特異能力者らしく、戦況に応じて、双剣、長剣、槍と言った様々な武器を取り出して使用するようです。その中でも特に剣を使うことが多いことから、「ブレイド」と呼ばれています。
また、転送能力の応用で武器を弾丸のように射ち出す事で中距離攻撃も可能で、更に弓矢を使い長距離攻撃もこなす、オールラウンダーです。
拳と剣ナックル&ブレイド」と呼ばれる高畑先生とのコンビの知名度もかなり高く、現在の「悠久の風」において中心メンバーの一人として内外で認められているようです」

その為、士郎の麻帆良帰還に際して、「悠久の風」側でかなりの反対があった。主に食事を始めとした職場環境の快適さの低下を懸念して。……結局、学園長が強硬姿勢で押し切ったが、そのせいで「悠久の風」における学園長の人望が著しく下落したらしい。

「……ジジイは衛宮士郎を坊やの従者とするつもりで、麻帆良に呼び戻したと見るべきだな」

「はい、マスター。ネギ先生と衛宮さんには面識もあり、両者の合意さえあれば契約の成立の可能性も高いと思われます」

「フン、とりあえず衛宮士郎の動向には常に気を配っておけ。とにかく、坊やの血を手に入れる事が最優先だからな」

「はい、マスター」

そうして、エヴァが二階の自室へ上がろうとしたその時、茶々丸が声を掛けた。

「マスター、超鈴音よりメールが届きました」

「なに? ……内容は?」

「『衛宮士郎に関する有益な情報を提供するヨ♪ ちなみにこれはサービスだから、お代は結構ヨ♪』だそうです」

「……何のつもりだ、アイツめ」

訝し気にエヴァがそう言った一分後、超と葉加瀬謹製らしきロボが、ケースに『昨年大掃除、衛宮士郎戦闘記録』と記載された一枚のDVD=ROMを持って来た。……ロボは目的を果たすと、工学部方面へロケットで飛び去った。

「ご覧になりますか、マスター?」

「……少々気に喰わんが、見ておいて損はあるまい。茶々丸」

「分かりました、マスター」

DVDを見る為の準備を手早く整える茶々丸。

「映像を再生します」

そしてエヴァと茶々丸が目にした映像は、二人の士郎への認識を塗り変えてしまうほどに衝撃的だった。



「大掃除」。麻帆良の魔法関係者において、この言葉にはもう一つの意味がある。それは、大晦日の大襲撃に対する防衛を意味する。
そもそも麻帆良は日本屈指の霊地であり、その麻帆良を邪な目的で狙う者たちにとって、一年間の厄や穢れが溜まり負の力が極めて強くなる大晦日は、麻帆良を攻めるのに都合の良い日なのだ。つまり、大晦日の麻帆良の防衛は非常に忙しくなる。
元々麻帆良の防衛に関しては、人手不足と言う感が否めない。そのため15年前、学園長はナギに愚痴を零し、その愚痴にナギが乗っかる形でエヴァに「登校地獄」を掛け、麻帆良に警備員として縛り付けた訳だが。しかし、それ以降もその問題は完全に解決しておらず、麻帆良の防衛体制は常に人手不足なのだ。
そのため「大掃除」には、魔法生徒やそれに準ずる魔法関係者も駆り出されていた。その中に、麻帆良女子中等部2-Aに在籍する桜咲刹那と龍宮真名の姿が在った。
京都に伝わる退魔の剣術「神鳴流」の剣士である刹那と、ガンやライフル、霊的な術を施した弾丸を扱う狙撃の名手である真名は、中学2年と言う若さでありながら実力も高く、何度か組んだ事もあって連携もしっかりしており、余程の相手でなければ何の問題も無く防衛の任を果たすに違いなかった。………そう、余程の相手でなければ。

「クッ、離せ!」「……チッ、まさかこんな厄介なのが来るとはね」

「ホホホホホ、随分と梃子摺らせてくれたのう、汝ら?」

刹那と真名は無数の糸で拘束されていた。そして、拘束から逃れようともがく刹那と冷酷と赫怒を混在させた眼光を放つ真名を、喜悦と憎悪を以って見据える歪な異形。蜂、蜘蛛、蟷螂、蛾、蟻と言った虫を無理矢理繋ぎ合わせ、更に人型に近くした妖魔。その名を『蟲毒鬼』と言う。
過去、起こった『大戦』。その中で日本は『東』と『西』に陣営が分かれ争っていた。そして、『西』に属するある一団が生み出した狂気の産物。それが『蟲毒鬼』だった。
虫の妖魔を召喚し結界に閉じ込め、『蟲毒』と呼ばれる呪毒の精製法に倣い殺し合いをさせる事で、強力な式鬼しきを作るのが、その一団の目論見だった。しかし、二つの誤算によりその目論見は破綻する。
一つ目は『蟲毒鬼』の力が予想を遥かに越えて強くなった事。もう一つは、召喚された数多の妖魔が一体の『蟲毒鬼』として生まれ変わった事で、召喚の際の契約が効力を失った事。……『蟲毒鬼』を従わせる事も送還も出来なくなったその一団に待っていたのは、無残な死だった。
そして野に放たれた『蟲毒鬼』は、自分を歪で醜いモノにした人間に対する怨み憎しみのままにその身を血に染める。「魔法」に関わる者、関わらぬ者の区別なく。
だが、その『蟲毒鬼』に立ちはだかる者がいた。『関東魔法協会』の理事を務める日本最強の魔法使い、近衛近衛右門。彼の力で『蟲毒鬼』は討ち倒される。ちなみにその時、彼が「心」とプリントされたTシャツを着ていたと言われるが真相は定かではない。
しかし、『蟲毒鬼』はその戦いの最期、砕け散る自身の肉片に紛れさせ、己の全てを籠めた小さな卵を産み落としていた。そして長い年月を経て密かに力を取り戻した『蟲毒鬼』は、麻帆良へ攻め込んできた。前の自分を殺した近衛右門への復讐として、近衛右門が護る麻帆良を血と火の海に沈める為に。己の子たる異形の蟲の無数の大群を引き連れて。
『蟲毒鬼』は近衛右門クラスでなければ、討滅が困難な妖魔である。刹那も真名も善戦したが、襲い来る蟲の大群を相手にしている内に刹那の気も真名の弾丸も尽きてしまい、『蟲毒鬼』の毒の燐粉で動きが鈍った所を蜘蛛の糸で絡み取られてしまったのだ。

「しかし、妾の子らを存分に屠ってくれたものじゃのう?」

「当然だ! 貴様らを麻帆良に入れさせはしない!」
「害虫退治が仕事だからね」

刹那と真名の言葉に周りを取り囲む蟲の大群の羽音が激しさを増す。

「この状況で減らず口を叩くとは大した胆力じゃのう、汝ら。じゃが、いつまでその減らず口、口にできるかのう?」
――斬斬斬!!

「「!!?」」

『蟲毒鬼』の前足、蟷螂の鎌が刹那と真名の服を切り裂き、二人の肌が夜の空気に触れる。

「……妾はこんなに醜くなったと言うに、美しいのう、汝ら」

『蟲毒鬼』から烈しい憎悪が溢れる。『蟲毒鬼』を構成する虫妖の多くは、女王蜂、女郎蜘蛛、女王蟻等の力ある雌で、いずれも人型になれば蟲惑的で妖艶な美しさを持っていた。しかし『蟲毒鬼』となった事で、その美しさは奪われてしまった。だから『蟲毒鬼』は美しい女性を特に憎む。……凄惨に殺す程に。

「そして、力もある。汝らを苗床とすれば、強き子が産まれるであろうな。
妾の子らを屠った報いに、胎が張ち切れんばかりに卵を産みつけくれよう。そして、孵った子らの贄として生きたまま腸を食い破られるが良い!」


「「!!!」」

『蟲毒鬼』の言葉に、流石に顔色が蒼くなってしまう刹那と真名。そんな二人を嘲笑うかの様に、『蟲毒鬼』が半透明の触手、卵らしき物が詰まっている事から輸卵管であろうそれを、露になった二人の女性器へと伸ばす。
燐粉の毒は体を麻痺させているものの、感覚は鮮明に残り口も動く。つまり、刹那と真名を嬲り、悲鳴を上げさせる為に、そうしているのだ。そしてこのままでは、『蟲毒鬼』の思惑は現実の物になってしまう。
しかし、麻帆良の防衛体制は常に人手不足。しかも「大掃除」なのだ。救援が来る可能性は限りなく低い。……それでももし救援が来るのなら、それは普段麻帆良におらず、年末年始の助っ人扱いの人物―――

「ホホホホホ、せいぜい苦しんで妾の心を慰めて―――!!?」

愉悦に満ちた口調で刹那と真名を嬲ろうとしていた『蟲毒鬼』が、突如その身を襲った戦慄に後ろへと飛んだ次の瞬間、

「――そんな事のために、彼女らを殺させる訳にはいかない」
ドンドンドンドンドンドン!!!

空気の壁を貫き、上空から砲弾のように剣の群れが降り注ぐ。刹那と真名の周りにまるで二人を護るように突き立った剣群。そして、戦慄が未だ消えぬ『蟲毒鬼』は上空へと逃れる。

壊れた幻想ブロークン・ファンタズム

その言葉と共に、剣群が大爆発を起こす。その爆炎と爆風で『蟲毒鬼』の子である蟲の何割かが死んだ。それも当然。もしあのままあの場に留まっていたら、『蟲毒鬼』ですら死んでいたに違いないのだから。

「……まさか、仲間ごと妾を討たんとするとは……、!? なっ、小娘どもが生きておるじゃと!?」

『蟲毒鬼』の視線の先、爆煙が晴れたそこには、蜘蛛の糸に拘束されたままだが、全く無事の刹那と真名の姿が在った。見れば剣が突き立った内側、即ち刹那と真名の周囲には、あの大爆発の痕が無い。つまり、あの大爆発は指向性を持ったモノで、剣群の囲みの外側に放たれたのだ。故に刹那と真名は無事だったのだ。

「お、おのれ〜〜!! 妾の邪魔をする者よ!! 何処に――!!?」

『蟲毒鬼』襲う二度目の戦慄。そして、

神鳴りし金剛杵ヴァジュラ

夜空と残った蟲の大群を薙ぎ払う金色の稲妻。その猛威から逃れられたのは『蟲毒鬼』のみ。

「……よくも、よくも妾の子らをっ!! 殺す!! 殺してくれようぞっ!!!」

そして、『蟲毒鬼』は稲妻の射線を辿る事で、邪魔者を見つける。だが次の瞬間、『蟲毒鬼』が取った行動は、逃げ出すことだった。

「ヒィッ、ヒィィィィィィィィィッ!!!?」

『蟲毒鬼』が邪魔者を見た時に感じた三度目の戦慄。それは鋭い鷹の如き視線が齎す逃れようのない死の予感。がなり立てる生存本能の声に従い羽を力の限り羽ばたかせ、『蟲毒鬼』は麻帆良の外へと逃げる。彼我の距離は既に3km近い。しかしそれ程離れても、未だ死の射程から逃れる事はできなかった。
『蟲毒鬼』にとっての死神は漆黒の洋弓を構え、矢ではなく「剣」を番える。限界まで弦が引き絞られ、指が狙いを定める。そして、魔弾は放たれる。

「ヒィィィィィィィィィッ!!!」

空気の壁を穿ち貫きながら咆哮の如き唸りを上げ、『蟲毒鬼』の死をつげるように、赤光は夜空を斬り裂き翔ぶ。―――4kmの時間を無にする一閃が、『蟲毒鬼』を貫いた。

「ギィヤァァァァァァァァァァァッ!!!!」

断末魔の悲鳴と共に打ち砕かれる『蟲毒鬼』の肉体。妖魔であろうと、ここまでバラバラになれば死は免れない。……だが、その肉片に紛れるように存在する一つの小さな卵。そう、『蟲毒鬼』は再び次の自分を産み落とす事で、死を免れようとしていた。
近衛近衛右門すら謀ったのだ。今度も自分は生き延びる。そして更なる力を得て、近衛右門だけでなくあの白髪の男にも必ず復讐を―――
しかし、その『蟲毒鬼』の復讐が成る事はなかった。『蟲毒鬼』を貫いた鏃の名は『赤原猟犬フルンディング』。射手が狙い続ける限り標的を襲い続ける魔剣。
赤原猟犬フルンディング』は、『蟲毒鬼』を貫いた後、急激な流線形の軌跡を描き反転。そして、肉片に紛れて落下していた小さな卵を寸分の狂い無く、その顎に捉えたのだ。
――この日、『大戦』の負の遺産の一つ、『蟲毒鬼』は完全に滅したのだった。



「――フフッ」

「警備」の仕事を終えた士郎が挨拶に来たと言う真名を女子寮に送る道すがら、突然真名が楽しそうな笑みを零した。

「? 何が可笑しいんだ、真名?」

「いや、士郎さんと初めて出逢った時の事を思い出してね」

「む」

真名の言葉に眉を顰める士郎。去年の大晦日に『蟲毒鬼』を倒した後、士郎は斬り裂かれて服を失った刹那と真名に服の代わりにと聖骸布を投げてから、黒鍵を投擲して拘束した糸を切ろうと呼び掛けたところ、

「すまない。あの妖魔の毒にやられて体が麻痺して動かないんだ。だからこのまま糸を切られても受身も取れそうにないし、この布で体も隠せない」

「なに? ……それは困ったな」

そう言って、解毒魔法を使える誰かを呼ぶか、しかし今はみんな忙しいから難しい、だが解毒は急がなくては、それに冬空の下に放置する訳には行かない、それじゃあどうする?等と本気で悩む士郎。
結局、目隠しをした士郎が解毒魔法を使える魔法先生の所に運ぶと言う事になった。

「それにしても、目隠ししても触ってしまえば大差無い気がするけどね?」

「分かってるけど緊急事態だっただろう? どんな毒か判らなかった以上、解毒は急がなくちゃいけなかったんだし」

「結局、ただの麻痺毒だったけどね」

「………」

身も蓋も無い真名の言葉に士郎が渋い表情で押し黙る。

「フフッ、すまない、士郎さん。責めてる訳じゃないんだ。ただ、あの時の士郎さんの困りっぷりは楽しかったと思っただけだよ」

「人の困る様を見て楽しむのは趣味が悪いぞ。それはアクマへの一歩だ。止めておいた方が良い」

楽しそうに笑いながらの真名の言葉に憮然とした表情で答える士郎。

「分かったよ、士郎さん。楽しむのは士郎さんだけのにするよ」

「……分かっていないぞ、真名」

「フフッ、士郎さん、ありがとう。ここまでで良いよ。寮はもうそこだから」

「……ハァ、そうだな。それじゃ、お休み、真名」

「お休み、士郎さん」

寮がすぐそこなのは確かだが、真名が自分の言う事に聞く耳を持たない事を悟った士郎は、自分の部屋に帰るために踵を返す。
その背を見送りながら、真名は考える。士郎の事を。
初めて士郎を見た時、真名は『彼』に似ていると感じた。外見ではない。知らない誰かの為に命を賭せるその精神こころが。実際、士郎も「悠久の風」で『彼』や真名のような活動に従事していた。
だから気になった。借りを作るのは主義に合わないと嘯いて、士郎の警備を手伝った。そして知る。士郎の強さ、危うさ、狂気の沙汰としか言いようの無いある秘密を。

「……それにしても、私も男の趣味が悪いな」

『彼』と士郎の何よりの共通点。それは、面倒くさい事この上ないくせに、どうしても放っておけないところ。

「……二度も失うつもりは無い」

目を閉じ胸のペンダントを握り締める真名。『彼』が自分の前からいなくなった時、もう誰も好きになる勇気は失くしてしまったと思ったのに。けれど―――

「――私は狙撃手スナイパーだ。狙った獲物は外さないよ、士郎さん」

そして指を銃の形にしてから、士郎が歩き去った方へ向けて、

「――BANG!!」

銃を撃つ仕草をした。それから、しばらくして。

「〜〜〜〜〜〜ッ、わ、私は、何を恥ずかしい事をしているんだ?」

そう言って、顔を真っ赤にする真名。先ほどは予想以上にテンションが上がってしまったらしい。

「…………誰にも見られていないな?」

鬼気迫る雰囲気で魔眼を活性化させ周囲を索敵する真名。いつの間にか握った銃は目撃者を消す用か。

「…………どうやら誰にも見られていないようだな。とにかく、今日はもう部屋に戻ろう。………これも士郎さんのせいだ

そして真名が寮に入ってから三分ほど経った時、夜の闇から一つの影が現れた。

「……う〜〜む、見てはならぬ物を見てしまった様でござるなぁ、ニンニン」

現れたその影、長瀬楓も寮の中に入っていく。

「しかし、衛宮士郎殿でござるか。美味しいプリンを作る事と言い、あの佇まいより感じる実力と言い、真名殿にあんな事をさせてしまう事と言い、俄然興味が出て来たでござる♪」

常より糸のように細められた目を更に楽しげに細めて、楓は部屋に戻って行った。



――その頃、エヴァの家では、

「………クククク」
「マスター?」

と、唐突に邪悪に笑い出すエヴァ。そんなエヴァを訝しむ茶々丸。

「クククク、凄まじい力だ、衛宮士郎。気に入った!貴様の力は、最強の魔法使い「闇の福音」たる私にこそ相応しい!
見ていろ、クソジジイ! 坊やの血も衛宮士郎も、私のモノにしてやる! アハハハハハハハハハ!!!」


「ああ、マスターがあんなに楽しそうに」

昂ぶるエヴァ。主人の様子に喜ぶ茶々丸。
こうして士郎は、初日から色んな意味で狙われる身となったのだった。



ネギが麻帆良に来た翌日の昼、士郎は『Restaurant EMIYA』の再開日の事を店の所有者オーナーである学園長と話し合う為に、学園長室に向かっていた。

「で、できた!」

「ん?」

その途中、ガラスの容器を掲げて走るネギと鉢合わせる。

「やあ、ネギ君。そんなに急いでどうした?」

「えっ、シ、シロウ!? ど、どうしてここにいるの!?」

「店の再開の事で爺さんに少し話があってな。そうだ、ネギ君? 好きな食べ物って、イギリスで会った時以来増えたりしてないか?」

「え、好きな食べ物? う〜〜ん、あ、そう言えば麻帆良に来る途中、ヤキトリを食べたんだけど、ネギま串が美味しかったな。ボクの名前と同じネギだし」

「ネギま、か。分かった。……ところでネギ君、その瓶に入った魔法薬は何だ?」

「え、ええっ!? あの、その、こ、これは回復薬ポーションだよ、シロウ!」

魔法薬といきなり見破られたネギは動揺して、ホレ薬を回復薬ポーションだと嘘を付いてしまう。

「変わった色だけど、ネギ君独自の調合か?」

「う、うん! そうなんだ!」

「そうか。けど無理はするなよ。回復薬ポーションを飲んでも頑張りたい気持ちも分かるけど、頼り過ぎないようにな」

「うん、分かったよ、シロウ。………ところで、シロウは疲れてない?」

「ん、俺か? まあ、少し疲れてるかな? 昨日帰って来てから店とか見たり、夜も少しやる事があったしな」

「そ、それじゃあ、これ、少し飲む?」

「良いのか、ネギ君?」

「うん!」

「それじゃあ折角だし、少し貰うよ、ネギ君」

この時、士郎はネギが自分で飲む薬と思っていたので、疑うことなく飲んでしまったし、ネギはネギで、騙した事に気が引けていたが、モテモテになれば士郎も喜んでくれると思ってしまったが故に、悲劇は起きてしまった。

「それじゃ、ボク行くね!」

「ああ。午後の授業も頑張ってな」

校舎へと元気良く走っていったネギを見送ってから士郎も歩き出す。

「衛宮殿は強いのでござろう? 一度手合わせしたいでござるな〜〜」

「勝手にしろ。どうせ返り討ちが関の山だ」

「なに物騒な事話しているんだ、真名。それとそっちは2-Aの子だったか?」

そして士郎は、タイミング良く?真名と楓に遭遇した。

「「………」」
「ど、どうした、二人とも!?」

尋常じゃない様子で黙り込む真名と楓に、士郎は後ずさる。士郎の心眼(偽)が告げている。――ニゲロと。

『士郎さん/殿、好きだ/でござる!!! 私/拙者の気持ち、受け取ってくれ/下されっ!!!』
――ジャキィッ/ジャカァッ!!!

唐突過ぎる告白と共に、真名の両手に納まる銃と楓の手の指の間全てに現れる苦無。恐ろしい程に言葉と行動が合致していない。
そして真名は引き鉄を引き、楓は苦無を投擲する。標的は―――士郎。

「なんでさっ!!?」

寸での所で回避する士郎。しかし、真名も楓も既に次の攻撃体勢に入っている。再び襲う攻撃をまた避ける。

『何故避けるんだ/でござるか!!?』

「たわけ! 避けるに決まっているだろう!!」

狼狽しながらも第二陣を避けきった後、逃げ出す士郎。ゴム弾と苦無を撒き散らし追う真名と楓。
士郎は考える。何故こんな事になったかを。真名と楓は明らかに正気ではない。しかし何故………、まさか先程の魔法薬か? と言うより、それしか心当たりが無かった。しかし、原因が分かっても解決策は無い。士郎に解呪の術が無い訳でもないが、人目のある場所で使う訳にもいかない。結局、逃げる以外に道は無かった。
しかし、この時点で士郎は気付いていなかった。逃げる内に追跡者が増えている事に。

「士郎さん、好っきでーーーすっ!!!」

「何だとっ!?」

高速で士郎の首っ玉に抱き付こうと突っ込んでくる影を、ギリギリ避ける。その影の正体はショートカットの溌剌とした少女、春日美空だった。彼女も間違い無く正気を失っている。

「くっ、ならばそっちだ!」

士郎は彼女らを撒くため奥まった路に入ろうとするが、その路を塞ぐ者がいた。

「うふふふふ、士郎さん、好きです♪」

「……な、何故、君はフライパンを持って、振りかぶっているんだ、千鶴?」

「勿論、士郎さんに私の気持ちを伝える為です♪」

「……そんな物騒な想いの伝え方は御免被る!」

「うふふふふ、逃がしませんよ、士郎さん♪」

「ええいっ! 何で俺がこんな目にっ!?」

とにかく逃げるしかない士郎。捕まる積もりも実際士郎の実力なら捕まる事もないが、このままでは精神衛生上非常によろしくない。……しかし油断大敵。

「士郎さん、好きだにゃーーー!!!」
「何とっ!?」

士郎の頭上に影が掛かると、頭の右側でサイドテールにした活発な少女、明石裕奈が落下するように士郎に向かって飛び込んで来た。……もし避けた場合、裕奈が怪我をする可能性が高い。だから士郎は裕奈を受け止める他なかった。

「士郎さん、大好き〜〜〜♪」

「気持ちはありがたいんだが、今は離れてくれると――「隙有りーーー!!!」――ぬぐぉっ!?」

裕奈に抱き付かれ動きが止まった所に、美空が士郎の首っ玉に吶喊、士郎の首にぶら下がる。

『士郎さん/殿?』

そしてその光景を見た真名、楓、千鶴が綺麗な「アクマ」の微笑みを湛え、それぞれの獲物を構える。

「だぁぁぁ、何でこうなるのさっ!!?」
『士郎さん、大好き〜〜〜♪』
『逃がさないよ/でござる/しませんっ!!!!』


そして裕奈を抱きかかえ、美空をぶら下げて、「アクマ」となった真名、楓、千鶴から士郎は逃げ回り、

「何故、私はこんな所に?」
「はて? 真名殿と拙者は教室に帰る途中だった筈」
「あら? 私、どうしてフライパンを持ってるのかしら?」
「あ、あの、え、衛宮さん!? お、下ろしてくれません!?」
「ななななななんで、わわわわわわたし、えええええみやさんに、だだだだだきついてんのっ!?」

みんなが正気に戻るまで逃げきった。正気の戻った時の説明も大変だったが。特に正気に戻った筈なのに、裕奈と美空の状態に気付いて「アクマ」の微笑みを浮かべる真名と千鶴への説明が。次に何故かテンパッてる美空への。しかも説明の途中でいきなり逃走してしまうし。
とにかく気疲れを感じながらも、逃げ出した美空以外を何とか全員納得させて、校舎に戻らせる士郎。そして、

「―――さぁて、ネギィ! 懺悔のお祈りは済ませてっかぁっ!?」

―――『悪』、現界。

この後、寮の手前で士郎に捕まったネギは、その日の夜遅く明日菜たちの部屋に辿り着いた時には、風が吹けば飛んでいくのではと思うほど、カサカサに憔悴していた。

「めったに怒らないしろ兄怒らすなんて、アンタ何したのよ?」
「しろ兄、怒るとむっちゃ怖いんよ? 気ぃ付けなあかんよ、ネギ君」

「……ハイコレカラハキヲツケマス。モウシロウヲオコラセルヨウナコトハシマセン。ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」

こうしてネギに一つのトラウマを刻み付けて、麻帆良の夜は更けていった。


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