マブラヴ 未来への咆哮 episode:9 「向かうべき故郷」 <10derさん>
「社、用意して」
「はい」
見た事のない機械を前にして呆けるオレを余所に、先生と霞は機械を動かす準備を進めている。そして、その準備が終わったのか、先生が、未だ呆けるオレに近付いてくる。
「あんたは、いつ自分が白銀武になったか、知ってる?」
「はい?」
知ってる知らない以前に、言ってる意味が全然理解できませんが?
「学問は、考え抜かれた大胆な仮説を、実験によって検証する事で進歩していくわ」
「?」
「確定された存在を、『確率の霧』の状態に戻す。この実験が成功すれば、世界もあんたも救われるのよ」
「はああ?」
「わからないの?」
「ちっともサッパリ全然」
「じゃあ、今朝の話を簡潔にまとめて説明しなさい」
言われて、今朝の話を思い出しながら、夕呼先生にオレの言葉で説明していく。
オレが意志の力で世界を移動するかもしれない特殊な人間である事、今、オレが『この世界』に居るのは、オレ自身の意思と周囲の人たちの認識のおかげである事、だが、睡眠時はその認識が曖昧になる事。
また、世界は安定を求める為、『元の世界』がオレを引き戻そうとしている事、そして、オレやみんなが眠って、意思や認識が希薄になった時に、相対的に強くなった『引き戻す力』によって、意識だけが『元の世界』にシフトしている事を。
「じゃあ、あんたが『元の世界』に帰るために必要な事は何?」
「自分が帰りたいと強く願うこと、周囲の認識がゼロになること、あとは『元の世界』がオレを『引き戻す力』を大きくすることですか?」
「上出来上出来。その3つの中で、自分の意思はある程度コントロールできるでしょ? 逆に世界が『引き戻す力』はどうにもできない」
「そうですね。じゃあ、残った『周囲の認識』をどうにかしようって言うんですか?」
「さっきからその話をしていたのよ?」
「解りませんよ、そんな事。確定がどうしたとかって話でしたっけ?」
「そう。仕方ないから、もう1度言い直してあげる」
「ぜひ、お願いします」
そして、説明される先生の『確率の霧』理論。……一応、オレなりに理解できたと思う。多分。
「今からあたしがやろうとしているのは、観測され、確定された箱の中身を、蓋を開ける前の状態に戻すってこと」
「……それって、オレと言う確定した存在を、また確率の状態に戻すってことですか?」
「正解。じゃあ、始めるわよ」
「始めるって?」
「『この世界』とあんたの言う『元の世界』、2つの世界の間を移動するために、あんたを確率の状態に戻す実験よ。何のために長々説明してあげたと思ってるの?」
「ちょ、ちょっと!! そんな事したら、オレどうなるんですか!?」
「おかしなこと言うのね? それは今、話した通りでしょ?」
「オレ、みんなに忘れられちゃうじゃないですかっっ!!」
「そうね」
超ドライ!!?
「簡単に言わないで下さいっ! 大体、そんな実験してどうするんですか!?」
「だからぁ、あんたが『元の世界』に帰るためよ」
「え?」
「今更驚かないでよ。あたしが、何のために苦労してたと思ってるの?」
「オレがあちこちに行ってしまわない方法を、考えてるんだと思ってましたよ」
「ああ、結果的には、そこに繋がるんだってば」
「どうしてですか?」
「……まだ説明が足りない?」
「あたりまえです!」
「00ユニットの話はしたっけ?」
「……ゼロゼロユニット? いえ?」
なんだそりゃ? 初めて聞く単語だ。
「あんたには『元の世界』に戻って、向こうのあたしが発見した理論を回収してきて欲しいの」
「はぁっ!?」
……やっぱり裏があったのか。
「その結果、完成するモノが、『00ユニット』」
「何ですか、それ?」
「今はまだ知る必要はないわ。ひとつだけ言えるのは、『00ユニット』が完成すれば、あんたはその不安定な状態から解放される可能性が、極めて高いって事」
「ええっ!? 本当ですかっ!?」
「ええ。それが主な目的ではないけど、結果的にそうなる事は、ほぼ間違いないわ」
『この世界』を救う役に立って、オレが『元の世界』に帰るためにもなる。正に一石二鳥の実験だ。そんな実験であれば協力するに決まってる。……スゲエ不安だが。
「……解りました」
「あんたには何としても1度、『元の世界』に戻ってもらわなきゃいけない。その為にはこの実験は不可欠。いいわね?」
「はい」
「じゃあ、早速取りかかりましょう」
「……その装置、大丈夫なんですか?」
つい、不安を口にしてしまうオレ。
「理論は完璧よ」
「……実績の程は?」
「まあ、成功率は4割を見込んでるけど?」
「……気休めでもいいです。装置の説明を切に希望します」
「…………本当に聞く?」
その時、先生の瞳の奥に妖しげな光を見たオレは、
「やっぱ、やめときます」
戦場で培った勘に従い、そう答えた。
「そう? ま、好都合ね。あたしも説明するのは、ちょっとイヤだったのよ。朝までかかるからね」
……セーフ。オレの勘は正しかった。
「とにかく、この装置は、あんたを確定されていない『確率の存在』にする事で、『世界』の間を移動できるようにする為のモノなの」
「はあ」
「大雑把に言うと、『この世界』から時空間を引き伸ばして『元の世界』に差し込む、って言ったらいいのかしら? 解る?」
「ああ、はい。何となく」
「ちなみに、最初は短い時間しか繋げないから、ある程度の修正は効くけど、実験を続ける過程で、『元の世界』の1点と強固な繋がりができてしまったら、その時間軸の過去には移動できなくなるから」
それってつまり、夕呼先生のワケ解らん理論が飛び出したあの日が、いつだったかちゃんと思い出せって事だよな? 間違ってそれより未来に戻っちまったらアウト。
けどなあ、そんな事言われてもな。……クソッ、解っちゃいるけど、いきなり責任重大だよ!! それでも、オレにしか出来ねえ事なんだっ!!
「はい、解りました」
とりあえず、あの日は、…………試験前だったはずだ。
「とにかく始めるわ。社、例の物を用意して」
「はい」
――ごそごそ
霞が何やら取り出しているけど。……おっ、スケッチブックと色鉛筆か。
「………………………」
なんか、霞がすごくオレを見てるぞ。
――かきかき
うお、霞が動き出した。
――じぃ〜〜
やっぱり、すごく見てるけど、何?
――かきかき
「……先生、これは?」
「……動かないでください」
先生に質問しようとした瞬間、霞に注意された。
「は、はい」
霞の迫力に圧されて、じっとしているオレ。
――かきかき
「……できました」
どうやら、霞の「用意」とやらは終わったらしい。ようやく動けるようになったオレは、先生も何か持ってる事に気付いた。
「それ、何ですか?」
「ん? あたしの趣味よ?」
「趣味?」
「……見たい?」
「はあ」
……って、これ、オレの写真じゃねえか!! しかも、隠し撮りっぽい!!
書き殴られたメモもいっぱい。何々、……「モルモット実験中なのを、忘れたらだめ」
んが! なんか、スゲエ適当だ!
「何スか、こりゃあ!?」
「それじゃ、始めましょうか?」
激スルー!!?
「ちょっとちょっと、2人して!!」
「社、準備はいい?」
「はい」
「はい、そこに立って」
勝手に話が進んでいく。置き去りだな、オレ。
「……ここで、いいんですね」
指示された場所に立つ。
「目、瞑ったほうがいいと思うわよ」
言われて、慌てて目を瞑る。……目開けてたら、失明の危険とかあるんだろうなぁ。
「『元の世界』の事を強くイメージしなさい」
「が、頑張ります!」
「行くわ」
「はい」
オレはあんま良くないけど!!
装置の駆動音を聞きながら、『元の世界』を強くイメージする。
『元の世界』の試験前……
……『元の世界』の試験前……
……………『元の……試験………
……………………………………………
そして、オレは『この世界』から、消えた。
――ここは、オレの部屋、か?
――トタトタトタトタトタトタッ!!
――やっべえっ! 階段を軽快に駆け上がる音がっっ!!
――「タケルちゃん、遅刻しちゃうよっ!!」
――その純夏の声を最後に、「オレ」の意識が、消えた。
「……あれ?」
目の前に在るのは、『世界』移動のための装置。見回せば、先生と霞が居る。と、
「…………」
――ドサッ
糸の切れた人形のように、霞が倒れた。
「お、おい、霞!?」
何で急に倒れるんだっ!?
「先生!?」
「え? ああ、白銀ね」
「霞が!」
「ん? ……ちょっと無理をさせたかしら」
「先生?」
倒れた霞を抱き上げる先生。けど、何か様子がおかしい。
「理論的には、そうね、…………当然の事なんだけど」
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?」
先生の顔色が悪い。霞も倒れちまったし、何が起きてるんだっ!?
「……こんな気分の悪いものだったなんてね」
「先生?」
「何ボサッとしてるのよ。社をそこに横にしてあげてちょうだい」
「あっ、はい。霞、大丈夫か〜〜?」
慌てて、霞を抱き上げる。うわっ、軽っ! ん、何か落ちてる? あ、これ霞が実験前に描いてたやつか。
へたくそな絵だな。誰だ、コイツは? 何やら人間らしきモノが描かれてあるけど、識別不能だ。
「ほら、早く社を休ませてあげて」
「あ、はい」
霞、…………どうして急に倒れたんだろう?
「……で、どうだったのかしら?」
霞を横にして休ませた後、先生に向き直ると、早速質問された。
「よく解らないんですけど、一応、『元の世界』だったと思います」
「一応?」
「何て言うか、感覚がハッキリしなくて、すごくぼやけた感じでした。上手く体も動かせてなかったような」
純夏の声も確かに聞こえたけど、あれなら、最近見てた「夢」の方が、ずっと現実感に溢れていた。
「制限時間以内では、それが限界か」
「制限時間?」
「これはね、膨大な電力を消費する装置なのよ。今の所、長時間稼動させる事はできないの」
「でも、あれじゃ向こうで先生から、何かを聞いて来るなんて絶対無理ですよ」
「……そうね。それじゃ動きようがないのは確かね。……こっちで何とかするわ」
「お願いします」
「じゃあ、今日は終わりにしましょう。部屋に戻りなさい」
「あ、はい。じゃあ、後よろしくです」
「待ちなさい」
「え?」
「社、忘れてるわよ?」
「あ、でも、もう少しこのままの方が良いんじゃ」
「どうせ、同じ部屋に帰るんだから、連れてってあげなさいよ。……薄情ねえ」
「…………は?」
「あら? 言ってなかった?」
「…………聞いてませんが?」
「今日からあんたと社は、同じ部屋で暮らしてもらうから」
…………はああぁ!?
「『00ユニット』が完成するまで、あんたの不安定な状態は続くわけ。だから、それを留める存在が必要よね?」
「そ、そ、それが霞って言うんですか!?」
「そうよ」
爆クール!!?
「いや、しかしですねっ!?」
「何よ? 社が相手じゃ不満だって言うの? 攻略対象にした癖に」
「はいっ!!?」
昨日のネタ、まだ引っ張ってんのっ、先生!!?
「何が不満なのよ?」
「いや、不満って言うわけじゃないんですけど、その」
「間違い起こす気、あるわけ?」
「ありません!! 違いますよ!! 大体、霞はO.Kしたんですか!?」
「ええ、こともなげに」
――ガボーン!!
……それは、霞が大胆なのか、オレが男と認識されていないのか。どっちにしても、ショックがデカイぜ。
「荷物はもう運び込まれてるから、上手くやりなさい」
「有無を言わさずですか。……心の準備が」
「全ての準備を整えてからも間に合う事象なんかに、ロクなものはないわよ?」
うぅ、それは諦めろって事ですよね、フフフフ、……ハァ。
「わかったら、社を連れて部屋に戻りなさい」
「……わかりましたよ」
「ま、間違いが起きたら起きたで、その時また考えましょう」
「起きませんよ!」
「じゃあ、お疲れ〜」
――プシュー
ひらひらと手を振る先生に見送られながら、部屋を出る。
何だってんだ? 霞と同じ部屋で、暮らすぅ? そ、そんな事が、許されて良いのだろうか?
……非っ常〜〜〜に不吉な予感がする。そして、その予感は的中するのだった。
自室に戻る時、壬姫に遭遇しそうになったり、霞がオレの袖を掴んで離してくれず、結局添い寝する事なんて、序の口でしかなかったんだ。
――2001年12月01日(土)
冥夜が来る前、オヤジとオフクロが世界一周に行く前に、純夏と臨海公園で昼飯を食った夢を見た。……ああ、松茸が食いてえなぁ。
目が覚めて、オレの目に飛び込んで来たのは、霞の顔のドアップだった。
「うわぁっっ!!?」
「…………」
無言。
「あ、ああ、霞、おはよう」
「…………」
「わ、悪かったな。朝から大声出して」
「…………」
「お〜〜い、しゃべってくれ」
「…………」
「……な、何か、あったのか?」
無言。何か、じーっと見つめられてる。だ、だってよ、床で寝ようにも、霞が袖を掴んで離さないから、その、仕方なく添い寝する事になったわけでさ。
「あは、はははは……」
無言。
「え、ええっとな、その、なんつーか、そ、そうだっ! また『元の世界』の夢見たぞ! 夢っつーか、また行ってきちまった訳だけどさ、い、犬が出てきてよー、つぶらな瞳でオレの瞳を見つめて、物欲しそうな顔するから、エサを分けてやったわけよ。そしたら、そいつオレになつきやがって! 尻尾振りながらじゃれてくるんだぜ? 可愛かったぞ〜」
やっぱ、無言。って、しまった!! 霞は、俺が向こうに行っちまわない為にいるんだった!!
「え、ええっと、まあ、その」
「……『元の世界』での体験ですか?」
「そ、そう! 犬が可愛かったのが、その、救いかな〜〜、あはは」
実際は、オレからポテトを奪い、唸って威嚇までしたクソ犬だけどな。
「…………」
「……どうした?」
――ポン
へ? 何、この肩の手は?
「…………がんばってください」
「……物凄く気になる言い方だな、おい」
沈痛な表情と言い、何か、憐まれてないか、オレ?
――ぐい
「あ?」
「もうすぐ起床ラッパです」
「あ、ああ」
霞に引っ張られ、ドアの方に歩く。
「あ、あのさ、き、昨日は、良く眠れた?」
「はい」
「そ、それは、良かった。………その、しばらくの間、よ、よろしくな」
「……はい」
霞は微笑んで頷いた。
――PX
「タケル、こっちだよ〜〜、って、あれ〜、霞さんじゃない」
「おはようございます」
「たけるさん、と、社さんだー! おはよう!!」
「おはようございます」
「おはよう。あら、社がいるなんて珍しいわね」
「おはようございます」
「ええ、おはよう。みんな、混んでるから、早く取りに行かないと、整備実習に遅れるわよ」
言って、カウンターに向かう千鶴。
「……おはよ」
「おはようございます」
「………」
「なんだよ、慧?」
「……朝からお熱い」
「おまえね〜」
「おはよう、タケル、社。朝からPXとは珍しいな」
「おはようございます」
「社、そなたの分も持ってこようか? カウンターがあの混みようでは辛かろう」
「平気です」
そう言ってカウンターの方に歩いて行く霞。
「あ、おい」
「なにかあったのか、タケル? 社がここで朝食をとるとは」
「ま、まあ、その、いろいろな」
「……いろいろ」
「なんだ、慧、まだいたのか」
「いろいろ……ね」
………こ、こいつっ!?
「……今度のヤキソバの日、楽しみ」
「な、何がだ?」
「……それで手を打ってあげる」
密着して耳許に囁いてくる慧。お、おのれ、まさか、何か知ってやがるのか!?
「……それで手を打つから、早くあっち行け」
その言葉と共に、オレから離れてカウンターに向かう慧。
「タケル、一体、何の話なの?」
「それを言ってしまったら、今の話が何の意味も無くなる話だ」
「えー! 気になるなあ」
「気にするな、……あ!?」
お盆を持ってフラフラしながら、霞がカウンターの方からやって来る。見ていて危なっかしい。
「おまたせしました」
「あ、危ないよー、社さん!?」
「1度に二つも持ってくることないのに、……もしかして、オレの分?」
「はい」
「わ、悪ぃ、今度から気ぃ遣わなくていいからな? な?」
言ってお盆を受け取ろうとするが、結局、霞が席まで持っていった。
「いただきます」
みんな、席に着く。今日はサバミソか。
「どうも今朝の社は、いつもと様子が違うな」
「べ、別に普通だろ」
「そうねえ、何かあったの?」
冥夜も千鶴も聞いてねえし。
「な、何もないよ、な、……あ!?」
霞の同意を得ようと首を巡らせると、そこには解したサバの身を差し出す霞の姿。
「どうぞ」
――教室で、オレにタコさんウインナーを刺したフォークを差し出す純夏――
脳裏に浮かぶ情景と目の前の霞の姿がダブる。……何でだ?
「………」
と、不意に周囲の空気が重く刺々しくなる。
「……普通、ねえ?」
「……楽しいお食事中に恐縮だが、詳しく事情を説明してもらいたいな」
「あ〜んってしてる、……あ〜んって」
「な、なんであ〜ん!? どうしてあ〜んっ!?」
「か、霞、そ、その、そういうことは……」
「……いろいろあった」
「うるせえ!」
「…………違いますか?」
「……違うって、何が?」
霞と差し出されたサバを交互に見る。
「霞が食べていいんだぞ、それ。いや、むしろそれは霞のものだ」
「…………違ったのかな?」
「違ったって、何が?」
「……しなくていいですか?」
「え、えっと」
なんか、霞、落ち込んでる? くっ、オレはどうすりゃいいんだ?
「……どうぞ」
「「「「「………」」」」」
「いや、だから、その」
「……嫌ですか?」
「い、嫌ってわけじゃ……」
「「「「「………」」」」」
「……何か、間違っていますか?」
「ま、間違いってわけじゃ……」
それ以前の問題だぞ、間違いなく。
「「「「「………」」」」」
しばし、無言で見つめ合うオレと霞。そして、
「……どうぞ」
霞は折れる気はないらしい。……ええいっ、ままよっ!!
――パクッ。「「「「「!!!!!」」」」」
「まだ、あります」
「あ、ああ」
――パクッ。「「「「「!!!!!」」」」」
「まだ、あります」
「あ、ああ」
――パクッ。「「「「「!!!!!」」」」」
「まだ、あります」
――パクッ。「「「「「!!!!!」」」」」
(以下、サバミソ定食が無くなるまで、繰り返し)
――ハンガー
今日は整備実習。オレは手元の工具箱に無い工具がある事に気付いた。
「千鶴〜、トルクレンチ、取ってくれるか〜〜」
「………」
――ビュッ! ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン、パシッ!!
「サンキュ」
「…………どういたしまして」
高速で飛来したトルクレンチを受け取る。……にしても、ナイフスルーしなくてもいいだろうによ。
「ん、冥夜〜、ドライバー、取ってくれるか〜〜」
「……承知した」
――ビュオッ!!
「って、なぬっ!!?」
――バシイッ!!
真剣白刃取りの如く両掌で、弾丸のような速さで投擲されたドライバーを止める。……柄が引っ掛からなかったら、ヤバかったぞ、おい!!?
「何しやがるっ!!」
「……仕留め損ねたか」
「……今、何つった、冥夜?」
「……さてな」
「武、ソケットレンチ、いる?」
「ラチェットは? プライヤーは?」
目が坐ってんぞ、オマエら!! 何なんだよ、この状況!?
「……壬姫、ソケットレンチ、取ってくれるか?」
「え、は、はい。わかりました、たけるさん」
オレの見た限り、壬姫は安全だ。
「それじゃ、えい!」
――ポイッ、ヒュンヒュンヒュン
「ありゃ」
壬姫が投げたソケットレンチは、オレから離れた場所に飛んで行く。そのせいで気が抜けたオレに、
――カァン! ヒュンヒュンヒュン、ガツンッ!!
「ぬあっ!!」
壁に当たり跳ね返って来たソケットレンチが直撃した。
「あわわ、たけるさん、大丈夫ですか!!?」
「……お、おう。大丈夫だ」
「ご、ごめんなさい、たけるさん」
「い、いや、壬姫は悪くない。悪いのはオレだ」
「全く、情け無いな、タケル」
「ホント、だらしないわね」
「……ダメダメ」
「そう、悪いのは全部タケルだよ!」
「……おまえらな」
「あわわ」
「白銀ーーーー!!」
ん、まりもか? 大声出してどうしたんだ?
「気をつけっ!」
「そのままで良い。で、白銀、ここで何をしている?」
「整備実習です」
「おまえは本日6時00分より香月博士の特別任務に就く事が決まっているそうだが、聞いていないのか?」
「は? 初耳ですが」
「おかしいな。直接伝令が行くと聞いていたんだが」
「………」
もしかして、霞のやつ、……言い忘れてた?
「まあいい。直ちに博士の元へ向かえ。……ところでその額はどうした?」
「ああ、これは」
「白銀が工具の扱いをミスしたのです。以後、気をつけさせます」
「はっ!?」
「タケル、何か間違っているか?」
そう言って、壬姫の方に視線をやる冥夜。……くっ。
「……ぶ、分隊長の仰る通りです」
「……まあ、いい。早く行け!」
「りょ、了解っ!!」
額を擦りながら、B19の廊下を歩く。……コブになってんな。
「……ん?」
……誰か来る。
「……はぁ……はぁ」
軽快な足音と共に走ってきた霞はオレの前で立ち止まり、荒く息を吐く。
「どうした、霞?」
オレの問い掛けに答えず、霞はオレを引っ張って行こうとする。
「おいおいっ!?」
霞は必死だ。……先生の機嫌、悪いなぁ、この様子だと。
「あ〜、わかったわかった。先生に呼んで来いって言われたんだな」
「………」
「……おまえ、忘れてただろ」
「………」
人に慣れていない小動物のようにビクビクする霞。……フォロー入れとくか。
「まあ、仕方ないさ。徹夜の実験で疲れてたんだしな」
「………」
「ほら、行こうぜ」
「………」
「どうした、行かないのか?」
オレをじーっと見つめる霞。何見てんだろって、ああ。
「……このデコが気になるのか?」
「………」
「……気にするな。ほら、ダッシュだ!」
霞の手を引いて、昨日の部屋に向かう。
「遅い!! 恐れを成して逃げ出したのかと思ったわよ!!」
部屋に入ったオレと霞を迎えたのは、不機嫌な先生だった。
「…………恐れを成して逃げ出すような事があるんですか?」
「…………。じゃ、さっそく始めましょうか?」
「ちょっとまった!! ……大丈夫なんですよね?」
「……………………大丈夫よ」
「オレの目を見て言って下さい!!」
今の間は何だよっ!?
「大丈夫。死にはしないわ。それは昨日で証明済みでしょ?」
「…………装置の精度は上がったんですよね?」
「確実に上がったわ」
「長く転移できるようになったんですか?」
「多分ね。未解決の問題も残っているけど、そこは今回の実験結果を見て対応を考えましょう」
「……大丈夫かなあ」
「とにかく、さっそく実験よ」
「あ、はい」
不安を抱きながら、昨日と同じ位置に立ち、目を瞑る。
「電力が足りないわ。社、4番入れて」
「はい」
「……何よ、まだ安定しないわけ? 仕方ないわね、5番」
「はい」
「……ん〜〜、これ以上はまずいから、これで行って見ましょう。社、準備お願い」
「はい」
「それじゃ白銀、向こうの世界を強くイメージして、後はそっちの意思が確定次第、シフトするわ」
「了解」
そして、オレは『この世界』から、消え、『元の世界』へ、移動した。
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