マブラヴ 未来への咆哮 episode:21 「変わらぬ想い」 <九頭竜さん>



――2001年12月20日(木)

――ユサユサ


揺さぶられる感覚に、オレの意識が覚醒する。
……昨日は捕まえられなかったけど、この距離なら逃がしはしねえ! 名付けて、「起こしに来たとこを捕獲大作戦」だ!

「起きるのだぁっ、白銀ぃっ!!!」
「ブフォッアッ!?」

と、意気込みながら目標を確保する為に目を開けたオレに迫る紅蓮のオッサンのドアップ

「ゲホッゴホッガハッ」

「――今だよ、霞ちゃん!」「はい、純夏さん」

朝一番の予想外衝撃的映像にオレが噎せている間に、オレの部屋の前から逃げ出す影二人。

「………………クックックックック」

そうかよ、ここまでするんだな、オマエらは。……いいぜ、やってやる。そっちがその気なら、こっちも絶対退いてやらねえ!!

「絶対、捕まえてやんぞ、純夏、霞!!」

そうして、オレは猛烈な勢いで部屋から飛び出した。……流石に、点呼までの短い時間じゃ捕まえられなかったが。
けど本気マジ だ、純夏、霞。本気マジにオマエらを捕まえてやるっ!!!


この日のオレ達、A-01の演習は、午前はシミュレーターで「AC-21」、午後は実機で横浜基地の部隊相手に市街戦演習だった。
その際、一つの隊形が試された。オレを先頭トップ・ワンとして突出させ、その後ろにオレの抜けた配置にまりもが納まる形で構成された隊形。オレの実力が隊の中でも突出している事と、『天眼』を使える事からまりもが採用した隊形だ。……速瀬中尉と涼宮がオレを不満気に睨んでいたけど。
有り体に言ってしまえば、A-01全体がオレの援護に回るこの隊形は、シミュレーターと実機の双方において、目を見張るような成果を出してくれた。シミュレーターの方じゃ隊の生存率と作戦の成功率が大幅に上昇したし、実機の方じゃ相手が大隊二つであっても危なげなく勝てた。
状況に応じて隊形は変えていくモノだが、この隊形がオレ達A-01の基本になりそうだ。後は25日の『甲21号作戦』までに、この隊形の連携を確かな物にする事がオレ達の課題と言える。


「――と言う訳で、何とか出来ませんか?」

演習が終わった後に、オレは純夏と霞を捕獲する為に、夕呼先生と話していた。具体的には、リーディングでオレの位置と行動を読まれないようにするとか。

「何とかって言われてもね。大体、リーディングと存在を認識する事は別の能力だから、リーディングをブロックしても意味ないわよ。それに鑑のリーディングならもう制限してるわ。『バッフワイト素子』を使ってね。だから、今の鑑は白銀に対してリーディングは行えない」

「『バッフワイト素子』?」

「ひとつの大きさが約20ミクロンの思考波通信素子よ。それが特定の思考波パターンを登録したマイクロチップと一緒に鑑が付けてるリボンに織り込まれてるわ。マイクロチップに登録された物と逆位相の思考波を発信するように『バッフワイト素子』を制御することで、リーディングをブロックするって訳。あたしを始めとしたオルタネイティヴ4の主要メンバーに、あんたを含めたA-01の思考波パターンは既にマイクロチップに登録してあるわ」

「そうなんですか。………それじゃあ、オレはどうやったら逃げる純夏と霞を捕まえられるんです?」

「さあ?」

「さあ? って、そりゃないですよ。純夏と霞と話をしろって言ったの、先生じゃないですか」

「……まあ、昨日はそう言ったわよ。けど、あの二人は今、あんたとどんな顔して会えば良いのか分かんないのよ」

「は? 何で?」

「―――あんたの結末ミライに勘付いてるから」
「―――!!!」


「……その顔、「向こう」のあたしの考察は正解みたいね」

「…………先生は何処まで解ってるんです? それに純夏と霞は?」

「そうね。「向こう」のあたしのレポートを読んで、高い確率であんたの行末を予測できてると思うわ。あと鑑と社に関しては、この事で話した訳じゃないから確かな事は言えないけど、かなりの確率で知られてると見た方が良いわね」

………だから、純夏も霞もオレを避けてるのか? 「■■」してしまうオレとどう接して良いか解らないから。

「……ただ」

「ただ? 何です?」

「鑑の「量子電導脳」には未使用領域が形成させてる。……まるでその領域に鑑にとって耐え難い「何か」があって、だからその領域を使う事を拒絶しているみたいに」

「……っ……解りました。取り敢えず、今日はこれで失礼します」

そう言って、オレは夕呼先生の執務室から出ようとする。

「白銀」

「……何ですか?」

「オルタネイティヴ4の最終目的を達成するためには、「量子電導脳」の完全稼動が必要よ。だから、鑑にも未使用領域にある「何か」を耐え難かろうと受け容れてもらわないと困るのよ。……今すぐでなくてもいいけど、なるべく早く「量子電導脳」が完全稼動できるようにしてちょうだい」

先生はオレに背を向けていて、その表情は窺えない。だからオレも先生に顔を見せないで答えた。

「…………解りました。出来るだけ早く、そうします」

―――この後、オレは純夏と霞を探せなかった。………オレもどんな顔して純夏と霞に会えば良いか解らなかったから。


――2001年12月21日(金)

今日は自分で目を覚ました。純夏も霞もオレの部屋に来る気配は無かった。
この日、冥夜、千鶴、慧、壬姫、美琴用の「不知火」が到着。調整が終わるのが夕方なんで、みんな残念がってたけど。
そして、この日の訓練も終わり、オレは基地内を当ても無く彷徨っていた。……未だ、純夏と霞にオレの結末ミライの事を知られたかもしれない事に、整理が付かないままだったから。

♪〜♪♪〜〜♪〜〜♪♪♪〜〜♪♪〜〜♪♪〜〜♪

そんな時だった。優しい旋律がオレの耳に聴こえたのは。

「? 何だ、楽器の演奏? ……上か?」

その旋律に誘われて、オレは階段を昇っていく。優しい旋律は屋上から流れてきていた。オレは屋上への扉を開ける。

♪〜♪♪〜〜♪〜〜♪♪♪〜〜♪♪〜〜♪♪〜〜♪

そこには、柔らかな月明かりに照らされながら、ヴァイオリンを演奏する風間少尉の姿が在った。そんなどこか幻想的な光景見惚れてしまったオレの心に、風間少尉が奏でる優しい旋律がゆっくりと沁み入ってくる。

♪〜♪♪〜〜♪〜〜♪♪♪〜〜♪♪〜〜♪♪〜〜♪

観客が月とオレだけの演奏会が終わるまで、オレは風間少尉の演奏に聞き入っていた。


「―――凄く良かったです、風間少尉」

「ありがとう、白銀少尉。そう言ってもらえると嬉しいわ」

演奏が終わった後、武は思わず拍手をしていた。クラシック音楽に殆ど縁の無い武ではあったが、祷子の演奏が素晴らしい物だと理屈ではなく認められたからだ。
祷子は演奏に集中していたせいか、拍手を聞いて初めて武の存在に気付いたようだった。
そして武と祷子は今、屋上で並んで腰掛けていた。

「マジで、いや、本当に良かったです。何て言うか心に沁み入って来て、色んな心のモヤモヤが洗い流されたって言うか、とにかく凄く良い演奏でした」

「もう、少し褒めすぎよ、白銀少尉?」

「本当な事なんだから、しょうがないじゃないですか」

武の手放しの称賛に祷子は少し照れていた。だから、祷子は話題を変えた。

「ところで、白銀少尉は何故屋上に?」

「……あ〜〜、その、人、捜しの途中で」

「人? 207B分隊の誰か?」

「いえ。……風間少尉が知らないヤツです」

「そう。私が屋上に来てから、白銀少尉以外の誰かを見ていないわね」

「そうですか。ありがとうございます」

「白銀少尉さえ良ければ、私もお手伝いしましょうか?」

「ありがとうございます、風間少尉。けど、あいつらはオレが見付けてやらなきゃいけないん です」

「……分かったわ、白銀少尉。けれど、人手が必要になったら、いつでも声を掛けてね」

「その時はよろしくお願いします」

武が頭を下げた後に訪れる一時の沈黙。その沈黙を破ったのは武だった。

「それにしても風間少尉、ヴァイオリン弾けるんですね?」

「意外でした?」

「いえ、むしろバッチリ似合ってると思うんですけど……」

「……そんな私が、何故衛士をやっているか、でしょう?」

「……すいません。詮索とかそう言うつもりじゃないんですけど」

「構いませんよ、白銀少尉。……私は音楽を人類の掛け替えの無い財産だと思ってるわ。だから、私はその音楽を後世に残したい。その為に、私はヴァイオリンではなく、戦術機の操縦桿を手にする事に決めたの」

「……表現的に合ってるかどうか疑問なんですけど、風間少尉らしい理由ですね」

「フフ、ありがとう、白銀少尉。褒めてくれているのよね?」

「勿論です」

そう言って、武と祷子は笑い合う。そして、そんな和やかな空気の後押しされて、祷子は武に前から聞きたかった事を聞く事にした。

「白銀少尉、聞いて良いかしら?」

「何ですか、風間少尉?」

「……白銀少尉は、神宮司少佐に、柏木少尉、それに207B分隊の娘達の事を好きなのでしょう? どうして、気持ちを伝えないの?」

「………」

「こんな時代よ。想いを伝えられるのなら、伝えるべきだわ。想いを伝えられない事は、とても悲しい事よ」

祷子が思い浮かべるのは、想い人を想いを伝える前に失った先任の二人。

「……正直、感心できる事では無いと思うわ。その、複数の女性を想う事を。けれど、あなたが彼女達を見る眼を見たら、そんな口出しは出来ない気がしたの。だからこそ、不思議なの。なぜ、あなたの想いを伝えないの? ……なぜ、彼女達の想いを受け容れようとしないの?」

祷子には、武が冥夜を、千鶴を、慧を、壬姫を、美琴を、まりもを、晴子を嘘偽り無く愛していると確かに感じられる。それなのに、武は想いを交わす事を明確に拒んでいるように感じられてならない。
そして、祷子がその理由として感じたのは、武が抱えているある矛盾。

「…………白銀少尉。あなたは一体何を諦めているの?」
「――――」


祷子が知る限り、最も力強く未来を目指している武が、何か大切なモノを決定的に諦めていると言う矛盾が、祷子はどうしても気になっていたのだ。

「…………オレは、諦めてる訳じゃないですよ。オレは、受け容れてるんです、風間少尉」

僅かな沈黙の後、武は祷子の問いに静かに答えた。困ったような、それでいて痛々しい程に切ない程に優しく、……とても、寂しい笑顔で。

「…………オレ、そろそろ行きますね。風間少尉も体冷やさない内に、部屋に戻ったほうが良いですよ。それじゃ」

「……ええ。そうするわ、白銀少尉」

立ち上がり屋上を後にしようとする武に、祷子はもう何も言えない。あんな笑顔を見せられて、何も言えない。

「――そうだ、風間少尉」

「? 何かしら?」

屋上のドアに手を掛けた武が祷子の方に振り返る。

「またいつか、風間少尉のヴァイオリン、聴かせて下さい」

「……ええ。またいつか」

そして、祷子の言葉を聞いた武は嬉しそうな笑顔で礼を言って、屋上を後にした。

「……はぁ」

屋上で一人になった祷子は深く息を吐き出した。踏み込みすぎたのではないか? そう思った。けれど、放っておけなかったのだ。まるで、世界にたった一人残された迷子のような寂しさと孤独を抱えたかのような武を。

「………私の演奏が、本当にあなたの寂しさを少しでも癒せれば良かったのに」

祷子が感じる胸の痛みが、そのまま零れたような呟きだった。


――2001年12月22日(土)

この日も、純夏と霞はオレを起こしに来なかった。
この日の訓練は、午前はシミュレーター。午後は、冥夜、千鶴、慧、壬姫、美琴は「不知火」に乗り換えての実機演習。少しでも、冥夜、千鶴、慧、壬姫、美琴の慣熟を深める為、かなりハードだった。
訓練が終わった後、オレは校舎裏、いや基地裏の丘で寝転がっていた。深い理由なんて無い。ただ何となくだった。けど、予感があった。そして、その予感は当たっていた。

「……タケルちゃん」

「……よう、純夏」

純夏が寝転がるオレのすぐ傍に立っていた。

「突っ立ってないで座ったらどうだ?」

「……うん」

オレの言葉に純夏がオレの隣に腰を下ろす。

「「………」」

そうして、オレと純夏の間を支配する一時の沈黙。

「……ねえ、タケルちゃん」

その沈黙を破ったのは、純夏だった。

「……タケルちゃんは知ってるんだよね。わたしが「00ユニット」で、人間じゃないって。体も心も作り物だって! それなのに、何で!? 何で、私の事好きなんて思えるの!?」

「おまえは純夏だ。それ以上でもそれ以下でもないだろ。オレが純夏を好きなのに、それ以外の事が必要か?」

「―――ッ!! ……で、でもっ、わ、わたしは、タケルちゃんの『元の世界』のわたしじゃないんだよ!?」

オレの『元の世界』か。……夕呼先生が言っていた「量子電導脳」の未使用領域に在るのは、やっぱ「その事」なんだな。

「……言っただろ? おまえは純夏なんだ。なら、オレの答えはもう決まってんだよ」

「…………本当のわたしを知らないのに?」

「確かに、オレはお前の全てを知ってるなんて思っちゃいないけどな。けど、何を知ろうと変わらねえよ。オレが純夏を愛してる事はな」

「…………本当に?」

「ああ、本当だ」

「…………じゃあ、見せてあげる。本当のわたしを…………見せてあげる」
「――ッ!?」


オレの全ての感覚が、純夏に支配されていく。そして、見せられた。オレの知らない『この世界』の純夏の記憶を。

――BETAに捕まった純夏と『この世界』のオレ――
――純夏を庇って、兵士級ヴェナトルにバラバラにされ喰い殺される『この世界』のオレ――
――肉体を、精神を、魂をBETAに陵辱される純夏――
――純夏が脳と脊髄だけにされていく過程の全て――

「…………これで、分かったでしょ? …………今のが本当のわたし」

その掠れたような呟きが、純夏に支配されていた感覚が戻った時の、純夏の第一声だった。

「…………わたしはもう、心も体も人間じゃない。…………穢れた体はもう無くなったけど、穢れた心の複製品は、まだ残ってるんだよ」

膝の間に顔を埋めて純夏が言う。それに、オレは何でもない事のように答えた。

「だから、何なんだ?」

純夏が顔を上げ、信じられない物を見たかのような表情をする。

「な、何だって、見たでしょ、今の!?」

「ああ、見たよ」

「わたしはああいう女なの! だから――」
「関係ねえ。おまえが信じるまで何度でも言ってやる」

オレは体を起こして、目の前にいる純夏を抱き締めながら、オレの気持ちをそのまま言葉にする。

「オレはおまえを愛してる。オレが白銀武で、おまえが鑑純夏である以上、何にも変わらねえよ」

「…………良いの? 本当にこんなわたしでも良いの?」

「当たり前だろうが。て言うか、どっちかっつーと、オレの台詞だぞ、それ?」

「…………ズ、ズルイよ、タケルちゃん。あんな事、言われたら、わたし、嬉し過ぎて、イヤだなんて、絶対、言えないよ?」

「そうか?」

「……そ、そう、だよ。だ、だって、わたし、タケルちゃんの事、だ、大好きなんだもん! ――ぅ……ぅう……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

そして純夏は堰が切れたみたいに泣きながら、オレの体を抱き返してくる。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! うっ……くっ……ううあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! ……んっ……タケルちゃん、わたし、ひ、人の気持ち、み、見えるの怖いんだよぉ、こんな能力、欲しくなかったよぅ」

「……そうか」

オレの胸で泣きじゃくる純夏に、オレの想いが伝えるように抱き締める。

「……ううぅ……タ、タケルちゃんの気持ちが見えた時は、す、凄く嬉しかった。け、けど、どんどん、こ、怖くなった。……ほ、本当のわたしを、知られて、タケルちゃんが、わたしを、嫌いに、なるのが、見えたら、どうしようって」

「……純夏の癖に考え過ぎなんだよ」

「……うくっ……何だよぉ、そんな風に言う事、ないじゃんかぁ。恋する乙女なんだから、しょうがないんだよぉ」

「まあ、でも確かに心を見られるのは勘弁だよな」

「!!!」

純夏がオレの腕の中で体を硬くする。オレはそんな純夏に優しく言う。

「やっぱ、そう言う気持ちは言葉や態度で伝える方が、オレ的にも嬉しいからな」

「―――えっ? むむぅっ!!!?」

そうして、オレの言葉に顔を上げた純夏に、オレは想いの丈を全て伝えるようなキスをした。


「…………タケルちゃん、キス、上手過ぎ」

「そうか?」

ジト目で睨んでくる純夏に苦笑するしかない。……まあ、『経験』値がそもそも違い過ぎるからなぁ。

「……わたし、タケルちゃんとしかした事無いから、断言できないけど、すっごい上手だよ。…………みんなと一杯してるから上手なんだね」

「……やっぱ、知ってたのか」

「……うん。……ごめん。あの時、「見えた」から」

「いや、謝るのはこっちだろ、普通。悪りい、純夏。けど、オレがおまえを愛してるのは本当だ。……まあ説得力は薄いかも知れねえけど」

「そんな事ないよ。その、さっきのキスで、すっごく伝わってきたし。……けど良いの? みんなに話さなくて?」

「言い方は悪くなるど、……純夏は特別だからな」

「……そう、だね。わたしは見ちゃったから。……隠しようがないもんね」

「……それに、オレは全てが終われば――」
「――『元の世界』に還らなきゃいけないんだもんね」

「………そうだな。『この世界』をループから解放しなきゃいけないからな」

「うん。解ってる。……けど、タケルちゃん。その時まで、全てが終わるまで、わたしをタケルちゃんの傍にいさせて」

「…………純夏」

「……タケルちゃんとまたお別れするのかと思うと、凄く怖くて辛いよ。けど、こうしてまたタケルちゃんに会えて、こんなになっちゃった私を愛してるって言ってもらえた。だから、わたしは大丈夫! 霞ちゃんや副司令もいるし。だから、タケルちゃんは本当の居場所に還らなきゃ、ね!」

「……ありがとな、純夏。『この世界』にいる間、オレはお前の傍にいる。約束だ」

「うん!」

そして約束の証として、オレは純夏にキスをした。……またキスが上手いって、拗ねられたけど。


オレは今、自分の部屋に戻る途中だ。ちなみに、純夏は一緒じゃない。
まあ何つーか、オレも純夏も気分は昂まっていたけど、純夏は他のみんなの事がやっぱり気になるみたいだし、純夏は『甲21号作戦』のためにやらなきゃいけない仕事があるらしく、地下に降りて行ったからだ。

「――霞?」

と、オレの部屋のドアの前に、霞が立っていた。オレの声に気付いた霞は、ウサ耳を揺らしながら駆けて来る。

「………」
「お、おい、霞?」

そして、何も言わずオレに抱き付いて来た。

「霞、どうしたんだ?」

「………………ごめん、なさい、ごめん、なさい」

オレの体に顔を埋め肩を震わしながら、霞は掠れた小さな声で謝り始める。

「………………ごめん、なさい、ごめん、なさい」

「………「見えた」んだな、霞?」

「ごめん、なさい、ごめん、なさい」

霞は「見て」しまった事と、何も出来ない自分の無力さを、謝ってるんだろう。けど、オレの結末ミライはしょうがない事なんだ。だから、霞を悲しませてる事が無性に申し訳ない。

「――気にするな。霞が悪い訳じゃない。……誰が悪い訳じゃないんだ」

「ごめん、なさい、ごめん、なさい」

フルフルと首を振りながら、謝り続ける霞。オレはそんな霞が泣き止むまで、霞の頭を優しく撫で続けた。


――2001年12月23日(日)

「おはよう、タケルちゃ―――」

「……ん、朝か? おはよう、純夏。固まって、どうした?」

眼の前には能面のような無表情の純夏。

「……タ〜ケ〜ル〜ちゃ〜ん、何で、霞ちゃんがここで寝てるのかなぁ〜〜?」

「え゛っ」

そ、そうだった。昨日泣き疲れた霞がオレの服を掴んだまま寝ちゃったんで、そのまま……。

「いやな、純夏さん? これには海よりも高ぁ〜く、山よりも深ぁ〜い事情があってな」

だがオレの言葉など聞こえていないかのように、眼を光らせファイティングポーズを取る純夏。

「タ〜ケ〜ル〜ちゃ〜ん〜の〜「ま、待て、純夏!?」バカーーーーーー!!!」
「エンデバーーーーーーーーー!!!」


この日、オレは朝から星になった。


訓練前のブリーフィングで、『甲21号作戦』が発令された事が、オレ達A-01に知らされた。その為か、今日の訓練は昨日以上にハードだった。
で訓練終了後、少し疲れを見せた元207小隊(ハルと涼宮含み、オレ除く)全員に、伊隅大尉と風間少尉が栄養ドリンクを配ってた。速瀬中尉と宗像中尉が困った顔をしていたのが印象的だった。……速瀬中尉に押し付けられて飲んだら、酸味の強いプリンみたいな味がした。うげぇ。


「――あんたたちも知っての通り、本日未明、国連軍第11軍司令部及び、帝国軍参謀本部より、『甲21号作戦』が発令されたわ」

訓練後のブリーフィングには『甲21号作戦』の説明の為、夕呼先生が来ていた。ちなみに司令は、『甲21号作戦』に参加する他の部隊の方に出向いている。
先ず、夕呼先生から『甲21号作戦』の概略、概要が説明される。要は、各種砲撃による佐渡島の地表のBETAを殲滅後、ハイヴから出て来るBETAの増援を西部と東部からの侵攻を陽動にして分断してから、本命の部隊がハイヴ内に突入すると言う物なのだが、

「――あんたたち、A-01にもハイヴへ突入してもらうわ」
『―――!!!』

夕呼先生の言葉に緊張するオレ達を前に先生の説明は続く。BETAの増援の分断に成功した後、横浜基地を出撃した戦略航空機動要塞『凄乃皇弐型XG-70b』が佐渡島に侵攻。
BETAの特性を踏まえ『凄乃皇弐型』にBETAを強力に誘引させ更にハイヴ内の在駐戦力を減少させてから、『凄乃皇弐型』の荷電粒子砲の第1射後に、大気圏より突入して来た部隊と地上に展開したほぼ全隊が『凄乃皇弐型』の護衛に付く事になる。
そして『凄乃皇弐型』を「囮」にしている間に、A-01を中核とした『XM3』に慣熟した横浜基地所属の部隊を選りすぐった突破力の高い戦隊をハイヴに突入させ、電撃的に反応炉破壊を成し遂げる。―――これが『甲21号作戦』の全容だった。

「――あたしは帝国海軍の作戦旗艦、重巡『最上』から指揮を執るから。じゃあ、佐渡島で会いましょう」

そう言って夕呼先生が退室した後、まりもがブリーフィングの終了とこの後の予定を通達する。ブリーフィング後はハンガーで各自、機体のチェック。そして夕食後は身辺整理をして、速やかに就寝。明朝の呼集は2時00分。

「……身辺整理、か」

と言っても、私物なんて殆ど無いけどな。

「大変だな、白銀? 貴様には別けておく物が多そうだ」

「何を根拠にそんな事言うんです、宗像中尉?」

「貴様も若いし、これだけの女の中で男一人でいるんだ。だから、な?」

「……何が、な、なんですか?」

「いかがわしい写真とかピンナップ、とにかく、受け取った遺族ががっかりするような物は、別けておきなさいって事よ」

「ああ。オレ、そう言うの持ってないから大丈夫ですよ、速瀬中尉」

「なんだ、隠さなくても良いぞ? 別に恥ずかしい事じゃない」

「ハァ。そう言う宗像中尉の方が大変なんじゃないですか? 別ける物があり過ぎて」

「なぜそれを? そうか、白銀。貴様はわたしを隠し撮りしているんだな?」

「何で、そうなるんです!?」

「そうか。そこまで言うなら仕方がないな。整備が終わったら私の部屋に来い」

「――はぁ?」
『――!!』

「隠し撮りではなく、直接見たいんだろう?」

『…………』

……感じる。プレッシャーが増大しているのを。い、生きた心地がしねえ。

「白銀少尉、あなたが中尉の冗談に反応するから、面白がられているのよ? もう少し上手く流す事が出来れば、からわれなくて済むのにね」

「努力します、風間少尉」

「何だ、祷子が良かったのか。それならそうと早く言えば良いのに」

むぅ、良し。早速上手く切り返してやらあ!

「そうですね。風間少尉なら、本当にお願いしたいくらいですよ」

「………え?」
『…………』

風間少尉が頬を染めるのを見て、オレは思った。……何かミスった? さっきよりもプレッシャーが強くなってんですけど?

「じゃれ合うのは夕食の後にしなさい」

「失礼しました」

まりもの言葉に宗像中尉が答えて、ひとまず場は治まったかに見えた。……本当に見えるだけだが。

「――よし。では解散」
『了解』

解散後、オレは逃げるようにハンガーに向かう。流石に出撃前にこの空気は勘弁願いたい。……疲れるからなぁ、色々。


「……実は私個人としての頼み事があって来たのだ」

ハンガーで機体チェックをしていると、月詠さんがやって来てオレに話があるって言うから、丘に場所を移した。そして、月詠さんは開口一番そう切り出して来た。

「個人的な頼み事、ですか?」

「…………冥夜様を、頼む。既に正規兵となった貴様に、このような事を頼む事自体、愚昧であるのは承知している。それでも貴様にしか頼めない。
貴様にも任務がある。その上で出来る限りで構わない。……もし万が一、戦場に於いて冥夜様が死に急ごうとされた時、一言諌めて差し上げてくれるだけで良いのだ。……貴様になら、貴様の言葉であれば、冥夜様も耳を貸すに違いない。
…………この通りだ」

そう言って、月詠さんがオレに向けて深々と頭を下げた。

「――!? 月詠中尉、頭を上げて下さいよ! 月詠中尉に頼まれなくても、元からそのつもりなんですから! だからやめてください!」

「……醜態を晒したな。……許せ」

「醜態って、冥夜を思ってした事をそんな風に思ったりしませんよ」

「……礼を言う」

「それにしても、いきなりそんな頼み事をオレにするなんて、何かあったんですか?」

「……私の部隊は、冥夜様をお護りする任を解かれたのだ」

「それって冥夜が任官したから、ですか?」

「……そうだ」

冥夜が任官した事から、冥夜の政治的利用価値が無くなった事は明らかだ。それに、A-01はオルタネィティヴ計画直属の極秘任務部隊だ。斯衛である月詠さんが随伴する事は軍律上は不可能だ。そして気に喰わない事だが、建前上、冥夜は将軍家とは無関係な人間であり、斯衛が警護する理由がない。
だからこそ、月詠さんはオレに冥夜の事を頼みに来たんだろう。冥夜の事を本当に心底から心配しているから。

「……冥夜様の事、何卒、宜しくお願い致します」

そう言って、月詠さんはまた深々と頭を下げた。

「……大丈夫ですよ、月詠中尉。冥夜は、護りたいもののために必死になって戦うでしょうけど、死に急ぐ様な真似だけは絶対しない。それは、月詠中尉も知ってる筈です。
でも、その事を抜きにしても、オレは力の限り冥夜を護ります。――約束します」

「…………ありがとう。……貴様のその言葉、信じるぞ」

「ええ、信じて下さい」

「………………ところで話は変わるが、貴様にもう一つ用件がある」

「え? な、何ですか?」

て言うか、月詠さん、殺気がダダ漏れですよ? 話の流れ的に少しおかしくないですか?

「………殿下より、貴様に渡すようにとお預かりした物がある」

「ゆ、で、殿下から?」

そうして、月詠さんは薄い桐の箱をオレに渡す。蓋を明けて中を見れば、金糸で「武運長久」と刺繍された紫のお守り。

「……本来ならこのような栄誉、一衛士にしか過ぎぬ貴様が賜るものではない。その点、しかと心得よ!」

「は、はい! ……と、ところで、やっぱりこの中って、大事なモノが入ってたりするんですか?」

「………………」

「す、すいません」

月詠さんの殺気の凄まじさから確信する。……悠陽からは初めてだな、貰ったの。しかし、本当に貰って良いのかな、コレ? 悠陽の立場を考えれば、凄いことだぞ?

「………私だけでなく、殿下にまでここまでさせたのだ。この先の戦い、無様な姿を晒す事は赦さんからな」

「き、肝に銘じときます。………………ん? 私だけでなく? え? ええっ!?」

手に取ったお守りと月詠さんの、その、特定の場所を、つい見比べてしまう。

「―――!!!」
「ひぃっ!!?」

月詠さんの短刀が闇夜を奔る。舞い散るオレの髪。……もし、避けるのが遅れれば、眼が逝ってました、今の。

「な、何すんです!?」

「き、貴様がいかがわしい目で、私を見るからだ!」

「記憶」の中で一度も見た事の無い、月詠中尉の赤面。……可愛いと思ったのは、絶対言えないな。……言ったら、死ぬ。

「この事、他言無用だぞ! 特に、冥夜様には絶対にだ!! 良いな、白銀武!!」

「りょ、了解!! …………それにしても、何で月詠さんまで?」

「わ、私とて分からぬ! ……ただ、殿下がどうしてもと譲って下さらなかった」

「殿下が? 変ですね。殿下、そう言う事を強制する人じゃないでしょう?」

「……私とて理由をお伺いした。だが返って来た答えは、「『此度』はそなたに後悔をさせたくはありませんから」と、良く分からぬ事の一点張りだ」

『此度』だって? …………まさか、な。

「とにかく、このお守り、ありがたく頂戴します」

ご利益、ムチャクチャありそうだもんな。

「……重ねて言うが、他言無用だぞ」

「分かってます。……これから中尉達はどうするんですか?」

「『甲21号作戦』ではウィスキー部隊に随伴する」

確か、ウィスキー部隊は正面陽動だった筈。生還率はかなり低い。……だから冥夜の事を頼みに来たんだな。

「斯衛部隊の御武運を祈ってます」

「私も貴様の部隊の武運を祈っている」

そして敬礼を交わし、去って行く月詠さんを見送った後、オレも丘を後にした。


機体チェックも終わり夕食も食い終わって、部屋に戻ると純夏が待っていた。

「純夏、どうした?」

「うん。出撃前に、タケルちゃんに会いたくて」

「……『凄乃皇弐型』の衛士は、やっぱりオマエなんだな」

「うん。衛士とはちょっと違うけどね」

「オマエが操縦する事には変わりないだろ?」

「そうだね。……タケルちゃん、約束して」

「ん?」

「……絶対、死なないって」

「当ったり前だろ? オレはBETAに殺されるつもりなんて、これぽっちもねえよ。約束だ、純夏」

「うん! 約束だよ、タケルちゃん!」

―――そして、人類の歴史に刻まれるであろう戦いの幕が上がろうとしていた。


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