マブラヴ 未来への咆哮 episode:19 「Return of hope/“希望”の帰還」 <もっこすさん>
――2001年12月18日(火)
「――白銀武少尉、帰還しました」
オレは、目の前に立つ夕呼先生の副官を務めるイリーナ・ピアティフ中尉に敬礼しながら、帰還の報告をする。
帝都から戻ってきたオレは、オルタネイティヴ4専用ゲートから横浜基地に入った。そして、そこでオレを出迎えてくれたのが、ピアティフ中尉だったんだけど。
「………」
何でピアティフ中尉は呆然と、オレの顔に見入っているんだろうか? 髪が白くなってるのに驚いてるのかな? ピアティフ中尉とはあんまり接点はないけど、それでもお互い顔は知ってるから、そりゃ驚くよなぁ。……少し顔が赤いから、単に具合が悪いだけなのかもしれないけど。
「あの、ピアティフ中尉?」
「――えっ? あっ、コホン。……特別任務、ご苦労様でした、白銀少尉」
軽く咳払いしてから、ピアティフ中尉が敬礼と共に労いの言葉をかけてくれる。横浜基地に来る途中に受けた説明通り、真実を知らない人間には、オレはこの六日間夕呼先生の命令で特別任務に従事していた事になってるみたいだ。
「副司令からの命令を伝えます。特別任務の報告のため、白銀少尉は帰還後、執務室へ直ちにに出頭するように」
「了解しました。白銀武少尉、直ちに副指令の執務室に出頭致します」
そうして、オレは夕呼先生の執務室の扉の前に立っている訳なんだけど。……流石に物怖じしちまうな。あんな風に逃げ出しちまった手前、どうしてもさ。
けど、オレはもう逃げないと誓った、みんなを護る為に。そんなオレに立ち止まってる暇はない。だからオレは意を決して、夕呼先生の執務室に入る。
「白銀武、入ります」
――プシュー
そして、扉を開いて中に入ったオレを待ち受けていたのは、
「白銀武少尉、只今戻りまし―― “BANG!! BANG!! BANG!!” ――だぁぁぁぁぁぁっ!!?」
夕呼先生が構えた銃から、問答無用で銃声と共に撃ち出された銃弾だった。……咄嗟に身を捻っていなかったら、1発くらい当たってたかもしれなかったぞ、今の!?
「……避けてんじゃないわよ」
「いや、普通避けますって!? つーかオレを殺す気ですか!?」
机の向こう側で銃を下ろした夕呼先生に、駆け寄って猛然と抗議するオレ。
「ゴム弾だから、当たっても死にはしないわよ」
「ああ、それなら安心、って、そんな訳ないでしょうがっ!? 当たったら、メチャメチャ痛いじゃないですか!?」
「うっっさいわねぇ。男が小さな事でいつまでもウジウジ言ってんじゃないわよ」
「――うっ」
すんごく不機嫌そうな夕呼先生の語調に、つい怯んじまうオレ。更に、目の下にできてる深い隈が、そんな夕呼先生の迫力を増量している。……ん、隈?
「……先生、もしかして寝不足ですか?」
「……半分はあんたのせいだって言うのに、随分と脳天気な台詞、言ってくれんじゃない? ……あんた、もう1回撃たれたいの?」
「すっ、すいません!!」
危険な光を夕呼先生の瞳に見たオレは、速攻で謝る。この距離じゃ流石に避けらんねえし。
それにしても、夕呼先生にいつもの余裕が無いっぽい。……オレが横浜基地に居ない間に、何か不測の事態でも起きたんだろうか?
「先生、オレがこっちに居ない間、何があったんですか?」
「……そんな事、話せると思う? 逃げ出すようなヤツに」
「!!! ……そうですね。確かに、オレは逃げ出しました」
そう言ったオレの脳裏に過ぎるのは、絶対に忘れられない、忘れてはいけない「過去」。
「けど、オレはもう逃げません。―――絶対に」
オレは「覚悟」を籠めて、先生と向かい合う。
そして、そんなオレの反応が気に入ったのか、先生は機嫌良さ気に微笑を浮かべて態度を軟化させる。
「そんな顔しなくても話してあげるわよ。大体、あんたが今こうしてここに居る時点で話を聞く資格があるわ。あの時精神崩壊寸前までいったあんたが人格を保ったまま、あたしの目の前にいる時点でね」
それだったらあんな言い回ししなくても良いだろうに。……いや、さっきの言葉は夕呼先生なりの最終確認って所だろうな。
「それに『因果導体』であるあんたは望む望まずとに関わらず、『世界』の中心に居る。だから、あんたを遊ばせておく余裕なんて微塵も無いのよ。……居なかった分、キリキリ働きなさい、白銀」
「了解」
「それじゃあ、あんたが横浜基地に居ない間の事話してあげる」
「お願いします」
そして夕呼先生は椅子に腰掛けてから、オレが居ない間の事を話し始める。
「あたし達の現状を説明するには、先ず『00ユニット』の事から説明しなきゃいけないんだけど、……大丈夫?」
「大丈夫です。だから続けて下さい」
夕呼先生の確認の言葉に、オレは迷いなく頷く。
「そっ。じゃ続けるわ。『00ユニット』は生体反応ゼロ、生物的根拠ゼロの非炭素系擬似生命よ。そして、BETAに生命体として認識され、コミュニケーションを取り得る唯一の存在。
その考えの根拠は、オルタネイティヴ3の成果である『BETAは人類を生命体と認識していない』事と、開戦当初、BETAが人間よりむしろ機械に多くの反応を示していること。
だから、BETAとのコミュニケーションを実現するには、BETAが生物と認識できる器に人の魂を入れる必要がある、―――これがオルタネイティヴ4の計画の骨子よ」
「……つまり、今、『00ユニット』の中に入ってる人の魂って言うのが」
「ええ。あんたも知っての通り、『鑑純夏』よ。『この世界』のね」
先生の言葉に、握り締める掌の力が増す。
「……先生、何で純夏が『00ユニット』に選ばれたのか、いや、そもそもどうして、純夏は『脳と脊髄だけの』状態になっていたのかを、教えてもらえませんか?」
自分の声が震えているのが判る。けど、オレは『真実』を知らなきゃいけない。……だから、感情に流されるな。
そんなオレの心の葛藤を見て取ったのか、先生は静かに笑みを深めてから、オレの質問に対して口を開いた。
「……へえ、今のあんたになら、話しても大丈夫そうね。だから話してあげる。―――『真実』を」
そうして、夕呼先生の口から『真実』が語られた。
1999年8月5日に始まった『明星作戦』、いわゆる大東亜連合軍による本州島奪還作戦は、2発のG弾によって人類の勝利に終わった。
その結果、人類は初めて敵のハイヴを占領した。そして、ハイヴ内に残存するBETAを殲滅する為に、最深部を目指して突入した部隊が発見したのだ。……BETAの捕虜になっていた人間『だったモノ』を。無数の青白く光るシリンダーに納められた脳と脊髄を。
そんな何百とあった脳髄の中で、ただ一つ『生きていた』のが、『鑑純夏』。……BETAの捕虜になって唯一生還した人類。
そして、BETAと直接コンタクトしていながら生存した人間である『鑑純夏』は、BETAに生命体と認識される擬似人類――『00ユニット』の最も適した素体であった。
それは武が今まで知る事が出来なかった、あまりに衝撃的な『真実』。そして、『因果導体』である武ですら最早変える事の叶わない、あまりにも冷酷な『真実』。
「――何を以って『生きている』とするかと言う定義や解釈にもよるけど、『鑑純夏』は『00ユニット』になる前までは、間違い無く生命活動を行っていたわ」
「……先生?」
『真実』を聞いて衝撃を受けていたオレに、先生は椅子から立ち上がり歩み寄って来る。
「『00ユニット』になるには、脳から『全て』の情報を取り出して、『00ユニット』の頭脳にあたる『量子電導脳』に移植しなければならない。……脳から『全て』の情報を失った生物がどうなるか、解るでしょう?
……そして今、『鑑純夏』だった脳髄の生命活動は停止している」
その手に、さっきオレに向けて撃った銃と実弾が入った弾倉を持って。
「……つまり、『00ユニット』が完成した時、『この世界』の純夏は死んだってことですか?」
「ええ、そうよ。けど、直接手を下したのはあたし。あんたは何も知らずに『数式』を手に入れた事で、それを手伝っただけ」
「!!!」
「……どう? あたしが許せない?」
そう言って、夕呼先生はその手に持っている銃と実弾入りの弾倉を、オレに差し出してくる。
「貸してあげるわ。武器を持ったままじゃこのフロアには来られないから」
「……先生、何のつもりですか?」
「許せないなら、あたしを撃ちなさい」
「…………」
「どうしたの? 今更、自分の手を汚す事が怖いって訳でもないでしょう?」
「銃をしまって下さい。オレに先生を殺すつもりなんてないんですから」
「……つまり、あんたにとって、『鑑純夏』はその程度の存在って訳?」
「いえ。純夏はオレにとって、あいつらと同じ掛け替えのない存在ですよ」
「……もうあたしが死んでも、オルタネイティヴ4は達成させれるわ。そう言う段取りを付けてある。だから遠慮なんて要らないわよ。あたしが、あんたの大切な『鑑純夏』を殺したんだから」
「……遠慮とかじゃないですよ」
「それじゃあ、何だって言うの? 言ってみなさい?」
「…………上手く言える自信は、全然ないんですけど」
オレは握り締めていた拳をゆっくりと開いて、自分の気持ちをゆっくりと吐き出すように、言葉にして紡いでいく。
「元々、オレに先生を責める資格なんて物は無いんです。……ループの回数だけ、オレは純夏を、みんなを見殺しにしてきたも同然なんですよ? だから先生に対して、その銃の引き金を引ける資格があるとしたら、それはオレなんかじゃなくて純夏ですよ。……まあ、オレの勝手な想像なんですけど、純夏がそうするとは思えないんですけどね。
それに先生だって、好き好んでそんな事やってる訳じゃないでしょう? 人類のために逃げも隠れもせずにやってる。違いますか?」
「違うわ」
「即答するとこは先生らしいけど、否定されてもオレにはそうとしか思えませんよ。そうじゃなきゃ、先生がそんな事を今ここで言い出す理由が無いですしね。
それに先生は純夏を殺したって言うけど、オレは純夏は『生きてる』と思ってます」
「……『00ユニット』は擬似生命よ?」
「……あの時、オレを呼んだ声は、確かに純夏のものでした。『オレの記憶』と同じように、馬鹿みたいに真っ直ぐに、オレの名前を呼んでくれた。だから、オレは理屈抜きで認められるんです。あいつが純夏だって。体が作り物だとかそう言う諸々の事をすっ飛ばして、もうオレにとってあいつは純夏以外の何者にも思えないんです。
……うろ覚えなんですけど、人が本当に死ぬのって憶えている人がいなくなった時だって、何かの本で見た事があります。つまり、誰かに認識されている事が、そう言う繋がりが在る事が『生きてる』って事なんじゃないかって、オレは思うんです。
オレも純夏と同じです。普通の人間じゃない。けどみんなが、オレを『白銀武』と認めてくれてるから、オレはオレとして生きていられる。だから純夏を純夏と認める事で、オレと、いやオレだけじゃない。霞やあいつを純夏と認めてくれる人達と繋がってる限り、あいつは純夏として『生きている』んだってそう思うんです」
「そんな奇麗事で割り切ろうって訳?」
「割り切るなんて、……出来てませんよ。今だって純夏の事に全然気付かないで、あいつらを護れなかったオレが、どの面下げて『護る』なんて口にしてやがる、とか思ったりしてますしね。
……それに、今まで一度も出来なかった事が、覚悟を決めたからってやり遂げられるのかっていう不安も、やっぱりありますよ。
けどオレは凡人だから、そう言う矛盾とか不安とかに、キチンと答えを出したり解消したりしながら進むなんて器用な真似、出来そうにもないです。そう言うのを抱え込んだまま、キツイって愚痴零してふらつきながら、それでも前に進む事しかできないんですよ」
「……中途半端な覚悟に姿勢。そんなモノで、あんたの言う大事なものを護れるとでも思ってんの?」
夕呼先生がオレを見る目は鋭くて、嘘や誤魔化しはすぐに見破られるだろう。けど、オレもここまで来て、嘘や誤魔化しをするつもりも無い。
だからオレは、オレの揺るぎない『真実』を口にする。
「護りますよ。重いとか軽いとか、正しいとか間違ってるとか、知ったこっちゃないです。オレはオレの為に、ただあいつらを護りたいからオレの全部を使って護る。それだけです。
……オレにとってめちゃくちゃ都合が良くて支離滅裂な話ですけど、これがオレの偽らざる本心ってヤツです」
気負う事無くそう言い切った武の表情に、夕呼は不覚にも刹那見入って、いや、見惚れてしまった。
漲る決意に満ちていながら穏やかな眼差し。様々な矛盾や葛藤を受け容れながら、歪みや綻びを感じさせない泰然とした態度。
一瞬で髪を真白く染め上げる程の魂を砕くような凄絶な絶望を乗り越えた今の武には、相対する者の心を震わし動かす人間的な魅力とでも言うべきモノがあった。
「………で、あんたの偽らざる本心って言うのは解ったけど、それとあたしを撃ち殺さない事の因果関係が、いまいちはっきりしないんだけど?」
見惚れていた事を誤魔化すように、皮肉気にそんな事を口にする夕呼。
「そりゃあ、先生もオレの護りたい人だからですよ」
「………」
しかし、何の迷いも衒いも無くそう断言する武に、夕呼は今度こそ言葉を失ってしまった。
「そんなアホの子を見るような目でまじまじ見なくても良いじゃないですか」
「………あんたって、大馬鹿ね。あたしも護りたいだなんて。…………ホント、大馬鹿よ」
口元を笑みの形に歪めながら夕呼は確信する。目の前の男は『たらし』だと。しかも、自覚無しで天然超1級の『人たらし』だ。自他共に認める実際的な香月夕呼の心を動かすほどの。
『繰り返し』で累積された苛烈な人生経験を完全に自分の物として受け容れた事も、その人間的な魅力を弥増させており、最早武のその『たらしオーラ』(夕呼命名)は、夕呼ですら無条件に惹きつけられるレベルである。
今の武は本人にその意識は無くとも、『世界』の命運を担うのに相応しい、過去神話や伝説に謳われた英雄達に並ぶ極上の『格』を備えた、本物の『男』だと言えよう。
この『たらしオーラ』が『因果導体』としての力か、『白銀武』の資質かは判らないが「使える」と、夕呼の冷静な部分が評価する。……武、どうやら今まで以上にこき使われることになりそうだ。夕呼の『大馬鹿』発言と共に零れた黒い笑みがその未来を暗示、いや確かな物と断言していた。
「お、大馬鹿って……。せ、先生らしい、歯に衣着せない率直な評価ですけどね。まあ、言われなくても自分が一番自覚してますから、何度も言わないで下さいよ。
それにオルタネイティヴ4が達成される事が、終わりじゃなくて始まりでしょう? そんな時に天才香月夕呼がいないんじゃ、人類の勝利が遠のくだけじゃないですか」
「あら、白銀にしては良いこと言うわね」
「でしょ? ほらオレって、「ごくたまにだけどね」んがっ!? 即答の上、台詞も容赦なく潰されたっ!」
こういった武らしいと言えるふざけ様にも、一切の不自然さが無い。あの絶望の瞬間を目の当たりにした夕呼にしてみれば、今の武の状態は驚嘆と信頼に値する。もう夕呼に、武への疑念は無い。
だから夕呼は、武を一蓮托生の相手と認めた。これから先の人類の命運を賭けた戦いで、運命を共に出来るパートナーとして。
「……とにかく、話を続けるわ。さっきのあんたの話とは別に機密の関係上、『00ユニット』の事はあたしも鑑って呼ぶけど、鑑に要求されている役目はBETAに対する通訳ではなく諜報員。
BETAとのコミュニケーションを成立させる事で、戦略的な情報の収集が求められている。そのために、鑑には社と同程度のリーディングとプロジェクション能力が付加されているわ」
「……そうなんですか?」
「オルタネイティヴ4は3の成果を全て接収してるんだし、当然でしょ? それにBETAの言語やそれに相当する物が判明していない以上、こちらの取れる方法はそれ以外無いのよ」
「確かにそうですね。分かりました。続けて下さい」
「それでリーディングしたイメージを言語に変換するには、人間の思考が必要なんだけど、生きたまま脳と脊髄だけにされ一切の感覚を奪われても生かされ続けた鑑が、身体を手に入れ五感を取り戻したとは言えすぐに人間の思考、いえ人格を取り戻せると思う?」
「……いえ」
「けど、目の前であんたが精神崩壊寸前になった事は強烈なショック療法になったみたいでね。……鑑はかなり人格を取り戻してるわ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。そのおかげでオリジナルハイヴを含めた地球上に存在する全ハイヴの地下茎構造のマッピングデータや戦力の配置情報が手に入ったのよ」
「……………………は?」
夕呼の衝撃的な言葉に、武は口を大きく開けたまま間抜けな表情を呆然と晒す。だが、その事を今の武に指摘するのは酷と言うものだろう。
「なに、間の抜けた顔してんだか」
……酷だと思うんですが?
「……そ、それ、本当なんですか?」
「本当よ。そもそもBETAが反応炉を介して、情報の遣り取りをしてる事を教えてくれたのは白銀、あんたでしょう?」
「あ、そうでしたね」
「この横浜基地に存在する反応炉に鑑がリーディングを行った結果、マッピングデータや戦力配置と言ったこちらにとっては重要な情報が、あっけないほど容易く手に入った」
「こちらにとって? どう言う意味ですか?」
「BETA側にとってはこれらの情報は大したものじゃないみたいね。……推測だけど、BETAには情報戦という概念が無いのかもしれないわ。だからあっちの情報管理や防諜はザルもいいとこ。逆にこっちはあんたの話から防諜態勢は整えてあったから、この情報戦の序盤はこっちの圧
勝ってところね」
「つまり、オルタネイティヴ4は成功ってことですか?」
「……予想以上の大成果である事は確かね。ただオルタネイティヴ4が求める情報は、BETAの社会構造や侵略目的、弱点と言った戦略的価値のあるものよ。今回入手した戦術レベルの情報だけで成功とは手放しには言えないわね」
「けれど、これだけの成果が出てるんだから、5の発動は回避できたんじゃ?」
「ええ。……取り敢えずだけどね」
「取り敢えず、ですか?」
「確かに有益な情報は手に入ったわ。けれど、5に完璧に叩き潰す為には、結果を出さなきゃいけない。―――1週間後の12月25日、『甲21号作戦』においてね」
「!!!」
夕呼の言葉に、目を見開いて驚く武。自分が居ない間にそこまで事態が動いていたとは夢にも思わなかったらしい。
「………解る、白銀? あんたの居ない間にこっちは1週間後の作戦に備えて、本当に寝る暇も無いくらい忙しかったのよ? 聞いた話じゃ、あんた帝都で殿下と楽しい時間過ごしてたみたいだし、あたしに問答無用で撃たれるのくらい、そう大した事じゃないでしょ?」
夕呼にしては珍しく青筋を浮かべて怒る様は、非常に迫力満点だ。情報源は空気と会話の流れを読まないオヤジか? ……それはともかく、たけるはこしがひけている。
「…………いや、さすがに撃つのは」
「何か言った、白銀っ!!?」
「何でもありません、マム!!」
ギランと不吉な光を放った夕呼の瞳に、背筋を伸ばし敬礼する以外選択肢が無い武。……どうにも二人の力関係は変わる事が無いようだ。
「で、話を戻すけど、1週間後の『甲21号作戦』は帝国軍と国連軍の共同作戦になるわ。横浜基地からもかなりの部隊が出撃する事になる。その中には当然A-01、そして鑑も含まれる」
「純夏もですか?」
「ええ。リーディングの結果判明したことだけど、オルタネイティヴ4の最終目的である戦略的な価値のある情報は、オリジナルハイヴでなければ入手出来そうに無い。本音を言えば鑑はオリジナルハイヴ攻略まで出撃させたくはないわ。けれど、人類の選択肢をあたし達が目指す物にする為には、戦力を出し惜しみ出来る状況じゃないのよ。
……リスクは大きいわ。けどね、その分リターンも大きい。ここが勝負所って訳よ。勿論、あたしに負けるつもりは毛頭無いわ。――白銀、勝つわよ」
「了解!!」
夕呼の覚悟に応える様に武が敬礼した。武は実感していた。本当の戦いが始まる事を。
「それじゃあ、作戦の詳細は後日伝えるわ。あんたは今日からすぐに訓練に参加しときなさい。残っていた任官時の座学講義は特別任務先で消化してる事にしてあるから。それと……」
が、続く夕呼の言葉は執務室に飛び込んできた存在に遮られる。
―プシュー
「タケルちゃん、見ぃつけたぁーーー!!!」
夕呼の執務室に転がるような勢いでやって来た純夏は、喜色満面で脇目も振らずに武に向かって吶喊する。このままでは、純夏の体重の乗ったタックルを受けた武が悶絶する事間違い無しと言う状況であったのだが、純夏は武から全く予想できない反撃?を受けることになった。
「もぉ〜〜、わたし、タケルちゃんが帰って来るのずっと待ってたんだよ―――」
「―――純夏」
その声に振り返った武と純夏の目が合う。目が合った瞬間、純夏はピタッと動きを止める。そして、血の巡りに沿うように首の方から下から上へと顔を真っ赤に染めていき、
――ポンッ!!
「…………………………へにゅう」
そんな擬音が付きそうな具合に頭の天辺から湯気の塊を出し、タスマニア辺りに生息していそうな珍妙な絶滅危惧種の鳴き声っぽい奇声を発して、純夏はそのまま体を後ろ向きに傾がせる。
「って、危ねえ!!」
間一髪、武が倒れそうな純夏の体を抱き止める。……純夏は昨夜の晩ご飯で松茸を食べた時のような幸せそうな表情で、意識を失っていた。
「先生、純夏は大丈夫なんですかっ!?」
純夏の状態が決して安定していると言い難い物である事は先程の話から推測できるだけに、武は慌てた声で夕呼に問い質したのだが、夕呼は呆れ顔で答えた。
「鑑なら大丈夫よ。ちょっと『量子電導脳』に予想外の負荷が掛かっただけだから。……鑑はそこのソファーにでも寝かしといて」
脇で見ていた夕呼には、面白いくらいに純夏が倒れる原因が判っていた。
油断すれば夕呼でさえ見惚れるような『男』である今の武が、この上も無い愛しさと優しさに溢れた眼差しで純夏を見つめ、同じような声音で名前を呼び、更に想いがリーディングによって真っ直ぐに伝わったのだ。そこに恋する乙女補正も加わったのだから、純夏を一撃K.Oする事は当然と言えた。
「で、話を続けるけど、鑑の人格は完全に再生できていない。時間がないから詳しい話は省くけど、鑑の人格の再生はあんたにしか出来ない。……あの時の事と言い、今さっきの反応と言い、愛されてるわね、白銀。
まあとにかく、時間が空いたらなるべく鑑と一緒に居るようにしなさい。それが鑑の人格の完全な再生に繋がるから。あと出来れば毎晩、最低でも2日に1度は必ずあたしの所に連れて来る事。何か質問はある?」
純夏をソファーに寝かせた武が、夕呼に向き直り口を開く。
「いえ。それじゃあ、オレは地上で訓練に入り――」
――プシュー
「……純夏……さん、……足……速い……です」
と、そこに息も絶え絶えな霞が夕呼の執務室に入ってくる。どうやら武の存在を感知した純夏に置いてけぼりを食らって、ようやく追いついたようだ。
「霞、大丈夫か?」
「!!!? …………………………へにゅう」
覗きこむ武と目が在った瞬間、純夏と同じように真っ赤になって、けれど無表情に倒れそうになる霞。
「わぁーーー!!? 霞まで!!?」
慌てて霞を抱き止める武。先程の純夏の時とほぼ同じ状況だ。武が純夏と霞に抱いている想いには違いがあるが、それでも霞を一撃K.Oする威力は充分に在った。これには、また傍観していた夕呼も呆れる他無い。……自覚が無いにも程があると。
「……白銀、二人の面倒はあたしが見るから、あんたは早く上へ行きなさい」
「先生、けど」
ソファーで横になった純夏と霞を心配そうに見る武。だが、
「行きなさい」
「イエス、マム!!」
夕呼の瞳が妖しく光った瞬間、武はすぐに行動に移った。早足で扉へと向かう。
ちなみに夕呼には、今の自分の状態に自覚の無い武が地上に上がった時に巻き起こす騒動が予測できていたが、何も言わなかった。
その騒動の被害が最終的に武に向かう事は分かりきっており、それでここ一週間のストレスを少しでも解消するつもりらしい。
「失礼します」
何にも解っていない武が部屋を出て行くのを見送った後、夕呼は仕事を再開する。自分が思う「人類の勝利」のために。
……始まるのだ。本当の意味で人類の未来を賭けた戦いが、ようやく。
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