マブラヴ 未来への咆哮 episode:17 「過去ゼツボウの扉」 <10derさん>



――2001年12月10日(月)

揺さぶられる感覚に、オレの意識が急速に覚醒する。

「……霞、おはよう」

「………」

目を開ければ、そこにオレを覗きこむ霞の顔。

「……おめでとう、少尉殿」

「ありがとうな、霞」

開口一番、祝いの言葉とは、霞は良い子だよなぁ〜。……けど、抑揚無く言われると、何かおめでたくない感じがするけど。

「ま、霞は軍人じゃないんだから、今まで通りで頼むよ」

苦笑しながら言う。……そう言えば、オレ、霞に名前で呼ばれた事無かったような?

「……さーいえっさー」

「……だから、止めてくれって」

……確実に毒されてるよな、主に慧とかに。……ああ、あの純粋で愛らしい小動物ぽかった頃の霞よ、カムバック!


――ブリーフィングルーム

朝食を摂った後、オレ達はブリーフィングルームに集合していた。今からここで、オレ達の配属先であるA-01部隊との顔合わせ、及び着任の挨拶をする為だ。
オレの『記憶』の中に、A-01部隊の情報は無い。この配属は、オレにとって完全に未知の出来事だ。未知の出来事に対する期待と不安で、正直落ち着かない。
それに、夕呼先生の直属って所が、こう不安を助長させると言うか。実力的には申し分ないとは思うが、一筋も二筋も行かないような連中のような気が、こうヒシヒシとするんだよなぁ〜。

「―――敬礼っ!」

ドアが開いた音に、千鶴の号令を受け敬礼するオレ達。そして、部屋に入ってくる国連軍のC軍装を纏った7人の女性。その内の一人を視界に捕らえた瞬間、オレの記憶が、想いが、怒涛のように噴出した/溢れた/爆発した。

――オルタネイティヴ5発動後の激戦――隊の補充人員としての配属が出逢い――続く仲間たち、そして弟たちの戦死――傷の舐め合いのような始まり――深まった戦場での愛――

「ハルッ!!!」

「へっ!?」
『―――ッ!!?』

オレは湧き上がる想いのままに、柏木――ハルに駆け寄り、強く強く抱き締める。

「ハルッ、ハルゥ〜〜」
「ちょ、ちょっと、えっ、ええっ!?」

傍から見れば、面白いくらいに混乱しているハルと、突然の事に言葉を失っているこの場に居る全員。……とまあ、それぐらいを理解できるくらいには、落ち着いちまった訳なんだが。
そりゃあ、突然「ハル」なんて愛称で呼ばれた上に、初対面の男に抱き締められれば、混乱するわな。……油断してた。「向こう」で、ハルに関する『記憶』があった時点で、この展開を予想できた筈なのに! くそっ、何で昨日前もって、夕呼先生にA-01のプロフィールとか見せて貰ってなかったんだ、オレ!!

『…………』

せ、背中にみんなの視線が、重く突き刺さるぜ。……また、リンチなのかっ!? トイレに放置なのかっ!?

「………で、いつまでそうしているつもりだ、白銀少尉?」

後から入ってきた7人の内、大尉の階級章を付けた人が呆れた様子で声をかけてくれた。……よ、ようやく、離れるタイミングが掴めたぜっ。

「――も、申し訳ありませんでした、大尉殿っ!!」

ハルから体を離して、大袈裟に大尉に敬礼をしてから、みんなの列に駆け足で戻る。……みんなの視線の圧力は、重光線級マグヌス・ルクスのレーザーよりも威力があるぜ! ……オレ限定だけどな! ううっ、これが噂の針の筵ってヤツか。

「……白銀少尉、どうやら貴様は噂通りの男らしいな」

……その噂はあれだろ? 「マッド・ドッグ・ハンター」とか、「バニー・ハンターロ○コン」とかそう言う類の物だろう? ……ひ、否定したくても、さっきのアレの後じゃ、説得力は皆無だ。しかも、みんなの視線の圧力まで増してるし。だ、誰か、オ、オレを護ってくれぇ〜〜。

「――先ずは、A-01部隊へようこそ。貴様らを歓迎する」
「は! 榊千鶴少尉であります! 只今を以て着任致します!」
「は! 御剣冥夜少尉であります! 只今を以て着任致します!」
「は! 彩峰慧少尉であります! 只今を以て着任致します!」
「は! 珠瀬壬姫少尉であります! 只今を以て着任致します!」
「は! 鎧衣美琴少尉であります! 只今を以て着任致します!」
「は! 白銀武少尉であります! 只今を以て着任致します!」

「伊隅みちる大尉だ。これから宜しく頼むぞ!」

『は、大尉殿』

「我が隊は、副指令直属の特殊任務部隊A-01連隊に属している。そして、独立した指揮系統下にある我が隊は、副指令が指揮するオルタネイティヴ計画の先鋒として、常に極限の任務を課せられる。その為、発足当時連隊だった部隊も、既に我が1個中隊を残すのみ。この事から分かるとは思うが、この基地で我が部隊が最も損耗が激しい戦術機甲部隊だ。
にも関らず、見ての通り、まともな補充人員も来ない。だが、要求される任務は依然厳しい。だから貴様らの入隊を歓迎する。便利にこき使ってやるから覚悟しておけ」

『は、大尉殿』

「あと、我が部隊の衛士は全員、同じ訓練学校を卒業している。何故なら、この基地の訓練学校は、A-01部隊の衛士を錬成するために設立された。従って我々は全員、神宮司軍曹の子供だ」

……へえ、そうだったのか。だから昨日、夕呼先生は礼を言う必要はないって言ったのか。

「だからと言う訳ではないが、堅っ苦しい言動をする必要はない。副指令から、無意味な事はするな――と命令されているからな」

あ〜〜、夕呼先生、形式張った事、嫌いだからなぁ。なんと言うか、納得させられるな。

「では、A-01のメンバーを紹介しておこう」

オレ達の対面に並んだ6人を、指し示す伊隅大尉。

「貴様らから見て右から、CP将校の涼宮遙中尉。訓練校卒業は貴様らの3期上だ」

『よろしくお願いします』

「よろしくね、みなさん」

何か軍人らしくないと言うか、物腰も柔らかくて優しそうな人だな。

「涼宮は指揮車両から戦域管制をしてくれる。こう見えても恐い女だからな。怒らせないように気を付けろ」
「――た、大尉! なにいってるんですか、もう!」

恐い? 全然、そうは思えねえ。……でも、人は見かけに拠らないって言うしなぁ。

「あの、白銀少尉?」

「え? 何でしょうか、涼宮中尉?」

そんな事を考えていたオレに、なぜかオレ指名で声をかけてくる、涼宮中尉。

「――女の子に、いきなりさっきみたいな事、したらダメですよ?」
「――り、了解です」

涼宮中尉は、優しい笑顔を浮かべてる。なのにこう、言い様のない威圧感みたいな物をビシビシと感じる。……伊隅大尉の言葉、肝に銘じておこう。

「次はB小隊を指揮している速瀬水月中尉。こいつも貴様らの3期上だ」

『よろしくお願いします』

「伊隅戦乙女中隊ヴァルキリーズへようこそ。期待してるわよ?」

「……イスミ・ヴァルキリーズ?」

「部隊のニックネームよ。中隊の衛士12人が、代々全員女だったから付いた名前よ。あんたたちの加入で、また12人揃うと思ってたのに、白銀のせいでぶち壊しねぇ」

「おいおい、このご時世に男の新任は貴重だぞ? たっぷりと可愛がってやれ」

「了〜解」

何か押しの強そうな人だな。……初対面でぶち壊しとか言ってくるし。それにすっげえ熱視線をオレに送ってきてるんだよな、この人。
勿論、色気とかは無しの、メラメラと燃える闘志の業火とかの熱烈さなんだけどな。

「白銀、渾名通りの手の早さは解ったから、今度は「白銀の閃光シルバー・ライトニング」の実力を、しっかり見せて貰うわよ〜?」

「り、了解」

ううっ、また、みんなからの圧力が増したぞ、おい! ……後で医務室行って、胃薬貰おう、マジで。

「次はC小隊を指揮している宗像美冴中尉。貴様らの2期上だ」

『よろしくお願いします』

「期待してるぞ、新人ども」

……何かクールと言うか、鋭い感じの人だな。

「何を見惚れているんだ、白銀。宗像は男嫌いだから、色気を出すと痛い目を見るぞ」

「――え?」

いや、見惚れてって、何もそんなつもりはって、うおぉぉぉっ!? な、何かみんなの顔に陰影がかかって、眼がギランッって光ってるぅぅぅっ!!?

「大尉。私は男嫌いなのではありません。気持ち良ければ何でも良いだけです」

オレがオヤジさんが来てた時の壬姫みたくブルブル震えているのを余所に、宗像中尉が一歩進み出て、伊隅大尉の言葉を訂正している。……しかし、気持ち良ければ何でもって、外見とギャップがある人だなぁ。

「それに、私は白銀に女として認識されていないようですから、心配は無用です」

「……は?」

「白銀が女と認識するのは、初対面で抱き締めるスキンシップする相手だけと聞き及んでいます。その点で言えば、私たちは論外のようです。あと、ディープ・キスをした教官が本命との噂もありますね」

『―――ッ!!?』

な、なに言っちゃってんの、この人ーーーっ!!? って、な、なんか、この部屋にいらっしゃる皆様からスンゴイ圧力をお感じ致しますのですがっ!!?(超混乱)

「ふ〜〜〜ん、あたしたち、白銀から見たら女として失格って訳なんだぁ〜〜〜」

ま、満面の笑顔なんだけど、眼が、眼が笑ってないですっ、速瀬中尉〜〜〜ッ!!!

「……神宮司教官が女性の魅力に溢れる方である事に、異論を挟むつもりはないが、私達にそれが無いとする根拠を、是非とも教えて貰いたいものだな、白銀?」

た、大尉の背後に、ゴゴゴゴゴゴッて擬音まで見えちまうよっ!! って、更に千鶴、慧、壬姫の背後にもっ!? ……だ、誰か、オレをここから逃がしてくれっ!!

「ククッ、大変だな、白銀」

って、宗像中尉あんたのせいだーーーっ!!?

「……白銀への尋問は後で執り行うとして、次は風間祷子少尉だ」

えっ、尋問? ……勿論、拒否権、黙秘権も無しで、逃げる事も出来ねえんだろうなぁ。……何でオレがこんな目に?

『よろしくお願いします』

「こちらこそ」

なんて言うか、衛士らしくない、しっとりとした落ち着きを持った人だな。……冥夜とは違った意味で、お嬢様っぽいって言うか。

「同じ少尉だが、風間は貴様らの1期先任だ。わからないことがあったら訊いてみるといい」

「困ったことがあったら、いつでもいらっしゃい」

『はい』

柔和な笑顔に、なんか癒されるよ。……大体、何で戦場に出てる訳でもねえのに、ここまで消耗しなきゃいけねえんだよっ!?

「白銀少尉?」
「はっ、はい!?」

風間少尉までっ!? ……正に、四面楚歌ってヤツだぜ、これはぁっ!!

「――何事にも、礼節を以て、ね?」

「り、了解です」

風間少尉は、にっこりと笑顔でそう仰いました。……オレには、頷く事しか出来ませんでした。

「次は、柏木晴子少尉だ。……と言っても、B分隊の者は同じ207訓練小隊のメンバーだったから、当然知っているだろうし、何故か初対面である筈の白銀にも紹介の必要は無さそうだ」

「『ハル』だもんねぇ〜〜」


「随分と親しげな響きの愛称でしたね」

『………』

「アハハハ、よろしくね、みんな」

伊隅大尉、速瀬中尉、宗像中尉の言葉を受けて、天井知らずに威圧感を増す冥夜、千鶴、慧、壬姫、美琴に、面白そうに笑顔で挨拶をするハル。

「……あと、白銀少尉。私の事、ハルって呼んでくれても良いから、その代わり、キミの事、タケルって呼ばせてもらうね」

「……わ、分かった。よ、よろしくな」

「それと、初めてなんだ。あんなに気持ちを籠められて抱き締められたの。……責任、取ってもらおうかな〜♪」

「は、ははははは、ぜ、善処します」

『………』

ウインクしながら、そんな事を言ってくるハル。……そうだよ、ハルにはこういう人をイジって楽しむような所、あったよ! ………ぬ、ぬぅごぉぉぉぉぉぉぉっ、な、何かみんなが、○ォースの暗黒面に目覚めかけてるぅぅぅっ!!?

「次は柏木と同期の、涼宮茜少尉」

「よ、よろしくね、みんな」

瘴気と言っていい、毒々しいまでの威圧感を放つみんなに、顔を引き攣らせてる涼宮。……眼で何とかしなさいって訴えられても無理だぜ、涼宮。オレに、こうなったみんなを鎮める手は、……オレが無様な骸を曝す以外ねえんだから。 と言っても、ソレはもう不可避の運命なんだけどな(涙)。先延ばしと分かっていても、今この場でそうなりたくはねえよっ!!

「……白銀少尉は、あんまりよろしくしないでね」

「……心得とく」

涼宮の中でのオレの株は、もう底値って感じだな。……せめて、剛田よりは上であって欲しい。

「名前で分かったと思うが、涼宮中尉はこいつの姉だ。姉妹揃ってこの部隊に入るなんて、何て親孝行な奴らだろうな」

性格は正反対っぽいけど、優秀な所は似てるって訳か。……悠陽と冥夜もそんな感じだよな。

「――よし、一通り紹介も終わった所で、貴様らに我が中隊のモットーを教えておく」

『はい』

全員が姿勢を正し、伊隅大尉の方に向き直る。

「死力を尽くして任務に当たれ! 生ある限り最善を尽くせ! 決して犬死するな!」

「――中隊、復唱っ!」
『死力を尽くして任務に当たれ! 生ある限り最善を尽くせ! 決して犬死するな!』

「――以上だ。……今の言葉、よく頭に刻み込んでおけ。いいな?」

『はい』

「さて、それでは、今後の予定なんだが、貴様ら207B分隊は、3ヶ月の後期カリキュラムをすっ飛ばして任官している。そして、実戦に出る前に受けるべき座学もあるのだが、副指令の命令でその2つを1週間で叩き込む事になる。……しっかり付いて来いよ?」

『了解!』

オルタネイティヴ4の成果である「00ユニット」の完成も間近なんだ。夕呼先生がオレ達を急かすのも当然だよな。

「では、早速今からと行きたい所だが、その前にここにいる全員に一つ報告がある」

報告? 一体、何だろうな? ……まさかとは思うが、今から尋問とか言わないよな?

「本日を以て、我が隊のニック・ネームは伊隅ヴァルキリーズではなくなる」

「なっ!? それ、どう言う事なんですか、大尉!?」

「落ち着け、速瀬。……本日付を以て、新しい部隊長が着任する事になっているんだ」

『なっ!?』

先任の隊員達が驚いている。それだけ、伊隅大尉への信頼が厚いってことだろうな。……けど、伊隅大尉はあんまり気にしてないみたいだよなぁ。

「な、何で、そんな突然、新しい隊長なんかが!?」

速瀬中尉が伊隅大尉に食って掛かる。他の先任も行動には移さないまでも、態度に不満が出てる。

「だから落ち着け、速瀬。もうすぐ新隊長がこちらにいらっしゃるから、何か言いたい事があればその時に言え。……言えればだがな

と、噂をすれば影なのか、扉が開いて人が一人、部屋に入ってくる。

『!!!』

その人物を見た伊隅大尉を除いた全員が、目を見開いて驚く。……なるほどな。伊隅大尉が、新しい隊長の着任を歓迎してたように感じたのは、こう言う理由かよ。

「――本日付を以て、A-01部隊の隊長に任命される事となった、神宮司まりも少佐だ。以後、よろしく頼む」
『じ、神宮司、……し、少佐っ!!?』


この事を知ってた伊隅大尉と多分夕呼先生の仕業だろうと納得したオレ以外、みんな、見てて気持ちが良いくらい驚いてる。
まあ、昨日まで教官だったまりもが、たった1日で5階級も出世して、自分達の部隊の隊長になったら、そりゃ驚くわな。あと、少佐のところで詰まったのは、危うく教官って呼びそうになったからだろうな。

「先ほど言った意味が、良く分かっただろう? ……我々は今日から神宮司ヴァルキリーズ、プラス余分一名と言う訳だ」
「……よ、余分って」

……何気にヒドクない? これって、パワハラじゃねえのか? (武はセクハラ)

「今更、私の自己紹介の必要は無いな? さて、訓練校と違い任官している以上、ここに居る貴様ら全員、実績に関りなく一人前だ。そのつもりで厳しく行くから、肝に銘じて置け!」

『り、了解!!!』

まりもの言葉に、若干顔を青くしている人間がいたりする。て言うか、先任の割合が多いな? ………そう言や、オレらの頃より前は、まりも、そりゃあ厳しかったって聞いた事があるような。

「では早速、私は新任の教育を始める。先任は戦闘訓練だ。伊隅、まかせる」

「了解しました、神宮司少佐」

「――以上、解散っ!」
「――敬礼っ!」

まりもの号令以下、全員が淀み無くスムーズに行動を始める。まりものA-01部隊隊長就任に、問題は一切無いと証明してるかのようだ。

「――それでは、今日から1週間、しっかりと私の話を頭に叩きこめ、良いな?」
『了解しました、神宮司少佐!』

そして、オレ達は席に付き、まりもの講義に耳を傾けた――


……この日の講義が終わった後、オレへの熾烈極まる尋問がPXで行われた。正しく針の筵、いや、アレは針なんて生優しい物じゃなかったね。もう槍の筵だぜ、ありゃ。
冥夜、千鶴、慧、壬姫、美琴は毒々しい威圧感を垂れ流しっ放しだし、伊隅大尉はやたらと女の魅力について根掘り葉掘り聞いてくるし、速瀬中尉と宗像中尉にハルは面白可笑しく煽って、みんなの威圧感を増させるしで、…………もうオレは、疲れたよ、パト○ッシュ。て言うか、マジで明日休みてえ。
それにしても、この尋問中オレ達は、一つの衝撃的な事実を知ったんだ。それはオレの好みの女性のタイプについて尋問されてる時に起こった。

「え、えっと、オ、オレは、オ、オバちゃんみたいな、ほ、包容力のある女性が好きかなぁ〜、なんて」

『…………』

ヒッ、ヒィィッ!!? テ、テキトーな事、い、言うんじゃなかったっ!!? と、みんなのビームが出るかもと思えるくらいの激烈視線を受けて、後悔するオレに、

「タケル、シヅエは私の恋人だ。他を当たれ」

背後からそんな声が掛かった。

「―――え?」

声のした方に目を向ければ、そこには金髪碧眼の厳つい顔の偉丈夫、ゲティことゲジヒト・シュトロハイム博士が居た。……って、ゲティのおっさん、今なんて言った!?

「イ、イヤだよ、ゲティったら。こんな所で、そんなこと言わなくても良いじゃないか」

で、ゲティのおっさんの隣に寄り添うように立っていたオバちゃんが、まんざらでも無さそうに、ゲティのおっさんの背中を叩いてる。

「シヅエが私の気持ちを受け容れてくれた事は、世界中に宣言しても何ら恥じ入る事の無い素晴らしい出来事なのだが」

「そりゃあ、あたしも同じ気持ちだけどさぁ、それでも、恥ずかしいんだよ〜」

照れるオバちゃんをゲティのおっさんが抱き締める。

「……シヅエ」
「……ゲティ」

そして、見つめ合う二人。なんか誰も入り込めない絶対領域ラブラブ・フィールドが発生してるよ。……しかし、この二人、いつの間にこんな関係になったんだ!?

「ゲジヒト博士が、ミセス・キョウヅカに一目惚れしてネ。で、三日もしない内に、今みたいな関係になってたんだヨ」

「そ、そうなのか、ハキム?」

い、一体、その三日の内に、どんなドラマが繰り広げられてたんだ?

「私も付き合いは長いつもりだったけど、彼にあんな情熱的な一面があるとは知らなかったヨ。それにしても、基地内じゃ結構有名な話なんだけど、知らなかったのカイ、タケル?」

「あ、ああ」

「そうカ。まあ、特殊任務で忙しかったみたいだから、仕方ないネ。……それじゃ、タケル、頑張ってネ」

「へ?」

……忘れてた。オレ、まだ尋問中なんだっ! そそくさとPXから出て行くハキムの背中を恨めしく見送ったオレは、胃に孔が開きそうな時間が再び幕を開けるのを、受け容れるしかなかった。……霞、任務があるって言って、呼びに来てくれないかなぁ〜〜。


――2001年12月12日(水)

昨日に引き続いて、座学が行われた。今日の講義が終わって、まりもから夕呼先生がオレを呼んでるって言われて、夕呼先生の執務室に向かう。

「失礼します」

「……来たわね、白銀」

「それでどうしたんですか、先生?」

「――『00ユニット』が完成したわ」

「マ、マジでっ!!?」

「マジ? 何語よ、それ?」

オルタネイティヴ4成功の鍵、そして人類の切り札になる『00ユニット』が、とうとう完成したのか!

「いっよっしゃぁぁっ!!」

「凄い喜びようね。まあ、気持ちは分からなくも無いけどね」

「そりゃ、そうですよ! これで、オルタネイティヴ4は成功して、オレの望みも果たせるんですから!」

「……そうね。で、『00ユニット』の完成に貢献してくれた功労者であるあんたに、『00ユニット』と対面させてあげようと思ってね?」

「えっ? 良いんですか?」

……見せてくれるのは有り難いけど、夕呼先生の技術関係の薀蓄は正直勘弁してもらいたいよな。それにしても、「対面」って、どう言う意味だ?

「ああ、あたしだけど、……『00ユニット』をこっちに連れてきて」

夕呼先生が机の上の端末を通して指示を出してからしばらくして、執務室の扉が開いた。オレがそっちに目を向けると、そこに居たのは、

「………」

「霞? ……も、もしかして、か、霞のウサ耳が『00ユニット』!?」

「……そんな訳ないでしょうが。ふざけてんじゃないわよ」

「ですよね。スイマセン」

「……社、部屋に入れてちょうだい」

「……はい」

そして、霞に導かれるように、『00ユニット』が執務室に入ってきた。

「――――――ッ!!!!!?」

その姿を認識した瞬間、オレの心臓が、暴れ出す。まるで、胸を突き破りそうな程に。

「……■…み………■?」

「……改めて紹介するわ。オルタネイティヴ4の最大の目的にして成果、人類に勝利を齎す存在――――『00ユニット』よ」

「……ゼロ……ゼロ……ユニット……?」


「そう。あんたが持ち帰った「数式」のおかげで完成したのよ」

……これが、これが『00ユニット』!? ……なんで、『00ユニット』が、……『■夏』の姿なんだよっ!? ……大方、霞がリーディングしたイメージから複製した――――

「………霞?」

オレの中で唐突に、今まで気付かなかったのが不思議なくらいに情報の断片が繋がっていく。
『00ユニット』がオルタネイティヴ4の成果である事。オルタネイティヴ4はオルタネイティヴ3を接収してる事。ESP発現体である霞と、……『■夏』がだぶる事が、繋がっていく。

「白銀、どこに行くつもり?」

夕呼先生の言葉にも応えず、走り出す。……向かう先に、『答え』がある筈だから。

プシュー

オレが走り込んだ先は、脳みそ部屋。……そして、オレは見た。青白い光を放つシリンダーの中に、『記憶』の中いつも在った脳みそが、無くなっているのを。

「……あ………ああ……あああ………」

足が震える。膝を着きそうになるほど力が入らない。

「……気付いたようね、白銀。そこに在った脳髄の、そして、『00ユニット』の正体に」

「――――――ッ!!!」

―――ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ、フリムクナフリムクナフリムクナフリムクナフリムクナ! …………フリムイテシマッタラ、オレハオレヲ――――


「……あんたが辿り着いた『答え』は正解よ、白銀。『00ユニット』は、『この世界』に存在する唯一の『鑑純夏だった』存在よ」

先生の言葉と共に振り向いたオレは、

「………………純夏」

先生と霞と一緒に居た『00ユニット』を、………純夏と認めた。

―――この時、オレは「全て」を思い出し、「全て」を知って、…………そして、決して逃れる事の出来ない、『過去ゼツボウ』の堰が解き放たれた―――


「アあAガGAがアアアAAAぁぁぁaaaァァァAAああアアaァぁアぁぁあaaAァァ!!!!!!!!!!」


武が純夏の名前を呟いた次の瞬間、武は叫んでいた。

「「―――ッ」」

横浜基地でも最も強固な構造を持つこの部屋を、震動させているのではないかと思わせる程の轟声に耳を押さえる夕呼と霞。
喉や声帯と言った発声器官だけではなく、全身から迸っているかのような、「絶叫」。正に、「絶望の叫び」だった。
今、武に流れ込んでいるのは、12回に渡る「繰り返しループ」の「記憶」の「全て」。自分の逃げようのない『過去ゼツボウ』が一度に武を襲う。

―――護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった護れなかった救えなかった―――

武は身を裂くような怒りを、心を折るような悲しみを、魂を砕くような絶望を振り切りたかった。だからこそ、武は「今回」、ひたすらに未来だけを見続けようとしていた。……それは一種の逃避、自己防衛だった。自分の『過去ゼツボウ』から目を逸らす為の。

―――何一つ、護れなかった、誰一人、救えなかった―――

抗った。戦った。どれだけ声を嗄らしても、腕を伸ばそうとも届かなかった、「過去」を振り払う為に。
託された意志が、希望ミライが在った。護りたい戦友が、仲間が、愛する者が居た。だから、膝が折れ倒れそうになるのを耐えて、我武者羅に前に進んだ。
だが、その果てに武を待っていたのは、この上もない『人類滅亡ゼツボウ』だった。
そして、一度に流れ込み、混ざり合った「記憶」は、更なる「絶望」を武に齎す。

―――戦友の、仲間の死の情景が、光線級ルクスの光条に消える様が/要撃級メデュームの前腕に砕かれる様が/突撃級ルイタウラの突進に踏み潰される様が/戦車級エクウスペディスに取り付かれ噛み砕かれる様が/要塞級グラヴィスの衝角が突き刺さる様が、最愛の者の死の情景に変革する―――

――見せ付けられる、自分の無力を。打ちのめされる、自分の無力に。結局、何一つ護れず、誰一人救えなかった自分が得たモノは、『未来』へと続くはずの『過去』は、赦されざる罪過。

―――戦友の、仲間の、そして、純夏の、冥夜の、悠陽の、千鶴の、慧の、壬姫の、美琴の、まりもの、ハルの、『未来』を残したいと希う者達の屍で出来た、『過去みちのり』―――

「アあAガGAがアアアAAAぁぁぁaaaァァァAAああアアaァぁアぁぁあaaAァァ!!!!!!!!!!」

「――だめっ!!」


弾かれたように叫んで、霞が武に接触しようとする。リーディングにより感じ取ったのだ。……武の精神の崩壊が近いのを。
だが、今の武は正気ではない。流れ込む「記憶」を拒絶できない武の肉体は、別の方法で拒絶の意思を示した。

バキィッ!!
「―――ッ!!!」


自分に触れようとした霞に、ただ振り回すだけの力任せの裏拳を放つ武。鍛えられた軍人の裏拳は肉体的には一般の少女にしか過ぎない霞の頬を捉え、悲鳴すら上げる暇すら与えず、霞の小さな体が、………飛んだ。

「白銀ぇっ!! あんっ――――ッ!!!」

武の裏拳で殴り飛ばされた霞を見て、夕呼が声を上げ武を睨もうとした瞬間、そこに、夕呼ですら息を呑むような、おぞましい光景が在った。

「アあAガGAがアアアAAAぁぁぁaaaァァァAAああアアaァぁアぁぁあaaAァァ!!!!!!!!!!」

叫び続ける武の髪から、急速に色素が抜け落ちていく。……まるで、生きる意志が抜け落ちていくように、生きる希望が剥げ落ちていくように。

「アあAガGAがアアアAAAぁぁぁaaaァァァAAああアアaァぁアぁぁあaaA―――――」

そして、武の髪が一本残らず完全に真っ白になった時、武の精神は限界を迎えた。
耐えようもない汚泥の津波のような深く濃い絶望に、武の心がバラバラに砕け散る・・・・・・・・・・・・・、正にその瞬間、――――奇跡が起きた。

――「タケルちゃんっ!!!」――

その呼び掛けは、声でもあり、イメージでもあった。故に、絶望の汚濁に呑み込まれ、正気を無くしていた武に届いた。
そして、純夏の強い想いの籠められたその呼び掛けが、崩壊寸前だった武の心を辛うじて繋ぎ止めたのだった。

「………す……み…………か………?」

叫び続けたせいか掠れた声で名前を呼び、辛うじて正気を取り戻した目で、武は純夏を見る。

「イヤ、だよ、タケルちゃんっ、もう、わたしの、目の前で、わたしの、前から、いなく、ならないでよっ!!」

そう叫んでから、純夏はそのまま倒れる。

「………………」

純夏が倒れても、武は動かない。夕呼が純夏に駆け寄るのを呆けたように眺めていた。
しかし、それもある意味、しょうがないと言えた。それほど武が受けたショックは大きかったのだ。だからこそ、今の武はとてつもなく危ういバランスの上に居た。

「……よかった。正気、取り戻し、たんですね」

「……か……す……み、……そ……の……ほ……っ……ぺ……た?」

聞こえた声に反応して、武が霞の方を見る。そして、その頬が赤黒く腫れ上がり、口の端から血が流れているのを見て、息を呑む。

「――あんたがやったんでしょうが、このバカッ!!!」
「――ダメッ!!」


霞を殴ると言う武の暴挙に憤っていた夕呼の言葉に、武は零れんばかりに目を見開き、全身を震わせ始める。

「あ、あああ、あああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

武の脳裏に過ぎるのは、自分の『過去』を象徴するかのような屍の道、そして、その道の中に在る霞の屍――

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

「!!? 待ちなさい、白銀!!」
「待って!!」


転がるように、武は走り出す。決して、振り切れぬ『過去ゼツボウ』を、それでもなお、振り切ろうと足掻くかのように。

走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。

喉が、肺が、灼けそうになろうとも。腕が、脚が、体中が悲鳴を上げようとも。全力を、限界を越えて、走り続ける。………………逃げる為に。

―――どこへ?

思考の端に、そんな疑問が生まれる。だが、武には、行く先などない。この世界も、いや、あらゆる『並行世界』も、今ここに在る「白銀武」の居場所では、属する世界ではないのだから。
だが、それが知っていてなお、武は逃げる事しか考えられなかった。どこに等と考える余裕も最早無い。
ただただ、「全て」が怖ろしくて、だから、「全て」から逃げ出す為に、武は転がるように走り続けた。


――そしてこの日未明、白銀武の姿が横浜基地から、………消えた。


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