マブラヴ 未来への咆哮 episode:16 「心からの約束ちかい」 <戯言草紙さん>



――2001年12月6日(木)

沙霧大尉が最期に伝達した符号により、決起軍は全軍投降。これにより仙台臨時政府は、クーデターの終息を宣言。併せて、帝都に発令されていた戒厳令も解除。緩やかにではあるが、関東周辺の都市機能は回復し始めていた。――こうして、後に12・5事件と呼ばれる出来事は、終わりを告げたのだった。


「――気をつけぇぇっ!! ……捧げぇ、筒っ!!」

港に帝国海軍の艦が停泊している。国連軍が保護していた悠陽の迎えに来た艦である。
そして、港に整然と並ぶ帝国軍、国連軍、米軍の中に、武達、207訓練小隊の姿がその最前列にあった。

『………』

港に居並ぶ全員が姿勢を正し、沈黙を以て悠陽を見守る中、悠陽は武達の前に歩み寄る。

「――207訓練小隊、気をつけぇぇっ!! 日本帝国政威大将軍、煌武院悠陽殿下に対し、――敬礼!!」

「楽にしてください」

「――休めっ!!」
『………』

「此度のそなたたちの働きに、この悠陽、感謝この上なく思います」

『ありがとうございます!』

「……此度の件は、この国の、そして世界の多くの人々に、深い悲しみを刻み付けてしまった事でしょう。
人と人とは、このような形で血を流さねば、前に進めないのでしょうか。……私はそうでないと信じています。
多くの当事者を要する207小隊が共にその力を合わせ、滅私の精神で事に当たり、斯かる困難を克服した由は、正に崇敬の念を禁じ得ません。
……此度の件を戒めに、そして、そなた達が示した規範を胸に、私は将軍としての責務を果たしてゆく所存です。
……国連や帝国、そして人それぞれ、重んじるものに違いはあれど、その目標とするもの、根源的な願いは一つであると、私は信じています。――人類の未来を……よろしくお願いします」
『――はっ!』


「…………白銀」

悠陽は一時の沈黙の後、武の名を呼ぶ。だが、武はその悠陽の呼び掛けに、眼を閉じる事で答とした。

「!!」

武の無礼極まりない行為に、斯衛が動こうとするのを悠陽が制する。そして悠陽は、武に沈痛な感情を湛えた瞳を一瞬向けた後、冥夜と目を合わせる。

「「………」」

言葉は一寸も交えず、だが、確かに尊い何かを交えた刹那。
それから、悠陽はもう振り返る事なく、迎えの艦へと乗り込んで行った。

「……殿下、行っちまったな」

「………」

冥夜は何も答えず、悠陽の乗り込んだ艦を見つめている。と、そこに武達の方に近付いて来る足音があった。

「……MP?」

やって来たMPとまりもが言葉を交わした後、

「……鎧衣」

まりもが美琴を呼ぶ。

「はい」

「第11軍警務隊本部から貴様に出頭要請だ」
「――え!?」
『――!?』

驚くみんなに、まりもの冷静な声がかけられる。

「鎧衣、彼らについてゆけ」

「……了解!」
『………』

「……心配するな。まだ、何で呼ばれたかすらわからないだろう。だいたい、何かあったとしても、訓練兵風情がMPの世話になる事なんて、たかが知れている」

美琴がMPに連行される理由は、彼女の父、鎧衣左近が原因に違いないが、彼が美琴と父子である事以上の痕跡を残している訳がなく、この後行われるであろう拘束、聴取も実質、形式以上の意味はないだろう。

「……今日と明日は予定通り基地内待機だ。後日、現場調査に駆り出される可能性があるので、それまでに十分体を休めておけ」

『――了解!』

「――以上、解散」
『――敬礼!』

「………白銀、…………いや、私は先に基地に戻る」

まりもはそう言って踵を返し、行ってしまった。

「………私たちも、行こう、か」

「……うん」

弱々しい呟きのような壬姫の言葉を受けて、武達も基地に戻ろうと歩き始める。

「――冥夜」

と、先を行く冥夜の背中に、最後尾に居た武が声をかける。

「……なんだ?」

振り向かず答える冥夜。武は無言で冥夜の前に回り、悠陽に託された「人形」を冥夜の手を取って、その上にそっと乗せた。

「……え?」

「……ある人から、オマエにって預かったんだ」

「――こ、これは」

「……今回の騒ぎで持ち出せた唯一のもの。……たった数日でも、昔ふたりが一緒に過ごした証、その人はそう言ってた」

「……っ………」

俯いて、掌に納まった「人形」を胸に抱く冥夜。

「………やはりそなたは……知っていたのだな」

「…………オレが知ってるのは、悠陽と冥夜って言う、お互いの事をすごく思い合ってる双子の姉妹が居る事だけだ」
「―――!!」

そう言って、武は、言葉を無くしたように自分を見る冥夜の温もりを確かめるように頭を軽く撫でてから、冥夜に背を向けてその場所を離れる。
そして、夜の帳が落ちていく空を見上げて、武は孤り、立ち止まる。

―――今、感じた温もりいのちを護る為に、オレはあんたらを、……殺した。………なあ、沙霧さん、教えてくれよ。………オレに、オレなんかに、誰かを護る資格なんて有るのかを―――


――並行世界、2001年12月10日(月)

キンコンカンコ〜ンキンコンカンコ〜ン♪

「日の高さから言って、昼休みが終わった頃か? ……夕呼先生、授業中じゃなきゃ良いんだが」

前回の「世界移動」の時と同様に、オレは学校裏の丘で実体化していた。とにかく、夕呼先生に会って、「数式」を受け取らなきゃな。
……あの事件から、まだまる2日も経っていない。次の日は現地調査とかの事後処理に駆り出されて、基地内待機どころじゃなかった。千鶴は、親父さんの葬儀でそっちは免除。美琴は、まだ釈放されてない。
みんな、まだ色んなものを引きずっている。……勿論、オレも。だから、オレにとって、この「世界移動」は渡りに船だった。

「……物理準備室に居てくれれば良いんだけど」

誰にも見つからないように警戒しながら、学校内で夕呼先生と二人きりで会える場所である物理準備室に向かう。……今、この「世界」には、オレと「オレ」、二人の「白銀武」が居るんだから。

「……夕呼先生、いらっしゃいますか?」

「……その声、白銀?」

「はい。入っても、よろしいでしょうか?」

「……ええ」

「失礼します」

物理準備室には、ちょうど夕呼先生が居た。夕呼先生の許可を貰ってから、物理準備室に入る。

「来たわね。……あんた、「あっち」の白銀ね?」

「はい。それで、頼んで置いた物は、もう出来てますか?」

「ええ、出来てるわよ。ったく、3日後って言ってたのに、2週間近く待たせて」

「え? 今日、何日なんです?」

「12月10日よ」

「……そうなんですか。スイマセン。「あっち」で色々あったんで」

「……あんた、「こっち」に来る時は、いつも辛気臭い顔してるわねぇ」

「………」

「それじゃ、はい、これ」

夕呼先生が、大体100枚強の紙の束をオレに手渡す。

「……結構、ありますね」

「おかげで刷るのが大変だったわよ。印刷機、紙は詰まるし無くなるし、おまけにトナーは切れるし、教頭のハゲに文句は言われるしさあ」

「……私用で使ったからでしょ、それは」

「見てよ、この枚数。5万枚よ、5万枚。まあ、刷るのは全部、「こっち」の白銀にやらせたからいいけどね」

「は?」

「当然でしょ? そもそも「白銀あんた」の問題なんだからさぁ」

………あー、そう言えば、そんなことがやった『記憶』がある。あれはそう言うことだったのか。辛い思い出だけど、知らずに「あっち」の世界に貢献してたんだなあ。……やっと報われた気がする。

「……けど、先生? そっちの紙の束は持って行かなくても良いんですか?」

夕呼先生の背後にある紙の山、いや山脈を指し示しながら訊く。

「ん? ああ、こっちは別件だから」

……オレの手にあるのは100枚強。つまり、残りの4万9000枚程は、本当の意味での私用。……すまん、「オレ」。辛い思いをさせたな。

「………ところで、白銀? 今のあんたの「状態」に関する考察、まとめておいたけど、聞きたい?」

「!! ……はい。聞かせて下さい」

「その前に、ちょっとした確認をさせて貰うわ。白銀、今回はどれくらい、「こっち」に居られるの?」

「多分、前回と同じくらいです」

「そ。なら、時間的には大丈夫そうね。それじゃ白銀、今からこのモニターにあんたのクラスが映し出されるから、見てちょうだい」

デスクの上に置かれたモニターを指し示しながら、そんな事を言う先生。

「? 映し出されるって、何でそんな事が?」

「スピーカーのとこに、小型のカメラを置いてあるからよ」

「……盗撮って、犯罪じゃありませんでした?」

「別にお宝映像、撮ってる訳じゃないんだし。……それともお宝映像、要る?」

「要りませんよ。で、なんでオレにクラスの様子なんか、見せるんです?」

正直、「オレ」を見ると「あの感覚」を思い出すから遠慮したいんだけど、先生の真剣な様子から、断る訳にはいかなさそうだ。

「前にも言ったでしょ? 判断材料が少なすぎるって。……ほら、映ったわよ」

先生に促されて、モニターに映ったクラスの様子を見るオレ。教壇には、「こっち」のまりもが――

――偶然、まりもちゃんがストーカーに絡まれる現場に出くわすオレ――成り行きで、オレが恋人を演じる事に――演技での付き合いの中で、互いを深く知っていくオレとまりもちゃん――逆ギレしたストーカーが、まりもちゃんを襲う――間一髪、まりもちゃんを襲う凶刃を自分の体で受け止めるオレ――意識を取り戻した時に、初めに見たまりもちゃんの泣き顔――演技ではなく本物の恋人になるオレとまりも――そして、卒業式の夜、まりもの部屋で繋がる心と体――

「………え?」

机に座り、授業を聞いている「こっち」の冥夜、千鶴、慧、壬姫、柏木――

――温泉旅行、鍾乳洞で聞いた冥夜の本音――ようやく思い出した『約束』――校舎裏の丘での選択――乗り込んだ、御剣本邸。そして、式場――屋根の上で交わした『約束』――そして、落ちた部屋に用意されてたベッドの上で、繋がる心と体――

――球技大会で起こった事故――そこから狂い出した千鶴の評価――追い込まれていく千鶴――その中で知った規則に拘る理由と、母親との関係――自棄になっていた千鶴を、寸での所で捕まえた――生徒指導室の告白――そして、放課後の教室で繋がる心と体――

――球技大会で起こった事故――その関係で行った隣町の病院――そこで知った慧の過去と、沙霧尚哉との関係――『タケル』を助ける為に、車に轢かれるオレ――病院の屋上で沙霧尚哉に慧は渡さないと宣言した――そして、真夜中の病室で繋がる心と体――

――親の因縁からやる事になった弓道勝負――あがり性克服の為の放課後の特訓――上がらない成果に擦れ違う、オレと壬姫――だけど、お互い諦めなかった――訪れる勝負の日――最高の結果に終わった――そして、互いの想いを伝え合い、放課後の弓道場で繋がる心と体――

――偶然、柏木が元彼に絡まれている現場に出くわすオレ――成り行きで、オレが恋人を演じる事に――演技での付き合いの中で、互いを深く知って、惹かれていくオレと晴子――逆ギレした元彼が、仲間を連れてオレと晴子を襲う――晴子をかばう事しか出来ないオレ――冥夜達に助けられて、目覚めた病院――泣きながら謝るハルに想いを伝える――そして、真夜中の病室で繋がる心と体――

「――――ッ!!!」


記憶が、想いが、怒涛のように噴出した/溢れた/爆発して、言葉が出ない。

「……その反応、あたしの考察の裏付けが取れたわね」

「……う、裏付け? ど、どういう事、ですか、先生?」

「先ず、これでも飲んで落ち着きなさい」

そう言って、先生はビーカーに淹れたお茶をオレに差し出してくれた。

「……頂きます」

「あっち」の合成のお茶とは比べ物にならない美味さに、心が少し落ち着く。そして、お茶を飲み終わったオレは先生に先を促す。

「……続けて下さい、先生」

「……ええ。白銀、今のあんたは、生物学的には間違いなく人間だけど、「因果律量子論」的には、正常な「白銀武そんざい」とは言えない。前にあんたが「こっちの白銀」を見た時に感じた感覚が、それを示してる。……白銀、今のあんたはね、『因果情報集積統合体』とでも言うべき存在だと推測されるわ」

「――い、因果情報集積統合体?」

「世界が安定を好む事は、「あっち」のあたしが話したわね。……もし、「あっち」の世界に、「こっちの白銀」を、丸ごと持って行った場合、世界の欠損が大きい分、その引き戻そうとする力は強力よ。だから、あんたを「あっち」に呼び込んだ原因は、最適な手段を取った。
欠損が大きい程に引き戻す力が強力なら、その欠損を小さくすればいい。そして複数の並行世界から、「白銀武」を構成する因果情報の部分を集積し統合する事で、新しい別個の「白銀武」を製造した。
……白銀、今、いくつかの『記憶』が再生されたでしょ? その一個の人間が持ち得ない、並存するはずのない『記憶』が、あんたが「因果情報集積統合体」である理由よ」

「―――」

……ハハッ、覚悟を決めてたはずだけど、やっぱりショックだ。……オレは、まともな「人間そんざい」じゃないんだな。
けど、例えそうであっても、……オレはここに居る。確かに生きているんだ。誰も、その事実を否定する事は、「無い」事にはできない!

「……それと、白銀。あんたはもう一つ、別の存在でもあると推測されるわ」

「!? ……も、もう一つって、この上、まだ何かあるんですか!?」

「……もう止める? それとも、……続ける?」

「――続けて下さい」

「……あんたは、「あっち」の世界でも、本来並存するはずのない『記憶』を持っている。「あっち」のあたしは、その原因に「並行世界から流入」と「繰り返し」の二つを挙げていたわ。けど、この二つの内、「並行世界からの流入」は在り得ないわ。なぜなら、流入する並行世界の『記憶』の受け皿が、あんたには無いからよ。
因果と言うのは事象の原因と結果。原因が先で結果が後、その逆は絶対に在り得ない。それが因果律。つまり、あんたが『記憶』として得られる事象は、あんたが実際に経験してきたもの だけ。
ここから導き出される結論は、「あっち」は「繰り返しループ」していると言う事。……しかも、白銀、あんたを起点としてね」

「―――!? オ、オレが起点って、どういう事ですか!?」

「『記憶』が確かなら、あんたは死んだら、「10月22日はじまりの日」に戻ってるわ。……世界はね、巨大ではあるけど閉じたものなの。あんたが死んだら、過去に戻る。それはつまり、あんたを起点に「あっち」の世界が「繰り返しループ」をしている事に他ならないわ。
……白銀、あんたはね、本来、因果情報を導くものである『世界の記憶』に代わって、「あっち」の世界の因果を導く存在、『因果導体』でもあるのよ」

「―――い、因果導体?」

「あんたが、「あっち」の世界が本来辿る筈の因果の流れを変えている事、「世界」を渡るなんて事が出来るのも、因果導体である事の根拠になるわね。
……因果導体である事は、あんたにとってプラス面とマイナス面があるわ。プラス面は「あっち」の「未来」を変えられる事、マイナス面はあんたが因果導体である限り、「あっち」は「繰り返しループ」を続け、……「未来」に進む事は無いわ」

「!!? ……そ、そんな、じゃあ、「数式」を「あっち」に持って行って、BETAをブッ倒しても意味が無いんですか!?」

「そこまでは言わないわよ。……ただ、あんたは、自分を因果導体にした原因を探さなければならない。本当の意味で、「あっち」の世界の「未来」を望むならね」

「……じ、じゃあどうやって、その原因を探せばいいんですか!?」

「……あんたが『記憶』を得る過程から推測すれば、原因と遭遇した時、…………あんたは『全て』を知る事になるわ。あたしが言える手がかりは、これくらいのものよ」

「………………」

「……ショックよね。…………知らないほうが、良かった?」

「……いえ。オレの、自分の事から、いつまでも逃げる事なんてできないですから」

「………理解はしてんのね」

「………先生?」

「あたしが、あんたに言える事、出来る事はもう無いわ。……あんたは時間までここに居なさい。あたしは、職員室で次の授業の準備でもしとくから」

「…………ありがとうございます、先生」

先生から聞かされた話はショックがデカくて、正直、一人になりたかった。……先生の優しさに感謝だ。
けど、そのせいでオレは聞き逃していた。……物理準備室を出て行く先生が零した呟きを。

「………礼なんて、言ってんじゃないわよ」


物理準備室を出た夕呼の足取りは荒かった。不機嫌さを隠そうともしない。今、夕呼の前に立つ者は、須らく道を譲るに違いない。そう確信させる程に、彼女は憤っていた。……己の無力さに。
武に話したのは、彼女の考察の全てではない。どうして言えようか。理不尽で巨大な力に成す術も無く翻弄され、それでも必死に抗い足掻きながら、「未来」を手にしようとしている武に、その結末が自身の「■■」であるなどと。
いや、武もその事を、本当は理解はしているのだろう。けど、受け容れられない。それも当然だ。自分の「■■」を簡単に受け容れられる者など居ないだろう。けれど、武はその事と向かい合わなければならないのだ。武が「未来」を望んでいる以上。
自分の望みと自分の「■■」が同一になっている事。……武がそれを知った時、武は正気でいられるだろうか? 今と同じように、前に進めるだろうか? いやそれ以前に、『全て』を知った時、武は……。

「……最悪の気分だわ」

わかっているのに、何もしてやれない。そして、何よりも気に食わないのは、後1時間もすれば、この最悪の気分を忘れてしまう事。……天才である自分が、心血を注いだ研究が、ただの一人を救う事ができない「事実」を。
「世界」を渡る武に、「世界」を渡れない自分が出来る事など、もう無い。……彼女に出来たのは、「数式」にほんの少し別の物を混ぜて、「あっち」の自分に丸投げする事くらいだった。

「……後はまかせたわよ、「あたし」」

そして夕呼は、今日まりもと二人、飲みに行こうと決める。この最悪の気分は忘れてしまうけど、それでも、今日はとことんまで飲みたかったから――


「向こう」から帰って来て「数式」を渡した時の夕呼先生の反応は、胸を押し付けるように抱き付いてきた上に、キスの雨まで降らすと言う熱烈なものだった。……男全開とか言わんで下さいよ。
とにかく、これで先生の研究が、『00ユニット』が完成して、オルタネイティヴ4が動き出し、5の発動を阻止できる。……ようやく「未来」への道が開いた。オレは、やったんだ!
その後、事情を知っている霞と二人で、特殊任務完了って名目でささやかなお祝いをした。……脳みそ部屋でだけど。
まだやらなきゃ行けない事は、山のようにある。……けど、今日くらいは、良いよな?


――2001年12月9日(日)

――ユサユサ

「……ん?」
「おはよう」

「ああ、おはよう、霞。いつも悪いな」

霞は昨日でオレの部屋から、自分の部屋の戻ってる。……少し、寂しいのは内緒だ。

「さて、それじゃ、点呼を……」
「大丈夫」

「――え?」

「9時に講堂集合です」

「……講堂集合?」

……予定は聞かされていないけど、何があるんだろうか?

「……わかった。霞、飯はどうする?」

「今はいいです」

「そうか。じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

PXで飯を食って、適当に時間を潰してから、講堂に向かう。

「「……あ」」

「……よう、千鶴、壬姫」

講堂には、千鶴と壬姫の姿があった。……二人の間に流れる空気は、ギクシャクしていたけど。まあ、当然だ。そんなすぐに吹っ切れるような事じゃないからな。

「……おはよう、白銀」
「……お、おはよう、たけるさん!」

「おう。他のみんなは?」

「御剣さんと彩峰さんは、まだ来てないみたい。……鎧衣さんは」

「……大丈夫よ、きっと」

「……うん」

「そうだな。で、ここで何があるか、知ってるか?」

「知らないわ」

「……私もわからないです」

「……そうか」

……講堂か。入隊宣誓の時以外来た覚えが無い。一体、ここで何をするってんだ?

「――タケル、特殊任務はもう良いのか?」

冥夜が講堂に姿を現す。……冥夜もいつも通りって訳には行かないか。

「よう、冥夜。特殊任務は昨日で終わった」

「……そういえばそんな事してたんだっけ」
「……忘れてたね」

「おいおい」

「あ、彩峰さん!」

壬姫の声に入り口の方を見れば、確かに慧の姿が。

「よう、慧」

「……よう」

やっぱり、落ち込んでる。……沙霧さんの事、考えちまうんだろうな。

「……にしても、何の集まりだ?」

他に誰かが来る気配は無い。呼ばれたのは207小隊だけか?

「……見当もつかないの?」

声に振り向く。振り向いた先に居たのは、美琴だった。

「……美琴!?」

「……やあ、みんな」

「……鎧衣」
「……おかえりなさい」
「……よかった」
「戻ってきたんだね!!」

「……え? あっ、うん、ただいま! ……ありがとう、みんな」

美琴もオヤジさんの事で、色々辛いはずだ。それでも無理に笑ってる。
……くそ、こんな時、みんなにどんな言葉を掛ければ良いんだ? どんな言葉も気休めにしかならない気がする。

――バタンッ!!
「――気をつけ!」
「――小隊整れーつっ!」
「――――!!?」

扉が開く音共に、基地司令と階級章から大尉と思しき男とまりもが、講堂に入ってくる。

「ラダビノッド司令官に対し――敬礼っ!」

な、なんで基地司令が、……ま、まさか、オルタネイティヴ5!? バ、バカな、だって、オレは「数式」を回収して、「未来」を変えただろう? そんな、そんな事、ある筈がねえっ!!

「――休めっ! ……突然ではあるが、只今より、国連太平洋方面軍第11軍、横浜基地衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊解隊式を行う」

……えっ、あの大尉、解隊式って言ったか!? ……と言う事は。

「――基地司令訓示!」

オレ達の、任官の時が来たんだ!! 司令の訓示を聞きながら、オレは湧き上がる感慨を抑えきれない。

「――最後に、極めて異例な事ではあるが、諸君の任官に際しお言葉が寄せられている。日本帝国政威大将軍、煌武院悠陽殿下からの御祝辞、心して賜りたまえ」

「――――!!?」

そして、司令の口から伝えられた悠陽の言葉も、司令の訓示と同じくらい深くオレの心に刻み込まれる。

「……以上である」

「――気を付けぇっ! ラダビノッド司令に対し、敬礼っ!」

「引き続き、衛士徽章の授与を行う」

……これで、オレ達は正規兵に、衛士になったんだ。また一つ、「未来」への大きな山を越えたんだ!
それから、千鶴、冥夜、美琴、慧、壬姫、オレの順序で、銀の翼をあしらったパイロット章が、基地司令の手で胸に付けられる。

「――衛士徽章授与を終了する」

「……頑張りたまえ」

「――気を付けぇっ! ラダビノッド司令に対し、敬礼っ!
……以上を以て、国連太平洋方面第11軍、横浜基地衛士訓練学校、第207訓練小隊解隊式を終了する」

「――207衛士訓練小隊――――解散っ!!」
『――――ありがとうございましたっ!!』


……ここからだ。ここからが、本当の戦いなんだ。今まで、一度も立てなかった、スタートライン。……今度こそ、今度こそは、絶対に、「未来」を繋げてみせる!!
司令と一緒に講堂を出て行くまりもを見送りながら、決意を新たにする。

「――午後のスケジュールを伝える。新任少尉は13時00分に第7ブリーフィングルームへ集合。配属部隊の通達、軍服の支給方法、事務手続きの説明等が行われる予定である。――以上」

「――敬礼!」

敬礼の後に、大尉も講堂を出ていく。その瞬間、みんな、感極まった表情で集まる。

「……私たち……私たち……とうとう」

「……そうよ……国連軍の衛士に……なったのよ」

「……皆……良く耐えたな」

「……冥夜さんだって……みんながんばったよ! ねえ?」

「……鎧衣」

「そうですよ……みんなで……みんなで力を合わせたから」

「……そうだね」

「……みんな……ありがとう」

「千鶴さん……そんな……ボクこそ……みんなありがとう!」

「……ありがと」

「あり…が……うぅぅぁ」

「壬姫さん……嬉しい事なのに……泣くなんて……変」

「私からも言わせて欲しい……そなた達に心よりの感謝を」

……今回の任官には、色々な思惑が絡み合ってるのかも知れない。けれど、最後にこうして素直な気持ちで向き合えたんだ。……今はそれでいい。
……けど、これで、オレ達は離れ離れになるかも知れないんだ。配属先が違えば、……オレの手が、……届かない場所で……みんなが――

「たけるさん……ミキはぁ……ミキはぁ……うわぅぅぁぁぁ」

壬姫の泣き声で、オレの所に皆が来ていた事にようやく気付く。

「――!! …………お、おいおい壬姫、泣きすぎだろ?」

「だって……だってぇぇぇ……ううぁ」

「ははは、今までありがとう、壬姫」

「……う……うぁぁぁ」

「急な任官でビックリしたけど……タケル……今までホントにありがとう」

「オレも美琴には感謝してるよ」

「……また同じ部隊に配属されるといいね!」

「その時は宜しくな、美琴」

「…………」

「……慧」

「…………ありがとう」

「オレも、慧には感謝してる」

「…………元気でね」

「ああ。慧もな」

「……タケル」

「冥夜……色々と世話になったな」

「……何を言う……それは私の台詞だ」

「そんな事ねえさ……本当にありがとう」

「…………そなたは……立派な男だ……私は……そなたのように強くありたい」

「……よせよ……配属はわからないが……元気でな」

「ああ……そなたもな」

「……白銀……ありがとう」

「……千鶴」

「あなたの入隊は、私たちの大きな力になったわ……本当にありがとう」

「ありがとう、千鶴。……けど、ここまで来れたのはみんなの力だ。オレ一人の力なんて、そう大した事はねえさ」

「……そうね。だからこそ、あなたが入隊していなければ、207小隊全員が揃っていなかったら、……今日ここに立てなかった気がするわ」

「……ハハッ、やられた。そんな風に切り返してくるとは、思わなかった」

「……だから、ありがとう、白銀。今日、この日を迎えられたのは、あなたのおかげよ」
「私もそう思う。……タケル、そなたに心よりの感謝を」
「……本当に、感謝してる」
「うぅっ……た、たけるさん……あ、ありがとうございます」
「タケル、本当にありがとう!」

「…………そんなにオレに感謝してくれるんなら、一つ、『約束』してくれるか?」

……自分でわかる。今のオレには、湧き上がるものを抑える力が無い。続く言葉を押し止めたいけど、……止められない。

――脳裏を過ぎるのは、心が折れそうになり、魂が砕けそうに軋む情景。

――洋上で見る『S-11』の爆光/横浜基地から軌道上にある移民船へ向かう駆逐艦――

「……『約束』? 構わぬが、どう言ったものだ?」

「タケル、それって難しい事かな〜?」

「……難しくないさ。オマエらなら出来るって、信じられることだ」

「……白銀にそこまで言われたら、受ける以外ないわね」

「……やるよ」

「が、頑張ります」

「――――そうか。それじゃあ、『約束』してくれっ」

――――みっともねえ表情かおで、情けねえ弱音ことばを吐いちまうのを、止められねえんだ――――

『――――!!?』

「――――1週間、いや、1日でも良い。…………オレより、長く、生きてくれっ」



その身勝手で傲慢な、けれど祈りのような切なさが籠められた願いに、冥夜も、千鶴も、慧も、壬姫も、美琴も、言葉を失っていた。目の前に居る、彼女達が知る中で最も強い男が曝した、「弱さ」を目の当たりにして。
信じられなかった。想像もできなかった。……武がこのような「弱さ」を抱えているなど。彼女たちにとって、武は遥か遠く高みにいる者だったから。ならば、彼はその高みに、どうやって辿り着いたのか?
どれだけ声を嗄らして、手を伸ばそうとも届かなかった「過去きのう」を振り払う為に、死にもの狂いで駆け上がった。身を裂くような怒りを、心を折りそうな悲しみを、魂を砕くような絶望を踏み越えて、その果てに到ってしまった高み。
彼女達には見えていなかった。そこは遠く高く、武の背中すら霞んでいて、だから、彼がそこでどれだけの傷を負って、どんな表情で立っているのか、判らなかったのだ。
だが今、ようやくわかった気がした。武はいつ倒れてもおかしくないほどの満身創痍で、そして、自分達の前で見せた縋る物が無ければ生きていけないかのような弱々しい表情で、高みに孤り立っているのだと。

『………………』

……何を言えば良いのかが解らない。だが、何かを言わなければ、武はそのまま倒れてしまいそうで、けれど、この『約束』は安易に受けられるものではないから、講堂はしばし沈黙に支配される。
そして、意を決したように千鶴が一歩前に進み出て、口を開いた。

「………白銀、いえ、。あなたの『約束』、受けるわ」

『!!?』

千鶴の言葉に皆が驚く。

「……だから、私達を長生きさせたかったら、あなたも長く生きて!」

その千鶴の言葉に、冥夜、慧、壬姫、美琴も弾かれたように続く。

「!! ……そうだ、タケル。 私達はそなたの『約束』を全力で全うしよう。その為には、そなたが生きていなければ、話にならんぞ?」
「……一方的な『約束』はダメ。……私たちを生かしたいなら、武も生きて」
「たけるさん、ミキも、『約束』を守るために、頑張ります! だ、だから、たけるさんも、頑張って生きて下さい!」
「タケル、その『約束』、ボクも、絶対守るから! だから、タケルも、長生きするって『約束』してよ!」

武の『約束』を逆手に取った、彼女達の武の「生」を望む言葉に、武の心に「生きる」意志ちからが戻ってくる。

「……そうだな。オレだけが『約束』守って貰うってのは、フェアじゃねえよな。……『約束』守って貰う代わりに、オレも長生きするって、『約束』するよ。……覚悟しろよ、みんな? しわくちゃの婆になるまで長生きして貰うからな?」

「………その時は、武はボケ爺」

「んだとっ!? って言うか、オレはボケるって決定済みなのかよ!?」

『アハハハハ』

武がいつもの調子を取り戻した事に、一先ず安堵する彼女たちは、心の中で一つの誓いを立てていた。
武の立つ高みに、自分達も一刻も早く立って、倒れそうなほど弱っていながらなお、強くあろうとする武を支えると言う、自分達が心の底から成し遂げたいと思った誓いを――

「……さあ、みんな、そろそろ行こうぜ。13時までにメシも済ませないとな。……それに、まだやり残してる事があるしな」

武はそう言った後、講堂の出口へと向かい、それにみんな続いた。


講堂を出たオレ達を待っていたのは、まりもだった。千鶴、冥夜、美琴、慧、壬姫の順に感謝と任官の祝いの言葉を交わしていく。そして、オレの番が来た。

「神宮司軍曹……今までありがとう」

「ご昇任おめでとうございます、少尉殿! 武運長久をお祈り致しております!」

「軍曹の錬成を受けた事を生涯誇りに思う。今オレがこうしているのも、軍曹のおかげだ」

「光栄です、少尉殿。ですが少尉殿は元より傑物でした。私は何も益しておりません」

……それは違うんだよ、まりも。オレは、いつもまりもに鍛え上げられたんだ。まりもに、護られていたんだ。
だから、今度はオレがまりもを、みんなを護るよ。……まりもが、みんなが呉れた力で!

「――軍曹の尽力に、感謝している!」

「ありがとうございます、少尉」

――こうして、オレ達、207訓練小隊は、本当に解隊した。


午後から配属部隊の通達、軍服の支給方法、事務手続きの説明等が、第7ブリーフィングルームで行われた。
オレ達の配属先は全員揃って、司令部直轄の特殊任務部隊、A-01部隊だった。正式配属は明日、12月10日午前0時からだ。……司令部直轄って事は、要は夕呼先生の直下って事だろう。……後で、夕呼先生にお礼言っておかなきゃな。
この日の夕食は、任官パーティって事で、久し振りの賑やかな食事になった。そして、この後、夕呼先生にオレを言いに行った。

「――お礼にはまだ早いわ。ここからが始まりなのよ」

「はい! ……それでも、ありがとうございます。アイツらも同じ部隊に配属してくれて」

「……元々、A-01に配属させるつもりだったんだから、意味の無いお礼よ、それ」

「……そうなんですか?」

「わかった? なら、もう戻りなさい。あたし、忙しいのよ。――「00ユニット」の完成が目前だから」

「あっ、すいませんでした。それじゃあ、失礼します」

「はいはい」

しっしっと、犬ネコを追い払うように手を振る夕呼先生。……「数式」を手に入れてから、オレの扱いがおざなりになってる気がするけど、気のせいだろうか? ……気のせいと言う事にしとこう。

「そう言えば、「00ユニット」って、後どれくらいで完成するんですか?」

「……この調子で行けば、後2日ほどで「00ユニット」が完成するわ」

「そ、そうなんですか!? 「00ユニット」の完成、楽しみにしてます!」

「…………ええ」

そして、オレは自室に戻った。………何も知らないまま。

――――「邂逅」の時は、もうすぐそこまで来ていた。


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