マブラヴ 未来への咆哮 episode:14 「迫る牙(愛国者)」 <向日葵さん>
「CPから207各機、06を中心に円壱型陣形で全周警戒。別命を待て」
砲火の音が、遠雷のように耳に届く。……近付いているな。グズグズしてられねえ。悠陽と二人、『武』のコクピットに搭乗する。
意外だったのは、斯衛の月詠さん達も悠陽が『武』に乗る事に、特に何も言わなかった事だ。……オレの腕を信用してくれてんのかな?
「この簡易固定ジャケットの装着をお願いします」
「この4点式ハーネスを使うのですね」
オレが渡した固定ジャケットを装着する悠陽。結構、手慣れてるよな。まあ、確か、戦術機の操縦訓練を受けてる筈だから、当然か。
「あと、この酔い止めを飲んで下さい」
「スコポラミン、加速病対策ですね」
「強化装備無しじゃ、気休めみたいな物ですけど」
「いえ、そなたの心遣いに感謝を」
悠陽が錠剤を飲んですぐ、まりもからの通信が入る。
「――CPより207各機。状況を説明する」
「スイマセン。ブリーフィングなので、しばらく黙ります」
「白銀、私にも聞こえるようにして下さい」
「……分かりました。ヘッドセットが無いので音声だけになってしまいますが」
「構いません」
そして、まりもから現在の状況と作戦の行動指針が伝えられる。
10分程前、帝国厚木基地と小田原西インターチェンジ跡のHQからの通信が途絶。現在地から二山向こうの明神ヶ岳山中で帝国軍部隊が敵と交戦中。敵主力は、東名高速自動車道跡と小田原厚木道路跡の2手に分かれ進撃。
対するオレ達は、熱海新道跡から伊豆スカイライン跡に入り南下。途中合流を予定している米軍第108戦術機甲大隊の協力を受け、追跡してくる敵部隊をかわし、山間部が最も狭く、オレ達の頭を押さえられる唯一のポイントである冷川料金所跡を抜け、遠笠山付近で山間部に入りそのまま下田市に抜けて、白浜海岸で横浜基地所属の第11艦隊と合流し、海路で横浜基地に帰還すると言うのが、脱出プランだ。
でも、急ごしらえとは言え、楽観的な作戦だ。オレ達が先に突破出来なきゃ、お話にもならない。けど、代案がある訳じゃない。先に突破しなければならないなら、先に突破すれば良いだけだ!
「厳しい状況ですね。……私が不甲斐ないばかりに」
「……必ず、殿下を横浜基地に送り届けます」
「……頼みます、白銀」
「進撃隊形は06を中心に楔参型だ。両側面と後方を厚く取る。さらに斯衛第19独立小隊が鎚壱型で後方を固めてくれる」
「……第19独立小隊?」
「臨時政府が国連軍受け入れに際し、提示した絶対条件は、殿下の安全な保護だ。つまり本作戦の最優先目標は、煌武院殿下を無事に横浜基地にお連れする事である。従って06の安全を最優先とする。なお支援車輌部隊は攪乱任務のため、熱海峠から135号線に向かう。――白銀」
「はい」
「……貴様は、どんな犠牲を払ってでも、必ず殿下を横浜基地へお送りするのだ。いいな!」
「……了解」
……「犠牲」か。つまり、隊の誰かが死ぬかもしれないって事だ。……そんな事、させるものかよっ!! その為にも、一刻も早く悠陽を連れて横浜基地へっ!!
「この任務に携わる事は、国連軍の兵士であり日本人でもある我々にとって、この上もない名誉である。各自の奮闘に期待する。――以上!」
「……本当に、面倒をかけます」
「……もうすぐ、発進します。オレに寄りかかって良いですから、少しでも楽な姿勢を取って下さい」
「そなたの気遣い、感謝します。ですが、多くの将兵が今も命を賭している時に、どうして私が楽をできましょうか」
「……殿下は、クーデターが起きてから、一睡もしてないんじゃありませんか?」
「!? ……白銀、何故、そう思うのです?」
「何となく。でも、当りみたいですね。……殿下、強化装備無しの状況じゃ、実戦機動にスコポラミンだけじゃ心許ないです。少しでも殿下の負担が軽い方が、脱出もスムーズに行きます。それに、今の殿下は「荷物」なんです。運送屋に逆らうのはナシですよ」
「……私が、「荷物」ですか。……フフッ、確かに白銀の言う通りですね。分かりました。白銀の言う通りにしましょう」
オレの無礼な物言いに気分を害した様子もなく、そう言ってから力を抜き、オレに体を預けて来る悠陽。……これでほんの少しでも、悠陽に掛かる負担が減れば良いけど。
「――207戦術機甲小隊、全機発進っ!!」
オレは「戦場」の気配を肌で感じながら、『武』を発進させる。――初めての「人間同士」の「戦場」に向かって。
――伊豆スカイライン跡、山伏峠付近
「05珠瀬! 離れすぎよ!」
「やってます!」
「帝国軍が突破されたよ!」
「狼狽えるな! 後方は斯衛が固めている!」
「00から各機! 落ち着いて隊形を維持しろっ!」
くそ! あれだけいた帝国軍をもう、突破してきやがったのか!?
「――06! 速度をもっと上げられないのっ!?」
「殿下は簡易ベルトだ。これ以上は体力的に無理――」
「構いません、白銀。速度をお上げなさい」
……いくら酔い止め飲んだからって、30分以上、実戦機動で揺られっ放しのくせに、どうしてそんな力のある眼ができんだよっ!? ……くそっ!!
「……分かりました! 06より各機、次の谷を噴射跳躍でショートカット」
そして、全機が噴射跳躍で谷を越えた瞬間、オレの「感覚」が、誰よりも早く稜線の向こうから来る敵を捉える。
「――4時方向より敵が来るぞ!」
「!! ――全機兵器使用自由ッ! 各個の判断で応戦! 06の生存を最優先せよっ! ただし!! 無闇にこちらから仕掛けるな! 向こうは迂闊に手出しできないはずだ」
『――了解っ!!』
オレの『天眼』の事を知ってるからか、皆は混乱も少なく瞬時に態勢を整える。だが、追いつかれたって事は、ここから「殺し合い」になるって事だ。
「――国連軍及び斯衛部隊の指揮官に告ぐ。我に攻撃の意図非ず。繰り返す、攻撃の意図非ず」
併走している敵が、オープンチャンネルでコールして来てる。
「――直ちに停止されたし。貴官らの行為は、我が日本国主権の重大な侵害である」
本気で攻撃してくる気配は、どうも無さそうだ。ここに悠陽が居る事を掴んでるって訳だ。……どうにかして突破して、!?
「――正面にも、部隊!!」
――頭を押さえられたっ!!? 万事休すかっ!? クソッ!! 人を、「戦友」になるかも知れない人達を、殺さなきゃ、いけないのかっ!!?
そして、正面の部隊から銃撃が開始される。……オレ達に併走する敵部隊に向けて。
「――こちらは米国陸軍第66戦術機甲大隊」
正面の部隊からの通信が入る。つまり正面の部隊は米軍かっ!?
「――速度を落とすんじゃない! 早く行け!」
「――ここは任せろっ!」
「――207リーダー了解!」
「作戦に変更は無い。安心して行け」
「207各機、隊形を維持し最大戦闘速度!」
『――了解っ!!』
そして、オレ達は後方の戦火を振り切るように先を進む。
「……ふぅ」
……米軍のおかげで助かったな。けど、敵の動きがこっちの予想以上だ。この速度じゃ冷川料金所跡に着く頃には、先回りされてる可能性が高い。どうすればいい?
「……白銀、大丈夫ですか? 顔色が優れませんよ」
「――大丈夫です」
……迂闊だぜ、オレ。顔に出しちまってたか。
「……そうですか。では私に構わず、速度を上げるがよい」
「……はい」
……悠陽だって本当はキツい筈なのに、平静を装わせて、あげく気まで遣わせて。……チクショウ、なんて情けないんだ、オレはっ! けど、今は先に進むしかないんだっ!
「……ところで白銀。この部隊に随伴している斯衛の指揮官は、月詠真那中尉でありましょうか?」
「……そうですけど?」
どうしたんだ、突然?
「先程の無線で、第19独立小隊の名を聞きました」
月詠さんがどうしたって、……そう言うことか。
「……だとすれば、おかしいですね。……白銀、そなたに尋ねたい事があ――」
「――207戦術機甲小隊に告ぐ。私は米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官ウォーケン少佐だ」
悠陽の言葉の途中で、米軍の指揮官から通信が入る。
「ちょっと、すいません」
「いえ。気にせずとも良い」
「現在我がA中隊が時間を稼いでるが、彼我の戦力差を考えれば楽観できる状況ではない。我々は亀石峠で諸君らの到着を待つ。到着次第、補給作業を開始する。可及的速やかに合流せよ。以上だ」
……ウォーケン少佐って人の言う通り、今は急ぐ事しか出来る事は無え、か。
「……すみません。米軍の指揮官から合流地点の指示が。で、何でしたっけ?」
「……いえ、よいのです。米国軍衛士達の生命が係っていましょう。先をお急ぎなさい」
「はい。……06より207各機、亀石峠まで連続噴射跳躍で行く! 500刻みだ!」
「――00了解。各機500刻みでリンク、タイミングは06に同調」
「――行きます!」
そしてオレ達は、合流地点である亀石峠に向け、連続噴射跳躍を開始した。
――伊豆スカイライン跡、亀石峠
「――すみません。補給中ぐらい外に出れると良かったんですが」
「構いません。気遣いは無用です」
そうは言っても、流石に顔色が悪い。強化装備無しで、噴射跳躍と着地の繰り返しじゃあ、無理もねえよ。けど、酔い止めは、さっきの3錠が1日の安全服用限度だ。もうこれ以上飲ませられねえ。
「「………」」
……そう言えば、冥夜と「天元山」で、こんな風にコクピットに乗り込んだっけ。……さっき、聞こうとした事って、やっぱ冥夜の事なんだろうな。
「どうかしたのですか、白銀?」
「あ、何でもありません」
無言で注視してちゃ、そりゃ気になるよな。
「……もしやそなた、足が痛いのですか? 私がずっと腰掛けているのものですから」
「あ、全然大丈夫です。冥夜と同じで軽いから」
「冥、夜?」
あっ。……「天元山」での事思い出して、つい。う〜ん、双子だからって体重まで同じって事は無いだろうけど、こう安心できる重さって言うのは一緒だな。
「……白銀、そなたに尋ねたい事があるのです」
「はい、何でしょうか?」
「月詠中尉が随伴していると言う事は、そなたの部隊にも武御雷が配備されている筈なのですが……」
「紫の、武御雷ですよね?」
「はい。私の専用機でもあります。見当たらないようですが、何故でしょうか?」
「……あ〜〜、その、今回の作戦に、あの武御雷は、色々問題があるので……」
「あ、そ、そうですね。そ、そこまで、思い至りませんでした」
おおっ!? 不謹慎だけど、こんな風に慌てる悠陽はレアだ。
「…………コホン。白銀、そなた先程、冥夜と言う名を口にしましたね」
「あ、はい」
「冥夜が……御剣冥夜がこの部隊にいるのでしょう?」
「はい。……紫の武御雷には、訓練の時に乗ってますよ」
「!? ……それは真ですか?」
「ええ」
「……ですが、あの者が武御雷を、素直に受け取ったのですか?」
「……まあ、その、オレが、無理矢理乗せたようなものなんですけど。それでも、冥夜は自分で乗る事を選びましたよ」
「……そうですか」
柔らかく微笑む悠陽。オレの横槍が入ったとしても、贈り物って言うには少々仰々しい物だけど、冥夜が初めて受け取ってくれた事が嬉しいんだろうな。
「……時に白銀。あの者は、日頃どうなのですか?」
「普段の、冥夜ですか? ……そうですね、冥夜、いや、御剣訓練兵は、頑固、ちが、初志貫徹を重んじ――」
「フフフ、よい。今更、畏まるでない。そなたの話し易い言葉をお選びなさい」
「……スイマセン。冥夜は、頑固で堅苦しい所もありますが、強さの中に人に対する優しさを持っているので、隊内の信望も厚いです。責任感や使命感も強いし、全体の調和をすごく考えていて、一人で抱え込み過ぎじゃないかって心配になる事もあります。でも、そんな事は全然表に出さずに、自分に厳しくあろうとする冥夜を、……オレは尊敬しています」
……もう誰にも、伝える気の無い「想い」。けど、この胸に在る、あいつらへの「想い」が消える事は無い。……決して。
「……冥夜は本当に立派です。でも、もう少し自分に甘くても、仲間に頼っても良いと、そう思っています」
「……そうですか。白銀がそう感じるのであれば、あの者はそなたに相当甘えていますね」
「そ、そうですか? ……だとしたら、嬉しいんですけどね」
「私が聞き知る限り、あの者はそのような弱さを、人に気取られる事すら、良しとしない筈です。されど、そなたとこうして話をしていると、それも理解できるような気がします」
「……何でです?」
「鎧衣が言ったように、そなたが変わり者だからなのでしょう。フフフ」
「変わり者、ですか? ……そうかなあ? 「無礼」って事に関しては、才能みたいな物があるかもしれないけど」
って言うか、あの人に「変わり者」とか言われたくねえよな、うん。
「……フフフ、確かにそなたには、「無礼」の才能がありますね」
「……前、冥夜にも同じような事言われましたよ」
「まあ。……フフフ、本当に不思議な男ですね、そなたは」
「……鎧衣課長と同類、か」
うお、改めて口に出すと、ショックがデカイな、おい。
「……ところで白銀。そなたも私に訊きたい事があるのではないですか?」
悠陽がオレを真っ直ぐに見つめながら、問い掛けてくる。さすがに双子だよな。こういう時の眼差しは本当にソックリだ。
「……殿下と冥夜が姉妹、それも双子って事は知ってますよ。まあ、見た目もそうだけど、心根って言うのかな、それもこれだけソックリなんだから、気付かない方がどうかしてますよ、ホント」
……ホント、「未来」のオレは、どうかしてたとしか言いようがねえ。みんなが言うように鈍感なのかな、オレ?
「けど、二人が今みたいな「距離」のある関係になった理由は知りません。……殿下が話したくないのなら、聞くつもりもありませんし」
「……いえ、そなたには聞いて欲しいのです。そなたの言う通り、私とあの者は血を分けた双子です。古より、煌武院家には双子は世を分ける忌児だとする為来りがあるのです」
――御剣家では『双子は家を分ける』から縁起が悪いって言い伝えがあって、冥夜は養女に出されたんだって――
……そうだ。オレはこの事を、『BETAの居ない世界』で純夏から聞いてる。でも、なんで、そんな事を純夏は知ってたんだ? そして、オレは純夏に聞くまで、それを知らなかった? ……くそ、『記憶』が相変わらず断片的で分からねえ!
――……でもある時、事故でご両親とお姉さんは亡くなって、跡取りが冥夜だけになって……――
「――その為来りによって、あの者は生まれてすぐに、遠縁の御剣家に養子に出されたのです」
……そうだったんだ。『BETAの居ない世界』では死んでしまっていた冥夜の双子のお姉さんが、悠陽だったのか。生きていれば、悠陽が御剣財閥の当主だったんだな。
「ですから、あの者と私は……幼少の頃より、直接話をしたことも、一緒に遊んだ事もありません」
……それが、悠陽と冥夜の間にある「距離」感の正体って訳か。
「己が素性と関り無く生きてゆけたなら、それなりに平穏な暮らしを営む事もできたでしょう。……されどあの者には、幼少より事あらば私の身代わりになるよう教育がなされ、周囲も常にそう扱ってきたのです」
「……冥夜が、身代わり、ですか?」
「……冥夜と言う名は、あの者に刻まれた忌児であると言う証。……冥とは闇を意味し、私の名にある陽は日の光を意味します」
日の光と夜の闇、つまり、表と裏って事か。……胸糞悪い話だぜ。
「その生れ故、忌児として生家を追われ、身上を語る事を禁じられながら、――私の姉妹であるが故に、政の道具として扱われてきたのです」
「……政治の道具、つまり、国連軍に対する人質とかですか?」
「有体に言えばそうなりましょう。……情けない事ですが、私がそれをあの者に強いてしまっているのです」
……それは違う。そうじゃないから、沙霧さんはクーデターを起こしてまで、「道」を外してでも、将軍が蔑ろにされたり政治の道具にされてる現状を、どうにかしようとしてるんだろう?
「……私は、あの者を失望させたのかもしれませんね」
「それは、絶対ないですよ」
「……そうであればよいのですが」
「冥夜は、殿下の苦しみを誰よりも分かってますよ。……冥夜は今、決起した人達の志を理解しながら、その鎮圧を任務としている国連軍に、所属している自分の矛盾した立場に苦しんでいます。でも、冥夜が一番苦しんでいる事は、殿下が自分と似たような立場に立たされて、一人で苦しみを抱え込んでいる事だと思います」
「……私が?」
「殿下だって、決起軍の志と日本の為を想って動いてきた政治家の志、……どちらも理解できてるんじゃないですか? ……冥夜は、殿下の事をいつも考えていますよ。オレの保証なんで当てにならないかも知れないですけど、冥夜の気持ちは信じてやって下さい」
……冥夜は悠陽との絆を拠り所にしてる。会った事も、話した事も無い姉妹の絆を。口には出さないし、勿論態度にも出さないけど、悠陽との絆を支えに、色んな事を克服してるんだ。
教育されたからじゃない。命令された訳でもない。血を分けた姉である悠陽の「身代わり」としての宿命を、誇りを持って生き抜こうとしてる。
そんな冥夜が悠陽に失望するなんて在り得ねえ。そんな冥夜の想いをちゃんと伝えられないことが、もどかしい。
「……白銀、そなたに頼み事があります」
「何ですか?」
「これを……これを、あの者に渡して下さい」
そう言って悠陽が取り出したのは、手作りの古びた人形。……確かこの人形、悠陽がすごく大事にしてたヤツじゃなかったか?
「……これが、あの者と私が共に過ごした証なのです。……例えほんの数日でも」
……共に過ごした証。だからか、この人形をあんなに大事にしてたのは。
「此度、身の回りの品で持ち出せた唯一のものです」
「……オレが渡しても良いんですか?」
「……あの者が心許すそなたから渡して欲しいのです。そなたからであれば、きっとあの者も、快く受け取ってくれるでしょう」
「……殿下が、直接会って渡す事はできないんですか?」
「あの者に双子の姉など居りません。……そして将軍にも、双子の妹など居りません」
……悠陽なら、そう言うと思った。冥夜も悠陽も、自分の生れの宿命ってのを背負って生きて行く覚悟を決めてる。だから、ここから先は、俺が立ち入っていい領域じゃない。……けどよ。
「……分かりました。必ず冥夜に渡します」
「……お願いします」
「……けど、オレは知ってますから」
「白銀?」
「悠陽と冥夜って言う、お互いの事をすごく思い合ってる双子の姉妹が居る事を、オレは知ってますから」
オレはそんなこと納得出来ないから、悠陽と冥夜が双子の姉妹だって事を、絶対否定しねえ。
「……白銀、そなた」
「内心の自由は、日本の法律でも保障されてますよね?」
「……そなたは、本当に「無礼」の才能がありますね」
「一応、それが一番の才能って事になってます」
「フフフ、そなたは本当に変わってますね。……白銀、そなたに心よりの感謝を」
柔らかく微笑む悠陽。……いつか、「将軍」の肩書きなんか気にせず、悠陽と冥夜が姉妹として話して笑い合える、そんな「未来」があるかもしれない。
そんな「未来」の為にも、みんなで生き残るんだ!
――伊豆スカイライン跡、沢口付近
現在、ウォーケン少佐率いる第66戦術機甲大隊の指揮下に入った、オレ達207戦術機甲小隊と随伴の斯衛第19独立小隊は、下田に向け南下している。
「………」
悠陽は相当気分が悪そうだ。さっきから何も喋らなくなったし、脂汗も吹き出てる。酔い止めが効いててこれだ。ここまで来ると、オレに体を預けてるのなんて、気休めにもならねえ。
距離を稼げてるとは言っても、移動速度を落とす訳にはいかねえ。出来たとしても、現在の状況を考えれば、悠陽は絶対承知しないだろう。
「――ハンター1より各機」
!? 何だ、何が起こった!?
「旧三島市街、136号線跡を進軍してきたと見られる敵部隊が、冷川料金所跡周辺に到達した」
!? 冷川って、包囲突破の重要ポイントじゃねえか!! いくら何でも展開が早過ぎだろっ!?
「現在、第174戦術機甲大隊が交戦中と言う状況だ。全機現隊形を維持、最大戦闘速度で冷川を突破する」
!? 最大戦闘速度だとっ!? これ以上、速度を上げたら、悠陽の体が保たねえってのにっ!!
「174大隊が相手をしているのは、恐らく富士駐屯地の部隊だ」
「まさか! 富士教導団まで決起部隊に呼応して!?」
「実験開発部隊を擁する帝国軍の最精鋭部隊だ。174大隊が長時間持ち堪えられる保証は無い」
……なるほどな。富士の部隊がこの展開の早さの原因かよ。
「この状況から考えて富士の部隊がヤツらの切り札に違いない。だが逆に、我々が冷川を突破してしまえば、ヤツらに打つ手は無い、と言うことだ」
……ウォーケン少佐の言う通りだ。だったら、オレ達は冷川を突破する事に全力を尽くすだけだ。
「00から207各機。聞いていたな? ここからは時間との戦いだ。隊形、コースを維持。最大戦速」
『――了解っ!!』
「……白銀……私に……気を遣うで……ありませんよ……」
「……はい」
喋るのもキツいだろうに、……くそ! 今のオレは、操縦技術じゃ誰にも負けねえ自信がある。だってのに、悠陽が苦しんでる今、それが何の役にも立たねえなんて!
「ハンター1よりヒートリーダー。コース変更なし。繰り返す、コース変更なし」
「ヒートリーダー了解。早めに頼む」
「ハンター1了解。諸君に神の加護があらん事を」
……頼む、持ち堪えてくれよ。
「00から207各機。噴射跳躍のタイミングは06に同調」
『――了解っ!!』
モニター上には米軍がかなり押されてる戦況が表示されてる。
「ハンター1より各リーダー。隊形を20706を中心に縦壱型隊形。第207小隊は左側面、第19小隊は右側面で敵の突出に備えろ」
「「――了解」」
「尚、207各機はやむを得ない場合のみ応戦せよ。貴様等は脱出が最優先任務だ」
「――20700了解」
最大戦闘速度なのに、時間の流れがメチャクチャ遅くなった気がする。――間に合うかっ!?
「――ハンター1より各リーダー」
――決起部隊が料金所跡に取り付いた!! 頭を押さえられた!!
「敵が料金所跡に達した。だが将軍がこちらにある限り、敵は迂闊な手出しはできない。現隊形を維持し全速前進」
「「――了解」」
確かにどの機に悠陽が乗ってるかは、推測はできても特定はできないはずだ。決起軍が無傷で悠陽を確保する、一番安全で確実な方法は、オレ達を包囲して武装解除させる事だ。
なら、その隙を突いて、料金所跡を突破するだけだっ!!
「――ハンター9及びハンター13、諸君の中隊は先行し、敵包囲網の完成を阻止せよ」
「ハンター9了解」
「ハンター13了解」
F-22Aの中隊が先行していく。相変わらず、スゲエ巡航速度だな。勿論、『武』よりは遅いが、戦術機全般で見れば、トップクラスの巡航速度だ。
――ピピピッ、ピピピッ!!
「――なにっ!?」
警報にモニターに目をやれば、5時方向に敵機が現れた事を示してる。このままじゃ、包囲が完成しちまう!?
「ハンター1よりハンター5。君は2小隊を率いてここに留まり、追尾してくる敵部隊を叩け」
「――ハンター5了解」
F-22Aの3小隊での防衛線の再構築。これで米軍の直衛部隊は1小隊だけになっちまうが、突破が最優先の今の状況じゃ最善の手だ。
「ハンター1より各リーダー。このままのコースを維持し、中央を突破する」
「「――了解」」
……ここを、ここさえ突破すれば、………行っけぇぇぇぇっ!!!
――そして、息をするのも憚られぬような緊張した永い一瞬は、
「――全機隊形維持のまま最大戦速。このまま追跡部隊を引き離す」
オレ達が料金所跡を突破する事で、終わった。
「富士見台跡を通過後、匍匐飛行に移行。谷側に――」
これでもう、決起部隊がオレ達の頭を押さえるのは不可能になった。そして、匍匐飛行になれば悠陽への負担も軽くなる。いいぞ!
「殿下、もうすぐっ!?」
「ぅ………」
オレが声を掛けた瞬間、悠陽の首が力無く折れる。意識を、失ったっ!?
「――悠陽っ!!」
オレはすぐ『武』を自動操縦にして、回線を開く。
「――06から00! 06から00! 最優先処理の必要性を認む!! 06から00!」
「00より06。秘匿回線の使用を許可す」
「殿下が倒れられましたっ!! 即時停止を進言しますっ!!」
「なにっ!?」
「重度の加速度病です!」
「症状は!?」
「意識は朦朧、呼吸はやや乱れ、心拍は高めです!」
「嘔吐は!?」
「まだありません! とにかく即時停止を!!」
「――そのまま待て!」
クソッ、お伺い立ててる場合じゃねえんだよっ!! 何でだっ!? 何でこうなっちまうんだっ!?
「――ハンター1より部隊各機。約2マイル先の谷まで匍匐飛行で移動。高度制限は100フィートとする。到着後、06以外の各機は、散開して周囲の警戒に当たれ」
「……悠陽、頼む。もう少しだけ、頑張ってくれ!!」
「――続け!」
「――ハンター2ポジション確保」
「1901配置確保」
「20701ポジション確保」
「よし。各機指示あるまで全周警戒を維持せよ」
『――了解』
「白銀、殿下のご容態はどうだ?」
「依然変化はありません。むしろ先程より症状が重くなってます」
「バイタルデータはモニターできるか?」
「固定ジャケットの簡易データですが、転送します」
「……軍曹、訓練部隊のファストエイドキットは、国連E規定に準拠したものか?」
「はっ。米軍と同じものを使用しております」
「白銀訓練兵、スコポラミンはもう投与したのか?」
「箱根を出る前に、3錠、飲んで頂きました」
「……限界量のスコポラミンが効かない、か」
「少佐、早急に応急処置を施すべきと考えますが!」
「訓練兵、処置内容は?」
「ハーネスのテンションを緩め、可能な限り楽な姿勢を取らせるべきです。またハッチを開放し、外気に触れさせる事も、必要だと判断します」
「許可する。応急処置を実行に移せ」
「了解!」
「……はぁ……はぁ……」
「殿下、ハッチを開けます。ちょっと動きますが、我慢して下さい」
パネルを操作して、ハッチを開放する。それと同時に外の空気が流れ込んでくる。これで悠陽も少しは楽になるだろう。
「とは言え、少し寒いな」
冬の深夜、しかも山の中の空気は冷たい。……確か、サバイバルキットに防寒シートがあるはず。
「殿下、ベルトを緩めます。――失礼します」
「……はぁ……はぁ……」
ベルトを緩めて防寒シートをかけてから、オレに寄り掛からせる。……こんな事しか、今のオレに出来る事はねえのかよっ!?
「――白銀訓練兵」
「はい」
まりもと話をしていたウォーケン少佐がオレに声をかけてくる。
「殿下にトリアゾラムを投与しろ」
「………えっ?」
何だ? この人、今、何て言った?
「早くしろ。精神安定剤の投与は、重度加速度病に対する通常の処置だ」
「――お待ち下さい少佐! 殿下の症状と状況の好転から考えて、更なる投薬のリスクは不要ではないでしょうか?」
「――その通りです、少佐」
……月詠さん、やっぱり聞いてたのか。
「安静が確保できるのであれば問題ありませんが、この後も戦術機での移動が続く以上、トリアゾラムの投与は――」
「――中尉、本作戦において君はオブザーバーだ。通信の傍受は許可したが、発言する権利を許可した憶えはないぞ」
それでも、トリアゾラムを今の悠陽に投与しろなんて言われちゃ、黙ってられねえだろ。オレが月詠さんの立場でも割って入るぜ。
「睡眠導入効果が高いトリアゾラムは、同時に筋弛緩を引き起こします。睡眠状態出の嘔吐により、窒息死する可能性を看過する訳にはいきません」
「……なるほど、可能性は否定できない。だが、それはあくまで可能性の話だ――」
そして、ウォーケン少佐の悠陽にトリアゾラムを投与して、一刻も早く戦域を離脱する案と、月詠さんとまりもの悠陽の体力回復の為に休憩を取る案で、論議が繰り広げられる。
一介の訓練兵であるオレに口を挟む余地は、無い。……くそっ! この状況は、まるでオルタネイティヴ5が発動した時みたいだ。……また、オレは何も出来ないのかっ!?
「白銀訓練兵、何をしている。早くトリアゾラムを投与しろ」
「ならんぞ、白銀訓練兵。……少佐、休息時間の再考をお願いします」
……今の悠陽にトリアゾラムを投与するなんて冗談じゃねえ。けど、ウォーケン少佐の言葉も間違いじゃない。それは、月詠さんやまりもの言葉も同じだ。
けど、状況はウォーケン少佐に味方している。少しでもこの戦いでの被害を、犠牲を抑えるには、オレ達の一刻も早い戦域の離脱が最善なんだ。そして悠陽は、それを自分の命より優先しろって言うに違いない。……くそっ!! オレはどうすればいいっ!?
――……ゴ……ヒィ……ィンッ――
「!?」
そんな時、ウォーケン少佐と月詠さんの論議が続く中、オレはその音を耳に捉える。誰も気付いていないであろう、その空から響いてくる音を。
――……ゴオゥ……ヒィィ……ィィンッ――
「やめたまえ、中尉。時間稼ぎはもう充分だろう」
ウォーケン少佐と月詠さんの論議から展開した、月詠さんとまりもの論議を斬って捨てるウォーケン少佐。……けど、確かにウォーケン少佐の言う通りだ。時間稼ぎはもう必要なくなった!
「――少佐、現状でのトリアゾラムの投与が無意味になりました」
「!? 何を言っているのだ、貴様!?」
「――敵、空から来ますっ!!」
「な、何だとっ!?」
――ピピピッ、ピピピッ!!
――ゴオゥゥゥゥゥ、ヒィィィィィンッ――
上空からの轟音と共に、山の向こうから輸送機の編隊が姿を見せ、オレ達の居る谷を包囲する形で、搭載していた「不知火」30機を降下させていく。
「――空挺作戦だと!? ……馬鹿な、在り得んっ!!」
この状況で、BETAに撃墜される危険を冒して内陸を飛んで来ての空挺作戦なんて狂気の沙汰とも言える行動をするのは、悠陽を確保したい決起軍だけだ。
そして、そんな全滅も在り得る危険な作戦行動を決定できる度胸がある指揮官が、決起軍には居る。
「――国連軍指揮官に告ぐ」
――やっぱり、あんたなんだな、沙霧さんっ!!
「私は、本土防衛軍、帝都守備第1戦術機甲連隊所属の、沙霧尚哉である。我々の目的は戦闘ではない。繰り返す、直ちに戦闘行動を中止せよ……」
オレ達を包囲した30機、大隊規模の部隊から全回線通信で、沙霧さんが通告してくる。
―――戦いの夜は、未だ明けない。
|