マブラヴ 未来への咆哮 episode:13 「意思と願いの狭間にて」 <向日葵さん>
「可能性」は無限に在ると、よく言われる。だが、それは「未来」だけの話だ。
連綿と続く「過去」が、無限の「未来」から唯一つの「現在」を「選択」する。それは「世界」の「選択」であり、その「世界」の中で生きる者達により「選択」される「現実」だ。
「意思」によって「選択」されていく「現在」。「選択」されなかった「可能性」はあくまでも仮定でしかなく、「未来」を「変えた」と言う事を、誰も「知覚」する事は出来ない。
何故なら「世界」の中で生きる以上、「世界」を俯瞰することが出来る者は居らず、「未来」が変わった事を、「選択」された「現在」に変化が生じた事を知る事は誰にも出来ない。……唯一人、「世界」の枠から外れた者を除いて。
武は知っている。「未来」が変わった事を。「選択」された「現在」が異なっている事を。………その「現実」が、ただ、重い。
武は己の「意思」で、「世界」の状況に変化を生じさせた。自身が望む「未来」を求めて。だが、それは他の者も同様なのだ。誰もが己の望む「未来」を求めて、己の「意思」で唯一つの「現在」を「選択」していく。
武が変えたのは状況であって、他者の「意思」を操った訳ではない。いや、操れよう筈もない。それでも、状況を変えることが他者の「意思」に大きな影響を与えた事は疑いようも無く、武にとってみれば、他者の「現在」を弄くったも同然なのだ。
だからこそ、武は苦悩する。あんな「人類滅亡」を認める訳にはいかない。けれど、だからと言って「世界」を救う為に、誰かの「現在」を弄くっていいのか? オレなんかにそんな資格があるのか?と。……出口など無い堂々巡りが、武を苛む。
冥夜は、おそらく沙霧さん達、決起したクーデター部隊の心情を理解し共感している。冥夜の国と国民を想う気持ちと、根っこが同じだからだ。そして、その想いと自分の立場を始めとした「現実」との乖離に、苦しんでる。
それだけじゃない。将軍は、確か冥夜の「■子の■」だ。だから、冥夜は「■■」の心にも想いを馳せてる。そして、自分の力の無さを嘆いてるんだ。
千鶴は、親父さんの死を悲しんでる。「政治家」には、清濁併せ呑む器量が必要だ。けど、千鶴はその生真面目さから、親父さんの「濁」を許せなかった。だから、距離を置いちまった。
けど、オレは知ってる。千鶴は、本当は親父さんを深く尊敬して、愛していた。けど千鶴は今、その本音を、悲しいって気持ちを抑えてる。「軍人」だから。「分隊長」だから。
慧と沙霧さんの関係は知ってる。だから、慧は多分嘆いてる。このクーデターを沙霧さんが起こした事を。そして、自分がその事に対して何もできなかった事を。
慧はその後悔を胸に秘めて、このクーデターで奪われた命を、千鶴の親父さんの死も自分のせいにしちまう。それを背負って生きていこうとする。……誰にも本当の想いを明かさずに。
壬姫は、今回のクーデターに対する国連軍と米軍の介入に、オヤジさんが関わってる事に薄々勘付いてる。国連の世界情勢に於ける立ち位置を理解していれば、想像は容易いからだ。
壬姫は、オヤジさんを信じてる。けど、状況がその気持ちを揺るがしてる。その葛藤に、今、壬姫は苦しんでる。
美琴は、オヤジさんの、鎧衣課長の正体を知らない。だから、鎧衣課長がこのクーデターが起こり易いよう、色々やっていた事も知らない。もし知れば、美琴は自分を責めるだろう。
美琴は人の話をロクに聞かない奴だけど、仲間を想う気持ちは誰にも負けてない。実質は、自分もみんなと同じ「人質」だ。けど、それを知らない美琴にとっては、自分だけみんなとは違う立場で、それなのにみんなの力になれない自分を責めてる。
――分かってる。あいつらの背負ってる「想い」は分かってる。それなのに、あいつらに何もしてやれない。いや、今のオレには、出来そうもない。……その余裕がねえんだ――
そして今、オレは実戦装備をした『武』のコクピットに座り、音もなく降る雪の中、箱根の搭ヶ島離城に居る。
ブリーフィングの後、仙台臨時政府が珠瀬事務次官との会談の結果、国連軍の軍事的支援を正式に受け入れたことが公式発表された。この受け入れの絶対条件は、『将軍』殿下の安全と保護。これが、今後展開される全作戦の最優先事項となる。
そんな中、展開される米国軍第7艦隊と横浜基地の部隊の戦力バランス、任務の重要度などの様々な要件から、オレ達207分隊も出撃することが決定した。与えられた任務は後方警備。作戦区域を芦ノ湖南東岸一帯とした、搭ヶ島離城の警備がその任務内容だ。
更に、オレ達のこの任務に、月詠さん達、帝国斯衛軍第19独立警備小隊も随伴していた。
「………」
この任務では、まりもが戦術機で直接指揮を執ってる。その指揮下で、千鶴を分隊長にした、慧、美琴のA分隊、冥夜を分隊長とした、オレ、壬姫のB分隊の編成を組んでいる。
「……とうとう降ってきたな」
「……ああ」
周囲の警戒をしている中、冥夜が通信で声を掛けてくる。オレはそれに、殆ど空返事を返しちまう。
ここに来る途中、帝都で戦闘が始まった。冥夜もそのことが気になってるはずだ。それなのに、オレの様子がおかしい事を心配させちまってる。
だけど、オレは考えちまうんだ。……オレが変えちまった「現在」が、本当にオレが望む「未来」へと繋がっているのかと。
帝都奪還作戦の主力は、北関東絶対防衛線と第二次防衛線から抽出されたらしい。加えて、米軍を受け入れた横浜基地を包囲した部隊は、甲信越絶対防衛線から派遣されていた。このクーデターのせいで、防衛線はガタガタだ。
もし、今、佐渡島ハイヴから大規模な旅団規模のBETAが侵攻を開始したら? そして、横浜基地が陥落したら、どうなる?
人類の希望であるオルタネイティヴ4を、後方とは言え危険のある前線である日本、横浜基地で行う理由は、横浜基地でなければいけないからだ。そうでなければ、危険の少ない米大陸や豪州で計画を進めているのが普通だろう。
夕呼先生は言っていた。BETAの行動の予測は「誰」にも出来ないと。そう、オレも予測した訳じゃない。ただ「知って」いただけなんだ。だから、オレが変えてしまったこの「世界」で、今、佐渡島のBETAが侵攻を開始しないなんて、断言できねえ。
今、横浜基地が陥ちれば、オルタネイティヴ5の発動だ。そして、人類は滅亡――、止めろ! 考えるな! オレが何しようと「未来」は変わらないなんて、そんな事ある訳ねえ! ……ない筈なんだっ!
……BETAは侵攻なんてしない。それを、BETAの動きは『記憶』通りだと、信じるしかねえ。……「信じる」? ハハッ、なんだよ、そりゃ? 人間同士が戦ってる状況で、BETAを信じる? …………なんて皮肉だよ、クソッ!!!
「…………なあ、冥夜」
「どうした、タケル? ……っ!? 作戦中に勝手に秘匿回線を使ってまで、どうしたと言うのだ?」
…………考えても考えても『答え』が出ない。だからだろうか? オレは、しちゃいけない事を、したくなかった事を、しちまった。
「……自分がさ、「正しい」と、みんなの為になると信じてした事が、取り返しの付かない事を起こしちまって。……けど、それが誰にも償ったり贖ったり出来ないモノだとして、…………おまえなら、どうする?」
「―――」
オレが「重さ」に耐え切れず漏らしちまった「迷い」に、冥夜が息を呑むのが分かる。それで、気付く。オレがしでかした事を。
「わ、悪りい。い、今のは、忘れてくれ」
「待て、タケル!」
通信を切ろうとしたオレを、冥夜の真剣な声が押し止める。
「…………そなたが、何を背負い、何に苦悩しておるのか、私には解らぬ。いや、解ろう筈もない。それは、そなただけにしか解り得ぬ、そなただけのモノだからだ」
「………」
「……それでも、そなたの助けになりたいと、私はそう思うのだ。……私の言葉がそなたの迷いを払う助けとなれば良いが」
「……冥夜」
「……たとえ目的が同じでも、重んじる物が違えば、道が異なってしまう事もある。貫くべき譲れぬ信念が、同じ志を持つ者の袂を分けさせる事もあるだろう。己の信じる「正道」を往く道往きの中で、何かを踏み躙る事もあろう」
――冥夜の言葉は、オレが恐れている事、その物だった。
「なればこそ、決して目を逸らしてはならぬのだ。己の成した事から。己の成すべき事から。……必要なのは、償いや贖いなどではない。己の信じた「正道」を貫き、求める事を成し遂げる事なのだ。それを私に教えてくれたのは、タケル、他でもないそなただ」
「!!!」
冥夜の言葉が、オレの心を、魂を打つ。……くそ、情けねえ奴だよな、オレって。けど、冥夜にここまで言われて、迷ってる訳にはいかねえよな。
「…………ありがとうな、冥夜」
「気にするな、タケル。この程度では、そなたへの借り、まだまだ返しきれぬからな」
それは、こっちの台詞だぜ、冥夜。……オレには、冥夜だけじゃない、千鶴にも、慧にも、壬姫にも、美琴にも、まりもにも、返し切れないくらいのモノが、抱えきれないくらいたくさんあるんだ。……それを少しでも返す為にも、オレには、迷ってる余裕なんてねえだろ!!
「……長話に付き合せちまったな、冥夜。そろそろ回線、切るな。もうちょっとで定時連絡の時間だし」
「ああ、了解した」
「……冥夜」
「? なんだ、タケル?」
「おまえがオレの助けになりたいと思ってるのと同じくらい、オレもお前の助けになりたいと思ってる。……オレは情け無い奴だけどさ、頼ってくれると嬉しい」
「なっ、ななななななななっ!?」
「オレ達は仲間だろ。……一人で背負い込み過ぎんなよ?」
「………………そなたに感謝を。そなたの言葉通り、頼りにしているぞ、タケル。…………紛らわしい言い回しをしおって、このばか者っ!」
「んっ? 最後のほう、良く聞こえなかったけど、何て言ってたんだ?」
「……通信を終了する」
「冥夜?」
訝しむオレの目の前で、通信が切れる。最後、冥夜の眼が冷たかった気がするけど、気のせいか?
「…………ホント、ありがとうな、冥夜」
今は何も映していないウインドウに向けて、もう一度感謝の言葉を紡ぐ。迷いや不安が消えた訳じゃない。……けど、オレはもう目を逸らさない。自分がやらなきゃいけない事から、決して。
「……あの、たけるさん」
そこに壬姫からの通信が入る。
「壬姫、定時連絡か?」
「……はい」
「了解。こっちは異常なしだ。そっちは?」
「はい。……異常なしです」
……やっぱり、元気がないな。原因は、言わずもがな、か。
「……なあ、壬姫。オヤジさんは、オヤジさんなりに日本の、この世界の為に一生懸命やってる。それは間違いない」
「え? あ、は、はい」
「隊の誰もオヤジさんを責めちゃいないよ。世界の為に頑張ってるオヤジさんを、おまえは誇って良いんだ。な?」
「……はい、たけるさん」
「……まったく、おまえまで元気がないとオレまで滅入っちゃうよ。こう言う時こそさ、オレらだけでも明るく行こうぜ?」
「……えへへへ、そうですねぇ。……よかった。いつもの、たけるさんだぁ」
壬姫が多少ぎこちないながらも笑顔を浮かべる。今は、これでも上出来だろう。……すぐに切り替えるなんて、クーデターが収拾してからじゃないと無理だろうしな。
「じゃあオレ、冥夜に定時連絡を回すから。後でまたな、壬姫」
「はい、たけるさん」
壬姫との通信を切り、冥夜との通信を繋げる。
「冥夜。こっちは異常なしだ」
「了解。こちらも異常はない」
そして、オレ達は周囲の警戒をしながら任務を続行した。
「……け…るさん、たけるさん、起きて下さい」
「……ん。ああ、壬姫。交代の時間か?」
仮眠を取っていたオレは壬姫の声に意識を覚醒させる。
「はい。交代15分前です」
「了解。壬姫も遠慮無く仮眠取ってくれ」
「じゃあ、05珠瀬、2時2分より待機に入ります」
「了解」
……あ゛〜〜〜。とは言ったものの、まだ全身が少しダリい。……壬姫の休憩まで、あと15分。外の冷気に当たって目を醒ます位の時間はあるか。
「冥夜、壬姫」
「どうした?」「はい?」
「眠気覚ましに、ちょっと機体を離れる。バックアップ宜しく」
「分かった。だが、あまり離れるな。珠瀬の休憩に影響が出る」
「あ、ちょっとくらいなら、私、大丈夫ですよ」
「いや、すぐ戻るよ。ちょっとスッキリしたいだけだし。遠隔制御の二次優先は冥夜にしておく」
「了解」
「行ってらっしゃい」
『武』から降りて、雪が降る中を歩く。強化装備のおかげで寒くはないが、頭部にはビシビシ冷気が来てる。おかげで頭がスッキリした。
……ん? て言うか、冷気でスッキリしたいなら、強化装備の温度調整すれば良かったんだ。頭回ってねえな、オレ。
「……箱根か」
『記憶』を信じるなら、小学校の夏休みの林間学校で来て以来だな。……なあ、純夏。オレ、こんな形でもう一度箱根に来る事になるとは思いもしなかったよ。
「あと10分はあるな」
……せっかくだ。離城を近くで見ておくか。そうして、離城へと近付くオレの耳に、
――パキッ!!
枯れ枝を踏み折った音が届いた。すぐに近くの茂みの陰に音を立てないよう身を隠し、通信をする。
「こちら、06白銀。不審な物音を確認した。そちらで確認を頼む」
「こちら、02御剣。了解した。確認が取れるまで、その場に待機を」
「了解」
「………武装を所持していない事から、民間人と思われる2名の不審者を確認。身柄の確保を求む」
「了解」
さっさと身柄確保して、避難させないとな。それにしても、何でこんな所に民間人が? 不法帰還民か?
「――止まれっ!」
視界に捉えた人影に、銃を向けながら制止を呼び掛ける。
「なっ! ――銃を向けるとは何事です!」
「――ッ!? あ、こ、この搭ヶ島離城は、現在民間人の立ち入りが禁じられている第1種危険地帯です。あなた方は日本国民ですね?」
「控えなさい、無礼者!」
……何だ? オレは、このおばさんに会ったことがある?
「と、とにかく、ここから退去して頂かなければなりません。日本政府の担当官庁が引き受けに来るまで、あなた方の身柄は我々で保護します」
「おまえは帝国軍ではないのですね? 答えなさい!」
今はこのおばさんが、オレが「未来」で出会う人間かどうかはどうでも良い。思い出せない以上、それほどの繋がりは無い筈だし。
「06白銀よりバックアップ各機、不法帰還民と思わしき2名を確保」
「02了解。05狙撃態勢を維持」
「05了解」
「護送車両の手配はまだか?」
「戦況に変化があったらしい。CPは現在、対応を最優先処理中。指示を待て」
戦況が変化? 帝都でまた動きがあったのか?
「榊と私は今からCPに出頭する。バックアップは05に一任」
「05了解」
「……タケル、気を緩めるな?」
「06了解」
「答えなさいと言ってるでしょう!」
……何でか、このおばさんにはオレ、こうしてよく怒鳴られてた気がするなぁ。
「――ッ! あれはっ!」
と、その時、冥夜が操縦する「吹雪」がオレ達の上を跳び越えていく。……ん? 「武御雷」? 今の状況で、あの「武御雷」を国連軍が運用してたら、要らぬ火種になっちまうだろうが。だから冥夜は、今日は「吹雪」に搭乗してるって訳だ。
「あれは国連軍機です。あなた達に危害は加えません。作戦行動中ですので、これ以上は教えられませんが」
「無礼者! 何ですか、その――ッ」
「――おやめなさい」
侍■長のおばさんの怒声を、その後ろから聞こえた凛とした声が制止する。
「黒い強化装備は国連軍衛士の証、おそらく、この者は――」
おばさんの背後の暗がりから進み出てきた人間が誰か分かった瞬間、オレは息を呑んだ。
「――ゆ、悠陽」
そして、オレの中で、記憶が、想いが、怒涛のように噴出する/溢れる/爆発する。
――冥夜が移民船に乗り込んだ未来――「人類軍 日本帝国師団」に所属した折りに初めて出会う――共に半身を失った二人――故に惹かれ合い、深まっていく互いの想い。けれど、決して明かせぬ想い――託された紫の「武御雷」を駆り、「人類軍の紫雷」と呼ばれた――南米大陸撤退戦、オーストラリアへの避難船を護る為、圧倒的な戦力差の中、一歩も退かず戦い抜いた――そして、最期の通信にて、初めて名前を呼び合い、想いを告げ合った。永久の別れのその寸前に――
「こ、この無礼者! 畏れ多くも殿下を呼び捨てにするなど――」
「悠陽っ!!!」
「―――え?」
侍従長の言葉も耳に入らず、オレは胸にある想いのままに、強く強く悠陽を抱き締める。
「「………」」
悠陽も侍従長も全く予想していなかった事態に硬直する。
「――たけるさんっ!!」
壬姫の鋭い声に我を取り戻し、ようやく感じ取った気配に、悠陽を背に庇いながら銃を向ける。オレが向けた銃口の先に居たのは――
「――鎧衣課長!?」
この人には珍しく心底驚愕した表情の鎧衣課長、美琴のオヤジさんだった。
「――いやはや、私も少々変わり者の自覚はあるが、君には及ばないな、白銀武」
「……何で、鎧衣課長が、ここに? ……いや、帝都の戦況の変化って、そう言うことですか?」
「ふむ、流石は香月博士と言うべきかね? それとも、君に贈るべき賞賛かな?」
……確か、『記憶』の中で悠陽に聞いた事がある。帝都城地下に極秘建造された地下鉄があって、各地の鎮守府や城郭に繋がってるって話。二度と日本の土を踏めない状況だからこそ、話題に上った機密。
夕呼先生も知ってたんだな。だから、オレ達をここに。……「頼んだ」ってのは、こう言う事かよ。
「……ところで、白銀武。いいのかね? ……狙われているぞ?」
「は? ……って、05! 照準、オレに固定してるぞ!?」
「…………こちら、05。照準を修正。……ごめんなさい。ミキ、射撃が苦手だから」
何言ってんだ、極東一の狙撃兵っ!!?
「で、今度は私が狙われるか。はっはっはっ、36ミリチェーンガンで照準されると、さすがに生きた心地がしないねぇ。何とかして貰えないかな、白銀武」
「……06より05、この人は大丈夫だ」
「……05了解」
鎧衣課長の頭に付けられていたポインタが消える。これで、ようやく落ち着いて話が出来そうだ。
「……鎧衣、この者「鎧衣課長っ!! このとんでもない無礼者を、即刻討つのですっ!! 打ち首ですっ!! 切腹ですっ!! 磔の上、獄門ですっ!!」
悠陽の言葉を遮るくらい猛る侍従長。……まあ、当然の反応だよな。オレのやった事を冷静に鑑みれば。
「―――失礼」
「はうっ!!?」
極度の興奮状態で叫ぶ侍従長の背後に、音もなく鎧衣課長が回り込んだ瞬間、侍従長は奇声をあげ意識を失った。そして、鎧衣課長が侍従長を抱きかかえて、こちらに向き直る。
「時間がない事ですし、話を進めましょう。殿下、この者は、白銀と申しまして。おそらく、この星一の無礼な変わり者ですが、平に御容赦を」
そりゃ、日本帝国国務全権代行である政威大将軍、煌武院悠陽を呼び捨てにして、それも思いっきり抱き締めるなんて大それた事したの、この星で皇帝陛下かオレくらいだろうさ。……けど、そこまで言わなくても良いだろうによぉ。
「それで、白銀武。HQはどこだね?」
「小田原西インター跡です。それと、CPは旧関所跡です」
「ふうむ。…………畏れながら殿下。どうかこの者と御一緒下さい。多少窮屈ではございましょうが、緊急事態故ご容赦の程を」
「……わかりました。白銀とやら、面倒をかけます」
「――は? オ、オレですかっ!?」
「戦術機のコクピットなら、殿下をお乗せする事も可能だろう?」
「いや、そりゃそうですけど」
「この状況で、君の操縦する『武』のコクピット以上に安全な場所は他に無いと思うがね、白銀武?」
「!! ……わかりました」
「……まあ、別の意味で危険はあるやもしれんが」
「……そんな危険、ないです」
「殿下、宜しいですか?」
「はい、そなたに任せます」
……無視かよ?
「そのまま横浜基地まで行かれるのが宜しいかと。……侍従長は、私が指揮戦闘車へと連れて行こう。その後は、まだ一仕事残っておりますので、このまま失礼させて頂きます、殿下」
「鎧衣、ここまで本当に大儀でした。そなたの武運を祈っています」
「ありがとうございます」
「……我が臣を失ったと言う知らせは、これ以上聞きたくないのです。どうか気を付けて」
「……斬った者斬られた者、共に臣下であります故、殿下の悲しみは如何ばかりかと存じますが、国の乱れを憂う若者達がそれを正すべく、止むに止まれず立ち上がったと言うのが、此度の仕儀の真相。
誤った道を選んだにせよ、そのような若者達がいる限り、まだまだ日本も捨てたものではございません。ここで膿を出し切る事で、日本は再び目覚める。私はそう信じております」
「…………本当に、そうなのでしょうか」
「ご安心下さい、殿下。帝国の精神は必ずや民の心に蘇りましょう。……しかしながら、これ以上の争乱は、望ましくありません」
「はい」
「私は直ちに帝都に舞い戻り、微力ながら事態の収拾に努めます」
「頼みます」
「――CPより207各機。警戒態勢解除。これより準戦闘態勢に移行する」
そこに、まりもからの通信が入る。……準戦闘態勢、それも当然か。帝都に居る筈の悠陽がここに居るんだから。
それで、悠陽の脱出情報が30分ほど前、何者かにリークされ、クーデター側が脱出した悠陽を追って、各地の城へと部隊を移動させ始めた事で、帝都での戦闘も終息したらしい。……つまり、ここが戦場になる。
「……ところで、鎧衣課長。ゆ、殿下の脱出情報、リークしたのって、あんたでしょう?」
「……その通り。鋭いな、白銀武。その様子だと、帝都での戦闘も終わったようだな」
「ええ。……殿下を囮にしたおかげでね。全軍で追っかけてきてますよ」
「……白銀、それは私が命じたのです。ですから、鎧衣に非はありません」
「……わかってます。帝都に住む人達を戦火に晒さない為、でしょ? とにかく、ここがもうすぐ戦場になるのは間違いないです」
「では、一刻も早くここを離れねばまずいな。行きたまえ。殿下を必ず横浜基地にお連れするのだ。私は侍従長を連れ、ますは旧関所のCPへ行く。早く連絡を」
「了解」
「それでは、殿下」
「……気を付けて、鎧衣」
鎧衣課長を見送りながら、CPに通信を繋げる。
「06白銀からCP、06白銀からCP――最優先処理の必要を認む!」
「CPより06――秘匿回線の使用を許可する。報告せよ」
「先程確保した3名について身元判明――煌武院悠陽殿下以下、帝国情報省の鎧衣課長と侍従長の女性と判明」
「――な、何だってっ!? ……殿下が、たったそれだけの警護で!?」
まりもの驚きも当然か。普通、将軍がたった2人の警護でこんな所うろつく訳ない。その先入観がカモフラージュを上手く行かせてる最大の要因だろうな。
「鎧衣課長と侍従長が、今そちらに向かいました。詳細はそちらで確認して下さい」
「――了解。殿下はどうされたのだ?」
「この状況下では、戦術機のコクピットが一番安全と言う鎧衣課長の提案で、『武』に乗っていただきます」
「……なるほど。この状況下では確かにその通りだろう。……よし、あくまで緊急措置だ。――秘匿回線の使用を終了……、白銀」
「? 何でしょうか?」
「……言うまでもない事と思うが、殿下に不埒な真似を決してするなよ?」
「……06、了解」
まりもの重っ苦しい声に冷や汗が流れる。……まさか、不埒な真似をもうやっちゃいましたとは絶対言えねえ。
「――では、秘匿回線の使用を終了する。……CPから207各機。06を中心に円壱型陣形で全周警戒――別命を待て」
「……じゃあ、ゆ、殿下。こちらへ、どうぞ」
「はい。世話になります」
侍従長のおばさんに言われ続けてたけど、言葉遣い、絶対間違ってるよな、オレ。……悠陽に指摘された事は一度もなかったけど。
――そして、雪は降り続ける。近付く戦火など知らぬように。
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