マブラヴ 未来への咆哮 episode:11 「自分への恐怖」 <戯言草紙さん>
キンコンカンコ〜ンキンコンカンコ〜ン♪
「!?」
不意に鳴り響いたチャイムの音に、帰還の喜びが一先ず静まる。
「……今、何時だ?」
太陽が位置からして、大体16時ぐらいか? って事は、今は放課後か? 時間は3時間しかねえんだ。感傷に浸ってる場合じゃない。
「とにかく、夕呼先生に会わなきゃな」
校門の方に移動する。やっぱり放課後らしく、みんな、帰り始めてる。……もう少し、人がいなくならねえと動けねえか。
「仕方ねえな」
周りに見つからないように、植え込みの後ろに隠れる。ここで少し様子を見るか。と、
「まてーーー!!!」
懐かしい声が、オレの耳に届いた。
「止まれー! 待てー! ていうかまってよ〜〜!!」
……この……声はっ!?
「んもー! クツ投げるぞ〜〜〜!!!」
――純夏っ!?
「待ってったら待ってたら待てーーーー!!!!」
そして、オレの中で、記憶が、想いが、怒涛のように噴出する/溢れる/爆発する。
――温泉旅行で知った純夏の想い――家族風呂で自覚したオレの想い――校舎裏の丘での選択――初めてのデート――雪舞う中のキス――そして、オレの部屋で繋がる心と体――
――思い出したっ! ……オレは、オレは純夏と――。
「うりゃああっ!!」
「あいてっ!」
そこまで考えた時、純夏の掛け声と共に、オレの頭に純夏が投げたクツが当たった。
「……ありゃ、失敗。えへへ」
……えへへじゃねえよ。…………純夏ぁ。
変わらない純夏の様子に、オレの心の中が暖かいモノで充ちる。だが、続く声が、オレのそんな気持ちを完全に霧散させた。
「――マジで投げるバカがいるかよ、ったく」
――!?
「はあ、はあ、はあ、ひとりで行っちゃうからだよ、置いてかないでよ〜〜」
「……ったくぅ」
………オレの『記憶』が確かなら、オレは未来から『向こう』に転移した事になる。だから、今、ここに、過去の「オレ」がいるのは解る。だけど、
「えーっと、クツはどこまで飛んでった?」
植え込みの方にやってくる「オレ」の方に、純夏のクツを転がす。……内心の動揺を全力で押さえ込みながら。その後の「オレ」と純夏のやり取りを気にする余裕も無い。
「お、冥夜も来たし、いつまでもバカやってねーで帰ろうぜ」
「え? あ、うん!」
そうして、「オレ」と純夏が校門を出て、帰っていく。だが、オレの精神状態は、それどころじゃ無かった。
オレが「オレ」を認識した時感じた感覚に、……オレはガタガタと震えていた。
――「オレ」が真っ当な一枚の絵のようなものなら、オレは、まるで無造作に引き千切った断片を、無理矢理一枚の絵の形にしているような歪なモノ――
呼吸も動悸もデタラメで、全身の毛穴が開いて脂汗が滲み出し、激しい吐き気に苛まれ、体が震えるのを止める事が出来ない。
「……なん、なんだよ、これ、はぁ」
「オレ」は何なんだ!? …………いや、違う。
「……オレは、何だ!?」
そうだ、オレは何なんだ? 意思の力で次元を越え、特別な力を持つ存在だと、先生は言った。それにオレは実感を持てず、あまり深く考えなかった。……いや、深く考えないようにしてたのかも知れない。
「オレ」が居なくなったせいか、あの感覚は今はもう感じない。……けど、実感しちまった。だから、否応無しに、今まで目を逸らしていた疑問が、オレの心を支配する。
――オレは、本当に、「白銀武」、なのか?
オレをオレとするモノの確かさが消えていくような感覚。その感覚に負けて、その場に蹲る。動けば、オレがバラバラに解けてしまうような感覚に支配されて。
「………………怖え」
オレは、欲しかった。オレがオレであるために、確かな「何か」が。
「………あ」
その「何か」はオレの手の内にある事に気付く。先生に託された包み。……そうだ。オレには『やらなきゃいけない』事がある!
「………オレは、オレは、ここにいる! ………オレは、オレだ!!」
気勢を挙げて、恐怖に震えるのを無理矢理押さえ込んで、動く。……オレが何のなのかなんざ、後回しだ! 今、すべき事だけを考えろ!
震える体を引きずるように歩きながら、オレは夕呼先生が居るであろう物理準備室に向かう。周りを気にしてる余裕なんか無い。だから、
「――あら、珍しいのが、残ってるわね、ひとり?」
声をかけられるまで、背後を取られた事に気付かなかった。振り返り、声をかけてきた人物と相対する。
「……ゆ、夕呼先生?」
「……白銀、あんた大丈夫? 今にも死にそうな顔色よ? 早く帰って暖かくして寝なさい。……御剣に連絡しとく?」
「……先生、話があるんです」
「明日、聞いたげるから、今日の所は一先ず帰っときなさい。洒落にならない顔色してるわよ、あんた?」
「……先生、お願いします! ……時間が、ないんです!」
「…………あんた、誰?」
夕呼先生の表情に、警戒の色が浮かぶ。
「…………オレは」
「……準備室、行きましょうか?」
「…………はい」
そう言って物理準備室に向かう夕呼先生の後に、オレは付いて行く。
「で?」
物理準備室に着くなり、先生はオレから話を聞こうとオレに向き直る。そんな先生にオレは持っていた包みを差し出す。
「……これを、見て下さい」
「なにこれ?」
「とにかく、開けて下さい。それで全てがわかる、筈です」
「何よ、この――!?」
包みの中に入っていた書類、その表紙にある「因果律量子論に基づく多元宇宙の実証考察」の文字に目を見開く夕呼先生。
「…………何よ、これ。からかってるの?」
「……いえ、違います」
「……ふぅん」
夕呼先生が書類に目を通していく内に、どんどん表情を険しくしていく。そして、一通り書類に目を通した先生は顔を上げ、
「……白銀、でいいのよね? ……これ、どこで手に入れたの?」
「……先生、これから馬鹿みたいな事を話しますけど、最後まで聞いてくれますか?」
「さっき、時間がないって言ってたわね? 黙って聞いたげるから、早く話しなさい」
「ありがとう、ございます」
「……あんた、本当に白銀? なんか気色悪いわねぇ」
夕呼先生の最後の言葉は無視して、オレは話し始める。今、ここに居るまでの『全て』を。
オレの長い話が終わった。対する先生の反応は、
「…………はあ」
溜息だった。……信じてもらえないか、こんな荒唐無稽な話? 資料があれば信じられると言うレベルじゃないからな。
「……先生」
「…………あたしの因果律量子論に間違いはなかったのね」
「え?」
「……ふふっ、あ〜〜はははっ!!」
「せ、先生?」
突然、笑い出した夕呼先生に流石に驚く。
「――最高よ、白銀! ……って、あんたはそれどころじゃない、か」
抱き付いて来そうなテンションから、一転、冷静になる夕呼先生。
「……はい」
オレは夕呼先生に、さっき「オレ」を認識した時に感じた感覚の事も話した。『向こう』の夕呼先生には、なるべく負担を掛ける訳にはいかない。なら、『こっち』の夕呼先生に、オレの感じた「あの感覚」の正体を、突き止めてもらおうと考えたからだ。
「……悪いけど、正直、あんたの話だけじゃ、判断材料が少なすぎて、結論の出しようがないわね。……白銀、あんた、この世界には、あとどれくらい居られるの?」
「え、……あと1時間もないです」
「……そう、仕方ないわ。とりあえず、新理論の数式は用意してあげるから、安心しなさい。そうね、三日後には何とかしておくわ」
「……ありがとう、ございます。それじゃあ、またその頃に。今日、何日ですか?」
「11月26日よ。それじゃ次にあんたが来る時までに、あんたの「状態」に関しても、考察をまとめておいてあげるわ」
「……お願い、します」
……正直、知るのは、怖い。けど、知らなきゃ、ならない。……そんな気がする。
「白銀、気休めだけど、あんたに助言してあげるわ」
「……助言、ですか?」
「強い意思を持って事に当たりなさい。望むモノを勝ち取るために全力を尽くしなさい」
「……え?」
「……世界はね、望むと望まざるとに関らず、いろんな物を勝手に投げつけたり、奪ったりしていくわ。時間なんて、その典型ね。常に容赦なく流れていく」
「……はい」
「時間が一番残酷で優しいと言った人がいるわ」
……このセリフ、どこかで聞いた事が、……あ! 温泉の露天風呂で、夕呼先生がオレに言ったんだ。
「時間だけにしか解決できないこともある、そういうこと。……でもね、白銀、あんたはその枠からはみ出してしまった存在なのよ」
……そんな異常な存在であるオレは、本当に「白銀武」なのか?
「そこにあんたの意思は関っていない。それだけは確かみたいね。けれど、これから、何が出来るのか、どうなるのかは、あんたの意思の強さと行動にかかってくる部分が多いはずよ。その責任の重さをしっかり自覚して、考え、行動しなさい」
「…………はい」
……そうだ。オレには、『やらなきゃいけない』ことがあるんだ。オレのことを、考えるのは、全部が終わってからで、良い。
「……で、戻る時に居る場所に制限はあるの? 行かなきゃならない場所は他にはないの?」
「……いえ、そういう話は聞いてません」
自分の考えに沈みこんでいたオレに、夕呼先生が声を掛けてくる。
「なら、久し振りに街でも眺めていけば?」
「……正直、そんな気分じゃありませんよ」
『ここ』が、オレにとっての『元の世界』かどうか、いや、そもそも、オレに『元の世界』なんてモノが、…………止めろ、考えるな!
「……まあ、気持ちは分からないでも、ないけどね。それじゃ、時間まで、こんな薄暗い部屋にいるつもり?」
「……屋上にでも、いますよ」
「暗いわねぇ。……あんた、本当に白銀?」
「……自分じゃ、そう思って、いるんですけどね」
「…………悪かったわね。あんたの好きにしなさい」
「…………失礼、します」
そう言って、物理準備室を後にする。そして、オレはひとり、屋上に上がった。
「………」
夕日に染まる柊町を、何とはなしに眺める。『ここ』に来た時の感動は、もう欠片もない。屋上を渡る風の冷たさに、自然、体を抱き締める。
「……オレは、ここにいる。……オレは、オレなんだ」
どうしようもない孤独感から漏れたオレの呟きは、決して誰の耳にも届く事はなかった。
奇妙な浮遊感と共に、オレは『向こう』から戻ってきた。
「……やっと、この『忘れたり、思い出したり』する感覚にも慣れてきたわね」
「………」
「……お疲れさま。久し振りの帰省はどうだった? ……って、随分浮かない顔ね? まさかとは思うけど、失敗したわけじゃないでしょうね?」
「……いえ。物は確かに渡して来ました。3日後にはできるそうです」
「そう。向こうの日付、ちゃんと確認した?」
「……ええ」
「……上手くいったってのに、暗いわねぇ。……あんた、本当に白銀?」
…………それは、オレの方が知りたいよ。
「!! 霞!」
夕呼先生から目を逸らしたオレは、倒れそうになってた霞に気付き、寸での所で抱き止める。
「昨日まではほんの数秒だったのに、今日は3時間弱、か。さすがね」
「……先生、これは一体どういうことなんですか?」
「何が?」
「……何がって」
霞は、昨日より顔色も悪いし、まるで、……死んでしまったかのように、ぐったりとしてる。……脈もあるし、息もしてるみたいだけど。それでもただ事じゃない、今の霞の様子は。
「昨日も今日も、何でこの実験をすると、霞は倒れるくらい消耗するんですか?」
「……とりあえず、社をそこのソファに寝かせてちょうだい」
先生に言われた通りに、霞をソファに寝かせる。そして、先生に向き直る。
「……理論を回収してからの方がいいと思ったけど、まあ、いずれは社の力についても説明しなきゃいけないし」
「……霞の力って?」
「……この実験、いえ、オルタネイティヴ4の完遂には、社の存在は不可欠なのよ」
「……つまり、霞の力が、オルタネイティヴ4の完遂に必要ってことですか?」
「その通り。……やっぱり、そろそろ教えておいた方が、やり易そうね」
そして、先生は端末を弄って、モニターにある項目に関する情報を表示してから、話し始めた。――オルタネイティヴ計画の目的とその内実を。
オルタネイティヴ1。1966年、スタートした諜報活動や和平交渉など、あるゆる目的を達成する為に、動物学者、言語学者から数学者、各国情報機関の暗号解読チームに至るまで投入し、BETAの言語、コミュニケーションの手段の解析を目的とした計画。
しかし、BETAの言語を解析するどころか、そもそも、言語が存在するのかも謎のまま、計画は暗礁に乗り上げ、破棄。
オルタネイティヴ2。1968年にスタートしたBETAを捕獲し、その生態を研究・解明する事で、直接的なBETAとのコミュニケーションを目的とした計画。
天文学的な予算とサンプル捕獲の為に莫大な犠牲を払った結果、BETAが炭素生命体であると言うことだけを解明し、1973年のBETAの地球来襲を機に計画は第3段階に移行。
オルタネイティヴ3。BETAの思考リーディングを目的として、ソビエトの科学アカデミーを母胎に開始された人工ESP発現体の研究計画。
思考を『画』として、感情を『色』として読み取るリーディング能力を使用し、BETAの『画』と『色』を言葉に翻訳するESP発現体を人工受精で大量生産し、遺伝子操作で特製を強化。
リーディング能力の目標に一定以上接近しなければ、正確に思考を読み取れない、弱点とも言うべき性質から、多数の発現体がハイヴ中枢への突入作戦に投入。結果、発現体の生還率6%と言う記録と、BETAが人類を生命体と認識していないことを明らかにして、計画は、1995年に第4段階に移行。――夕呼を中心とし、オルタネイティヴ3を接収して、オルタネイティヴ4はスタートした。
「……というわけで、オルタネイティヴ3の成果である人工ESP発現体、その中の『第6世代』と言う最も完成された個体群において、飛び抜けて優秀な力を持つ社がここにいるというわけ」
……霞が、人工的に造られた人間? 人工ESP発現体? …………だから、か。オレをここにいられたのは、オレの頭が変じゃないこと、工作員やスパイじゃない事を、霞が証明してくれたおかげなんだな。ゲームガイの絵や、純夏に似た行動も、そういう事だったんだ。
……けど、それじゃあ、わからねえ。霞の存在がオルタネイティヴ4に不可欠な理由が。心を読み取る事に関係してるのか?
「……オルタネイティヴ4の目的は、『00ユニット』を完成させること」
「……『00ユニット』」
それの完成に、霞の能力が必要ってことだよな。……それが完成すれば、BETAに勝てるのか?
「……話はここまでよ」
「………分かりました」
「あら、素直じゃない?」
「最初から、全部教える気なんてないんでしょ? 食って掛かっても、話してくれるとも思えませんしね。……ただ、一つだけ教えて下さい」
「……何?」
「『00ユニット』が完成すれば、人類は勝てるんですよね?」
「全て、そのためにやっているのよ」
「……分かりました。その言葉だけで充分です」
そして、視界の下方に、昨日のような絵が散らばってるのに気付いた。……相変わらず、へたくそな絵だ。
「あんたよ、これ」
「え? これ、オレですか?」
オレの視線に気付いて、先生が教えてくれる。
「特別な能力はあっても、絵の才能は無いみたいね。だけど、可愛いでしょ?」
「……はあ」
「これが社のやり方。あの子にとっては、一番効率の良いイメージの捉え方なのね」
「何の話です?」
「社は、1度捕まえたイメージを捉え続ける力に優れている。だから、今回の実験に社の存在は不可欠だったのよ。あんたが『この世界』に戻ってくる為の命綱としてね」
「え?」
「あんたが『世界』を『移動』する仕組みは話したわね。……実験中、社は捉えていた白銀のイメージを描き続ける事で、必死に忘れないようにしていたのよ」
「…………そう、だったんだ」
床に散らばる、たくさんのオレの絵。その枚数分、いや、それ以上に、霞は頑張っていたんだ。……ありがとう、霞。本当に、ありがとうな。
「……え?」
そして、ソファに寝ているであろう霞に声をかけようとして、
「………」
オレに怯えた表情を向けている霞の姿を認めた。……いつから、起きてたんだ!?
「霞っ!?」
オレの言葉に、霞はビクンと震えた後、部屋を飛び出していった。
「あっ! か、霞っ!? 先生、オレは霞を追います!」
「……仕方ないわね。今日のレポートは後日にしてあげる。数式が用意されるまで3日あるから、明日は休み。時間は自由に使いなさい!」
「ありがとうございます!」
先生の言葉の終わりと同時に、部屋を出て霞を追う。……霞の姿をエレベーターの前に見付けた。
「あ、いたっ!」
と、無情にも、その瞬間、霞がエレベーターに乗り込んでしまう。
「あっ!」
すぐさま、エレベーター前に行くも、この区画に一機しかない既に霞を乗せたエレベーターは地上に向かっていた。
「あ゛〜〜、エレベーター来んの遅ぇっっ!!」
エレベーターのせいで、完全に霞を見失ったオレだった。
「……ここにもいねえか」
みんなが集まっていたPXを始め、基地の色んな所を捜し回り、オレは自室に戻ってきた。が、部屋にいたのは、うささんだけだった。
「「………」」
うささんの虚ろな目は、霞の居場所を教えたりしてくれない。沈黙が、オレの部屋に充ちる。
「……はあ、まいったなー」
多分、霞にはオレの位置とかがわかるんだろう。だから、捕まえられないんだ。
「……どうすりゃ、いい?」
……オレは、知ってしまった。だから、霞は逃げちまったんだろう。真実を知ったオレの反応が怖くて。それが見えてしまう自分が怖くて。
霞が自分から、オレの所に来るまで待ってやるべきかも知れない。それでも、オレは霞に聞きたい事がある。
『向こう』で純夏を見た瞬間、色んな記憶が急に蘇ってきた。これはおかしい。それまで、オレの頭の中に、そんな記憶は無かった、筈だった。それなのに、降って湧いて出たように『記憶』は、オレの頭の中にある。確かにオレの『記憶』なのに、まるで、オレの『記憶』じゃねえみたいだ。
先生は、ESP発現体は思考をイメージで捉えるって言ってたけど、それって、オレの頭の中に無い物は捉えられないって事だろ? もし、霞が、オレの忘れている『記憶』まで捉える事ができるのなら、……教えて欲しいんだ。
オレが『この世界』にいる理由。………オレが、『何』なのか。
「……今日は、もう寝よう」
言って、ベットに横になる。そして、目を瞑り眠ろうとして、
「……ね、眠れねえ」
怖くて、眠れない事に気付いた。恐怖に震える体を抱き締める。
オレが『この世界』に留まれるのは、オレの意思の力、周りのオレに対する認識の力があるからだ。けど、みんなが眠って、オレまで眠ったら、「あの感覚」を知っちまった今のオレが『この世界』に留まれるのか? ……オレはオレのままでいられるのか?
「…………こ、怖えよ」
「白銀武」であることが揺らぐ恐怖に震える自分の体を、強く強く抱き締める。オレが、バラバラにならないように。オレが、消えてしまわないように。
――ガチャ
……どれくらい、そうしていただろうか。オレはドアの開く音を耳にして、ドアの方を見ると、
「…………か、霞?」
霞がそこにいた。
「………」
霞は、ゆっくりと一歩一歩確かめるように、オレの方へと歩いてくる。そして、ベットまで辿り着いた霞は、オレの頭をうささんのように抱き締めて、
「…………大丈夫です。あなたは、ここに、います」
「―――」
そう、言ってくれた。
「……くぅ、……うあぁ、……ふぐっ」
涙が零れた。……嗚咽を漏らし、霞の確かな温もりを感じながら、オレの意識は闇に落ちていった。
――2001年12月3日(月)
「………ん?」
「…………おは、よう」
目が覚めて、最初にオレの目に映ったのは、充血した目で眠そうにした霞の姿だった。
――思い出す。昨日の夜、霞が、恐怖に震えるオレの所に来てくれて、オレの恐怖を鎮めるように抱き締めてくれた事を。
「……あり、がとう、な、霞」
上手く言葉が出ない。……オレに会う事が怖かった霞が、オレを助ける為に、勇気を振り絞って、オレの部屋に来てくれた。……霞に、助けられて、ばっかだな、オレは。
「……それと、おかえり」
「…………はい」
霞が眠そうなのは、オレが眠ってる間、オレが『この世界』に留まれるかどうかを不安に思っているのを知ったから、起きていてくれたんだろう。……オレのために。
「………本当、に、あり、がとう、な、霞」
言って、霞の体をベットに寝かせる。
「…………おやすみ、なさい」
「ああ、おや、すみ」
目を閉じて、眠りについた霞を優しく撫でてやる。そして、オレは霞が起きるまで側に付いていた。
オレのベットの上で眠っていた霞みの瞼が開く。
「………んっ」
「起きたか、霞?」
「…………おはよう、ございます」
「ああ、おはよう。って言っても、そろそろ、こんばんわって時間だけどな」
「…………不思議です」
「ん、何が?」
「あなたは私の事を知っても、怖がっていませんね」
「そりゃな」
「なぜですか? ………私の能力を知っている人達はみんな、私を怖がっています。それなのに、なぜですか?」
「霞みたいに優しいヤツが怖いわけねえだろ?」
「え?」
「……霞は、オレを助けてくれたじゃねえか。キツくて、眠かったはずなのに、徹夜までして。そんな優しい霞を怖がるわけねえだろ?」
「……それは、『見えた』から」
「でも、来てくれただろ。………スゲエ嬉しかった」
なんか、スゲエ照れ臭い。
「……あと、強いて言えば、オレの方が怖がられちまうような存在だと、思うからな、ははは」
照れ隠しにそんな事を口にする。まあ、的は射てると思う。霞は人間だけど、オレはそうじゃねえかも知れねえんだ。じゃあ、何なんだろうな、ホント? ……「白銀武」型未来系ロボットとかか?
「………特殊な能力」
「霞はオレが怖いか?」
「いいえ」
「じゃあ、それと同じだ」
「……あなたは、どうして平気なんですか?」
「単純なんだろ、きっと」
「……単純」
「って言うか、本当に思ってる事を悟られたんなら仕方のない事だし、誤解されたんならそれを解けばいい。心が『見える』んなら、その気持ちは伝わるだろ? オレは、どう? 普段からさ」
「……いつも見てるわけじゃありません」
「そうなのか?」
「話すより『見る』事の方が楽だなんて思わないで下さい」
「……そうか、ごめん。オレ、そんなことも知らなくてさ」
「……いいんです。あなたは、楽しいです」
「楽しいって、何かビミョーな評価だな、オイ」
「ビミョー?」
「……まあ、いいや。こんな風に霞と話すのも、『思い出』の1ページだしな」
「……『思い出』?」
「どうした、霞?」
「『思い出』ってどんなものですか?」
「ん? ……そうだな、誰かと一緒に過ごして、その時にあった楽しい事や悲しい事、感じた事の全部が『思い出』になって行くんだ、とオレは思うぞ。だから、霞とここでこうして話した事も全部、オレと霞の『思い出』だ」
「…………私」
「え?」
「……今日、あなたと話したこと、ずっと忘れません」
「ああ。オレも忘れないよ。『思い出』だからな」
「……はい。私にも、私の『思い出』が、あるんですね」
「ああ」
そして、オレにも、オレの『思い出』がある。他の誰のモノでもない、1ヶ月ちょっとだけど、確かにオレだけの『思い出』があるんだ。
……正直、恐怖が消えたわけじゃない。それでも、往ける筈だ。オレの目指す未来へ。オレの中に、オレの『立脚点』がある限り。……それに、オレはひとりじゃない。
「……さて、メシ、食いに行こうぜ。今日は、まだ何も食ってないから、腹ペコだ」
「はい。腹ペコです」
「……ククッ、妙に合うよな、霞に「腹ペコ」って単語。カワイイぞ、霞。……ププッ」
「………」
オレの言葉に一見、判り難いが、霞が物凄く不機嫌になる。
「ああ、悪りい悪りい。そんなに怒るなって」
「…………怒ってません」
「そうか? それじゃ、そんなに拗ねるなって」
「…………拗ねてもいません」
そんな遣り取りを繰り返しながら、オレと霞はPXに向かった。
そして、PXでみんなと一悶着があるも、霞の思いも掛けない一言により、みんなに大ダメージを与え終結した。……フフン、俗物どもめ。
ちなみに、オレにはここ2、3日の間に、新たな渾名が追加されていた。「バニー・ハンター」と言う、「マッド・ドッグ・ハンター」に続く、不名誉な渾名が。……そう言えば、霞の事色々判ったけど、霞はいくつなのかは判らずじまいだったな。
――そして、『向こう』の夕呼先生が言っていた、オレの『責任』の重さ。オレはそれをすぐに思い知る事になる。
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