Blade worker 35 「黄金の夕焼〜ワカメ散る〜」 <ペチカさん>
――2月11日・十二日目
この日、目覚めて最初に目にしたのは、
「…………」
「……おはよう、バーサーカー」
巌の如きバーサーカーの顔だった。……しかもドアップ。
「……もう、朝、か?」
イリヤを体の上に、セラを右側に、リズを左側に侍らせて寝ていた士郎。……「この世、全ての地獄」を経験したからか、バーサーカーのドアップに声も上げずに、状況認識を行っている。
「…………」
イリヤ、セラ、リズを起こさないように、上体を起こした士郎に、用意してある着替えなどの諸々を指差すバーサーカー。
「……本当にありがとう、バーサーカー」
バーサーカーに心からの礼を言う士郎。今の内に全てを終わらせろと、物言わぬはずの瞳が雄弁に語っていたから。
「…………」
イリヤ、セラ、リズを起こさないように、士郎から優しく引き剥がすバーサーカー。……さあ、他の誰にも気付かれぬ内に、全てを終わらせよう――
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
士郎、橙子、橙士、ゼルレッチ、青子、アルトルージュ、バゼット、アルトリア、遠坂、ルヴィア、桜、ライダー、イリヤ、楓、鐘、由紀香、綾子、カレン、葛木、メディア、アーチャー、ギルガメッシュ、そして藤ねえの総勢23名の「いただきます」が居間に響く。ちなみに、リズは稼働時間のため、セラはとても出てこれる精神状態にないため、この場にいない。
あと、居間とは言っても、隣の部屋への襖を開け放ち、もう一つ卓を持ち出してはいるが。
「もぐもぐ、うぅ〜〜、五日ぶりの士郎のご飯はおいしいよぅ」
「この人数分だから、流石に俺だけで作ったわけじゃないぞ」
非常に癪ではあったが、アーチャーにも手伝わせた。……橙士の分を作ろうとして、橙子にボコられていたが。
「おいしいんだから、そんなことは些細なことなのよぅ。うぅ〜〜、おいしい」
「……そうか。まぁ、しっかり食って行ってくれ」
「もちろん!」
がつがつと飢えた虎の如き食欲を見せる藤ねえ。
「大河さんは、健啖なんですね」
「は、はい? そ、そうでしょうか?」
「ええ。見ていて、気持ちがいいくらいですよ」
「ど、どういたしまして」
微妙な空気が居間に漂う。橙士を膝の上に座らせた橙子と藤ねえの会話は、確かにそれほどの力を持っていた。
今朝、衛宮邸に五日振りにやって来た藤ねえは、橙子が居ると聞くなり咆哮し、橙子に詰め寄ろうとした。士郎をどうするつもりなのかと。だが、
「橙士の母、蒼崎橙子です」
「………ふ、藤村大河です。あ、あの、士郎のこと、よ、よろしくお願いしますぅ」
眼鏡をかけた橙子を認めた瞬間、借りてきた虎、もとい猫の如く大人しくなり、あまつさえ頭を下げて士郎の事を頼む始末。
藤ねえ、曰く
「………橙子さんに絡むのはダメダメよぅって、わたしのソウルが叫ぶのよぅ」
で、バゼットに対しては、
「バゼット・フラガ・マクレミッツです。よろしく、タイガさん」
「うぅ、よ、よろしくぅ〜」
キランと目を光らせるバゼットに戦慄しながら、バゼットの間合いの外まで退く藤ねえ。……野生の勘が危機を告げまくっているらしい。
トラを完全に屈服させたマザーズ。檄し所を失ったかのように見えた藤ねえではあったが、そんな事はなく、
「……し〜〜ろうぉ〜〜〜」
「え、ちょ、待て、藤ねえ、お、落ち着、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
原因である士郎に、溜まったモノの矛先を向けた。士郎は、この時タイガー道場の門を開いたとか、開かなかったとか。
あと、ルヴィアとカレンは子供がいないせいかスルーされた。まあ、藤ねえもイッパイイッパイだったようだ。
食後、藤ねえと葛木が学校に出た後、バゼットの所に、アルトリア、遠坂、桜、ライダー、イリヤ、楓、鐘、由紀香、綾子、メディアが集まっていた。その理由はバゼットが抱いている赤ん坊にあった。
リーシャ・マクレミッツ。士郎とバゼットの娘だ。橙士に言われたゼルレッチが、アルトルージュの城から連れてきたのだ。
「「「「「「「「「「可愛い(〜)」」」」」」」」」」
「そうでしょうそうでしょう♪」
愛娘を褒められて、御満悦な様子のバゼット。少し離れた場所では、橙子、青子、アルトルージュ、ゼルレッチ、プライミッツ・マーダー、アーチャー、ギルガメッシュが橙士にかまっている。
皆が士郎の子供達を愛でながら、食後の穏やかな時間が流れていたが。
「……あぁ〜あ、わたしも早くシロウの子供が欲しいなぁ〜〜」
そんなイリヤの台詞が居間を硬直させる。途端、台所でアレックスと洗い物していた士郎に視線が集まる。
「………」
背中に突き刺さる視線を全力で無視して、洗い物を続ける士郎。
「……士郎のキチク野郎!!」
楓は怒りながら。
「……士郎、キチクだな」
鐘は呆れて。
「……士郎くん、キチクだよ」
由紀香は悲しそうに。
「……何で、士郎みたいな、キチクに惚れたかね」
綾子は諦観を滲ませて。
「……士郎さんがキチクでも、わたしは大丈夫です」
桜は受け容れて。
「シロウは、大小、どちらでも大丈夫なのですか。……キチクですね」
ライダーは冷静に分析して。
「……このキチク!」
遠坂は激怒して。
「……シロウ。あなたはランスロットすら子供に思えるほど、キチクです」
アルトリアは悲嘆にくれて。
「あらあら。キチクと言う、あなたの本性が露見してしまいましたね、衛宮士郎」
カレンは実に楽しそうに、士郎に言葉を投げかける。「キチク」と言う言葉が聞こえる度、ビクンッとする士郎。それでも洗い物を続ける。
「おとうさんはきちくなの?」
「そうだな、橙士。士郎はキチクだ」
無邪気に問う橙士に、真摯に答える橙子。……スゴイ母親もいたもんだ。
「じゃあ、おとうさんは、きちくなせいぎのみかたさんなんだね!」
刺し穿つ言葉の魔槍!!
橙士の言葉が止めとなって崩れ落ちる士郎。……ある意味、「この世、全ても地獄」以上のダメージだろう。あと、何気にアーチャーも少なからずダメージを受けていたりしたが。
「シェロ、準備は出来ていますか?」
「……準備? ルヴィア、何の話だ?」
居間に入って来たルヴィアに力なく尋ねる士郎。
「……シェロ? ワタクシとの約束を、お忘れになって?」
剣呑な光を宿すルヴィアの瞳。……どうも、ヘコたれている場合ではないらしい。ルヴィアとの約束、か。……ああっ。
「ルヴィアが家に来た時には、冬木の街を案内する、だっけ。……分かった、用意してくる」
「ええ。待っていますわ」
「――って、待ちなさい、あんたら!!」
あかいオーラを漲らせながら、遠坂が割って入る。
「士郎、私達にそんな悠長な事をしてる暇はないのよ! そこんとこ分かってんの!?」
「いや、でもさ、前々からの約束なわけだし」
「だからって、綺礼のバカを放置していいと思ってんの!?」
「いいではありませんの。そのキレイと言う愚か者と、ワタクシとの約束、どちらを優先するかなど判りきったことですわ」
「あんたは黙ってなさい。綺礼がどういう奴か知らないくせに」
「ええ、知りませんし、知るつもりもありませんけれど。気にする事などありませんわ。そもそも、この状況で、気にするほどの人物ですの?」
ルヴィアの視線の先には、橙士を愛でる、冗談抜きに世界を相手に戦える面々。……確かに、綺礼を放置しても問題はなさそうに思えてしまう。
「お判りになったようですわね。さあ、シェロ、出かけましょう」
「ああ。準備してくる」
言って、士郎は準備のため自室へ向かい、ルヴィアもまた居間を出ていく。
「アレックス」
「はい、お嬢様」
「……後を頼みます」
「お嬢様のお望みのままに」
「ちょ、待ちなさい!」
ルヴィアを追おうとした遠坂の前に、アレックスが立ちはだかる。
「くっ!」
「地上で最も優美なハイエナ」と呼ばれるほど荒事に飛び込むエーデルフェルトの筆頭執事。おそらくはかなりの実力者。対峙した遠坂の背に冷や汗が伝う。
「……そこ、どいてもらえないかしら?」
「申し訳ございません。お嬢様のお望みですので」
突破は難しいと、アルトリアとライダーもいると言うのに、遠坂にそう判断させるアレックス。……ホント、底知れない執事だ。
「………ところで、私めは、これから実に忙しいのです。何せ、あの方々の機嫌が少しでも損なわれれば、士郎様のお屋敷がどうなることやら」
「はい?」
「お嬢様のお望みである『士郎様との2人きりの時間』を、邪魔する方さえいなければ、あの方々のお世話に専念できるのですが。……加えて申し上げれば、お嬢様の御様子も、執事として知っておかねばなりませんし。ああ、私めの体が二つあれば」
……アレックスさん、あなたは本当にルヴィアに忠誠を誓っているのでしょうか?
「……呑むわ、その条件」
「はて、何の事でしょう? 私めには判りかねますが」
「……それじゃあ、私は行くけど、みんなはどうする?」
遠坂が振り返り、見渡すと背後にいた全員が首肯した。
「士郎君スキン」を纏った士郎と、豪奢な白い外套を着たルヴィアが冬木の街を巡り歩く。
先ずは深山町。藤村組の前を通り、ちょうど、外に出ていた雷画にルヴィアを紹介し、その後、マウント深山商店街で「王判焼き」を食べた。
そして、大橋を渡り、新都に行く。四日前に来たログハウスの喫茶店で昼食を取り、新都を巡る。その途中。
「シェロ? どうしたのです?」
「いや、あの子なんだけど」
士郎の視線の先を見やれば、泣きそうな表情で周りを見ている橙士くらいの子供が居た。
「あの子供がどうかしましたの?」
「多分、迷子だ。すまん、ルヴィア。少し待っててくれ」
「シェロ!?」
言うが早いか、士郎は迷子の所に駆けて行く。そして、目線をその子に合わせて話した後、肩車してその子が指差す方へと歩き出す。……ルヴィアをほっといて。
「……ハァ。まったく、シェロは。お待ちなさい、シェロ!」
ルヴィアは士郎の後を追う。……ついでに、その後を追う黒い帽子を被り黒いコートを着てサングラスをかけた10人の集団が続いた。
――冬木中央公園
士郎とルヴィアは、夕日の朱に染まるこの場所で、ベンチに並んで腰掛けていた。
「まったく、ワタクシを放っておいて、迷子の世話をするなんて、シェロは極悪人ですわ」
結局、迷子の為に大分時間が潰れたのだ。交番なりに連れて行けば、そんなに時間が潰れる事もなかっただろうが、士郎はそうはせず、泣きそうになる子供を宥め賺しつつ、親を捜したのだ。
「本当にごめんな、ルヴィア」
士郎は申し訳なさそうに、ルヴィアに対して謝る。だが、決して、「二度としない」とは言わない。
ルヴィアと二人きりになりたいと思う男は、それこそ掃いて捨てる程居る。そして、そんな男達は、迷子なぞに決して関心を持ちはしないだろう。ルヴィアだけに心を注ぐに違いない。
だが、士郎は、ルヴィアだけに心を注がない。それを憎たらしいどころか、好ましいと思ってしまう辺り、ルヴィアは、自分が随分とイカれてしまっているのだと感じる。……まあ、憎く思わなくとも、拗ねたい気分にはなるのだが。
「でもさ、極悪人はないんじゃないか? 一応、俺、「正義の味方」を目指してるんだけど」
「あら、何を言いますの、シェロ? 「正義の味方」など、悪人でなければ務まりませんわよ?」
「……そうかな?」
ルヴィアの言い切り様に、士郎は問い掛ける。
「ええ。己の「正義」を何よりも優先し、それを成し遂げるために、犠牲を厭わない。これは、悪人の在り方でしょう?」
「………」
「シェロ、あなたもそうですわ。あなたの「正義」を貫くためなら、あなたは、誰も彼も置き去りにして往ってしまう。……違いますか?」
「………」
沈黙は肯定を示していた。
そう、士郎はもし、「正義」を貫くために、孤りで往かねばならないと決めれば、容易く孤りで往ってしまうだろう。「衛宮士郎」を張り続けるために。
だが、この世界の「衛宮士郎」には、「正義の味方になる」事以外に、もう一つ、誓いがある。それは「幸せになる」事。士郎の幸せとは、「他者の幸せ」だ。そこに自己はない。「他者の幸せ」を自己に投影して、錯覚しているだけなのだ。
だから、「衛宮士郎」には「幸せ」が分からない。分かっていないから、自分を愛してくれる者達を、置き去りにしていける。それが出来てしまう。いとも容易く。自分が側にいない方が、みんなが「幸せ」になれると傲慢に断じて。
だが、それを許す者は、士郎の周りに一人としていない。……もちろん、ルヴィアもその一人だ。
「シェロ、あなたは「正義の味方になる事」と「幸せになる事」を、キリツグおじ様に誓ったのでしたわね」
「……ああ」
「ですが、それを叶えることは、シェロには無理ですわ」
「そんなこと、ない!」
「いいえ、ありますわ」
士郎の強い声に、少しも怯まずルヴィアは続ける。
「そもそも、シェロはキリツグおじ様に似て不器用なのですから、一度に二つの物を目指す事など出来はしませんわ」
「それでも、俺は!?」
声を上げようとした士郎の唇をルヴィアの唇が塞ぐ。唇と唇が重なるだけのキス。
「……ですから、シェロは、「正義の味方になる事」だけを目指しなさい。「幸せになる事」はワタクシが叶えて差し上げます」
唇が離れ、ルヴィアの言った事が頭に浸透するのに時間がかかる。
「……えっと? ルヴィア、つまり、どういう事なんだ?」
間抜けにも、聞き返してしまう。……将来、死ぬまでこの事でイジメられるのを知らずに。
「……分かりませんの? まあ、シェロですから、当然ですわね」
「む」
そして、彼女は宣言する。彼女にとっての「誓い」を。
「ワタクシは、シェロを問答無用で、他の誰よりも、「幸せ」にして差し上げますわ。――それが、シェロへのワタクシの愛です」
「―――」
迷う事無く真っ直ぐに言い切ったルヴィアのその言葉に、士郎は言葉を失う。まるで触れるのでは、と思えるほどに強いルヴィアの「想い」を感じて。
ちなみに、離れた場所で見ている10人組の中で、ツインテールの少女がその系譜故か、台詞を取られたと何故か思って、ギギギと歯軋りしていた。
「……ありがとう、ルヴィア。ルヴィアの気持ち、すごく嬉しいよ」
「当然ですわね」
「でも、」
士郎が言い始めるより先に、白い指先が士郎の唇を押さえ、言葉を封じる。
「これは、ワタクシの誓いです。シェロが気にする事ではありません。それとも、シェロは、自分が「誓い」を貫くのは良くて、私がそうするのはダメなどと言うつもりはありませんわよね?」
ルヴィアの揺るぎない真っ直ぐな瞳が士郎を射る。
「……そうだな。俺にルヴィアの「誓い」に口出しなんて出来ないな」
己の「傲慢」に気付き、溜息と共に言葉を紡ぐ士郎。
「……それで、シェロ? 何か、忘れていませんか?」
さっきまでの自信に溢れた姿から一転、おずおずと士郎の顔を窺いながら呟くルヴィア。士郎は微笑んで、ルヴィアが望み、自身の心に偽りの無い言葉を紡いだ。
「俺を「幸せ」にしてくれ、我が愛しのお嬢様」
「!! も、勿論ですわ!!」
赤くなりながら、ルヴィアは満面の笑顔で士郎の言葉に応える。
「……ありがとう、ルヴィア。俺は「幸せ」なんだな」
「この程度、プロローグに過ぎませんわ。これからが、本番ですわよ。よろしくて? 「他の誰」よりも「幸せ」にして差し上げますわ」
「ああ。よろしくな、ルヴィア」
そうして、2人は家路に着く。腕を組み、仲睦まじく。……あとに続く10人組は、不穏な空気を垂れ流していたが。
「あ、あの、よ、夜、シ、シェロの、へ、部屋に、う、伺い、ま、ますから」
「……え?」
そして、日は沈み、夜の帳が降りる。
ここで、少々時を遡る。
お昼を過ぎた麗らかな午後。その時間帯に深山町を歩く人影があった。
紫がかったワカメのような髪を風に揺らし、端正な顔を憤りに歪め、その精神は屈辱を雪ごうとする昏い狂気に支配された男。その名を間桐慎二と言った。
「クソクソッ、ジジイも家に居ないし、桜のヤツも帰ってこない。このボクを放っておくなんて、どいつもこいつも、ボクを馬鹿にしやがってっ!!」
八つ当たりを口にしながら、目的地を目指す。……道行く人達に奇異の目で見られているが、最早、周りは見えていないようだった。
「フンッ、ここがあのクソの家か」
彼の目的地は衛宮邸だった。
「桜のヤツめ。ボクに苦労をかけさせるなんて、まったくグズなヤツだよっ! そもそも、アイツが召喚したサーヴァントが役立たずだから、ボクが苦労するんじゃないかっ!」
ズカスカと衛宮邸の敷地内に侵入する慎二。目が血走っており、どう考えてもまともな状態ではない。
「先ずは桜とライダーのヤツにお仕置きして、今度こそあのクズを殺して、遠坂をボクの奴隷にしてやるっ!! ハハッ、ハハハハハハハッ、待ってろよ、遠坂っ!!」
悪意を持って侵入してるくせに、結界に反応は無い。……慎二の「存在」が小さくて、感知されないのだろうか?
「ん? 何だ、アレ?」
流石に、玄関から堂々と入る事はせずに、中庭の方に回った慎二は、そこに予想外の存在を発見する。
「何で、ここにガキがいるんだ? ……もしかして、藤村の子供か?」
縁側でリーシャをあやしている橙士を見て、実に的外れな想像をする慎二。
「フンッ、ちょうどいい。アイツに桜を呼ばせるか」
基本的に、自分より弱い存在には強気な慎二。大股で橙士に近付く。……この時、慎二は、自身の死刑執行書に、サインを、してしまった。
「おい」
「んぅ? おにいちゃん、だれ?」
「誰でもいいだろ。とにかく、オマエ。桜を呼んでこいっ!」
「さくらおねえちゃん? みんなとおでかけしてていないよ」
「みんなと? ハッ、桜のヤツに限って、それは在り得ないね。嘘ついてないで、早く桜のヤツを呼んで来いよっ!」
「ぼく、うそついてないよ」
「うるさい! そんなこと聞いてないんだよっ! いいから呼んで来いっ!!」
「ふ、ふぇえぇぇぇぇえぇぇ」
慎二の大声に驚いたリーシャが泣き始める。
「うるさいっ! とっと、そいつを、泣き止ませろっ!! ボクはガキの泣き声が大嫌いなんだよっ!!」
その言葉にリーシャの泣き声が更に大きくなる。橙士も涙ぐんでいる。今まで愛情(行きすぎた物が多い)しか受けた事の無い橙士にとって、慎二の敵意は恐怖であった。だが、橙士は、「おにいちゃん」なのだ。妹を護るように抱きしめる。
――その様が、この上も無く慎二の癇に障った。
「そいつを寄越せっ!! ボクが泣き止まさせてやるよっ!!」
「やぁっ!!」
リーシャを庇うように、抱き込む橙士に慎二の魔手が、
「――何をしている、貴様?」
「いだだだだだだだだだっ!!!」
伸びる事は無かった。慎二の頭を後ろから掴んだアーチャーが、慎二の頭を締め上げながら持ち上げる。地面から離れる慎二の足。
「アーチャーおにいちゃん!」
「偉かったぞ、橙士。妹を良く守ったな」
「ぼく、おにいちゃんだもん」
「そうだな。立派だったぞ」
そして、橙士に向ける優しい表情から一転、修羅の表情になって、慎二に語りかける。
「――さて、間桐慎二? 死ぬ覚悟はできたかね? まあ、できてなくても関係ないがな」
「ヒィィィィィッ、離せ離せはなせはなせはなしぇぼっ!!!?」
アーチャーの手の内から逃れようと暴れる慎二に、鋭く重いリバー・ブローが刺さる。
「――リーシャを泣かせましたね? 余程、人間らしい死に方をしたくないようですね」
「ヒャアァァァァッ、た、たすけ、たすけて、たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてっ」
般若と化したバゼットを前に、失禁する慎二。もはや、昏い狂気は霧散し、恐怖のみが精神を支配している。
「――儂の可愛い可愛い孫達を泣かせおったな? くくっ、どの並列世界にも類を見ない凄惨な死に方が望みの様じゃな!」
「――私の可愛い可愛い橙士を泣かせるとはな? 貴様、楽には死なさんぞ?」
「――アハハハハハッ、橙士を泣かせたわね、あんた? 豚のような悲鳴を上げなさい!」
「――妾の橙士に涙を流させる事が如何なる罪か、そなたの魂にまで刻み込んでやろうぞ!」
「――GYRUUUUUUUUU!!!」
「――橙士を泣かすとはっ!! 身の程を知らぬクズめがっ!!」
次々と現れる修羅に囲まれ、恐怖の余り失神と覚醒を繰り返す慎二。もし、恐怖で人が死ねたら、12回以上、余裕で死んでる。
「ヒッ、ヒギャアァァアアァァァァアッ!!!!」
……この日を境に、「この世界」で間桐慎二を見た者はいなかった。――間桐慎二、完全再起不能。
ちなみに、トラウマ必至の惨劇が繰り広げられる前に、バーサーカーが、橙士とリーシャを避難させていた。……嗚呼、お気遣いの紳士。
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