Blade worker 27 「癒えず、増える傷 それでも『ゆずれぬ、理想』」 <ギアスさん>
ギィ、ギィ〜〜〜〜〜〜〜。
扉を開く音が、誰もいない礼拝堂に響き、消えていく。士郎、バゼット、アルトリア、凛、アーチャーの五人は、冬木教会に足を踏み入れた。
「流石に、ここには居ないわよね」
眼と鼻の先であれだけの死闘が繰り広げられていたのだ。暢気に礼拝堂で自分達を待ち構えてたりはしないだろう。
「逃げたかしら、綺礼の奴? とりあえず、奥も捜してみましょう」
そう言って、教会の奥に向かう凛に、全員が続く。礼拝堂を抜け、中庭に出る。冬木教会は入り組んだ構造のようだが、何度か綺礼を訪ねた事のある凛は、迷い無く綺礼の部屋に向かう。
と、その途中、士郎が唐突に立ち止まり、弾かれたように横を向く。
「ど、どうしたのですか、シロウ?」
殿を務めていたアルトリアが、士郎の不可解な行動に困惑したように尋ねる。だが、士郎は無言のまま立ち尽くす。
「やっぱり綺礼の奴、部屋にもいないわ。逃げられたみたいね」
先行していた凛が、戻ってくる。そして、立ち尽くす士郎に気付く。
「どうしたの、士郎?」
「リンさん、この教会に地下はありますか?」
「地下? 聞いた事ないけど…」
「リン、士郎の視線の先に、地下に続く階段があります」
「えっ、ホント?」
その地下に続く細い細い階段は、壁と壁の間の影、誰も気付かないような窪みに、あった。
「脱出用の抜け道かしら?」
「……下りよう」
搾り出す様な声で呟いた士郎が、階段を下りて行く。
「ちょっ、待ちなさいよ、士郎!」
士郎に続くように全員がその階段を下りる。下りた先は、
「……聖堂?」
凛の呟きが、その石造りの部屋に響いて消えていく。入り口から差し込む細い細い外からの光と、部屋自体が薄蒼い燐光を帯びており、地下の聖堂が闇に侵されるのを防いでいる。
「……何かイヤな場所ね」
神を祀るシンボルが、階段の正面にある。頻繁に人の手が入っているのか、埃や黴と言った汚れもない。聖堂と判断されるに相応しい場所。
にも拘らず、何か濁った気配を感じるのだ。まるで、地上の清廉潔白な神の家に受け容れられなかった物が、ここに押し込められているかのように。
「……階段の脇に、扉が」
地下の聖堂を調べ始めてすぐ、それは見つかった。この地下と地上を繋ぐ、ムカデを連想させる不吉な螺旋階段の脇、神を祀るシンボルの正反対の場所に、その闇は穿いていた。
「「「士郎(シロウ)?」」」
アルトリアの発見の報に、そこにいた誰よりも早く反応した士郎は、真っ直ぐとその闇へと進んで行く。……まるで何かに追い立てられる様に。
「私達も行くわよ。士郎、待ちなさいってば!」
四人も士郎に続き、闇の中へと足を踏み入れる。そこは聖堂と違い、深い闇に充たされていた。
―ポタリ、ポタリ―
水音がする。不気味な静寂の中で響くその音は、どうにも不吉なモノを聴く者に齎す。
濁った臭いがする。換気等なされていないだろうそこには、薬品の臭いが充満している。もっとおぞましい臭いを覆い隠すために。
不快な感触がする。まるでヘドロか、黴の塊を素足で踏みしめたような感触。生理的な嫌悪感、いや、生きる者としての当然の忌避が、その感触を拒絶する。
そうして、深い闇に眼が慣れてくる。ここにいる者の中で夜目の利かない者はいない。時間が経てば、その闇の中がどのようなモノか、明らかになるのは必然だった。
「「「―――」」」
声のない叫びが上がる。闇が薄れた先には、「地獄」と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。
SHITAIがあるしたいがあるシタイがある死体がある。前後左右あらゆる所に死体がある。
「なっ、何、よ、これ、は!?」
凛が切れ切れに言葉を紡ぐ。湧き上がる嫌悪感に口元を押さえながら。「魔術師」として生きる覚悟は決めている。だが、目の前の惨状には、動揺せずにはいられない。
「……何と言う事を」
バゼットも眉を顰める。凛よりも修羅場を潜って来た彼女だが、「人間」としての最低限のラインを踏み越える者は嫌悪の対象なのだ。そして、間違い無く、この「地獄」を造り出した者は、その範疇に入る。
「――どうやら、彼達は、まだ、生きているな」
「「「なっ!?」」」
アーチャーの言葉に驚愕する。そう、その死体達は、まだ、生きていた。
死体の全てが頭と胴を残して様々に欠損しており、残った頭と胴も生気など欠片も感じられない枯れ木のようにボロボロだった。
それでも、生きているのだ。
死体は例外なく棺に繋がれている。その棺に、命の流れと言うべき、魔力、いや、魂に近いモノを搾取され続けている。その為に死体達は、死なないように、否、死んでも生かされ続けている。
「……シロウ、大丈夫ですか?」
死体達を無言で見つめ続ける士郎に、声を掛けるアルトリア。その返答は、彼女を更に驚愕させる。
「……見覚えが、ある。ここに、いる、みんなに、俺は、見覚えが、ある」
士郎の震える声は闇に溶けていくかと思われたが、その声に答えるように、別の声がその闇の奥から響いた。
「そうだろうな。ここにいるのは、おまえとは兄弟とも言うべき絆のある者達ばかりだからな」
「綺礼!!」
「コトミネ!!」
闇の中から現れたのは、冬木教会の神父、言峰綺礼であった。
「……一つ、訊こう。この状況を造り出したのは」
「無論、私だ、今回のアーチャーのサーヴァントよ。冬木教会は神の家であるのと同時に、私の「工房」でもある。私以外、ここでこの現状を作れる者はいない」
「コトミネ、貴様ッ!」
「落ち着きたまえ、バゼット。彼らの折角の再会に水を差すのは無粋だとは思わないか?」
「何を言って――」
「俺と、兄弟って、どう、言う」
バゼットの言葉を遮るように、士郎が切れ切れに神父に問う。
「十年前の地獄の中で、生き延びたおまえと彼らは、兄弟と言っても不思議ではない絆で結ばれているとは思わないかね。とは言え、十年前と同様、おまえだけが、一人生き延びているがな、―――『衛宮士郎』」
見覚えがある筈だった。ここは十年前の地獄の続き。衛宮士郎の癒えぬ傷の象徴。
十年前より続く「地獄」の中に立ちながら、心の底から愉悦に震えるような笑みで、言峰綺礼は答える。
「俺の、名前」
「その火傷の痕を見れば一目瞭然だ、衛宮士郎。ああ、それにしても、ここに訪れてくれたのが、おまえで、実に喜ばしい」
そう言って笑う。その笑みは、本当に一片の疑いも無い感謝の笑みだった。
「……綺礼、アンタ、何企んでんのっ!?」
「人聞きの悪い事を言うものだな、凛。私は自分の職務を全うしようとしているに過ぎん、聖杯戦争の監督役としての職務をな」
「私から令呪ごとランサーを奪った事やこの惨状が、聖杯戦争の監督役として必要な事だったと言う積もりですか?」
「そうだ、バゼット。全て、聖杯を相応しい者に渡す為の選定に必要だったのだ」
「選定?」
「そうだ。監督役として、聖杯を相応しい者にこそ渡さねばならないからな」
「何言ってんのよ、聖杯は最後の一人になった時に降りてくる物でしょうがっ!? あんたがどうこう言うものじゃ――」
「いや、聖杯はこの冬木の何処にでもある。ただ、降ろすだけと言うのなら、今、この教会とちでも可能だ」
「「「なっ!?」」」
「だが、勿論、出来が違う。今、降ろした聖杯では出来る事も限られる未完成品だ」
「ど、どういう事よ!? だって、聖杯は、戦いに勝ち残って、…………そう、そう言う事」
「ほう、気付いたかね、凛」
「ええ。本当に必要なのはマスターじゃなくて、サーヴァントの方って訳。……随分とふざけた話じゃない」
「流石だな、凛。お前の言う通り、聖杯を充たすのに必要なのはサーヴァントだ。マスターはその為にサーヴァントを現世に繋ぎ止める楔のような物でしかない。だが、マスター、サーヴァントを問わず、求める者の為に聖杯は“奇蹟”を実現する」
そう言って、士郎を見据える言峰綺礼。彼に似つかわしくない慈悲深い微笑を浮かべて。
「――さて、衛宮士郎。おまえは如何なる“奇蹟”を、聖杯に求める?」
「―――」
「士郎は、聖杯など求めません」
「本当にそう思うかね、バゼット? 如何なる者にも心の闇があるように、衛宮士郎にも誰にも見せぬ影があるのではないか?」
「何を、言って」
「例えば、そう。衛宮士郎は、十年前の火事で何も恨んでいないと言いきれるかね。その先にあるモノを忘れる事で振り払っているだけではないのか?」
言峰の魔術刻印が起動する。
「それだけではない。ランサーとの戦いを見せてもらった。ランサーに勝利したその力、それを得る為におまえが払った代償は、何だったのだろうな?」
笑みを深めた神父が、言霊を紡ぐ。
「その傷を切開する。さあ、―――懺悔の時間だ、衛宮士郎」
抗魔布をランサーとの死闘で失った士郎に、冬木教会と言う言峰綺礼の「工房」の内部で、その言霊を防ぐ術は無かった。
そして、士郎の意識は反転し、代わりに赤い光景が意識を埋め尽くした。
――大勢の人が死んでいった。そんな中、生き残るために助けを求めて歩き続けた。
『痛いの、痛いの、痛いの、痛いの』
――多くの助けを求める声を振り切って。
『助けて、助けて、助けて、助けて』
――助けを求める声を振り切る度に、「自分」と言うモノが少しずつ削れて失くなっていって。
『戻して、戻して、戻して、戻して』
――それでも歩き続けて、望み通り自分だけが助かった。
『帰して、帰して、帰して、帰して』
――だから、助かった自分が、助からなかった者達を背負わなければならない。
『返して、返して、返して、返して』
――だから、俺は切嗣オヤジの理想ユメを継がなければならない。
生きて、目指すべきモノがある。ああ、「衛宮士郎」は衛宮切嗣に引き取られて、「幸せ」だった。
「――それを。間違いだと思った事は、一度としてなかったのかね?」
胸の痛みに、赤い光景が消える。それでも、地獄は続いている。
『痛いの』『助けて』『戻して』『帰して』『返して』
周りから、いや、周りだけではない。士郎が歩んだ十年、その道程に在る物全てから求める声が響く。だが、俺には、その胸を深く抉るような求めに、応える術が無い。……無いんだ。
この身に出来る事は、終わらせる事だけ。
俺には、悲しい出来事、悲惨な結末を変える力など無い。どうしようもないと分かっていても、それが、ただ、苦しい。
『痛いの』『助けて』『戻して』『帰して』『返して』
求めの声に胸が痛む。痛むのは内の傷だ。衛宮士郎に十年前から今に至る記憶がある限り、傷は癒えぬまま痛みを齎し続ける。
「――深く、そして酷い傷だ。この傷は癒されぬまま、おまえを苦しめ続ける。衛宮士郎、おまえはこのまま一生を終えるべきではない」
神父の慈悲深い声が、求めの声よりも鮮明に士郎に響く。
「おまえの傷を癒すには、十年前の出来事をなかった事にすれば良い。あの惨禍もなく、衛宮切嗣に関る事もなく、この惨状も存在せず、そして、その手を汚さなかった、本来のあるべき自分に還るのだ」
大勢の人を見捨てて生き延びた自分、多くの命を奪った自分、いや、そんな自分を生み出した事故そのものを無かった事にする。
そして、平穏で誰も何も失っていない、誰も死んでいない日常を取り戻す。
ああ、それは、なんて眩しく輝かしい、そして、決して手の届かない“奇蹟”なんだろう。
『痛いの』『助けて』『戻して』『帰して』『返して』
求めの声が強まる。わかる。俺もお前たちには及びもつかないだろうけど、そんな“奇蹟”を何度願った事か。
それでも、胸を抉る現実の冷たさに、現在を受け容れ、“奇蹟”を望む事は止めた。自分に出来る事は、前これからにしかないのだから。
「そんなことはない。その“奇蹟”を実現するのが、「聖杯」だ。おまえが望めば、おまえだけではない。ここにいる者も、十年前に死んだ者も、そして、おまえが殺した者も、全て、――――救われる」
聖杯を司る神父が謳うこの上もない救済。十年前から今この時に至るまでの、自身の地獄を直視させられながら、士郎はその救済の手を、
「――いらない。そんな事は望めない」
跳ね除けた。歯を食いしばり、真っ直ぐに死者かれらを、そして、自分の罪を見つめながら。
「「「「―――」」」」
「――そうだ。やりなおしなんかできない。死者は蘇らない。起きた事は戻せない。そんなおかしな望みなんて持てない」
死者は蘇らない。現実は覆らない。例え、やりなおしが出来るとしても、それを望んではいけない。
なぜなら、それは、
「それは、裏切りだ」
「何?」
「全てを無かった事にするって事は、俺だけじゃない。俺が関る世界すべてに対する裏切りだ」
全てを無かった事にする。それは、この上も無い赦し、消去による救罪だ。だが、それは同時にそこにある全ての想いを奪う事に他ならない。
己の想いだけではない。己が関る全ての想いを無かった事にする。それを「裏切り」と呼ばず、何と呼べば良いのか?
置き去りにしてきた物がある。見過ごしてきた物がある。掴み損ねた物がある。届かなかった物がある。間に合わなかった物がある。
だが、この手に掴めた物も、確かにある。
だから、迷わない。「衛宮士郎おれ」は、苦しみも痛みも悲しみも憎しみも嘆きも絶望も、楽しみも喜びも愛しさも幸せも希望も、その全てを背負って、前に進もう。
「つまり、おまえは――」
「聖杯なんて要らない。俺は、「衛宮士郎おれ」を投げ出さない」
――それが、答えだ。
苦しみに喘ぎながら、痛みに悶えながら、悲しみにもがきながら、憎しみに足掻きながら、嘆きに這いずりながら、絶望に塗れながら、とうといまでに無様に、迷う事無く言い切った。
「「―――」」
その言葉に、青と赤の騎士が息を呑む。
「そうか。流石は、衛宮切嗣の息子。実に「正義の味方」らしい答えだ。「救済」よりも自身の理想を取るか」
「そうだ。俺は「正義ユメ」を偽らず、正直に貫き通す」
「――ほう、つまり、おまえの「敵」は「悪」ではないと?」
「ああ、そうだ。俺の「正義ユメ」を阻む物が、俺の「敵」だ」
「傲慢な話だ。とは言え、衛宮切嗣の遺志を受け継ぐ者に相応しいと言えるが」
「……俺の「正義ユメ」の始まりは、切嗣オヤジからの借り物だ。それでも、そこから先を積み上げてきたのは、「衛宮士郎おれ」自身だ。だから、俺は投げ出さない。この道に在った物の全てを背負って、「衛宮士郎おれ」を張り続ける。それだけが、俺に出来る唯一つの事だ。そして、それは決して、間違いじゃないと信じている――――」
いつか、自分の背負ったモノの重みに動けなくなる時が来るだろう。その時まで、前に進み続けよう。それこそが、「自分」と「世界すべて」に対しての、「応え」なのだから――――
痛みに蹲りながら、全てを言い終わって、ようやく気付いた。あれほど胸の内の傷に響いていた、求める声が消えている事に。
彼らが最後まで恨み言の一つも残さず、静かに目を閉じていった事が、ただ、悲しかった。
アルトリアアーサー王は、立つ事に全力を注がねばならない程に、衝撃を受けていた。
彼女は、士郎が神父の言葉を受け容れると思っていた。いや、受けなければならないと。
十年前の地獄から、今この時に至るまでに背負った重荷は、本来彼が背負うモノではなかった。だから、下ろしても良いのだと。それが正しいのだと。
だが、彼は、それも「自分」だから、投げ出さないと、自身の地獄を眼前に突きつけられながらも、そう言ったのだ。
彼と自分は似ていると思っていた。しかし、それは勘違いだった。彼は強い。それに比べ、自分の何と弱い事か。
確かに彼女の国は滅んだ。だが、彼女は、本当に何も守れなかったのか。
家族に看取られ、穏やかに逝った老人がいた。愛し合い、結ばれた男女がいた。祝福を受けながら、産声を上げた赤子がいた。
彼女が駆け抜けた戦場に、「国」ではなく、愛すべき故郷と家族を守るために、戦う者達がいた。
それらを忘れ、背負ったモノの重みに耐え切れず、ソレを投げ出そうとした。それは、彼の言う通り、この上も無い、自分と自分に関る全てに対する「裏切り」だ。
彼の言葉は彼自身に向けられたものだ。だからこそ、自分の胸にこれ以上も無いほどに響いた。
そして、遠い誓いを思い出した。何もかも失って、みんなにきらわれることになったとしても。それでも、戦うと決めた王の誓い。
何故、気付かなかったのか。自分が求めていたモノは全て揃っていたと言うのに。
騎士としての誇りも、王としての誓いも、――アルトリアと言う少女が見た、ただ一度のとうといユメも。
だから、「やりなおし」をするなら、これからだ。……否、それは在ってはならない願い。
ならばせめて、誓いを貫いた誇りを胸に納め、叶わなかった夢を見続けよう。
私の役目は決まった。シロウの剣となり、盾となろう。故に、迷いなど抱いていられない―――
アーチャーは、いや、英霊「エミヤ」は、打ちのめされていた。
士郎の言葉は、彼をこの上もなく穿った。「理想ユメ」が自分を裏切ったのではない。自分が「理想ユメ」を裏切ったのだと。
「誰もが笑っていられたら、どんなに良いだろう」
その「理想」も叶わず、多くの物を切り捨ててきた。だが、守れた笑顔も、確かにあったのに。
ただ、切り捨てた物だけに目を向ける事で、そんな笑顔から目を背けた。
犠牲を払い守った「笑顔モノ」を、彼は受け容れられなかった。求めた「笑顔モノ」に違いはないのに。
空っぽになった自分に焼き付いた憧れた誰かの笑顔。その綺麗さに憧れて踏み出した、厳しく険しい道。
そうだ、始まりは借り物の「理想ユメ」だった。それでも、歩いた道は己のもので、歩くと決めたのも己だ。
その道程は、正しくはなかったかもしれない。だが、間違いではなかった。自分の求めた「理想ユメ」が、自分が守れた「笑顔モノ」が、間違いであろう筈が無かった。
間違っていたのは、背負ったものの重みに耐え切れず、ソレを投げ出そうとした己だったのだ。
衛宮士郎の言葉は、自身に向けられたもの。故に、誰よりも深く自分エミヤシロウに響く。
だが、自分の在り様が変わる訳ではない。磨耗した果てに望んだ、自己の消去と言う「八つ当たりこうかい」。
それを成し遂げた時、「エミヤシロウ」は、この上も無い「敗北まちがい」を喫する事になると、ようやく、気付いた。
磨耗してなおこの身に残っていたのは、「ゆずれぬ、とがセイギ」。
「勝利」は要らない。ただ、自身からの「敗走」だけはできない。
誰に負けても構わん。だが、「エミヤシロウ」は、「衛宮士郎」にだけは、負けられん―――
バゼット・フラガ・マクレミッツは、己の想いを更に確固たるものにしていた。「士郎を支えたい」と言う想いを。
士郎は、己の道に在る全てを背負って前に進む。悩み、苦しみ、足掻き、もがきながら。それは、愚者の生き方だ。だが、その在り様を、眩しいほどに「とうとい」と感じる。
士郎の背負ったものは、士郎だけのものだ。分かち合ったり、代わりに背負う事など出来はしない。
だからこそ、「支えたい」。それは、自身の内より生まれた誰にも侵されざる真っ直ぐな望み。
「必要とされたい」と言う待ち望むモノではなく、私が貫く事を望んだ「想いモノ」なのだから―――
遠坂凛は、衛宮士郎と言う存在が、自分の中でこの上もなく大きくなっている事に気付かされた。
赤い夕焼けに見た彼の姿。その時に感じた「とうとさ」。それらは、色褪せる事無く、ギラギラと目に痛いほど鮮烈に、今も心を震わせていた。
そこに、己の全てを賭けた「誓い」の吐露。それは、暴虐に彼女の心を侵略し、「衛宮士郎」で充たし尽くした。
ああ、そうだ。認めよう。あの日から、遠坂凛の心は、衛宮士郎に囚われていたのだと。
だから、決めた。魔術師の原則は等価交換。私の心が士郎に囚われていると言うのなら、士郎の心も私に囚われてなきゃ、フェアじゃないわよね―――
「それが、おまえの答えか、衛宮士郎。ならば、他の者は」
「必要ない。聖杯やりなおしは、私の誇りを汚すモノだ。それに、私は、シロウと共に在る事を「誓った」。それが、私の答えだ」
「私は元々、聖杯を欲していたわけではない。だから、どちらでも構わんと言えるが、貴様に授けられるのであれば、お断りだ」
「必要ありません。私の望みは、私の内に在る」
「貰える物は、貰っとこうと思ったんだけど、そんなのより欲しいものが見つかったし、遠慮しとくわ」
「……そうか。――――おまえ達は、実につまらない」
神父は無表情に吐き捨てる。一切の関心が失せたと言わんばかりに。
そうして、言峰は、士郎達に背を向ける。
「逃がすと思っているのですか?」
「覚悟しなさい、コトミネ」
「観念しなさい、綺礼」
アルトリアが、バゼットが、凛が、言峰に迫ろうとする。が、言峰はそれよりも速く壁を叩く。その瞬間、叩かれた壁が回転し、言峰を呑み込んだ。
「聖杯は、私が監督役として、預かろう。聖杯を望むモノのために」
そんな言葉を残して。
「クッ、逃がすか!!」
ドガァァァァァァンッ!!!
アルトリアの一撃が、壁を粉砕する。しかし、破壊された壁の向こうにあったのは、土だった。
「「「なっ!?」」」
「……どのような仕組みになっているかは知らんが、逃げられたようだな。(流石に、衛宮切嗣のライバルだっただけあるな。私の「解析」でも見抜けん)」
衛宮邸のギミックは、そう言うものであるらしい。
「神父には、逃げられた。……最早、ここで出来る事はないが、どうする?」
「いや、ある。……投影、開始」
投影されるは、「火」のルーンが刻まれた、かれらと同じ数の剣弾。かれらの上で、焔に包まれる。
「「「士郎(シロウ)!?」」」
「……俺には、助けられなかった、救えなかった。だからせめて、俺の手で、終わらせなきゃ」
そう言って、未だ癒えぬボロボロの右腕を振り下ろした。剣弾はかれらに突き立ち、彼らを焔に包む。
焔に包まれたかれらを、燃え尽きて焔が消えるまで、目を逸らさずに、士郎は最後まで見つめ続けた。
そうして、士郎は、前へと進み出す。かれらの死も背負って。
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