Blade worker 24 「萌える英雄王」 <龍崎天馬さん>



「ちょ、ちょっと、どういう事よ、コレは!?」

遠坂が、現れた金色の男を見据えながら、声を上げる。尋常ならざる魔力と存在感が、彼が人外のモノで在る事を雄弁に物語っている。
そして、先程降り注いだ力在る数多の武具。つまり、目の前の存在は、

「八人目のサーヴァントなんて、在り得ないっ!! あなた、何なのよっ!?」

イリヤも声を荒げる。そう、目の前の存在は、サーヴァントとしか思えないのだ。
だが、冬木のサーヴァントシステムは、七騎の英霊を階級クラスを与える事で召喚するものだ。八人目のサーヴァントは、イリヤが言う様に在り得ないのだ。

「器風情が、誰が口を開く事を許した?」

紅い眼に剣呑な光を宿し、イリヤを見つめる金色の男。

「…………」

「バ、バーサーカー……」

その視線からイリヤを護るように立ち塞がるバーサーカー。いや、バーサーカーだけではない。アーチャーも、ライダーも、キャスターも、皆を護る為にいつでも動ける体勢をとっている。

「フンッ、下郎どもが王たるオレの前で揃いも揃って不遜な。……身の程を知れ」

そう言って、片手を上げ指を鳴らそうとする金色の男。だが、それを制するタイミングで、

「何故、あなたが未だ現界しているのだ、アーチャーッ!?」

「「「アーチャー!?」」」

士郎、凛、イリヤがアルトリアを見る。アルトリアは、厳しい目つきで、金色の男、もう一人の弓兵アーチャーの名を冠する男を睨み突ける。

「久しいな、騎士王。十年振りか。本来ならば、オレをこれほど待たせるなど許し難い事だが、他でもない貴様だからこそ、許してやろう」

「……やはり、あなたは、あのアーチャーなのですね」

「それにしても、十年前の別離の地で、騎士王、貴様と再び見えるとはな。やはり、貴様はオレの物となる運命にあるようだな」

「戯けた事を。そのような事、在り得ません!!」

「クククククッ、直にその言葉、覆させてやろう。さて、騎士王、貴様のマスターは……、むっ?」

士郎に眼を向ける金色のサーヴァント。先程、最初の攻撃で殺そうとした男だ。
聖杯の中身を与えるまで、アルトリアを現界させておく為に、マスターを生かしておく心算だったのだが、他ならぬ自分の手でそれを台無しにする所だったのだ。
金色のサーヴァントは、王たる己の攻撃を防いだ無礼な贋作者フェイカーを許してやる事にした。

「とは言え、聖杯を降ろす為には、余計なモノが多過ぎるな。光栄に思うが良い、オレ自ら選定してやろう」

そう言って、士郎達に向き直る。

「神の仔、蛇、魔女、贋作者、貴様らは要らぬ。疾く去ね」

金色のサーヴァントの背後に浮かぶ、数多の力在る武具、いや宝具。それは圧倒的な死の気配を放っている。放たれれば、最後、皆、無事では済まないだろう。
そして、金色のサーヴァントが指を打ち鳴らそうとしたその瞬間、飛び出す影があった。

「みんなをいじめちゃ、ダメーーーッ!!!」

皆を護るように両手を一杯に広げ、橙士は金色のサーヴァントの前に立ちはだかった。

「橙士、退がるのだっ!!」
「危ないわ、橙士っ!!」

最速のランサーを凌駕する疾さで橙士の前に立つ、アーチャーとキャスター。橙士の危機に際して、無闇矢鱈と能力が上がっている模様。今なら、両名ともバーサーカーと力勝負できそうである。

「………」

そんな二人など眼中に無い様子で、橙士(もちろん、ネコミミネコシッポ装備)を見つめる金色のサーヴァント。

「……エ、エンキドゥ、あ、あ、あ、逢いたかったぞっ、エンキドゥゥゥゥゥゥッ!!!」

そして、不意に感極まり、橙士に何故か、切り揉み回転しながら飛びかかる。とある怪盗の三代目を上回るアクション。流石は王。……流石か?

JET!!

「ぬぅぐぅおおおっ!!?」

輝く二つの拳に打ち上げられ、顔面から地面に墜ちる金色のサーヴァント。

「橙士に」
「気安く」
「「抱きつこうとするな(しないで)、このたわけ(変態)がっ!!」」

何処か棚上げ的発言を放つアーチャーとキャスター。

「おのれ、オレとエンキドゥの再会を阻むなど、貴様ら、その罪、万死に値するっ!!」

「ダメッ!!」

「エ、エンキドゥ? な、何故、そのような無礼者どもを庇うのだ!?」

アーチャーとキャスターの前に立つ橙士に狼狽する金色のサーヴァント。
その一方、置いていかれた形の士郎達は、

「あの金ピカ、エンキドゥとか言ってるけど、もしかして」

「ギルガメッシュなんじゃないか、多分。あいつが持ってる宝具の数にも説明がつくし」

「でも、なんで、トウシの事をエンキドゥと呼ぶのかしら?」

ギルガメッシュ叙事詩では、エンキドゥは神に造られた完璧な人間とされているが、実際は神造の萌えっ子だったらしい。正に、事実は伝説より奇なり。(注:あくまで、「Blade worker」世界での話です)

「ええい、退くのだ、エンキドゥ!! その無礼者どもを滅ぼして――」

「……キライ」

「……エ、エンキドゥ?」

「おにいちゃん、ダイッキライッ世界の終焉、告げる言霊!!!!!」

沈黙が世界を支配する。そして一時の沈黙の後、金色のサーヴァント、ギルガメッシュが動き出す。

「フッ、フフフフフフッ、王たるオレとした事が、耳の掃除を怠っていたらしい。在り得ぬ幻聴を聴いてしまった」

そう言って、背後の「蔵」から、物凄く震える手で黄金の耳かきを取り出し、耳血が出る程、耳の中を掻き回す。

「フッ、スッキリしたぞ。さあ、エンキドゥ、オレの事は――」

「ダイッキライッ!!!」

吹き飛ぶギルガメッシュ。「大キライ」という言霊、ではなく、アーチャーが投影した「ダイッキライ」と言う形をした塊に吹き飛ばされる。視覚効果も相まって、中々のダメージ。

「フッ、フフフフフッ、フハハハハハハハハハッ」

立ち上がり、虚ろな乾いた笑みを上げるギルガメッシュ。……天を仰いでいるのは、涙が零れないようにするためか。

「ハハハハハッ、……どうしたら許してくれるのだっ、エンキドゥゥッ!?」

先程まで纏っていた傲岸不遜はどこへやら。思いっきり低姿勢の人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。

「そうだ、「わくわくざぶーん」を、エンキドゥ、お前にやろう。楽しいぞ、エンキドゥ!?」

最初から物で釣ろうとするギルガメッシュ。スケールはでかいが、王の誇りとかは皆無である。

「そうだ、あのホテルもお前の物としよう。だから、機嫌を直してくれ、エンキドゥ」

「ちょ、ちょっと、あんた、何言ってんのよ? 「わくわくざぶーん」とか言うのは何か分からないけど、ホテルをその子にやるとか、訳の分かんない事言ってるんじゃないわよ」

「娘、誰が話す許しを、いや構わぬ。好きなだけ話すが良い」

橙士の視線が厳しくなった瞬間、掌を返すギルガメッシュ。かなり必死だ。

「なんだよ、遠坂、知らないの? 「わくわくざぶーん」って、今度の夏に新都にオープンする全天候型ウォーターレジャーランドの事じゃん」

「良く知ってるわね、蒔寺さん」

「遠坂、そう言うのに疎いからねぇ」

「綾子、大きなお世話よ。それで、なんであんたが、それをその子にやるだなんて言うのよ?」

オレが、オレの物をどうしようが、貴様の知った事か、娘。それに、オレの物はエンキドゥの物、エンキドゥの物はエンキドゥの物とバビロンに居た頃より決まっておるわ」

「何よ、その逆ジャ○アニズムは。て言うか、サーヴァントがホテルのオーナーとかやってんじゃないわよ!」

「何故、オレが貴様にそのような指図を受けねばならん?」

「私が色々苦労しているのに、サーヴァントが金回り良いなんて、むかつくじゃない!!」

「「「「「「遠坂(嬢)(さん)(先輩)……」」」」」」
「「「「凛(リン)……」」」」

ホロリと来る皆。

「フッ、雑種らしい嫉みだな、娘」

「なぁんですってっ!? ……フンッ、まっ、でも、いくらお金があっても、あの子の機嫌は直らないみたいねっ!!」

「なぬっ!?」

「ムゥ〜〜」と言う擬音が聴こえてきそうな程、眉間に皺を寄せ、頬を膨らませ、不機嫌一杯な表情をしている橙士。りんおねえちゃんが馬鹿にされた事で更に機嫌が悪くなっている。……その不機嫌の対象になっていないアーチャーとキャスターは、可愛らしい怒り様を堪能しているが。

「ぬぬぅっ、そ、そうだなっ!! 何処にでも在る様な物など、エンキドゥに贈る物として相応しくないなっ!! この世に二つと無い物こそ、エンキドゥ、お前に相応しいっ!!」

冷や汗をダラダラと流しながら、ギルガメッシュが「蔵」より取り出したのは、乖離剣・エアであった。

「さあ、エンキドゥ、受け取ってくれ」

「……いらないっ!」

「なっ、何っ!? この世に二つと無い剣だぞ、騎士王の聖剣より強いのだぞ、回転するし、カッコイイぞっ!?」

必死に自身の最高の宝具を売り込むギルガメッシュ。ちなみにエアの回転も、いつもより烈しい。

「いらないっ! ぼくもカッコイイの、もってるもんっ!」

そう言って、橙士が持っているポシェットから取り出したのは、どう考えてもポシェットに納まらないサイズの、刀身が宝石で構成された短剣?だった。

「「「ブッ!!!」」」

それが如何なるモノか、知っている遠坂、イリヤ、アーチャーが吹いた。ある意味、当然の反応だ。

「あら、凄いモノ、持ってるのね、橙士」

それが、超一級の魔具である事を一目で看過したが、「宝石」の事を知っている訳じゃないキャスターは、特に驚かず橙士に訊ねる。

「うん、ゼルじぃじにもらったの♪ えへへ〜〜、カッコいいでしょ?」

「ええ、橙士に良く似合ってるわ♪」

橙士に笑いかけられるキャスターを見て、「エンキドゥ、何故、魔女に笑いかけて、オレに笑いかけてくれぬのだぁっ!?」と悶えるギルガメッシュを尻目に、遠坂が士郎に詰め寄る。

「ちょ、な、なんで、あの子が宝石剣ゼルレッチ、持ってんのよっ!? って言うか、あんた、大師父とも知り合いなわけっ!?」

「お、おう。い、言ってなかったけ? あ、あと、宝石剣は橙士の三歳のバースディプレゼントだ」

「……はいっ!?」

橙士の持つ宝石剣は、紛れも無い本物である。橙士が「キラキラしてカッコいい」と言って欲しがったので、アッサリとプレゼントしたのである、第二魔法の具現にして自身の「杖」とも言える物を。ちなみに、自分用のは新たに製作中。橙士とのお揃いを狙う(頭が)素敵な魔法使い。

「それにあのポシェットも、爺さんからの貰い物だな。第二魔法の応用で、見た目を遥かに越える量、物を仕舞えるんだ」

「……士郎と関ってからこっち、頭痛い事ばっかだわ」

コメカミを押さえる遠坂。色々、自分の「常識」を粉砕されていれば、無理からぬ事である。

「くぅぅぅぅ、エンキドゥ、どうすれば、オレを許してくれるのだぁっ!!?」

泣きそうな、と言うより、既に泣きながら、橙士に哀願するように問うギルガメッシュ。

「……あやまって」

「エンキドゥ?」

「みんなにごめんなさいって、あやまって」

「王たるオレに、そこの雑種どもに謝れと言うのかっ、エンキドゥッ!?」

「ムゥ〜〜〜」

「ごめんなさい」

それは、神々すら目を逸らせぬ程、眩しく強大な彼に相応しい、光輝満ち溢れる土下座だった。……どんな土下座だ。

「もうしない?」

「せぬせぬせぬせぬせぬせぬせぬせぬっ!!」

コクコクコクコクと残像が生まれるほどの高速で首を縦に振るギルガメッシュ。最早、王の威厳など何処にも見当たらない。

「じゃあ、ゆるしてあげる」
『ギル、大好き〜〜♪』

橙士の満面の笑顔が、ギルガメッシュの遠き至福の日々を呼び覚ます。

「エ、エンキドゥゥゥゥゥゥッ!!!」

感極まったギルガメッシュが再び、橙士に飛びかかる。鼻血を吹きながら、エアの如く回転しているので、まるで血煙を纏っているかのようだ。

「「なっ!?」」

しかも、どうやらギルガメッシュも能力が上がっているらしく、アーチャーとキャスターの迎撃を抜いた。
このままでは、橙士が、汚される(アーチャー、キャスター視点)――かのように思われたが、

「え〜〜い♪」
GYAAAAAAAAAN!!!
「ばびろにあーーーーーーーーっ!!!!」

キラン☆

上空に向け、輝く光の奔流が放たれ、ギルガメッシュは星になった。

「ふぇ?」

橙士が首を傾げる。いつもは起こらない事が起きたので戸惑っているようだ。
ちなみに、「いつも」とは、萌え臨界点を突破し、鼻血を吹いて橙士に抱きつこうとするゼルレッチに、橙士が宝石剣を振るうと、「やられた〜〜」と言って倒れると言う遊びをしていたため、鼻血を吹いて飛びかかってきたギルガメッシュに反射的に橙士は宝石剣を振るったのだ。
そして、放たれた正真正銘本物の大斬撃。橙士が宝石剣を振るった対象が、自分と士郎以下主だった者以外だった場合、大斬撃が放たれる様に設定してやがりましたよ、あのはっちゃけ爺。

「さて、帰ろうか、橙士。こんなに体が冷えている。早く風呂に入らねばなっ!!」

唐突に橙士に声をかけるアーチャー。……どうも、ギルガメッシュの事は銀河の彼方へと追いやる心算らしい。

「アーチャーおにいちゃん、あのおにいちゃん、だいじょうぶかな?」

「大丈夫だよ、橙士。あのおにいちゃんも頑張って逝くだろうから。それよりも早く帰って、私と一緒にお風呂に入ろう

「何を言っているのかしら、アーチャー? 橙士と一緒にお風呂に入るのは私よ」

「キャスター、私の道を阻むか? ならば、容赦はせんぞ」

「それはこちらの台詞よ」

「……先に衛宮邸に辿り着いた方が」
「……橙士とお風呂に入る権利を得る」

火花を散らす両者。そして、

「「Ready Go!!」」

動いた。それを見送った後、

「……俺達も、帰るか」

「……そうね」

士郎達も家路についた。なお、「橙士とお風呂で洗いっこ♪争奪戦」は、転移を使ったキャスターの勝利であった。事前に魔術の使用を禁じなかったアーチャーは、血涙を流して悔しがったと言う。


衛宮家の居間では、自室で「士郎君スキン」を脱いで、普段の包帯姿になっている最中の士郎と、風呂に入っている橙士とキャスター、いじけているアーチャー以外の全員が寛いでいた。

「ところで、鐘。新都からずっと額に皺寄せて黙り込んでるけど、どうしたんだよ?」

「……アルトリア嬢、あなたに訊きたい事があるのだが良いか?」

「無視かよー」

「……蒔、少し、静かにしてくれ」

「わ、わかった」

鐘の常ならざる迫力に大人しく引き下がる楓。

「何でしょうか、鐘?」

「先程の男、話の流れから察するに、十年前の聖杯戦争のサーヴァントとやらで間違い無いな?」

「はい。彼が未だ現世に居る方法は分かりませんが、間違いありません」

「そうか。……あ奴は言っていたな、冬木中央公園がアルトリア嬢との別離の地と」

「!!」

「答えて欲しい、アルトリア嬢。十年前の新都の大火に、あなたは、いや聖杯戦争が関っているのか!?」

それは、いつか辿り着かれてしまう事柄だった。以前の説明では、聖杯戦争と新都の大火を関連付けて話さなかったが、少し考えれば、二つの出来事の関係を見出すのは容易い。

「……はい。あの場所冬木中央公園が前回の聖杯戦争、最後の戦場でした」

「―――」

誰かの息を呑む音が、静かになった居間に響く。

「………アルトリア嬢、あなたが聖杯に望むものとは何なのだ?」

どこか弾劾の響きを持った問い。だからこそ、アルトリアは口を閉ざす訳にはいかなかった。

「………私は、やり直したいのです、あの選定の岩の前から。あの場には、私などより、王に相応しき者が、きっといた筈です。だから、その者に王位を託し、国を滅びより救う事こそが、私が聖杯に望む事です」
「巫山戯るなっ!!!」

「「か、鐘(ちゃん)!?」」

激昂して声を上げる鐘に驚く楓と由紀香。三人の付き合いは長いが、これほど感情を露にした鐘を二人は見た事が無かったからだ。

「そんな、そんな事の為に、士郎は全てを奪われたと言うのか!?」

十年前の大火が無ければ、士郎との縁は無かったかもしれない。だが、そんな事、知った事では無いっ!!
脳裏に浮かぶのは、泣き叫びたい程、辛く苦しい筈なのに、それでも周りの皆のため、いつ砕け散ってもおかしくない継ぎ接ぎだらけの笑顔で笑う士郎の姿。

「国を救うだと!? その為に、無関係の冬木の住民を犠牲にして、何様のつもりだ!!」

俯くアルトリア。顔を上げる事ができない。鐘の言葉は、ランサーの槍よりも鋭く、その身を穿つ。

「士郎を護るだと!? よくも、臆面も無くそんな誓いを立てられたものだ!! …………今度は、士郎から何を奪う心算だ!!!」

「!!!」

居間の空気が凍りつく。そこに、襖を開け、士郎が居間に入ってきた。

「どうした?」

居間の空気の重さを訝しみながら訊く士郎。

「………、いや、何でも無いのだ、士郎。私は、席を外させて貰う。頭を冷やしたい」

「…そっか。寒いから、体が冷えないようにな」

「ああ。ありがとう、士郎」

居間を出ていく鐘。彼女は解っていた。アルトリアだけを責めるべきではないと。それでも抑え切れなかった。
居間に入ってきた士郎を認めた瞬間、千々に乱れた心が落ち着いた。と同時に、自己嫌悪が胸の内に生まれた。何をしているのかと。今、士郎の前に居るのが辛い。一刻も早く居間から離れたかった。

「お、おい、鐘、待てよー」

「士郎君、私も、鐘ちゃんと一緒に行くね」

「ああ、頼むな」

鐘を追いかけて、楓と由紀香の二人も居間から出て行く。二人が付いていれば、鐘は大丈夫だ。それよりも、

「何があったんだ?」

居間にいる殆どの者が、重い空気を背負っている。総じて、聖杯戦争との縁が深い者だ。

「……実はさ」

その中で、聖杯戦争に直接の縁のない綾子が、事情を説明する。

「そっか。……アルトリア」

俯いたままのアルトリアが震える。万軍にも怯まぬ彼女だが、今この時は怯えていた。だが、逃げる事は出来ない。彼からの弾劾は決して避けてはいけないのだから。だが、

「十年前の事は、もう、過ぎた事かえられないげんじつだ」

「なっ!!?」

士郎から、十年前を責める言葉は一つとして出なかった。

「それよりも、アルトリア、お前の望みは、どうしようもなく間違っている。やり直しなんて、そんな事、望んじゃいけないんだ」

「!!!」

その言葉に、裏切られたと、アルトリアは何故かそう思ってしまった。自分と同じで取り戻したい過去を持つ筈の士郎のその言葉は、今のアルトリアには決して受け容れる事の出来ないものだった。

「あなたに、私の気持ちは解らない!!!」

もう、この場に居る事に耐えれなかった。それでも、誓いを果たすため、そして、逃げ出す事は、間違いである事を認めてしまう様で、出来なかった。認めてしまえば、今の自分の足元は崩れ落ちてしまう。
だから、

「……今日は、もう休ませて頂きます」

振り絞るように小声で、そう言うのが精一杯だった。

「……お休み、アルトリア」

「……」

居間を出るアルトリアの表情は、王のものではなく、泣くのを必死に堪える少女のそれだった。

「……皆、風呂に入り終わったら、今日はもう寝よう」

その言葉に、首を横に振る者は居なかった。
この後、イリヤが郊外の城の自室の如く改装された部屋を見て、

「狭い」

と言って、セラに元に戻すよう命じた。命じられたセラは何故か士郎を睨んだ後、渋々と了承した。 リーゼリットの稼働時間の事もあって、改装は翌日となり、今夜は士郎と寝る事になったイリヤはご満悦であった。橙士も一緒で更にご満悦。
余談だが、風呂だけでなく、一緒に寝る機会も奪われた弓兵が、「座」に還りそうな程、項垂れていたが、慰めるように肩を叩いてくれた寡黙な狂戦士との間で、友情が深まったりしていた。


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